授業実践記録

「知的好奇心を喚起し,主体的に課題解決に取り組む学習」
北海道教育大学附属札幌中学校
山岸 陽一

1.単元

単元『運動とエネルギー』 第2章 「力と運動」


2.教材観

(1)小学校の学習内容と選択実態調査より

 小学校5年生では,「糸につるしたおもりの運動」と「おもりが他のものを動かすとき」の一方を選択し学習することとなっているので,以下のようなアンケートを実施し,結果を得た。
質問1  小学校5年生のときに,「おもりを使い,おもりの重さや動く速さなどを変えて物の動く様子を調べ,物の動きの規則性について調べよう。」という学習を行い,下のア,イの学習のいずれかを選択しました。あなたはどちらを選択しましたか。

質問1  119名回答 アを学習した。30%(36名) イを学習した8%(10名) ウどちらも学習した54%(64名) エどちらも学習していない5%(6名) オ不明3%(3名)

同様に実施したアンケートで,次の質問2,3についても調査したところ,ある傾向がみえてきた。

質問2  学習していなくても全員が答えてください。右のおもりが一往復する時間を短くするには、どのような工夫をすればよいですか。おもりを押さずにある高さに持ち上げてから手をはなすだけとして、考えられる方法を書いてください。(複数可)
     
質問3  学習していなくても全員が答えてください。右の図の平らな面にある木片が動く距離を長くするためにはどのような工夫をすればよいですか。考えられる方法を書きなさい。(複数可)

 質問3については,特に間違った記述はみられず,いろいろな工夫が可能で正解に結びつく可能性の高い現象であると感じた。しかし質問2の回答例を大別すると「糸の長さを短くする。」「おもりを重くする。」「おもりを軽くする。」であった。質問1でアと答えた36名中33名は「糸の長さを短くする。」と答えていた。「おもりの重さを変える。」を合わせて答えた生徒は25%の9名であった。それに対して質問1でウと答えた生徒で「おもりの重さを変える。」を答えた生徒はウと答えた生徒の60%の38名であった。イと答えた生徒10名中,「おもりを重くする。」は1名しかいなかった。質問2でア,イ,ウと答えた生徒の数が違うので一概には言えないが,「おもりを使い,おもりの重さや動く速さなどを変えて物の動く様子を調べ,物の動きの規則性についての考えをもつようにする。」という学習の中で,2つのいずれかを選択した際,物体の運動の認識に差があると予測している。

 そこで生徒は「物体の運動を捉える際に,エネルギーの移り変わりや保存的な見方や考え方で捉えることが多いのではないだろうか。」というある程度の傾向性ととらえて,本単元の工夫にとりかかった。


3.教材の選択と準備

(1)教材の選択

 単元を工夫する際に,学習指導要領の以下の内容に着目した。
内容 ア 運動の規則性
 (イ)物体に力が働く運動及び力が働かない運動についての観察,実験を行い,力が働く運動では物体の速さなどが変わること及び力が働かない運動では物体は等速直線運動をすることを見いだすこと。

 小学校,中学校の学習指導要領より,本単元の構成を今一度考えたときに重視したのは,物体の運動自体への興味・関心を引き出し,エネルギー的な見方の学習の前に,運動を分析する観点を生徒たちにもたせたいという想いであった。そこで,中学校ででてくる「だんだん速くなる運動」「等速直線運動」「だんだん遅くなる運動」に関連を持たせ,運動を分析的に捉え,物体の運動の「速さ」と「斜面の角度や力」とのかかわりから運動を分類し,その運動の速さに対するある程度の確かな概念を構成させたいと考えていた。そこで,「だんだん速くなる運動」「等速直線運動」「だんだん遅くなる運動」の3つが組み合わさった運動として,東京上野の国立科学博物館でみた下の写真の運動であった。

 この現象が起こる理由を解決していくことを,単元構成の中心にすえ,下のような課題にまとめ生徒に問いかけることとした。生徒だけでなく大人も大いに迷う課題である。大人に問うても,中学生と回答傾向は似ており,「A,B同時に着く」という答えが一番多い。このときの理由付けの中心になっているのがエネルギーの保存的な見方や考え方である。理由にAと答える場合は「A,Bの距離を比べるとAが短いから」などの理由付けで,Bと答える人は極少数である。正解は「Bの方が早く着く」である。

【課題】  A.Bのコースで同じ高さから同時に小球を転がすとゴール(キ)地点に,どちらが先に到達するだろうか。

(2)教材の作成

1 シナランバー18mmの3×6板を4等分する。   2 4等分した木材を以下のとおり切る。


3 切り取った木材でA,Bコースを組み立て,配線レールのカバー1820mmを取り付けて完成です。

3   AとBのコースの違いは,Bのくぼんだ部分です。この課題の答えとして,Bコースのくぼんだ部分の速さは横方向において常にAを上まわっています。ですが,斜面の勾配がきつくなると縦方向に速さがましますので,Bの方が遅くなっていきます。斜面の角度にポイントがあります。また,意外なことにAコースとBコースの長さの違いは2cmしかありません。これを12セット作成しました。

(3)測定機器としてのデジタルカメラにおける動画の撮影の指導

 この実験において,生徒がデジタルカメラで運動を動画で撮影し,コマ送りで二つの鉄球の運動のちがいに気づいていくことが一番のポイントである。以前は運動解析ソフトなども使っていたが,デジタルカメラ本体で再生すると最善である。その後の学習で生徒が日常の運動を分析する際にも有効に活用していた。


