課題研究理科の指導


自然にひたる課題研究の指導
滋賀大学教育学部附属中学校
澤田 一彦
1. はじめに

 2年生の選択理科では,観察・実験・調査・制作コースの中から,興味・関心のあるテーマを決定させ,テーマにせまるためにどのような方法があるかグループで話し合わせ,その方法で観察や実験・調査などを行い,課題を解決させた後,学習の過程や結果をまとめさせ,効果的な方法で発表させている。活動には次のようなねらいを持たせている。

 (1)  理科での学習を生かし,自分にあった学習テーマが決定できる。

 (2)  学習テーマを解決するための方法を考え,学習計画が立てられる。

 (3)  計画に基づきグループで協力して,観察や実験・調査ができる。

 (4)  観察や実験・調査から得られたデータを処理し,考察できる。

 (5)  自分の学習課程を評価できる。

 生徒が必要とするものを,グループごとにコンテナに準備させ,準備と後始末がスムーズに行えるように配慮したり,ワークブックで研究の進め方を段階的に解説し,計画,観察・実験,まとめ,考察,発表準備,発表の評価,全体の評価をさせるようにした。グループで活動させることで,研究の進め方を定着させたり,毎時間の反省と次回の計画修正を行わせることによって,内容を深めさせた。
 しかし,一方で,「理科室や校地から出てもっと自然とふれあいたい」,「時間をかけてたっぷりと自然にひたりたい」という生徒の声があった。そこで,3年生の選択理科のひとつとして,1日(6時間)をすべて活動日にあて,集中して課題を追求できる選択学習の時間を設けた。より活発で充実した実習や普段の授業ではできない学習の展開をねらい,事前学習は2時間を設けて準備や予備知識の習得のために活用し,事後学習は1時間を設けて総括的な反省と自己評価を行うようにした。このような学習を2回行ったので,それぞれについて述べる。

2. 指導のねらい

   第1回 太古の琵琶湖のロマンにひたろう

 琵琶湖は,400万年前に誕生し,地殻変動によって北へ移動して現在の位置にある。その間に湖底に堆積した地層を,古琵琶湖層という。これを調べることで琵琶湖の生い立ちを明らかにすることができる。そこで,火山灰層やトウヨウゾウの足跡化石やヒシの実の化石の調査,断層の調査,花こう岩の風化の調査を行い,当時の環境と大地の変動を推定することをねらいとして野外観察を行う。
化石の採取

   第2回 自作ネットでプランクトンを調査しよう

 琵琶湖には,約500種以上のプランクトンが棲んでいて,魚の餌になっている。しかし,琵琶湖の富栄養化にともない,アオコや淡水赤潮といった好ましくない現象が起こってきた。そこで,自作プランクトンネットを作ってプランクトンを採集して顕微鏡で観察したり,透明度や各種の物質の濃度を測定したりして,湖の生態系を理解させることをねらいとして野外活動を行う。
プランクトンの採取

3. 授業の実際

  太古の琵琶湖のロマンにひたろう 自作ネットでプランクトンを調査しよう
第1次 担当地点決定,調査用具製作 富栄養化と環境調査について学習
第2次 事前学習,準備打ち合わせ等 プランクトンネット製作・打ち合わせ等
第3次 現地調査(巡検)  <活動日> 湖岸での採集,観察    <活動日>
第4次 まとめと意見交流 まとめと意見交流

  太古の琵琶湖のロマンにひたろう

 地層ができた当時の様子を考えることを共通の課題とし,調査地点A〜Hまでをグループに分担して,それぞれの地点で中心的に説明ができるように責任を持たせた。20ページ程度のワークブック(下図)を配布し,事前・事後学習や現地調査の手引きとした。
 調査地点に到着すると,まず全員に自由に観察させた。一見何もないこの露頭に,どんな謎が隠されているのか謎解きを楽しませた。その裏で,教師が担当のグループの生徒だけを集めて観察するポイントを指導し,その生徒たちが事前学習で調べた内容とあわせて,全員に分かるように説明できるようにした。
 また,地層の観察を行うために,生徒一人ひとりに実物粒度階区分表(右図)をつくらせ,地層を構成する粒子の粒径の違いに注目さるようにした。これによって,砂の単層が何千枚も連続して堆積し続けてきた時間の長さを想像させたり,粘土を主とする単層から砂を主とする単層というように大きく変化した層理面では,河口の移動や急激な水位の変化などの大変動が起こったことに気づかせることができる。

