1.はじめに
地球規模の食料問題が懸念される昨今,国際的視野で食料の大切さを理解することが大切である。食料教育は,食料生産の意義を理解できる生徒を育成する上で必要である。そのためには,実社会で行われている食料生産の理解が不可欠である。そこでバイオテクノロジーを教育活動に導入することを試みた。学校農園を活用してバイオテクノロジーを利用した食料生産を行い,授業を通じて食料は植物を栽培してできることを認識させ,食料生産・バイオテクノロジーの意義,植物の生命について理解させることを目的とした。
2.授業内容
「農業とバイオテクノロジー」をテーマとした系統的な選択理科授業を2・3年生で実施した(週1時間(2時間の学期もある)で1年間を単位とする)。本実践は筆者の前任校である東京都江戸川区立松江第六中学校で行われた。
(1) 栽培学習
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農園は校内の空き地を使用したが,雑草が生い茂り,校舎とその前の樹木の影になって日当たりが悪かった。しかし校外の人たちの協力を得て,田畑の開墾・雑草の除去・樹木の剪定を行い,農園を作った。そして農機具をそろえて,畑面積が98m2・水田面積が7.3m2で栽培を開始した(写真1)。農園の栽培と管理は選択理科の授業と科学部活動で行った。水田は,ブロックで作った囲いの中にビニールシートを敷いて水が漏れないようにし,その上に土を入れた(写真2)。また,耕運機の利用により,土作りの時間が短縮できるようになった。
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写真1 六中農園の全体像 | 写真2 田植えの様子 |
現在までにトマト・枝豆・イネ・ダイコン・サツマイモ・キュウリ・落花生などを収穫した。 収穫後,収量調査や試食会などを行った。(写真3) |
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写真3 イネの収量調査 |
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(2) バイオテクノロジー学習
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<組織培養>
組織培養とは植物の体の一部分を無菌状態で人工的に培養し,植物の大量生産などに利用する技術である。はじめにニンジンの組織培養を試み,ニンジンの培養細胞から根・茎・葉を分化させ,農園で栽培することができた。以下はその方法である。
a カルス作成
植物ホルモン(インドール酢酸1mg)・ショ糖30g・粉末寒天5gを含むpH5.8に調整したMS(Murashige and Skoog)培地(培地1)1Lを試験管に分注し,圧力釜で滅菌したものを培地にした。ニンジン肥大根を厚さ2〜3cmに切り,次亜塩素酸ナトリウム1%の液に15分つけて滅菌した。植物材料を培地に植える時は,無菌箱(図1)の中に70%エタノールを噴霧して無菌的に行った(写真4)。
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図1 無菌箱の図 |
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無菌箱の中で,形成層(根や茎を太くする組織。ここでは細胞分裂がさかんに行われる。)を直径1cmのコルクボーラーで抜き取り,メスで2〜3mmの厚さに切ったものを培地に植えた。その後,室温で暗い場所に置いて培養し,カルス(未分化の細胞のかたまり)をつくった(写真5)。また,ニンジンの種子を次亜塩素酸ナトリウム3%の液に15分つけて滅菌し,無菌箱の中で培地1から植物ホルモンを除いた培地(培地3とする)に植え,室温で明るい場所に置いた。発芽した後,無菌箱の中で根・茎・葉の部分に切り分け,培地1に植え,室温で暗い場所に置いて培養し,カルスをつくった(写真6)。
| 上:培養開始時
下:培養開始後約3ヶ月(カルス形成) |
写真5 ニンジン肥大根の組織培養
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| 上:培養開始時
中:培養開始1ヶ月後(カルス形成)
下:半月後,移植せずに分化 |
写真6 | 無菌培養したニンジンのカルスの誘導およびその後の分化 (左:葉 中央:茎 右:根) |
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b カルスから根・茎・葉の分化
カルスから根・茎・葉を作る場合は,培地1の植物ホルモンをインドール酢酸1.5mgとカイネチン0.1mgに換えた培地(培地2)に移植し,室温で明るい場所に置いて培養した(写真7)。
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上: | ニンジン肥大根からできたカルスをサイトカイニン添加培地に移植 1ヶ月後,分化 |
下:数日後に葉が出現
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写真7 分化の様子 | |
c 分化した植物の順化