4.授業展開

(1)目標

 運動を速さに着目して,機器を有効に用いて分析し,速さの変化の様子から3つに分類することを通して,2つの運動の違いを指摘することができる。

(2)展開

流れ ○生徒の学習活動 ・教師のかかわり 基礎・基本
 
運動を分析する方法について確認し,日常生活での速さが多様に変化する乗り物などを想起する。
   
教壇の前に集まり問題について,その条件などを中心に把握する。
運動を分析する方法について確認し,速さや向きが多様に変化する日常の乗り物などを想起させる。
実験装置を前にして前提課題を提示する。
 
 
【課題】  A.Bのコースで同じ高さから同時に小球を転がすとゴール(キ)地点に,どちらが先に到達するだろうか。
 
つかむ
(10分)
《前提課題の予想の交流》
自分の考えや仲間の意見を参考に予想を決定し,運動を分析するための視点を共有していく。
班の実験で現象を確認し,疑問を交流する。
生徒の発言から予想と理由を分類し,視点を共有していく。
確認実験を行い,課題を明確にする。
 
 
学習課題
AよりBの方が早くゴールにたどり着くのはなぜだろうか。
 
  《集団思考の場》    
解決する。
(30分)
【班】 ○互いの疑問から分析する視点を共有し機器や方法を決定していく。
機器: 1速度測定器 2デジカメ動画,コマ送
仲間と役割を分担して交替しながら実験に取り組み,発表を意識して結果をまとめる。
結果: アイ,ウエ 「だんだん速くなる運動」
イウ,エオ,イキ「速さが変わらない運動」
オカ 「だんだん遅くなる運動」

表現方法: 1 2画像 3グラフ
結果をもとにAとBの差異が起こる仕組みをそれぞれ考え,班で意見をまとめる。
互いの考えの論証性を評価し合う。
【学級】 ○班の発表をもとに,速さの変化で分類した運動がどのような仕組みで到着する早さの違いになるかを導き出す。
次のことを確認し解決を促す。
1 班での活動時間
2 学級として結論を出す時間
3 根拠(データ)の重要性
4 速さの変化を調べる必要性
5 誤差の取り扱い
班の活動を支援する。
疑問を引き出すことや妥当性を確認することを中心に話し合いに参加する。
運動の分析が正しいか。
それぞれの集団での実験や話し合いに積極的に参加しているか。
疑問や根拠をもとに論証的に話し合われているか。
機器を用いて運動を分析する技能

結果をわかりやすくまとめる表現
まとめる
(45分)
評価する
(50分)
下り斜面では「だんだん速くなる運動」であり,水平面では「速さが変わらない運動」,登り斜面では「だんだん遅くなる運動」である。下り斜面と登り斜面では速さが打ち消し合う。水平面の「速さが変わらない運動」がAより速い分だけ早くゴールする。
ワークシートをまとめ,自己評価を行う。
新たな問いを交流する。
結論を確認し,本時の学習内容と日常生活との関連を想起させる。
   
学習のまとめと自己評価を指示し,机間指導しながら内容を確認し新たな問いをひろい上げる。
運動における速さの変化による3つの分類の知識

(3)評価

 運動を速さに着目して,機器を有効に用いて分析し,速さの変化の様子から分類し,2つの運動の違いを指摘することができたか,観察評価とワークシートより評価する。


5.授業構成の工夫点とワークシートの記述より

(1)本題材における観点の目標

 本単元は,日常生活で視覚的にとらえにくい物体の運動を,機器などを活用した観察,実験を通して数値やグラフ,画像などに置き換えて分析することで物体の運動の規則性について理解していくことが主な学習の流れである。これによって日常生活と関連付けて運動の科学的な見方や考え方を養うことに大きな価値があり,目標は以下のとおりである。

(1) 物体の運動,運動と力について観察や実験を通して,意欲的に追求し,日常生活とむすびつけようとする。
(2) 諸事象を関連づけ整理しながら,物体の運動,運動と力の関係を類推することができる。
(3) 機器を目的に応じて使用し,観察や実験の結果を,速さや距離,時間などに留意し,変化などをグラフで表すことができる。
(4) 物体の運動において,加わる力の有無と速さの変化の関連,向きの変化などの関連について説明できる。

(2)集団思考の場の工夫

1小グループ(班)を中心とした観察・実験

 生徒の思考のもと課題解決が行われる必要があると考え,個人の問いや考えが表出され,活動しやすい小グループ(班)の活動を中心に行うこととした。また,単元の前半に運動を捉える方法や機器の使い方の技能,結果をまとめる表現方法などの習得を先に行った。

 また,役割分担(実験者,モニター役,補助者)を明確にし,ローテーションすることなど互いの見方や考え方が交流しやすいよう工夫した。以下ある生徒のワークシートの記述を載せる。グループで考察する良さや,表現の工夫の大切さが記述されている。



2学級での合意形成の工夫

学級全体で合意を形成するには,観察・実験の結果など根拠に基づいた説明が必要であると考え,有効な話し合いが行えるよう,発表の形態も含め普段の授業から指導すると共に,ホワイトボードやIT機器などの環境整備を行った。以下にある生徒のワークシートの記述をのせた。今回の課題の答えが記述されている。


6.おわりに

 紙面の関係上,生徒の観察・実験結果やワークシートの記述を多く載せることができないが,力の有無と運動の速さの変化の関わりについては,ねらいどおり視点を持って思考し,分類することができていた。運動を速さの変化から捉え,視点を持って分類することができることが今後の日常においても生かされる点であると考える。

 今回の授業をもとに,振り子の当時性などにも応用し,小学校で振り子を選択してきた生徒が,観察実験をもとに正しい概念を実感していけるように,単元を工夫して構成していくことが,義務教育で力学を教えていく上で大切であると感じている。
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