授業実践記録

「科学的な思考」を育成する指導法に関する研究
広島市立五日市南中学校
橋本 裕治

はじめに

 「生きる力」の育成を目指す学習の指導において,教育課程審議会答申では,「従来のような知識を教え込むような授業の在り方を改め,子どもたちが自分で考え,自分の考えをもち,それを自分の言葉で表現することができるような力の育成を重視した指導を一層進めていく必要があると考える」とされている。また,「これからの学校教育の在り方」において,「育成すべき資質・能力」の項目に,「論理的思考力や科学的思考力を育てること。」を挙げている。

 理科教育においては,生徒が自然の中から自ら問題を見いだし,目的意識をもった主体的・意図的な「観察・実験」を通して,問題解決能力や多面的,総合的な見方を培うことを特に重視している。これは,理科の目標の一つである「科学的な見方や考え方」を育成することの重要性が改めて認識されたものと捉えることができる。科学的な見方や考え方を育成するためには,「科学的思考力」を身につけることが極めて重要である。これは,ただ単に観察・実験を行うことではなく,生徒が主体的に観察・実験に取り組む過程の中で,身につけることができると考える。


1.「科学的な思考」と学習指導改善の手立て

(1) 「科学的な思考」とは
   文部省の中学校理科指導資料によると,「科学的な思考とは,自然の事物・現象から問題を把握し,その事象の生じる原因や仕組みを調べる観察・実験を計画・実施し,観察・実験の結果などを分析的・総合的に考察し,その中から規則性を見いだし,普遍的・一般的な科学概念を形成するとともに,既知の事柄や原理・法則などを基に,新たに直面した事象を論理的に説明しようとすることである。」としている。本研究では,育成する「科学的な思考」を,次のように設定した。
問題を解決するための観察や実験方法を考える。
観察,実験結果を考察し,規則性を見いだす。
基準を決めて分類したり,関係づけを行ったり,共通点と相違点を見つける。
データを読み取って計算するなど,結果を処理する。
因果関係をもとに結果を予想したり,類推する。
(2) 学習指導改善の手立て
   「科学的な思考」は,観察・実験を軸とする問題解決的な学習に主体的に取り組む過程で育つと考える。「なぜだろう」「調べてみたい。」「おかしい」という,思いや願いをもって生徒が学習を進めるとき,自ら考え判断しながら学んでいく学習が成立するのである。

 ところで,生徒は「既有の知識や考え」をもとにして自然事象を観察し,そこから問題を見いだすと考えられる。したがって,「自分が行っている」という意識を生徒がもって一連の問題解決的な学習を行うためには,生徒と自然事象の間に,生徒の「既有の知識や考え」を活用して解決しなければならない学びの状況をつくっていくことが必要である。本研究では,そのための教師の支援を以下のように設定した。
生徒の既有の知識や考えを把握する。
   生徒の「既有の知識や考え」を活用するためには,事前に生徒の「既有の知識や考え」を教師が把握したり,学習過程の中で,生徒一人一人の見方や考え方を表出させる工夫を図るとともに,生徒自身にそれを自覚させる必要がある。
認知的葛藤を生起させる課題の設定を工夫する。
   問題解決的な学習を行う上で,もっとも大切なことは,目的意識をいかに高めるかということである。学習において,生徒は既有の知識や考えをもとにして自然事象を観察し,そこから問題を見いだすと考えられる。したがって,目的意識をもたせるためには,生徒の既有の知識や考えと矛盾するような事例を提示し,認知的葛藤を引き起こしたり,知的好奇心や探求心を生じさせるような教材や発問,場面設定の工夫を図る必要がある。
他者との交流を図る。
   思考を深めるためには,自分と違う見方や考え方にふれることが必要である。そのためには,仮説を設定する段階や結果の考察段階において討論を行うことが有効である。討論をさせることで,自分の論理の弱点に気づいたり,自分が気づかなかった発想を知ることができ,思考する力が深まると考える。
既習事項や生活体験と関連づけるための工夫を図る。
 
