千葉県松戸市立小金中学校 高城 英子 |
改めてPISAやTIMSSの結果を取り上げるまでもなく,現在思考力の育成が大きな教育課題になっている。また,これからの持続可能な社会を創り出す学力を育成していく上で,個々の「知識」を科学的に結びつけ「活用」していく思考力はますます重要になってくるはずである。新学習指導要領では,思考力・判断力・表現力等を育むために,言語に関する能力の育成が強調されているが,理科においては,観察・実験結果に基づいてグラフ作成やその読み取りができることが論理性を高め,文章化していく思考力を高めていく上でも重要である。その科学的思考力の育成のためには,従来の理科学習だけでなく,探究していく方法や思考を深めていく方法を知ることが重要であり,その方法を学ぶ探究スキルの導入が必要ではないかと考え,中学校3年間の学習を見通して,計画的にグラフ化に関する指導を進めている。
グラフ化は,実験結果として得られた数値をある基準に従ってグラフ用紙上にプロットし直すことにより,抽象化し,関係性や規則性を見つけ出す活動である。PISA調査での「読解力」においても「非連続型テキスト」としてグラフが取り上げられている。
今までも生徒達は小学校から実験結果をグラフに表す活動は行っており,数学でも比例・反比例の学習等でグラフを学んでいるので,実験結果をグラフ用紙に記入することは比較的抵抗なく行っている。しかし,「多くの中学生においてグラフ化をし,その意味を問うと解答できる者は半分にも満たないのが現状で(森本信也2007)」あり,ワークシートや教科書のグラフを参考に“言われるままに”グラフを仕上げていることが多い。そこで今回は,グラフにすること自体が個々の結果を科学的に整理し直し,思考していく手だてであることを生徒達に意識させ,考察の重要なプロセスとしてグラフ化を行うことを1年生段階でしっかりおさえることからグラフ化の指導を行う事にした。
まず『バネの伸び』で,「始めに決めた変数(重りの個数)」を横軸に,「それによって決定した変数(バネの伸び)」を縦軸に取ることや,個々の測定結果をプロットしてから「全体としての傾向を示す直線や曲線」を記入することなどのグラフのかき方の基礎を学ぶこととした。
その後も,生徒達は様々な理科学習の中で,グラフをかいて関係性を発見し,グラフから規則性を読み取っていくのだが,グラフ化することの効果として次の4点を挙げ,それぞれの段階で伸ばしたい思考力を明確にした。
①変化の様子: | 一方を変化させることによって,他方がどの様な規則性を持って変化していくかをしていくか(例)バネの伸び,水の沸点や融点 |
②二者の関係性: | 二つの変化量の変化の様子を比較できる (例)湿度と気温,S波とP波 |
③傾き=性質: | 二者の変化の様子をグラフで示すと,その傾きがある性質を示している (例)質量と体積から密度がわかる,電流と電圧から抵抗がわかる |
④グラフと式: | グラフからわかる法則性がグラフの式からも導くことができる グラフからわかる法則を公式の形でまとめることができる (例)オームの法則,時間と速度から運動方程式 |
では,実際にどの様な場面でグラフを用いて学習を進めているのだろうか。学習していく順番に従って,どの様な場面でどのようにグラフを使って学んでいるか整理し,どの場面でどの様なグラフ化の力をつけていくかを意識して指導を進めた。
表 学習内容とグラフ指導で伸ばしたい思考力
学習内容(学年) | ①変化の様子 | ②二者の関係性 | ③傾き=性質 | ④グラフと式 |
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植物の生活と種類(1年) | ||||
「振り子」 (1年) |
「振り子」 | |||
身近な物理現象 (1年) |
「バネの伸び」 〈実践1〉 |
「バネの伸び」 (バネ係数) 「密度」 |
「フックの法則」 | |
身の回りの物質 (1年) |
「融点・沸点」 | |||
大地の変化 (1年) |
「S波・P波」(初期微動継続時間) |
「S波・P波」 (速度の違い) |
