静岡県立清水南高等学校中等部
成瀬 英明
1.はじめに
科学的なものの見方・考え方を育てることは,科学教育や理科教育の目標の一つであり,子ども達に対して育みたい最も重要な能力の一つでもある。
物事を一人で考えることも大切であるが,友達と会話をしながら,自分の考えを豊かに表現していく中で,互いに疑問を投げかけあったり,互いに考えをぶつけ合ったりすることにより,一層科学的な思考力を駆使する機会が増えると考える。
また,目に見えないものの仕組みや構造を考えることは,未知の事象を探求すること,すなわち「科学する」ことにもつながり,科学的思考力を育むために非常に有効であると考える。
思考活動は,生徒一人一人の経験・知識の違いから,それぞれの考え方があり,個に応じた支援が必要となる。クラス全員のすべての思考活動に,教師一人で対応することは困難であるが,仲間同士が互いの考え方を聞きあい,それに対する自分の考えを伝えあうことにより,互いに互いの考えに共感したり反対したりしながら,仲間からの問いかけにより,自分の考えをより深めることができる。
このことにより,科学的思考力を個に応じて身につけることができると考える。
近年,中学校理科の授業において,
【
科学的なものの見方・考え方を養い科学的思考力を育てること】,【
仲間とコミュニケーションを取りながら追究することにより人間関係を深め表現力を身につけること】
をねらいとし,
目に見えないものの仕組みやつくりを仲間と共に考える活動
を実践している。
ここでは,双方向空気入れの仕組みを考える活動について紹介させていただく。
2.双方向空気入れの魅力
身近な道具・安価・入手容易
双方向空気入れは,風船に効率よく空気を入れるための道具である。押しても引いても空気が出るため,バルーンアート用の空気入れとして用いられている。最近では100円ショップでも購入できる。実際に家にある生徒や,使ったことのある生徒もいるが,その仕組みについては,じっくりと考えたことがない生徒がほとんどであろう。
科学的な要素を含む
自然物ではなく,人間が考え作り出したものであるが,双方向空気入れの中の構造を考えることを通して,筋道を立てて物事を考える力を身につけることができると考える。空気による圧力や,力のはたらき,弁の仕組みなど,科学的な要素を十分に含んだ教材であると言えよう。
手がかりが多い
双方向空気入れの仕組みを考えるにあたり,手がかりとなる物が多く存在する。手がかりを見つけ,その手がかりをもとに考える事ができれば,科学的な思考力が育つと考える。
上下の空気取り入れ口のふたの動き,ほおにつければほおが吸い付くこと,出てくる空気のにおい,パイプのがたつき,ピストンの滑る感触,光にすかした時に動く影などが手がかりとなる。
状況により,場面を分けて考える必要がある
押すと空気が出ると同時に上部に空気が入る。引くと,空気が出ると同時に下部に空気が入る。一つの動作で,同時に2つの出来事が起こっている。押すと引くの2つの動作で,4つの出来事が起こっていることになる。状況を分けて考え,その時々に起こっている出来事を一つ一つ解明し,動作の流れの中で,状況をつなげて説明する必要があるため,時間軸の上で出来事を整理する力も必要となる。
仕組みが目に見えない
目に見えないものを見るためには,中の構造を想像する必要がある。妄想ではなく,科学的な根拠をもった想像とするためには,科学的な思考力が必要になる。そのため,科学的な思考力を育成する題材となりえる。
3.授業の流れ
導入
:
双方向空気入れの提示
展開
:
個で双方向空気入れの仕組みを考える。
展開
:
グループ(3〜4人)で,自分の考えを紹介しあい,グループでの考えを作っていく。
展開
:
グループでの考えを,全体で紹介。
まとめ
:
納得がいく説明ができたところで授業を終了する。(分解して構造を確かめない。)
※
分解して構造を確かめることは,構造を理解させることを目標とした場合は有効であるが,この授業では,理解させることを目標とせず,考えさせることを目標としているためあえて構造の確認を行わない。
4.生徒の活動の様子
教師が双方向空気入れで風船をふくらませたところ,生徒は「え〜?なんで?なんで?」と,双方向空気入れを押しても引いても空気が入ることで,課題を捉えることができた。