「科学的な思考」を育てる学習過程
自然事象 他者
(情報交換,討論)
疑問や葛藤
生徒の既有の
知識や考え
問題解決的な学習
結論

結果の考察

観察・実験

仮説設定

課題把握
科学的な見方や
考え方
教師の支援
既有の知識や考えを活用した指導計画
認知的葛藤を生起させる課題の設定
交流する場の確保
既習事項や生活体験と関連づけるための工夫
図1 研究構想図
 問題解決的な学習のそれぞれの学習段階において,それまでに学習したことと関連づけたり,日常の生活場面や今後の学習においてどのように応用できるかなどを,具体的な例を挙げて考えさせることで,その解決方法や獲得した知識を別の場面で活用したり,知識を関連づけて構築することができる。学習によって,問題が解決されたとしても,その解決方法や獲得した知識を別の場面で活用できるまでに深まっていなければ,理解できたとは言えない。したがって,それまでに学習したことと関連づけたり,日常の生活場面や今後の学習においてどのように応用できるかなどを,具体的な例を挙げて考えさせる活動が必要であると考える。


2.実践授業の計画と実施

(1) 指導計画の作成

図3 指導計画
図2 水蒸気に関する生徒の認識
 質問紙法と概念地図法で気象現象に関する生徒の認識を調べた。水が蒸発して水蒸気になることを72%の生徒が認識している一方で,湯気が水蒸気であると考えている生徒が62%,水蒸気の温度が100℃以上であると考えている生徒が56%,雲は水蒸気でできていると考えている生徒が80%いることがわかった。生徒の水蒸気に関する認識は,状態変化としての水蒸気と,蒸発による水蒸気の2通りあり,それぞれが違うものであるととらえていると考えられる。単元「天気とその変化」においては,空気中の水蒸気が水滴に変わるしくみを,気温,気圧,湿度と関連づけて理解することが大きなねらいの一つである。したがって,空気中の水蒸気の認識を主体的な実験を通して,科学的なものに変容させ,飽和水蒸気量の考えを見いださせることができるよう指導計画を作成した。

(2) 授業の実施

1 課題の設定 【1時・2時】
 富士山の傘雲を提示し,この雲がどのようにしてできたのかを描画法で考えさせた。生徒の考えは,図4に示すように「海や川の水が太陽にあたためられ,上昇してできた雲が移動してできた。」「山の周りの水蒸気が集まって雲ができた。」の2つに大別された。この考えを基に討論を行った。討論を行うことで,水の状態変化と蒸発の認識が曖昧であることが表出した。また,蒸散や呼吸など,これまでの既習事項と関連づける発言が見られた。討論後,確かめたいことや調べたいことを多くの生徒が的確に記入していた。自分の考えと違う他者の考えを知ることで,自分の考えを自覚するとともに,認知的葛藤が生起し,自分自身の学習課題を明確にすることができたと考えられる。

 討論後に,これから学習したい課題を整理させると,ほとんどのクラスで図5の課題が設定された。

図4 富士山の傘雲ができる理由
討論の一部(教師の授業記録から)
「(山の周りの)水蒸気は,どこからでるのか?」
「雨が降って,山の中にある」
「山に雨が降ったら川に行くので,川や海がないと水蒸気はできない」
「山には木があるので木が生きていくのに水蒸気がないとおかしい」
あ〜蒸散じゃ!蒸散で水蒸気がでるわ!
「そう蒸散!蒸散で水蒸気をだす。
「蒸散の水蒸気で雲ができるのなら,人間の呼吸でも水蒸気はでていることになる。それだけじゃたりない!」・・・・・(省略)・・・・
「水蒸気は,水が沸騰して100℃にならんとできんのに,なんで空気中にあるのかわからん!
「水が蒸発したら水蒸気になるじゃん!
「何で?」
課題1 雲は何からできているのか。
課題2 水蒸気は空気中のどこにでもあるのか。
課題3 水蒸気はどこからでてくるのか。
(100℃じゃなくても水蒸気になるのか?)
課題4 雲はどのようにしてできるのか。
図5 生徒が設定した学習課題拡大する