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電流とその利用 (2年) |
「電流と電圧」 「電力と発熱」 |
「電流と導線の長さ」−*******(反比例) 〈実践2〉 |
「電流と電圧」 (抵抗値) |
「オームの法則」 |
動物の生活と種類 (2年) |
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化学変化と分子・原子 (2年) |
「金属と酸化物」 | 「金属と酸化物」 | ||
天気とその変化 (2年) |
「飽和水蒸気量」 「気圧」 「天気図」 |
「気温と湿度」 | ||
運動の規則性 (3年) |
「等加速度運動」 「等速運動」 |
「等加速度運動」 「等速運動と距離」 |
「運動と速度」 「自由落下」 |
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「てこのつりあい」 (3年) |
「てこのつりあい」 | 「てこのつりあい」 | ||
生物の細胞と生態 (3年) |
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物質と化学反応の利用 (3年) |
(「化学電池」) | |||
地球と宇宙 (3年) |
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自然と人間 (3年) |
「動物数の変遷」 「捕食関係」 |
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科学技術と人間 (3年) |
「CO2 排出量」 「農業生産と人口」 |
グラフ化の指導が科学的に考える力を育成していく上でどの様な効果を示しているかを2つの実践を通して考察していきたい。
<実践1> | 『バネの伸び』では,グラフにかくことの意味と具体的なかき方を学んでいく。 |
<実践2> | 「電流とその利用」の単元は2学年でのグラフ化の学習の中心であり,『電流と電圧』など,いくつかのグラフをかくことを通して電流の性質やオームの法則を学んでいく。その中で中学校ではグラフとして扱わない「反比例」の内容を,『導線の長さと電流』を題材にして導入した。この単元でのグラフ化の学習は「電流」の理解だけに留まらず,様々なグラフの活用の仕方や目的に合わせたグラフの利用法を身につけていく学習でもある。 |
①学習課題をつかむ「バネの伸びと加えた力との関係を調べる」
②各自が予想をたてた後,1班(3〜4人)毎に2種類のバネと重り(10g)5個をわたし,班毎に設置場所や測定法を考え,実験する。(1時間目)
③実験結果を各自の方法で分析し,法則をまとめる。(2時間目)
④考察に用いた表やグラフを実物提示装置に写しながら,お互いにわかったことを発表し,検討を加える。<話し合い活動による比較検討:言語活動>
D話し合いを元に,各自が実験をまとめる。
E改めて,自分の仕上げたグラフを見直し,「理科でのグラフのかき方」を確認し,今回導き出した「決まり」が「フックの法則」という物理学上の法則であることを確認する。(3時間目)
正しい「グラフのかき方」については実験後に扱うことにし,生徒の発想を大事にして,生徒から希望があったときにグラフ用紙も配る形で授業を進めた。(教師からグラフをかくよう指示せず,生徒の自主性を大事に扱う。)生徒達は自然にグラフをかいて考えようとすつ活動へ入っていったが,「おもりの数とバネの伸びのグラフ」を最初から仕上げる生徒は少なく,「おもりの数とバネの長さのグラフ(図1)」をかき,直線的な関係を見つけて「比例している」と結論づける生徒が多かった。また,重りを1つ増やす毎にバネが何p伸びるかを考えてグラフをかく(図2)の生徒もみられた。
図1「重り(力)」と「バネの長さ」のグラフ | 図2「バネの伸び」を「1つ重りを加えた事で新たに伸びた長さ」と考えたグラフ |