2人を一組として1個の空気入れを与え,改めて課題を提示するまでもなく,「とっかえし」と言う言葉を使いながら,「弁」の存在を指摘した。目に見えない内部の構造を五感をフルに使いながら観察し,押した時の手応えと引いた時の手応えの比較,空気の排出口をふさいだり,吸入口を探したり,試行錯誤を行うことを通して,「考える」活動に没頭する姿も見られた。また,一人の生徒の発見で,グループの仲間がその意見に合意し,自分達の理論を作っていく姿が見られた。その後も,集中がとぎれることなく,小集団で活発な追究活動や討論が行われた。
生徒の会話記録から伺えた思考活動の様子【過去の実践記録より】
空気入れの外側(目に見える)からの追究
a 押した時と引いた時で,どこの部分の空気が排出されるかを考えている会話
異なる考えをもつ生徒同士が自分の考えについて話しながら,自分の考えを確認していた。対等な力関係をもった2人の思考活動の例で,「空気が出る・出ない」という現象のみを手がかりとした思考活動であった。ただ相手の考えを否定的に捉えようとする姿,自分との異なる考えを受け入れようとする姿も見られ,自分なりの深い思考活動が行われていることが推測できた。
b 押した時と引いた時で,どこの部分にどこから空気が吸入されるかを考えている会話
見える物を手がかりに思考活動が行われ,2人での会話のほとんどが「この,ここ,これ」と言った指示語を使ってやりとりが行われていた。2人の会話の場合は,指示語で充分に通じるため,この時点では問題を感じないが,この仕組みを大勢の人の前で伝える場面であったらどうであろう。それなりの表現力も必要になってくるはずである。
c 両端の穴に注目し,空気を吸う場合と,漏れないようにする弁のはたらきを考えている会話
2人の生徒がお互いに考えを伝えながら,内部構造を説明できるようにしようとしていた。「皮膚がひっぱられる」のように,現実に起きた出来事を手がかりとして思考活動を行ったが,そのことだけでは解決することができず,悩み考えている姿が見られた。
d 空気が出ると同時に反対側の筒の部分に空気が入る仕組みを考えている会話
頭の中でひらめきがあっても,すぐに友達との会話によりその考えが打ち砕かれる。この生徒のグループは,授業の大部分で,「このようにこれはどうだろう,だめだぁ」「あれはどうだろう…,だめだぁ」と試行錯誤していた。自分の考えを作り出すことはできなかったが,この過程では思考力を駆使していることは間違いない。「できてはいないけど,さまざまな視点で考えて思考活動に没頭している姿」は,高く評価できる物である。
このことは,今までの授業者自身の授業の中で,「できないから,わかっていないから,残念」と教師が低く評価していた姿に他ならない。
空気入れの内部(目に見えない部分)の追究
a 中心部の弁の構造を考え,扉のように開いたり閉じたりするパタパタ説を考えている会話
とぎれることなく4分30秒間続いたS君とK君の会話があった。Sが何かに気付き,確証をもたないまま会話をはじめた。SとKは話しながら自分の考えを確認していた。SはKとのコミュニケーションを行うことを通して,自分自身の考えを問い正していたのである。Kは終始聞き役に徹し,Sの話しを丁寧に聞いているが,自分の納得する考え方でないと受け入れない姿勢をもっている。良い意味での批判的態度でコミュニケーションを行っていた。Sの考えを受け入れたKは「来たねぇ〜」とSを認めながらも,最後に自分の考えも伝えていた。共に考える活動により,互いの理論が修正され,納得のいく結論が出た場面での会話であった。少ない手がかりにもかかわらず,理論を組み上げたこの生徒が,よく考え,何度も「問い直し」を行い,科学的に事象をつなげていったことは,間違いない。
自分の考えを構築するために,【気付き→問い直し→把握→問い直し→新たな発見→問い直し→確認→問い直し】という思考活動が行われたのである。このような会話は,ごく一部の生徒の間でしか見られなかったが,理論を構築する上で必要な過程であろう。この後Sが自分の考えを全体に説明すると,多くの生徒が受け入れ,最後まで「中を開けてみたい」と言っていた生徒も「これなら納得できる」とうなずいていた。
