授業実践記録

生徒の科学的な思考力を高める理科教材開発の研究
滋賀県守山市立守山中学校
浅野 裕
本論の要旨
 本研究は,「電流とその利用」の単元において,生徒の科学的な思考力を高めさせるようにするためにはどのようにすればよいのかを,生徒の興味・関心のある教材開発を行い,実際の授業から検証するものである。身近になりつつある電磁調理器を用いて,電磁誘導の現象を見いださせて,科学的な思考力を高める学習をすすめるようにした。

キーワード
電流とその利用,電磁誘導,電磁調理器,科学的な思考


1.研究主題によせて

 (1) はじめに

 理科において,科学的な思考力とは,「自然の事物・現象のなかに問題を見いだし,目的意識を持って観察,実験などを行うとともに,事象を実証的,論理的に考えたり,分析的,総合的に考察したりして問題を解決する」(文部科学省「指導要録の改善に関する通知」より)ことである。生徒の科学的な思考力を高めようとすると,思考する時間の確保が必要になってくる。今までは,時間がないので十分に思考させずに終わっていた単元が少なからずあった。

 平成14年度より新学習指導要領による新教育課程が全面実施されたが,そこでは,内容が大きく削減・移行されている。このことのねらいは,「内容を厳選」することで,「基礎・基本の定着」や「ゆとり」のなかで「生きる力」を育むということを実現しようとしているのである。そこで,この「ゆとり」を利用して,生徒にじっくりと自然事象について考えさせ,科学的な思考力を高めさせたいと考えた。

 (2) 研究の目的

 「電流とその利用」の単元で扱う電流は,目に見えないため,抽象的で概念が理解しにくい。そのために,生徒にとって身近な静電気を取り扱い,電流の概念をモデル化して考えさせ,静電気と回路を流れる電流との関係に気付かせることや,電磁調理器を用いて,電磁誘導の現象を見いださせて,より電流に対する興味・関心を持たせ,科学的な思考力を高めさせたいと考えた。

 特に,「電流と磁界」の内容では,磁界中のコイルに電流を流すと力が働くこと及びコイルや磁石を動かすことにより,電流が得られることを見いだすことが主なねらいであるが,この学習で生徒が,日常生活と結びつけて,知っているものは,自転車のライト用の発電機程度であり,今一つ身近に感じていない。

 そこで,近年,加熱器具として身近なものとなってきた電磁調理器を使うことによって,電磁誘導をより身近なものとして感じられるのではないかと考えた。電磁調理器を使って,豆電球を点灯させたり,アルミニウム箔を浮かせたりする実験を行うことによって,既習の学習内容と関連付けて,その現象がなぜ起こるかを推し量らせる。そのことによって,磁界の変化によって誘導電流が発生することを深く理解でき,さらに科学的な思考力を高めさせることができると考える。

2.教材開発の視点から

 (1) 「電流と回路」における教材開発

 電流は抽象的で概念が理解しにくい。そのために,生徒にとって身近な静電気を取り扱い,電流の概念をモデル化して考えさせ,静電気と回路を流れる電流との関係に気付かせる。

 具体的には,電気クラゲの実験と,静電気による蛍光灯の点灯の実験を行い,静電気が発生する仕組みや,静電気によって蛍光灯が点灯する理由を考えさせる。そして,静電気と回路を流れる電流との違いを考えさせる。以下にワークシートの一部を示す。



 (2) 「電流と磁界」における教材開発

 電磁調理器を使って,豆電球を点灯させたり,アルミニウム箔を浮かせたりする実験を行うことによって,興味・関心を高めさせ,電磁誘導の学習内容と関連付けて,その現象がなぜ起こるかを推し量らせる。以下に学習過程の一部を示す。


課程 学習内容・活動 評価()・配慮事項
導入
(1) 電磁調理器を知る
電磁調理器について知る。
生徒にとって身近で魅力ある教材を使うことによって,実験への興味・関心を持たせる。
展開
(2) 実験1の方法の確認
実験1の方法を知る。
 
 1.  電磁調理器の上に豆電球の導線をコイルにして置く。
豆電球と導線1本で作ったコイルを渡す。
コイルは電磁調理器の中央に置くようにさせる。
 2.  電磁調理器のスイッチを入れ,豆電球がどうなるか調べる。
電磁調理器の「加熱」「揚げもの」どちらのスイッチを押してもよいことを知らせる。
実験に興味・関心が持てたか。
(関心・意欲・態度)
 
