広島市立五日市南中学校 橋本 裕治 |
はじめに 「生きる力」の育成を目指す学習の指導において,教育課程審議会答申では,「従来のような知識を教え込むような授業の在り方を改め,子どもたちが自分で考え,自分の考えをもち,それを自分の言葉で表現することができるような力の育成を重視した指導を一層進めていく必要があると考える」とされている。また,「これからの学校教育の在り方」において,「育成すべき資質・能力」の項目に,「論理的思考力や科学的思考力を育てること。」を挙げている。理科教育においては,生徒が自然の中から自ら問題を見いだし,目的意識をもった主体的・意図的な「観察・実験」を通して,問題解決能力や多面的,総合的な見方を培うことを特に重視している。これは,理科の目標の一つである「科学的な見方や考え方」を育成することの重要性が改めて認識されたものと捉えることができる。科学的な見方や考え方を育成するためには,「科学的思考力」を身につけることが極めて重要である。これは,ただ単に観察・実験を行うことではなく,生徒が主体的に観察・実験に取り組む過程の中で,身につけることができると考える。 1.「科学的な思考」と学習指導改善の手立て
2.実践授業の計画と実施 (1) 指導計画の作成
(2) 授業の実施 課題の設定 【1時・2時】 富士山の傘雲を提示し,この雲がどのようにしてできたのかを描画法で考えさせた。生徒の考えは,図4に示すように「海や川の水が太陽にあたためられ,上昇してできた雲が移動してできた。」「山の周りの水蒸気が集まって雲ができた。」の2つに大別された。この考えを基に討論を行った。討論を行うことで,水の状態変化と蒸発の認識が曖昧であることが表出した。また,蒸散や呼吸など,これまでの既習事項と関連づける発言が見られた。討論後,確かめたいことや調べたいことを多くの生徒が的確に記入していた。自分の考えと違う他者の考えを知ることで,自分の考えを自覚するとともに,認知的葛藤が生起し,自分自身の学習課題を明確にすることができたと考えられる。 討論後に,これから学習したい課題を整理させると,ほとんどのクラスで図5の課題が設定された。
課題2・3の追求【4時〜7時】
この他にも,ぞうきんをビニール袋に入れて日向と日陰に干して調べたり,車の排気ガスや人間の呼気や手からでる水蒸気を集めたり,それぞれが,こだわりをもった課題追求を行った。生活経験や既習事項をあらかじめ考えさせることが有効であったと考える。対照実験を意識して行ったり,思ったような結果が得られず,実験方法を訂正したり,新しく考え直したりしながら実験を行う姿も多く見られた。実験計画から生徒の手によって行わせることで,実験が自分のものになっていったものと考える。授業の前から実験を始めたり,放課後や休憩時間を利用して実験を行う姿が大変印象的であった。
新たな課題の表出【8時】 それぞれの実験結果の発表会を行った。生徒Aは,水滴がつき始める温度は,4℃〜5℃であると報告したが,生徒Bは自分の実験結果から,それは違うと反論した。周りの温度によってかわると説明したが,その考えは受け入れられなかった。討論の中で,生徒Cが,「冷やしていないのに,水蒸気が水滴になるのはなぜか」と質問をしたが,だれも,明確な説明ができなかった。そこで,「水がつき始める温度は何で決まるのか?」「冷やしていないのに水が出てくるのはなぜか?」を新しい課題とした。
課題の解決【9時・10時】 既習事項や生活経験を想起させ,討論を行うことで,生徒は溶解度と再結晶の考え方と関連づけ,「空気中に含むことができる水蒸気量は,温度によって決まっている」ことを見いだした。そして,溶解度曲線を利用して,「空気が冷えると水蒸気が水になる」ことをモデルを使って説明することができた。
3.授業の分析・考察 (1) 指導計画の作成単元末調査の結果 単元終了後,調査テストとアンケート調査を実施した。調査テストは,平成13年度小中学校教育課程実施状況調査の問題から抜粋し,科学的思考5問,技能・表現5問,理解4問で作成した。3観点とも全国通過率を大きく上まわっており, 集団別(CRT検査での科学的思考3段階評価により分類)の平均点が, 上位群・中位群・下位群で差が少ないという結果になった。アンケート調査の結果,98%の生徒が意欲的に取り組めたと評価しており,授業中楽しいと感じることがあると答えた生徒が96%いた。討論を行う授業,実験方法を自分で考える授業,少人数での学習を肯定する生徒はそれぞれ81%,91%,90%であった。これらのことから,ほとんどの生徒が主体的に問題解決的な学習に取り組み,単元の学習内容を概ね身につけることができたと考えられる。
(2) 個の分析・考察 CRT検査での科学的思考3段階評価により分類した3つの集団から任意に抽出した生徒について,学習前後の概念地図とワークシートの記述から分析・考察を行った。
水蒸気は,海の水が蒸発してできると考えたので,蒸散で水蒸気ができることを確かめた。実験計画は班員の協力を必要としたが,葉の蒸散,みかんの皮から水蒸気がでていることを確かめ,報告することができた。発表会で,「なぜ,冷やしていないのに水滴がつくのか?」と疑問をもった。再結晶と関連づけることはできたが,モデルで具体的に説明するまでには至らなかった。思考力テストでは,露点が違う理由を適切なモデルで説明することができた。学習前の概念地図では,それぞれのカードを漠然とつなぎ合わせることしかできていないが,学習後は,雲を中心にして,気圧,温度,湿度を適切に関連づけられているのがわかる。特に,雲ができる高さを湿度の大きさで説明している。 ○ ほぼ定着している 生徒B
○ 十分定着している 生徒A 海の水が蒸発して水蒸気が発生すると考えたが,討論を通して空気中の水蒸気の認識が不明確であることを自覚した。そのため,「水蒸気は何か」「水蒸気はどこからくるのか」「空気中に水蒸気はあるのか」「雲は水蒸気なのか」という課題を設定し, 実験によりこれを確かめることができた。発表会では,発表者の考えを自分なりに解釈していた。 冷やさなくても水滴が出てくること,露点が違うことを溶解度や湿度が違うと洗濯物の乾き方が違うことから説明することができた。学習前には,雲を水蒸気,湿度,温度と不十分ではあるが関連づけている。学習後は,気象現象を温度,湿度,気圧とより科学的に関連づけてとらえている。
4.成果と課題 (1) 成果
(2) 課題
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