これらのグラフを2時間目に取り上げ,多くの生徒が図1や図2のグラフをかきながら「比例している」と結論づけているが,「比例」ならば「原点を通る」はずなので,「重りを下げる前からのバネの伸び」に着目しなければいけないと話し合いながら修正していった。
また,2種類の伸び方の異なるバネを示すことによって,理解の深まった生徒の中には,2本のバネの結果を同じグラフにかき込み,伸び方の違いに気づいた生徒(図3)も多くなった。また,測定によってはプロットした点が直線上に並ばない場合もあることに気づき,それを誤差として理解していった。
図3 2種のバネの結果を同じグラフにかき込んだグラフ |
こうした話し合いを通して,各自が実験結果をグラフにかく事を通して「決まり」を見つけた後,3時間目に「理科でのグラフのかき方」を確認し,グラフを用いることの意味とその方法を理解していった。これが中学校でのグラフの基本となる。
<理科でのグラフのかき方の基本>
①横軸は変化させた量,縦軸は変化した量に決める。
②測定値が全部かき込めるように目盛りを決める。
③測定点を小さな・や*などの印でかく。
④印のなるべく近くを通る直線,またはなめらかな曲線をかく。
(測定点を順番に結んで,折れ線にはしない)
A:電流と電圧の関係 (比例)
①学習課題をつかむ「同じ抵抗にかかる電圧を変えて,電流の変化を調べる」
②各自が予想をたてた後,実験を行い,各自の方法で実験結果を考察し,まとめる。
抵抗として発熱による誤差が少ないようにセメント抵抗を用いて実験し,表やグラフの形式は指定せずに考察させた。グラフ用紙は予め配布せず,生徒がデータを整理し,分析していく過程で必要があったときにグラフにかく活動を取り入れ,「目的を持ってグラフ化する」ことを意識させた。1年次での指導もあり,ほとんどの生徒が適切に縦横軸や目盛りをつけてグラフから「電流は電圧に比例する」ことをつかんでいた。(定期テストにも出題したが,正答率は78%を示した。)その後,オームの法則を学習し,[E=I/R]という式が比例係数を1/Rの比例を表す式となることを確認し,グラフと法則(式)の関係についてまとめた。
B:電熱線の長さと電流 (反比例)
①学習問題をつかむ「電熱線の長さを変えて,電流の変化を調べる(電圧は一定)」
②各自が予想をたてた後,電熱線の長さを1pから6pまで1pずつのばし,その時に流れる電流を測定する。(図3)
③実験結果から,各自の方法で実験結果を考察し,まとめる。
図3 実験装置 | 図4 導線の長さと電流のグラフ(反比例) |
中学校で本来扱う実験の中で「反比例」関係を扱うことはなく,生徒達は一方が増加するとき他方が増加していく関係は『比例する』時とそうでない時があることを区別することはできるが,一方が増加するとき,他方が減少しても,『反比例する』と結論づけることはあまりなりない。(今回も,「電熱線の長さが長くなると,電流は流れにくくなる(電流は小さくなる)」と予想した生徒は半数近くいるのに,「反比例する」と予想したのは5%程である。)
それがグラフに測定点をプロットしていくと反比例の関係が見えてくる(図4)ので,生徒達は改めて,「グラフにしてみることの価値」を感じていく。生徒の中にはその考察の中で,電熱線の長さは抵抗の大きさを示しており,「オームの法則」を変形していくと電流Iと抵抗Rの間には[I=E(一定)/R]という反比例の式になることに気づいていく者(約1割程度)もいる。その生徒の実験観察カードを提示しながら,他の生徒にはグラフと式(オームの法則)との関係について補足した。
スキル学習を導入することにより科学的思考力の育成にどのような効果があるかを,グラフ指導に焦点を当ててみてきたが,改めて「グラフを用いて抽象化していく思考過程の流れ」や「スキル学習の導入で強化できた点」について考えてみたい。
この実践では,1学年から「グラフのかき方」や「グラフ化することの意味」を学び,その後様々な学習の中でグラフにかくことで関係性や法則性を発見したり,非連続的テキストとして与えられたグラフから読み取ったりする学習を積み重ねることで個々のデータではなく抽象化された関係性をつかむ方法を身につけていくという流れをとっている。
