授業実践記録

研究の過程を通して知の総合化を図るカリキュラム開発 〜単元「エネルギーの移り変わり」を通して〜
香川県高松市 中学校理科教諭

1.はじめに―研究主題について―

 今回の研究主題を次のように捉えている。

「探究」とは・・・
   「探究」という言葉についての捉え方は理科教育の中で,さまざまに言われているが,本領域では「探究」は主体的な活動であることを重視しており,理科学習における「探究」を「科学の基礎的概念や法則を教師の適切な計画と手助けによって,主体的に生徒自身が発見できる学習活動であり,その活動は技能や思考を駆使し,自然に働きかけ,目的をもって課題を解決していく一連の行動」と捉えている。端的に言えば,ここで用いている「探究」と「目的をもって探究する」こととは同義と考えている。
   
「探究の過程」とは・・・
   「探究の過程」と「科学の方法」について,1972年,ブルーナーの「「探究の過程」とは,問題の発見,実験によるデータの収集,データの処理,解答の発見など,探究活動の中で行われる一連の過程を指し,それをさらに具体的に考えると,観察,実験,測定,記録,分類・・・というような「科学の方法」が必要になると考えられる。」という考えに基づき,その違いを捉えている。また,本領域は,「科学の方法」の分類については,1991年,下川が分類し,定義した「プロセススキル」(以下「スキル」とする)をもとにして研究を進めている。
   
「知の総合化」とは・・・
   探究活動において,得られるさまざまな情報を総合的に考察し,自分の考えをまとめ,表現することは非常に重要なことである。また,このような学習に取り組むことによって科学的な思考や判断力が深められ,「自然を調べる能力や態度の育成」が図られる。この得られた情報を総合的に判断していく力を養うためには,既有の知識や考えが有機的に結びつかなければならない。このことは,新指導要領の解説にもあるように「今後は,多くの知識を教え込むことになりがちであった教育の基調を転換し,生徒が自らの力で知識を獲得し,理解し体系化していくことが重要である」ということからもうかがえる。

 本研究では,学習によって得られた知識が単なる断片的に記憶されるものではなく,それらの知識が他の知識と有機的に結びつき,さまざまな問題解決において活用され,さらに新しい知識を生み出す原動力になることが必要であると考え,このような知識の結びつきを「知の総合化」と名付けた。


 以上のような考えのもと,「目的をもって自然を探究する能力や態度」を養うためには,探究の過程において,スキル(以下,「プロセススキル」とする)を駆使した探究活動が行われることと,探究活動によって得られた知識が有機的に他の知識と結びつくことが必要であると考え,それらが効果的に行われるカリキュラムの開発を試みることとし,「探究の過程を通して知の総合化を図るカリキュラム開発」と研究主題をおいた。


2.研究の方法

(1) 獲得した知識を統合化し,探究の過程を重視したカリキュラムの開発

 教師の意図と生徒の実態をもとに,生徒が目的意識を持った探究活動を通して獲得した知識が体系化できるよう学習内容の配列を行う。そして,配列した学習内容を検討し,各授業で主となるスキルを抽出し,探究の過程がカリキュラム全体を通して効果的に行えるように工夫する。

(2) 学習指導過程の検討(学習指導案の作成)

 1時間の生徒の探究過程の明確化を図る。

(3) カリキュラムの評価

 今回,実践したカリキュラムの実現性および,効果について検討を行う。


3.単元「エネルギーの移り変わり」での実践

(1)カリキュラムの開発

 あらゆるエネルギーの知識が探究活動を通して体系化されるためには,エネルギーの移り変わり を理解した上で,エネルギーどうしを比較したり,さまざまなエネルギーに関する知識を用いて,課題を解決したりしていくことが必要であると考えた。そこで,各学習内容に位置づけたプロセススキルを配列し,下のようなカリキュラムを作成した。

【授業で使われるスキル過程】 ○:その授業で重視するスキル過程,◎:主に単元内での学習で得た知識
【学習で得られる知識と結び付けたい知識】 ○:主に身近なもの,●:主に過去の単元での学習,◎:主に単元内での学習で得た知識
【授業で使われるスキル】 水色:その時間に重視したいスキル,ピンク:単元全体で重視したいスキル
スキルは相互につながりをもつが(スキル過程),ここでは省略している。