無菌で湿度の高い状態の中で培養したニンジンは,外部環境に徐々に慣らせながら育てていかなければならない。そこで,カルスから根・茎・葉ができたニンジンに付いている培地をよく洗って取り除き,バーミキュライトを用土とする栽培容器に植え換えた。栽培容器の上にビニール袋をかけて保湿し,室温で明るい場所に置いて栽培した(写真8)。その後ビニール袋を取り,太陽光に慣らした後,農園で栽培した。
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右: | 左の状態で慣らした後,保湿用のビニール袋を除去 |
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<アルコール作成>
農園で収穫したジャガイモやサツマイモをすりおろし,ボールに入れて水と混ぜてかき混ぜ,沈殿したデンプンを取り出した(写真9−(1))。乾燥させたデンプンと水を混ぜて熱して,糊状になったデンプンを作り,これをα-アミラーゼ(酵素)により,デンプンからデキストリンを作り,液状にした(85℃,pH6.0,2時間)。このデキストリンからグルコアミラーゼ(酵素)によりブドウ糖を作った(60℃,pH5.7,20時間)。この溶液をろ過して不純物を取り除いたブドウ糖水溶液に,担体(2%アルギン酸ナトリウム水溶液に乾燥酵母5gを混ぜ,これを2%塩化カルシウム水溶液に滴下してできたもの)を入れて酵母発酵によりエタノールを作った(30℃,pH5.0〜6.0,1〜2日)(写真9−(2))。これを蒸留して,純度の高いエタノールを作った。このエタノール100mlにステアリン酸10gを入れて70℃にした液に,70℃の7%水酸化ナトリウム水溶液20mlを温めながら少量ずつ加えて固形燃料を作った(写真9−(3))。この固形燃料を利用し,缶詰の空き缶から作った小型ポンポン船を作成した(写真9−(4))。
写真9
左上: | (1)ジャガイモから作ったデンプン(左)と繊維質の残滓(右) |
右上: | (2)恒温機でブドウ糖溶液を酵母発酵 |
左下: | (3)固形燃料 | (左:エタノールから作成 中:デンプンから作成 右:サツマイモから作成) |
右下: | (4)作成したポンポン船を理科室で走らせているところ。 |
<水耕栽培>
校庭にある水の漏れないコンクリートで固められた花壇(0.2m2)を用いて,イネとトマトの水耕栽培を開始した(写真10−(1))。溶液はHYPONEX(5-10-5)(2ml/l)を溶かし,エアーポンプで酸素供給を行った。また水道管で水底から1.5mの高さの支柱を作り,茎が成長したとき支えられるようにした。これにシートをかけると,温度・日照量の調節と作物を保護することができる。植物は茎に脱脂綿を巻いて固定し,切ったペットボトルの口の部分に固定した。これを発泡スチロールの上に穴を開けてはめ込み,溶液上に浮かせて栽培した(写真10−(2))。水中には発根を促進するため,麻のひもと釣り糸を水中に沈めた(写真10−(3))。水耕栽培については栽培方法にいくつかの課題があり,現在検討中である。
左: | (1)水耕栽培の様子 |
中: | (2)発泡スチロールで水上に浮かして栽培(左:イネ 右:トマト) |
右: | (3)水中に発根を促進するために入れた麻ひもと釣り糸 |
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(3) 環境学習
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学校の樹木の枯葉は,農園の土づくりに利用された(写真11)。さらに農園の土を用いて校内の花壇づくりを行った。これらのように,農園が校内の環境と結びついて利用された。さらに講師を招き,「海の自然を守るにはどうしたらよいか」というテーマで環境学習の授業を行った(写真12)。
これらの学習により農園周辺の環境に対する理解が深まり,関心が高まった。
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写真11 枯葉を運んでいるところ |
写真12 講演の様子 |
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4.おわりに
生徒たちは1年間農園で栽培を経験したことにより,農園が自分たちのものであるという意識が身についた。様々な活動1つ1つから食料の大切さを実感させることはなかなか難しい。しかし長い時間をかけて経験を積み重ねることで,豊かな現代の中学生に食料の大切さやものの大切さを理解させることは可能であると実感した。また,農園は多くの人々の注目を集め,温かく見守られた。生徒たちは様々な人々の協力を得て農園活動を行った。これらのことから人と人とのつながりやおもいやりを体験し,生徒たちの人間性が育成された。
農園における学習活動は,面積が狭いため参加人数が制限されること,授業内容が天気・季節・生物に左右されることが問題であった。授業を円滑に進める上でこれらのことは今後の大きな課題である。学校農園のような生物の住む空間を校内に作ると,いつしかそこは生徒たちの憩いの場となる。そして,そこは生徒同士あるいは先生と生徒の交流の場にもなる。また生徒が自分で体験して学ぶ自己学習の場となる。農園に限らず,生物の住む空間を作ることは,無機的になりがちな都会の中学校ではとても重要であることを痛感させられた。
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