クリックで拡大画像を表示します
実物粒度階区分表
クリックで拡大画像を表示しま
ワークブックの一例

  自作ネットでプランクトンを調査しよう

 琵琶湖の現状を考えることを共通の課題とし,ビデオを視聴させて,プランクトンが湖に果たしている役割を知らせた。
 プランクトンの増える原因となっている水に溶けた養分を意識させるために,濃度を測定する実習をさせた。グループごとに違う物質を調査するように分けて,みそ汁や牛乳を蒸留水で1000倍に薄めたものと,湖水をパックテストで比べる実験をさせた。
 自作のプランクトンネットは,身近な材料を用いて製作させた。大型のプランクトン(カイミジンコやオオヒゲマワリなど)の採取には十分実用的なものである。採水させたものは,緑色のスープのようであった。
 これらを持ち帰り,ひしめき合うようなプランクトンの様子を,たっぷりと時間をかけて双眼実態顕微鏡で観察させた。


プランクトンの観察

クリックで拡大画像を表示しま
ワークブックの一例

4. 生徒達の反応

  太古の琵琶湖のロマンにひたろう

 地層中に実際の火山灰を見つけたのは初めての経験であり,粘土層とは違う手触りや色の違いに驚いていた。持ち帰った火山灰は事後学習で双眼実体顕微鏡で観察し,石英の結晶やガラスを見つけて,まるで宝石のように大切にしていた。古琵琶湖層から水草の化石をたくさん採取することができた。中には丸い実を発見したり,上位の地層から,貝の化石を発見する生徒もいた。形のきれいな化石を見つけるたびに教師に見せて,大切に袋にしまい持ち帰っていた。生徒は,ひと続きの粘土層から化石が取れることを見いだし,化石のふくまれる地層とそうでない地層を見分けて採取に励んでいた。


ヒシの実の化石
  自作ネットでプランクトンを調査しよう

 生徒は,ひしめき合うような,プランクトンのあまりの量の多さにとても驚いていた。事前学習のビデオで見た琵琶湖のアオコのプランクトンが多数見られることに驚いていた。アオコの正体であるミクロキスティスやアナベナはこの時期より大量発生するので,秋にはもっと増えるはずである。湖水中のリン酸イオン濃度やCODなどを低濃度用パックテストでグループで調査した。その結果,家庭排水ほど汚くはなく,まだ琵琶湖はきれいだと気づいていた。
アオコのプランクトン

5. 実践成果と課題

  太古の琵琶湖のロマンにひたろう

 雨降りでスタートした古琵琶湖層調査であったが,積極的にぬかるんだ露頭に近づき,体操服を汚しながら一生懸命観察している生徒たちの様子が印象的であった。生徒の感想には,「昔の琵琶湖の地層が,こんな山奥にあるのに驚いた」とか,「比叡山の花崗岩が風化して砂のようになっているのはすごい」とか,「ヒシの実の化石がとれてよかった」というものが多かった。「たくさん歩いたけれど,もっとまわってみたい」という感想も多かった。

  自作ネットでプランクトンを調査しよう

 琵琶湖のプランクトンの調査では,自分で採取した水を自分の手で調査することによって,自然環境の保全についてより深く考えることができたようである。3年生でプランクトンの観察とは少々もの足りないのではないかと心配していたが,これまで学習してきたことをふりかえり,活用する場としてとてもいい機会であったように思う。生徒のアンケート調査では,「大変満足している」とあり,感想には「琵琶湖の現状を肌で感じた」というものがたくさんあった。

 2つの選択学習を通して良かったことは,グループごとに違う課題研究テーマに取り組ませ,野外調査のしかる場面でリーダー的な役割を持たせたことである。現地で,他のグループの生徒にうれしそうにアドバイスしている姿は見ていて気持ちの良いものである。
 自然と向き合ったとき,そこではいったい何が不思議なのかに気づくのは容易ではない。今まで学習した知識を総動員して,どこに焦点を当てて調べるのかをはっきりさせることが必要である。そのため,野外活動に出る前には,調べてみたいという意識の高揚を図ったり,調べる対象をはっきりさせるためのステップをしっかりと踏ませることが大切だと実感した。

6. おわりに

 本物の自然を科学するという視点で見ると,野外で丸1日を使って調査をすることこそ理科には本来必要であると考える。生徒の環境保全や自然探求への意識はもともと高く,それを満足させるだけの観察技能や実習をさせることが期待されている。このように考えると,集中して行う選択学習の機会は,とても意義深いものであると感じている。時間をかけてたっぷり自然にひたることが,生徒にとって大きな満足感につながったのであろう。

前へ 次へ


閉じる