滋賀学園中学・高等学校 理科教育特任講師:京都教育大学非常勤講師 松林 昭 |
NPO法人あいんしゅたいんは,京都を中心にした日本物理学会会員が集まり,科学普及活動,科学教育への貢献,博士号を取得した若手(いわゆるポスドク)や定年後の研究者の人材を活用するという目標を掲げて,坂東昌子氏が設立した。
2010年の3月末に光華小学校(理科専科)を退職した私は,NPO法人あいんしゅたいんで雇用され,NPO法人あいんしゅたいん坂東理事長のもと,法人スタッフと京都大学理学部が共催する小学生向きの実験教室の企画,実験講師を行った。それまで,NPO法人サイエンスEネットの副理事長として,理科実験教室を仲間と一緒にてがけてきた。
今回の京大での親子理科実験教室においても,NPO法人サイエンスEネットの協力により,実験教室を開催するに至った。
理科実験教室の目的,内容,京都大学高等教育推進開発センターとの共同開発について,実践してきたことを報告する。
実践の場として,子供たちに科学の面白さを伝え,もっと先のことを学んでみたいと思うような取り組みを,大学を巻き込んで理科実験教室を行うことになった。理数離れ現象で,技術立国であった日本の将来が危ぶまれ,PISAの国際学力テストでも,「考える力」の欠如が指摘され,日本の将来を憂うる動きがおおきくなり,今年度から初等教育における理数教育が重視されるようになっている。この機会に,小・中・高校と大学,さらにポスドクや定年研究者のネットワークを強める要として役割を果たしている。この実験教室にかかわるすべてのスタッフの英知を終結した実験教室を行う。
今年度企画したのは,京都大学吉川研一理学研究科長・中家剛教授(実務担当)の力添えを得て,NPO法人サイエンスEネット(理事長は,立命館大学教授:山下芳樹)の協力の下,京都大学理学部と共催,前期5回シリーズ(春から夏コース),夏休み集中コース3回シリーズ,後期3回(秋から冬コース)前期5回では,現在京都大学で活躍されている先生方を招き,「私の子どものころの夢」と題して,講演と実験を行った。
今回の教材は,現場の子ども,先生も苦慮している電磁気の教材を中心に,シリーズで行った。この教室を通じてこれを支えてくれた理学部の大学院生をはじめとする沢山の若い人たち,ならびに子どもたちばかりでなく両親との交流の機会を得ることができた。
教材・教具作成においては,小学校現場で理科を指導してきた教師,中学・高校の理科の教師,理科系大学の教授(東京理科大学川村 康文教授:NPO法人サイエンスEネット理事),教材・教具開発会社(藤原 清サイエンスEネット事務局長),当法人の学者で,検討を重ねてきた。小・中・高の理科の系統性を重視しながら,入念な打ち合わせを行い,教材作成,子どものデジュメの作成,保護者への解説書を作成して本番に臨んだ。
各,実験教室を終えた時に,子ども・保護者に実験教室のアンケートに回答してもらい,そのアンケートを基に,次の実験に生かすようにしてきた。その方法の一つとして,実験でわからなかったこと,聞きたいことに答える「Q&A」を当法人のホームページに開設して,質問に答えるコーナーを設け,子ども・保護者の意見や質問をサポートし,次回の実験教室に生かしていく態勢を整えた。
前期5回シリーズ,夏休み集中コースが好評であり,後期3回シリーズも実施した。後期から,立命館大学産業社会学部山下教授の尽力により,小学校教員過程の学生もTAとして加わり,子どもへのかかわりをより充実することが,可能になった。
後期では,前期で実験した内容を生かして,物作りを中心に,実験を行った。
すべての実験教室の様子を録画に撮り,これに解説を加えた小学校先生用の理科教材を作成中し,現在小学校で最も分かりにくいといわれる電磁気の教材を豊富な説明と授業現場の録画を交えて紹介するシリーズができあがっている。これを,モジュール形式の教材と呼ぶ。この教材は,1つの新しい考え方で,利用しやすいように工夫している。それは1つ1つのテーマについてできるだけ小さなまとまりで提供することである。小さな単位(これを "教材モジュール" と名付ける)を,まるで部品を組み立てて大きな作品を作るように,自由自在に組み合わせることができるように工夫している。
従って,学校で利用するときには,利用の目的に沿ってモジュールを組み合わせ,組み立てて活用してもらうことができる。
(1)電磁気シリーズ,2010年5月〜12月まで行われた親子理科実験教室では,「電磁気」をテーマとして取り上げた。これらはどれも,小学校の教科書を参考にはしたものの,それでは不十分なところは補い,さらに,新しいアイデアを盛り込みながら,教材として使った「電流のテスター」「電気モータ」「しゃかしゃかライト」「手回し発電機」などの原理の説明,また「パスカル電線」を使ったり,豆磁石模型で体験させたりした記録である。動画を中心に,原理を説明する部分も盛り込んでいる。
(2)お話シリーズとして,「親子理科実験教室」で,行った先生方のお話シリーズ。
お話は,電気磁気にちなんだものもあれば,直接電気磁気に関係しないものもある。これらも区別して整理している。教材モジュールは,NPO法人あいんしゅたいんのホームページを参照されたい。
http://jein.jp/activity-report/educational-material.html
