1.はじめに
私たちの中学校がある木沢村は,四国山地のまっただ中に位置し,山河に恵まれた自然豊かなところである。生徒は,そんな環境で,毎日生活しているのだが,その自然にのすばらしさに十分気づいていないことが多い。そこで,地域の自然の中から課題学習のテーマを取り上げていくことにした。今回は,その中から国の天然記念物に指定されているタヌキノショクダイの研究例を紹介する。
2.研究の実際
このテーマを選んだグループの生徒は,タヌキノショクダイを見たことはなく,どんなものかよく知らなかった。そこで,まず,書物やインターネットで,タヌキノショクダイについて調べさせた。
(1) タヌキノショクダイとは
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生徒が最初に疑問を持ったのは,そのユーモラスな名前である。タヌキノは,てっきりその形がタヌキに似ているからだと思っていたようだが,実は役に立たないという意味で動物の名前を付けたこと,ショクダイはろうそくを立てる燭台であることがわかった。
また,本の写真から,もう少し大きいものをイメージしていたようだが,実際はとても小さいものだったので,びっくりしたようであった。 |
タヌキノショクダイ | |
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こんな小さく目立たない植物が,なぜ天然記念物になったのかというと,それは,この植物が,世界中で,日本とブラジルでしか見つかってないという希少種だからである。日本でも,宮崎県,静岡県,徳島県木沢村の3か所にしか自生していない。このことを知って,生徒も珍しい植物であるということを実感したようであった。
この貴重なタヌキノショクダイを守るために平成12年に写真のようにフェンスが設置された。
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(2) 成長の観察結果
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最初の観察での感想は,見つけるのが大変だということであった。ただでさえ小さいのに,落ち葉の下に埋まっているので,慣れてくるまでは,なかなか見つからなかった。
何回かの観察でタヌキノショクダイは,次のような課程で成長することがわかった。
1) | 生えてすぐのものは,ちょっともやしに似ている。 落ち葉の下で光にも当たらず生活しているので,しかたないことだろう。 |
2) | 次に,先のつぼみがふくらんできて,下部が黄色く色づいてくる。花びらは3枚あるが,先がくっついて,それぞれに角のような付属突起とがくがついている。 中央には,クレーターのような穴があり,おしべが6本とめしべが1本入っていた。 |
3) | 開花してしばらくたった花は,黄色のめしべが透けて見えるようになった。その後,黄色のラインから上の花びらが,まとめてポロリと落ちた。 |
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タヌキノショクダイの成長のようす
おしべとめしべがあるので,種子はできるのだろうが,あまりにも小さくて採取することができなかった。どうやら,種子をまいても,発芽はしないようだ。種子で殖えないのならいったい何で殖えるのだろうか。これは,いまだにわからない謎である。
次に,いつ,どのくらい生えるかということをまとめてみた。 |
(3) 確認された個体の数・生える時期
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今回行った観察の結果に,過去,木沢中学校で行った観察のデータと県の文化財巡視員の方から教えていただいた情報とを合わせて表にまとめてみた(生えている全部のものを見つけることはできないので,これは,観察できる範囲という条件であるが)。
見つけた個体の数に関しては,不規則な増減をしているが,タヌキノショクダイは,毎年生える場所がずれるようなので,あるいは見落としがあったのかもしれない。それでも,フェンスで保護されてから,その数は安定してきたようである。
また表には,生える時期が推定できるように,観察した年の初めて株を見つけた日(生え始めた日に近いと思う)と,枯れ始めの株を見つけた日をまとめてある。
●タヌキノショクダイの確認された個体の数と生える時期
観察した年 | 見つけた株の数 (本) | 初めて株を 見つけた日 | 枯れ始めの株を 見つけた日 |
平成6年 | 40 | 6月24日 | 不 明 |
7年 | 15 | 6月28日 | 8月1日 |
8年 | 3 | 7月9日 | 8月1日 |
9年 | 23 | 6月20日 | 8月5日 |
10年 | 9 | 6月23日 | 7月25日 |
11年 | 2 | 6月21日 | 8月4日 |
12年 | 12 | 6月25日 | 8月以降 |
13年 | 18 | 6月25日 | 8月5日以降 |
14年 | 22 | 7月3日 | 7月17日 |
15年 | 22 | 7月4日 | 7月19日 |
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(4) タヌキノショクダイ5つの仮説
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最後に,今までの研究でわかったことをもとに,生徒と一緒に5つの仮説をたててみた。
仮説1「タヌキノショクダイのあるところに鍾乳洞あり」 |
日本で最初に見つかった場所は,鍾乳洞の近くであることがわかった。木沢の自生地にも,鍾乳洞とまではいかないが,写真のような石灰岩の大きな穴があった。静岡の自生地の近くにも鍾乳洞があるらしいので,タヌキノショクダイは,石灰岩地帯だけに生える植物ではないかという予想が最初に出た。 |
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仮説2「タヌキノショクダイのあるところに陸貝あり」 |
日本で最初にタヌキノショクダイが発見されたときは,陸貝を探していて偶然発見されたということがわかった。今回,タヌキノショクダイのことを調べていると,「タヌキノショクダイの生えている所には,赤い貝がおるんでよ。」と村の人が教えてくれた。実際に写真のように陸貝がいたので(右下の白いものがタヌキノショクダイ),生育(生息)条件に,何かの関係があるのではないかと予想される。 |
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仮説3「湿り気と成長には大きな関係があり」 |
タヌキノショクダイは,地表まで出てくることはなく,落ち葉の下10cmぐらいの湿った腐葉土に生えていた。成育中に,風で上にあった落ち葉が飛んでしまったもの(写真)があったのだが,その後,何回見に行ってもこれ以上大きくならなかった。このことからわかるように,成長期には,特に湿り気が必要であると考えられる。 |
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仮説4「大昔は,南の島に生えていたが,プレートにのって運ばれてきた」 |
教科書(旧版2分野下,啓林館)に「ハワイが日本に近づいてくる」という内容が扱われていたが,木沢の自生地の石灰岩も,南のあたたかい海底でできたものが,運ばれてきたことがわかっている。プレートが日本列島付近で沈み込むときに海底の堆積物が押し上げられて島ができ,そこで最初のタヌキノショクダイが生えたのかもしれない。日本が北限なので,南からプレートにのって運ばれてきた可能性は十分考えられる。 |
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仮説5「本当は,カシ林のほうがスギ林より好き」 |
自生地は,今はスギ林だが,その中のあちこちにカシの木が見られる。スギを植林する前この場所は,カシの林であったことが予想される。それが,スギ林になって環境が変わったのが減少してきた理由かもしれない。 |
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3.おわりに
タヌキノショクダイを研究したグループは,本校の文化祭でも発表した。この発表で,直接研究に関わらなかった生徒も,タヌキノショクダイがいかに貴重な植物であるかが,わかったようである。
また,今回は紹介できなかったが,枕状溶岩の露頭(右の写真)の観察や,姶良火山から飛んできた火山灰の観察など,地質の調査も行った。
木沢村には,食虫植物のモウセンゴケや蛇紋岩地帯だけに生えるジンリョウユリなど,研究対象となるものがまだまだたくさんある。将来,これらの貴重な自然を,ふるさとの誇りと思ってくれるように,今後も生徒と研究をやっていきたい。
<参考文献>
・阿波の自然探訪(木村晴夫, 徳島市立図書館 ,1992年3月発行)
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