主題・題材
(時数)
学習内容 授業で使われるスキル 学習で得られる知識と
結び付けたい知識
エネルギーとは何か。(2)
日常生活のいろいろな現象について,エネルギーと関係ある物を選び,発表する。
仕事についての説明を聞く。
実際の現象から,エネルギーをもつ物は,仕事ができる状態にあることを見いだす。
身近にあるエネルギーを見つけ,実際に仕事ができるかどうか確かめる実験を計画する。
伝達
 
 
 
実験
前時での仕事の知識
電気が仕事をする事例
熱が仕事をする事例
光が仕事をする事例
動いている物体が仕事をする事例
ばねが物体に仕事をする事例等
前時に立てた計画に基づき,実験を行う。
実験結果の発表という他の班との交流を通じてさまざまなエネルギーの存在を知る。
実験
伝達
エネルギーは移り変わるか(2)
前時の実験の中から,エネルギーが移り変わっていることを確認し,その中でエネルギーが移り変わっても,仕事ができることを見いだす。
エネルギーが移り変わると,できる仕事移り変わりの量はどうなるか調べる実験を行う。
単位を統一すれば,いろいろなエネルギーを比較しやすいことを知る。
推論
実験
伝達
前時のエネルギーの知識
仕事の求め方
熱量・電力の単位
熱量の求め方
電力量の求め方
発電のしくみ
ふりこ
太陽電池 など
移り変わったエネルギーの量を確かめるため,1つのエネルギーを変換させ,そのエネルギーができる仕事の量を測定し,その量の変化を調べる実験を行う。
実験結果から元のエネルギーと変換したエネルギーとで,できる仕事の量が変わる理由を考える。
エネルギーの保存について説明を聞く。
実験
測定
推論
エネルギーを大きくするには(2)
見つけたエネルギーの中から位置エネルギーを取り出し,位置エネルギーについての説明を聞く。
物体がもつ位置エネルギーの大きさを調べる実験を行う。
この実験で,条件統一の必要性を考える。
実験を通して,物体のもつ位置エネルギーと物体の質量,基準面からの高さとの関係を見いだす。
弾性エネルギーについて説明を聞く。
条件
実験
測定
データ
仕事の求め方
エネルギーをもつもの
重い物体が落ちるとき
条件統一 など
前時の位置エネルギーの実験で,落下する速さが大きくなると,大きな仕事ができることから,物体の速さと仕事が関係を見いだす。
運動エネルギーについての説明を聞く。
物体がもつ運動エネルギーの大きさを調るための実験を行う。
この実験を行う中で,条件統一の必要性を考える。
実験を通して,物体のもつ運動エネルギーと物体の質量,速さとの関係を見いだす。
条件
実験
測定
データ
記録タイマーの利用法
交通事故の衝撃
落下物の危険性
ふりこ など
力学的エネルギーの保存(1)
ふりこの実験の結果から,力学的エネルギーは保存されることを見いだす。
実験
推論
エネルギーの保存
ふりこ
ジェットコースター
ケーブルカー など

(2)学習指導課程(第4時)

1目標
身近なエネルギーの存在を見つけながら学習に取りくむことができる。(関心・意欲)
エネルギーを利用して,仕事をさせ,その量を測定することができる。(技能・表現)
実験の結果から,同じ量のエネルギーでも,移り変わる過程が違うと仕事の量が変わることに気づき,その原因を考えることができる。(科学的な思考)

2学習指導過程




学習活動・内容 教師の指導・支援 評価の観点と方法




1. 学習課題を把握する。
   
同じエネルギーであれば,どのようなエネルギーに移り変わっても仕事の量は同じかどうかを考える。
   
学習課題を確認する。
 
具体的な例をあげ,エネルギーは他のさまざまなエネルギーに変換できることに気づかせる。
 
エネルギーは移り変わっても保存されるかどうか調べよう。

2. 1つのエネルギーを他のエネルギーに変換させて,した仕事の量を測定する。
   
さまざまなエネルギーに変換したとき,単位を同じにして考えれば,比べやすいことに気づく。
1つのエネルギーを他のエネルギーに変換させる方法を考える。
実験を行い,仕事の量を測定する。
 