今回,グラフ指導で伸ばしたい思考力として「①変化の様子」「②二者の関係性」「③傾きから見えてくる性質」「④グラフと式の関係」の四点を挙げたが,今までグラフをかかせる時には「変化の様子」をつかませる方法として意識したものの,他の効果について意識することは少なかったように感じる。しかし,「学習内容とグラフ指導で伸ばしたい思考力」の表に示したように多様な目的のためにグラフが用いられており,それを整理し,どこにポイントを置いて指導していくかを意識したことは有意義であった。また,スキル学習として全く新しい題材をいくつも導入していくと,教科書の内容とスキル学習と,まったく違う2種類のものを学ぶ事になり,生徒の中に混乱が生じる心配があったが,今回は,既習の題材の中で利用できるものはその学習の中にスキル学習での要素を入れていったので,あまり大きな学習指導計画の変更をしなくても実行できた。
大きな流れとして①から④へと思考の抽象化は進み,グラフを離れて公式という形でまとめられた法則を認識していくのであるが,この思考の深まりを理解しないと,単純に公式だけを覚え,数値を代入していくという「暗記型の理科学習」に陥ってしまうのではないだろうか。グラフ化の意義や方法をしっかりおさえたことにより,生徒の中からグラフを用いて思考をまとめていこうとする動きが出てきたのではないかと考える。
こうしたグラフを用いることによる思考の方法を学んでいく上で,その目的をしっかりつかむことがとても重要である。その点で1学年の段階でスキル学習として『バネの伸び』を位置づけ,3時間を用いて指導した意義は大きいと感じる。
教科書通りの学習進行では,グラフを用いて実験結果を整理する学習は,1学年の「いろいろな力を調べよう」という学習の中で「バネにはたらく力の実験結果を,測定結果をグラフや表に表して整理する」という学習で始まる。そこではなぜ「バネの長さ」なのではなく「バネの伸び」なのかの説明も,なぜ表の上段に「分銅の個数」を下段に「バネの伸び」なのかの説明も充分ではなくワークシートとして与えられている。こうした目的を明確に示さず,方法を与えるグラフ化の指導が,平成15年度中学校教育課程実施状況調査において報告されている「縦軸横軸の設定してないグラフ用紙に,データを整理できない生徒が多かった」という傾向を生んでいるのではないだろうか。
また,スキル学習で「反比例のグラフ」をかく学習を2学年の『導線の長さと電流』で導入した。2学年の『電流と電圧』の実験ではほとんどの生徒がグラフを用いた考察を行えるようになってきたので,「グラフにかけば比例関係」という固定観念を持たずに,グラフをかいて関係性を考える例として効果的だった。実験前に,ただ「導線が長くなれば電流が小さくなる」と予想していた生徒も,グラフ化することにより,反比例しているという関係性をはっきりつかむことができた。
全体を通して「電流とその利用」での学習は,実験データの誤差も少なく,明確な式でまとめられる場合が多いので,グラフ→関係をつかむ→法則化(公式)として「科学的に調べ,探究していく手だてを学ぶ」というスキル学習の上でも大切にしたい単元である。
今回はグラフ化の授業を取り上げ,論理性を高め,科学的思考力を育成していく理科指導を考えてみた。グラフ化は個々のデータを整理し規則性を発見していく上で重要な思考過程であるが,今回の実践を通して実感したのは,「生徒達はグラフをかくことで,抽象化・法則化していくが,それが単なるスキルに終わらず,実物に戻って確認している」という事である。
生徒達は『バネの伸び』では,2種類のバネでグラフの傾きが違っていることに気づいたときに,もう一度バネを手に取り,伸び方の違いを確かめていた。生徒達はこうした行動を通して「ああ,なるほど。やっぱり……の決まりは本当なんだ」と納得していく。
こうした行動(実験)があってこそ,理科としての理解は深まり,物質やその現象への認識として定着していくものと考える。この点からも,グラフ指導などのスキル学習を単独で進めるのではなく,構造化し総合的にみていく視点を持つことが重要なのではないだろうか。