感覚的な手がかりからの追究
a 空気の出る管の音,がたつきや感触から,内部構造に迫ろうとしている会話
空気の出るかすかな音,がたつきや滑りの感触から,仕切部分の仕組みについて考えついた場面があった。ほんのわずかな感触からゴムの存在を感じ取り,横からだけでなく正面から見た視点を加えることにより内部にリング状のものが存在することにも気がついた。視点の変換が行われなければ,リング状のイメージは出てこないだろう。円盤もリング状の物も側面から見れば同じ物に見えるはずだからである。図面(ワークシート)で考えた場合は2次元構造であるが,2次元の物を3次元にイメージすることも科学的な見方・考え方であろう。
別のグループでは,空気入れから出てくるにおいを油粘土のにおいと結びつけ,油が使われていると考え,その油は摩擦を少なくし空気を漏れないようにするために使われているのではないかと説明していた。これは,においを手がかりに過去の経験による知識と空気入れの仕組みを関連づけるという科学的な思考活動が行われていた事例と言える。
思考活動の表れ
どの会話からも思考活動によって導き出された自分なりの考えを図や言葉で表現しながら,空気入れの仕組みを真剣に説明している様子が伝わってきた。
双方向空気入れの仕組みを考える授業で,生徒の思考する姿は次のようにまとめられた。
・
自分の考えを説明しながら,より自分の考えをふくらめている姿
・
自分の考えを説明しながら,自分の考えを問い直し,間違いに気付く姿
・
自分の考えを説明しながら,自分の考えを問い直し,理論を構築していく姿
・
自分の考えをうまく伝えることができず,自分の考えすらわからなくなってしまう姿
・
他人の意見に対して,同意し強く賛成する姿
・
他人の意見に対して,質問を返し強く反対する姿(意見を戦わせる姿)
・
他人の意見をすぐに受け入れず,充分に吟味してから同意する姿
これらの姿は,生徒同士のコミュニケーションの中で見られた。もし,答えを知っている教師と生徒の会話であったのならばどうであろうか。生徒はすぐに「あってる?」と先生に聞くことは間違いないだろう。答えを知らない仲間同士が話し合うこと,教師は答えを知らない(知っていても教えない)という姿勢を貫くことが有効であると言えよう。
生徒同士のコミュニケーション活動により,以下のような思考の変容が見られた。
以上のことから生徒一人一人が自分の考えをもち,それぞれに応じた活動の中で,思考活動を深めることができたと言えよう。
5.生徒の記述文
(授業後の生徒の感想)
授業終了時に,感想を前述の内部構造説明図の裏に書かせた。この授業の特徴を示す生徒の感想文を抜粋して以下に示す。
【頭を使った】
・
難しい!穴を作ってみたりしても空気が逃げちゃったりして,
頭の中がバクハツ寸前
です。
・
引く時と押す時の謎がすごく難しかったけど,
頭をフルに使いすごく疲れた
。
・
今日は,
頭をたくさん使いました
。何で空気が入るかとか,全然考えたことがなかったけど,考えてみるとおもしろいなぁと思いました。
・
今日の授業は,
頭をよく使いました
。100円の道具でいろんな疑問があった。結局はよくわからなかった。でも,結構楽しくて,他の人はどんなことを考えているのか聞いてみたいと思いました。
・
今日は,とても難しかった。100円くらいの物なのに,とても工夫があったりしてて,すごかった。久しぶりに頭を使ってとても疲れた。考えがたくさん出てとてもおもしろかった。
授業の中で,十分に頭を使って考えたことがわかる感想である。「久しぶりに頭を使ってとても疲れた」という感想があるが,これは重大な問題発言である。日常行われている授業の中では,頭を使っていないことが語られているのである。それだけ,考えることから離れた授業が多く行われていることを指し示す感想である。
【考えることがおもしろい】
・
考えれば考えるほど,「えっ!なんで?」が増えてきちゃって困ったけど,楽しかった
です。普段何気なく使ってたけど,考えるほど,不思議だなぁと思いました。
・
ちょっと難しかったけど,すごく「考えてみる」ということが楽しく思えるようになった
。