2 課題2・3の追求【4時〜7時】
既習事項
水蒸気は冷えると水になるから空気を冷やすと水滴が出てくる
葉は気孔から水蒸気をだす。(蒸散)
水は100℃になると水蒸気になる。
呼気の成分には水蒸気が含まれる。
生活経験
寒い冬に息をはいたら白くなる。寒くないときは水蒸気ではないか。
冷たいお茶を夏に外に出していると水滴がつく。
冷凍庫とをあけると白い霧みたいなものがもやーとでてくる。
寒い時,部屋が暖かいと窓に水滴がつく。
みかんの皮がひからびるのは水分がでているからではないか。
せんべいとかが湿気る。
運動した後に,顔がほてって,顔から湯気がでてくる。
雨が降った後,はれたら土が乾いていた。
料理の時コップにラップをしたらラップに水滴がつく。
洗濯物を乾かすと水分がなくなっているので水が蒸発したことになる。
朝の森にはもやがある。
押し入れに乾燥剤がある。(水がないところ)
気温が100℃にならなくても水は蒸発する。
お風呂のお湯が100℃じゃなくても湯気がでてくる。
図6 生徒が考えた既習事項・生活体験拡大する

 課題解決に役立ちそうな既習事項,生活経験をワークシートに記述し,実験計画を立て,図7,図8のような課題追究を行った。
←いろいろな場所で,コップのまわりに水滴がつき始める温度(露点)を調べた。場所によって変わらないと報告するグループと場所によって違うと報告するグループがあった。これにより,「空気中の水蒸気はなぜ水滴になるのか?」という新たな課題が見いだされた。

←教室,グランド,山に,乾燥剤を置き,重さの変化で空気中に水蒸気があることを確かめた。お菓子が湿気ることから考えた。
←グランド,理科室,山の空気をビニール袋に集め,冷凍庫へ入れ,氷がつくことで水蒸気があることを確かめた。氷を発見したとき喜ぶ生徒が多かった。
図7 課題2「水蒸気は,空気中のどこにでもあるのか?」の追究活動のようす

 この他にも,ぞうきんをビニール袋に入れて日向と日陰に干して調べたり,車の排気ガスや人間の呼気や手からでる水蒸気を集めたり,それぞれが,こだわりをもった課題追求を行った。生活経験や既習事項をあらかじめ考えさせることが有効であったと考える。対照実験を意識して行ったり,思ったような結果が得られず,実験方法を訂正したり,新しく考え直したりしながら実験を行う姿も多く見られた。実験計画から生徒の手によって行わせることで,実験が自分のものになっていったものと考える。授業の前から実験を始めたり,放課後や休憩時間を利用して実験を行う姿が大変印象的であった。
←(左)ビニール袋に,グランドの土と山の土,枯れた植物と生きている植物を入れて,しばらく放置し,枯れた植物以外に水滴がつくことを確かめた。
←(右)みかんの皮から水蒸気が出ていることを確かめた。
 多くの生徒が,植物の蒸散や土から水蒸気が出てくることを確かめる実験を行った。これは,課題設定における認知的葛藤を解消するためであると思われる。

 水の沸騰を調べ,100℃以下で水蒸気が発生することを確かめた。火を近づけるとフラスコが白くなることに気づき,温度変化が原因ではないかと考えた。ドライヤーで暖めた後,ガスの燃焼に視点を変え,ろうそくを燃やす実験を行った。ガスの中の水素が燃えて水ができることもあわせて報告した。
図8 課題3「水蒸気は,どこから出てくるのか?」の追究活動のようす

3 新たな課題の表出【8時】
 それぞれの実験結果の発表会を行った。生徒Aは,水滴がつき始める温度は,4℃〜5℃であると報告したが,生徒Bは自分の実験結果から,それは違うと反論した。周りの温度によってかわると説明したが,その考えは受け入れられなかった。討論の中で,生徒Cが,「冷やしていないのに,水蒸気が水滴になるのはなぜか」と質問をしたが,だれも,明確な説明ができなかった。そこで,「水がつき始める温度は何で決まるのか?」「冷やしていないのに水が出てくるのはなぜか?」を新しい課題とした。
図9 生徒Aの考え
図10 生徒Bの考え
図11 生徒Cの疑問

4 課題の解決【9時・10時】
 既習事項や生活経験を想起させ,討論を行うことで,生徒は溶解度と再結晶の考え方と関連づけ,「空気中に含むことができる水蒸気量は,温度によって決まっている」ことを見いだした。そして,溶解度曲線を利用して,「空気が冷えると水蒸気が水になる」ことをモデルを使って説明することができた。
図12 溶解度と関連づけた生徒
図13 討論のようす