(3) 実験
実験用具を準備し,手際よく協力して実験をする。
準備ができた班からスイッチを入れるのではなく,全班一斉にスイッチを入れさせ,実験結果に対する興味を高めさせる。
 
(4) 結果の発表
結果を発表する。
豆電球が点灯した。
 
 
(5) 考察
豆電球が点灯する理由を調べる実験を班で工夫して行う。
コイルを1重にする。
コイルの巻き数を多くする。
コイルの置く位置を変える。
コイルの高さを変える。
コイルのなかに鉄心(缶ペンケース)を入れる。
いきなり理由を考えさせるのではなく,十分実験をさせて思考を高めさせる。
< 机 間 支 援 >
実験の工夫ができない班にはヒントを与える。
実験器具を正しく使い,工夫して実験が行えているか。       (技能・表現)
   
実験結果から,電磁調理器の内部を想像し,豆電球が点灯する理由を考え,発表する。
電磁調理器の内部のコイルから発生した磁界によって,コイルに誘導電流が流れ, 豆電球が点灯した。
磁界が発生することから想像させる。
調理器の内部の写真を見せて確認させる。
電球が点灯するのは,誘導電流の発生と関連付けて推し量らせる。このとき,自分の考えをしっかり持たせる。
豆電球が点灯する理由を見いだせたか。
(科学的な思考)
まとめ
(6) 本時のまとめ
本時のまとめを聞く。
電磁調理器の磁界の変化によって,誘導電流が発生して,豆電球がつく。
自分の考えをしっかり持ち,よく考えたことを評価する。
電磁調理器の磁界の変化によって,誘導電流が発生することを理解できたか。
(知識・理解)

3.まとめ

 (1) 成果

 静電気によって電気クラゲが浮くことや蛍光灯が点灯すること,電磁調理器の上にのせた豆電球が点灯することやアルミニウム箔が浮くことは生徒にとってとても興味・関心があり,楽しみながら実験を行った。しかし,その理由がわからず頭を抱える生徒が多かった。生徒たちは理由を知りたいために,ああでもない,こうでもないといろいろとお互い議論をしながら推し量って考えていた。生徒が自由に自分の考えを持つように指示したため,様々なことが考えられ,思考力を高められたのではないかと考える。

 特に,電磁調理器を使った実験は,昨年度は教師の演示実験であったため,自分たちでいろいろと確かめたいと思っていても,それができないので,深くまで掘り下げた思考はできなかった。今年度は班ごとに実験を行わせたので,非常に興味・関心を持って授業に取り組み,自分たちで考えた様々な工夫を加えながら実験を行うことができ,その現象についてさらに深く考えられた。

 授業後の感想には,「電磁調理器を使って様々な実験に取り組み,電磁調理器の仕組みや誘導電流について考えられてよかった。」「自分の意見を大切にして,相手の意見と比較することができてよかった。」というものが多く,思考力を高めることができたと考える。

豆電球が点灯する理由を考えるために生徒が工夫した実験
▲コイルの高さを変える ▲コイルのなかに鉄心(缶ペンケース)を入れる
 (2) 課題

 電磁調理器を使った実験で,生徒は豆電球が点灯することは,すぐに誘導電流が流れたからということを見いだしたが,アルミニウム箔が浮く理由についてはなかなか見いだせなかった。それは,豆電球の点灯とアルミニウム箔の浮上との実験の関連に気付かなかったためである。豆電球が光ることは,電流が流れていることにすぐつながるが,アルミニウム箔に電流が流れていることは,そのままでは確かめられない。今後は,アルミニウム箔にも電流が流れていることを確かめる補助実験を工夫する必要がある。

 また,今回思考力が高められたかは,生徒の感想でしかはかれていない。今後,生徒の思考力が高められたかをはかる手だてを見いだす必要がある。

 (3) おわりに

 今回のように,生徒が興味・関心を持つ教材を開発すると,積極的に実験に取り組み,その原理を追究しようとする姿勢が見られ,目の前で起こる現象について深く考えられることが明らかになった。新学習指導要領における「ゆとり」を利用して,生徒にじっくりと電気や電磁誘導について考えさせたのだが,その大切さを改めて認識させられた。今後もすべての単元においてじっくりと考えさせる授業を仕組み,科学的な思考力を高めさせたいと考える。

文献
文科省,中学校学習指導要領解説−理科編−,大日本図書,86-91,1999年
滝川洋二・石崎喜治・喜多誠,ガリレオ工房の身近な道具で大実験,大月書店,92-97,1997年


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