話し合い活動により,自分の考えが変わることをおもしろいと感じている。また,「Why?」が解けなくても楽しいと感じるのは,答えを知る楽しさよりも,考える楽しさを味わっている証拠である。
【友達の意見によって変容した感想】
・
前の時間は
自分の考えが絶対に正しい
と思っていました。でも,今日の授業で,Sh君やN君,
S君の意見を聞き,考えが変わりました
。僕は,今日の授業でものすごいいいモノを学べたと思いました。
・
今日は,空気入れの中のことについて,また考えました。
自分の考えと,人の考えを比べたり,足して考えることで,どうなっているかが,わかってきました
。自分では考えられなかったところを人から取り入れることができました。これからも,見えないものを考えていくと聞いたので,これからも,しっかりと考えていきたいです。
共に学ぶ学習形態でなければ書かれることのない感想文であり,自分自身の成長を感じている感想である。絶対に正しいと思っていた考え方も,視点を変えたり,別の考え方を取り入れることにより修復し得ることを,生徒が受け止めているように思われる。
【物の見方・考え方に気付いた感想】
・
ひらめいた時,ものすごい気持ちよかった。まだまだ不完全な部分があったのは悔しかった。これを半面的に考えたため,思いうかばなかった部分もあった。
物事をいろいろな方向から捉えることが大切
だと思いました。
まさに,視点を変えることの重要性に気付いた感想である。見方を変えることにより新しい考えが浮かぶことを,身をもって体験したことがこの感想からうかがえる。
【腑に落ちた感想】
・
他の人の意見を聞いて本当に驚きました。考え方で少し似ていたけど,そこまで具体的に考えつきませんでした。中の筒の棒の部分に穴があいていると思ったけど,そうじゃなくて,中の丸い板に穴があいていたら
すごく話がうまく合います
。この筒の中は見れなかったけどいろんな意見が出て,すごく楽しかったです。
腑に落ちるためには,自分自身が十分に考え,検討し,悩む必要がある。何も考えていなければ,「なるほど。そうだったのか。」と深く納得することはできないであろう。この感想からも,十分な思考活動が行われたことが証明された。
6.まとめ
本実践の結果と考察について,以下のようにまとめた。
(1)
目に見えないものであったからこそ,科学的思考を深めることができた。
(2)
理論を考え出すことに重点を置いたため,複数の考えを正解とすることができ,追究意欲の向上につながった。
(3)
あえて分解・確認を行わず,互いの合意の上で理論を構築していくことにより,「科学の営み」を感じさせることができた。
(4)
話し合い活動により,互いの考えを深め,さまざまな考え方に触れるコミュニケーション活動の有効性が示された。また個々の生徒が話し合いの中心となり,個に応じた学びを行うことができた。
(5)
科学的なものの見方・考え方を養うことを目標とした理科の導入として適した教材であったと評価できる。
本実践以外にも,生徒の科学的思考力の育成を目指して,さまざまな教材で授業を実践したが,教材以外にも重要な点に気付いた。それは,以下に示した教師自身の姿である。
(1)
教師は教えるのではなく,生徒と共に追究し,共に学ぶ姿勢をもつ。
(2)
教師も生徒と同じように,常に問い直しを行う。
(3)
条件を変えれば,さまざまな答えが存在する(答えは一つではない)ことを認識する。
(4)
教師自身が授業の中で生徒と共に科学的な見方・考え方を養う。
7.おわりに
以上,近年自分が取り組んできた「科学的思考力を育むための中学校理科授業の実践」の一部を紹介させていただいた。
本年度は,県立中高一貫校の中等部1年生を対象に実践を行った。また前任校の一般公立中学では2年生・3年生を対象に実践を行った。この双方向空気入れの仕組みを考える活動は,発達段階に応じた到達目標を掲げれることにより,小学生でも夢中になって取り組むことができる内容であると言える。
より多くの子ども達に科学的なものの見方・考え方を身につけさせるために,今後もさまざまな実践に挑戦していきたいと考える。
最後に,web ページに於きまして,当実践を紹介させていただく機会を頂きましたことに深く感謝いたします。