3.授業の分析・考察

(1) 指導計画の作成

1 単元末調査の結果
 単元終了後,調査テストとアンケート調査を実施した。調査テストは,平成13年度小中学校教育課程実施状況調査の問題から抜粋し,科学的思考5問,技能・表現5問,理解4問で作成した。3観点とも全国通過率を大きく上まわっており, 集団別(CRT検査での科学的思考3段階評価により分類)の平均点が, 上位群・中位群・下位群で差が少ないという結果になった。アンケート調査の結果,98%の生徒が意欲的に取り組めたと評価しており,授業中楽しいと感じることがあると答えた生徒が96%いた。討論を行う授業,実験方法を自分で考える授業,少人数での学習を肯定する生徒はそれぞれ81%,91%,90%であった。これらのことから,ほとんどの生徒が主体的に問題解決的な学習に取り組み,単元の学習内容を概ね身につけることができたと考えられる。

図14 調査テストとアンケート調査の結果

(2) 個の分析・考察

 CRT検査での科学的思考3段階評価により分類した3つの集団から任意に抽出した生徒について,学習前後の概念地図とワークシートの記述から分析・考察を行った。

図15 生徒Aの概念地図の変容
○ 定着が十分でない 生徒C
 水蒸気は,海の水が蒸発してできると考えたので,蒸散で水蒸気ができることを確かめた。実験計画は班員の協力を必要としたが,葉の蒸散,みかんの皮から水蒸気がでていることを確かめ,報告することができた。発表会で,「なぜ,冷やしていないのに水滴がつくのか?」と疑問をもった。再結晶と関連づけることはできたが,モデルで具体的に説明するまでには至らなかった。思考力テストでは,露点が違う理由を適切なモデルで説明することができた。学習前の概念地図では,それぞれのカードを漠然とつなぎ合わせることしかできていないが,学習後は,雲を中心にして,気圧,温度,湿度を適切に関連づけられているのがわかる。特に,雲ができる高さを湿度の大きさで説明している。

○ ほぼ定着している 生徒B
図16 生徒Bの概念地図の変容
 空気中のどこにでも水蒸気があると考え,水が100℃にならなくても蒸発することを確かめた。いろいろな場所の露点を調べ,他の班の結果と比較し,なぜ露点が違うのかと疑問をもった。再結晶と結びつけて,空気中の水蒸気量によって露点が変わることを説明することができた。学習前は,水蒸気と気圧,温度を関連づけられなかったが,学習後,気圧を中心にして,温度,湿度,水蒸気量を関連づけて雲をとらえることができている。

○ 十分定着している 生徒A
 海の水が蒸発して水蒸気が発生すると考えたが,討論を通して空気中の水蒸気の認識が不明確であることを自覚した。そのため,「水蒸気は何か」「水蒸気はどこからくるのか」「空気中に水蒸気はあるのか」「雲は水蒸気なのか」という課題を設定し, 実験によりこれを確かめることができた。発表会では,発表者の考えを自分なりに解釈していた。 冷やさなくても水滴が出てくること,露点が違うことを溶解度や湿度が違うと洗濯物の乾き方が違うことから説明することができた。学習前には,雲を水蒸気,湿度,温度と不十分ではあるが関連づけている。学習後は,気象現象を温度,湿度,気圧とより科学的に関連づけてとらえている。

図17 生徒Aの概念地図の変容 図18 生徒Aの第9時のワークシート

4.成果と課題

(1) 成果

事前調査で生徒の実態を把握することで,生徒の認知的葛藤を誘起させる指導計画の作成,問題設定場面の工夫が可能になり,それにより生徒の学習意欲を高めることができた。
描画法,概念地図は,生徒の考えを整理・自覚させるために有効であり,それを活用することで課題把握が容易になり,討論を活発におこなわせることができた。
他者と交流を行うことで,多様な視点を取り入れた学習活動が展開され,学習を深めることができた。
一連の問題解決的な学習は,科学的な市区を高めるために効果的である。

(2) 課題

本実践の授業には多くの時間を必要とする。そのため,年間計画の中に意図的に位置づけ,考える場面,教える場面を明確に設定することが必要である。
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