今回,NPO法人あいんしゅたいんがインターネットで小学生対象に,約40名を募集した。募集をするやいなや,すぐに40名の参加者を得ることができた。1年間で,前期・夏休み・後期と三回の親子理科実験教室を,京都大学理学部セミナーハウスにて実施した。夏休み親子理科実験教室は,前期で参加できなかった児童の要望に対応し,実施した。各実験教室で行った内容とスタッフを紹介する。
第1回親子理科実験教室実験風景 |
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第1回:夏休み実験教室 |
実際の実験教室で大切なことは,講師の指導力はもちろんのこと,実験教材・内容等が,参加している子ども,保護者にとって,満足かつ納得のできるものでなくてはならない。実験を進める中で,子どもが安心して取り組めたのは,各班について指導してくれるTAの学生の存在である。TAを務めた院生・学生とは,事前にTAの心構え,教材の検討を実施して,本番に取り組んだ。当然,初めて経験する学生が大半ではあったが,実験後の子ども・保護者のアンケートから,次回の実験教室のありかたについて話し合いを重ねてきた。すべての実験教室を終えた後,TAの学生が中心となり,TAが実験教室で体験したこと,TAのあり方について等のまとめとしてシンポジウムを開き,実施した。
シンポジウムでは,「子ども達から学ぶ,科学としての科学教育への実践編」と題して,TAとして活躍してくれた京大・立命館大学の院生・学生が,理科実験教室の成果と課題について,シンポジウムの場で発表した。発表内容は,「TAを通して学んだこと,学び取ったこと」「科学教育,科学教育普及に対するTAからの提言」等について,発表し,来場者を交え活発な意見交換を行った。このシンポジウムでは,今後のTAのあり方に大変有益な場を持つことができたと確信する。
高等教育研究開発推進センターとの共同研究は,京都府の委託事業と連動して,教材の可視化,シミュレーションの重要性などを認識して,高等教育研究開発推進センター小山田耕二教授に申し出た。現在,当法人,坂東昌子(理事長),松田卓也(理事)をはじめ,当法人の前直弘(参事),松林昭等が共同研究メンバーとなっている。
教材づくりにおける,自然現象の奥にある電磁気学の法則などの理解のためには,シミュレーションなどを活用した電磁場の可視化が大変有効である。
特に電磁気現象は,目に見えないため,これを可視化することによって,身近に電磁場を感じ,生き生きと「見える」状態にする為の技術的検討が必要とされる。これらについては,議論が大いに盛り上がっている。今後の教材づくりに生かしていきたい。
当親子理科実験室での小山田教授の15分講演の後に,親子理科実験教室参加者全員で,タイルドディスプレイによる3D映像や没入型三次元可視化装置(Cave)の見学を行った。子供たちにとって未経験の映像はインパクトを与えた。この大装置による実体験は,今後,重要な教育メディアとしての位置を占めると思われる。現在可視化実験室にも,タイルドディスプレイがあるが,これらを活用してさらに迫力のある映像の提供は科学教育において重要度を増してくる。この構築は,宇宙の構造や進化を映像化するに際しても興味深い。協力して3Dディスプレイの豊富な映像実現のための協力作業が進行中である。 |
小山田研究室:没入型三次元可視化装置の見学 |
現在,大学初年度教育にも貢献できる教材を開発中である。また,同時に,大学初年度教育の新しい試みを小山田教授と協力して行う予定である。さらに,親子理科実験教室を通じて,小学校から大学まで系統的にカリキュラムに繰り入れられている大きなテーマである。親子理科実験教室で蓄積した知見をまとめ,論文を「高等教育」に投稿するに至った。
これらの取り組みは,親子理科実験教室から科学普及活動への拡張でもある。NPO法人あいんしゅたいんとしては,教材づくりの中での可視化の意味を検討し,将来は大人を含めた科学リテラシィへとつなげる構想を持っている。さらに,科学リテラシィ認定システム(テーマごとの博士認定)も構想している。VBL松重プロジェクトでは,「ものづくり塾」認定制度の実施をすでにタイムテーブルに載せていると聞いている。その一部として,科学技術基礎部門として連携できればと考えている。また,京都府や京都市との連携も進めている。
親子理科実験教室では,単に,子供たちへの科学普及だけでなく,さまざまな教訓が得られた。こうした教訓を,これからの科学教育に生かして,さらに発展させるために,理科実験教室の実際の姿を動画を活用して紹介し,小学校の先生が,理科の実験を自らやって楽しんで頂けるよう教材づくりを行った。また,この実験教室を通して,大学の若手研究者や教員志望の学生と定年後の教員の協働を進めるネットワークが構築できつつある。
今回の親子理科実験教室実施により,科学教材づくりと科学教育の実践とを結びつけた活動を,幅広く手掛け,かなりの蓄積ができたと考える。特に理数教育の充実のための必要なサポートが見えてきた。実践しながら完成した教材を電子教材として定着させ,普及することが2011年の課題である。iPadに象徴させるITをフルに活用した科学教育の普及は,国際的にも広がりつつある。今後,ITをフルに利用して全国ネットワークへと広がる教材データベースや経験知の集約でその独創性を発揮できると考える。理科好きの子どもの育成と親子さんの科学への興味・関心を促すこと,また,現場の先生方に役立つ教材・実験方法・授業構成等の役にたてるように日々の実践を蓄積したい。