 
 
熱や電気のエネルギーは仕事をさせなくても,Jという単位を使えば,計算によって求めることができることに気づかせ,実験前の予想を立てる際に参考になることを伝える。
はじめに助言した具体的なエネルギーの変換の例を思い出させる。
 

 
元のエネルギーが何のエネルギーに移り変わるのかを理解させた上で実験に取り組ませる。
変換されたエネルギーによって,した仕事の量を比べるために,同じ質量のおもりを同じ高さまで持ち上げる仕事をすることを伝える。
生徒が実験の計画を立てやすいように,エネルギー変換の道具,おもりを持ち上げる道具を準備して提示する。
興味を持って,実験できているかを生徒の活動のようすから判断する。

3. 自他の実験結果より,同じエネルギーでも,変換したエネルギーによって,仕事の量に違いができることに気づく。
   
変換したエネルギーが理論的に求めることが可能であれば求め,実際の仕事の量とくらべる。
なぜ,変換すると,仕事の量に差がでるのかを話し合う。
話し合った結果をまとめてグループごとに発表する。
 
 
 
 
 
グループの内での話し合いでは,課題に迫るため観点を明らかにして話し合う習慣を身につけさせる。
わかりにくいグループについては,机間指導を行う。
以下,発表に関しては適宜,ホワイトボードを活用するように伝える。
 
 
 
 
 
実験結果に基づき,話し合いができているかを話し合いのようすから評価する。
今まで学習した内容と結びつけながら推論できているかを話し合いのようすやワークシートの記入内容から評価する。
授業で得た知識を利用して,自分の考えをまとめられたかを発表のようすやワークシートの記入内容から評価する。




4. エネルギーの保存についてまとめ,今後のエネルギーの活用について考える。
 

     

(3)カリキュラムの評価

 今回のカリキュラムにおいて,生徒の自由な思考に対応できるだけの準備が難しく,準備段階での時間の余裕は検討の必要があると感じた。また,今回のカリキュラムにおいて,十分に生徒の考えやその評価に対応はできておらず,スキルの習熟および,知の総合化に関しては,さらに授業内容に工夫が必要とされる。また,さらに知の統合化においては,画一化したカリキュラムではなく,生徒の興味・関心や理解度,知識・技能の定着度を把握し,その後,そのカリキュラムが適正であったかを判断する必要があると感じた。またその際,生徒の実態やそのクラスの実態も考慮し,判断し,判断した結果に基づき,補足や訂正を加えることができれば,より高度なものにカリキュラムの流れを変えていくことができるのではないだろうかと考える。そのためには,その授業を受けもつ教師だけでなく,その他の教師(TT等での)を通じての評価が必要になってくる。そこで,今後の課題の1つとして,TT等の活用法においても研究を進めていきたい。


4.成果と課題

 今回,エネルギーを出発点として,自由に連想するものとしてイメージマップを書かせた。この書かせ方については,知の総合化と結びつかない点もあるが,生徒のほとんどが,事後のイメージマップの方に,知識の広がりやつながりを見せた。書かせ方に問題はあるものの,エネルギーを相互に結びつけた考え方のできる生徒が増加していたと捉えることはできる。

事前   事後
 

 このことは,今回のカリキュラムが,生徒の思考の中で,エネルギーを断片的な知識としてとらえるのではなく,エネルギー相互のつながりや知識の体系化を促したのではないかと思われる。まだまだ,不完全ながらも,今回のカリキュラムのある程度の成果を得たと言いたい。

 今後の課題として,各時間ごとに評価基準を作成し,その結果をもとにして変更できる,TTを活用したカリキュラムの開発があげられる。また,イメージマップの中心に言葉でなく,問題(課題)として書かせる工夫や,評価の観点を工夫することで,知の統合化の評価・確認方法についての研究もさらに進めていきたい。
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