1.はじめに
選択理科は,生徒の特性を生かして,課題研究的な内容を学習することが大切である。
しかし,はじめから,生徒自身が課題を設定するのは難しく,多くの授業の場合,教師が予め準備した課題を生徒が学習する形態が用いられる。この場合,1時間の授業で授業が完結し,料理番組のような授業になってしまう。このような授業では,本来理科で養わなければならない,創意工夫する能力や表現の能力を伸ばせない。とはいっても,「課題を設定しなさい」と生徒に投げかけても,生徒自身が授業に堪えうる課題を設定するのは難しい。行き詰まった生徒は,自由研究のネタ本から課題を見つけてきて,マニュアル通りに実験を行ったり,いろいろな実験を繰り返すだけに時間を費やす。
2.指導のねらい
このような状況を打破して,次の2点の能力を育てるためにいくつかの手だてを考えてみた。
1) 課題設定能力を育てる
2) 科学的表現能力を育てる
1)の課題設定能力を育てるために生徒の能力に応じて,自由研究やおもしろ実験などの書物,ビデオなどを積極的に活用させた。
また,2)の科学的表現能力を育てるために,夏休みの自由研究として作品を出品したり,文化祭で発表したりする機会を設定した。
( | 1) 課題設定能力
課題設定能力を育てるのに,自由研究やおもしろ実験などの書物,いわゆるネタ本を活用することは一見矛盾しているように思われる。本来研究と名のつく活動は,課題やテーマを設定することに時間の多くを費やす。テーマが設定できれば,研究の半分は終わったという研究者もいるぐらいだ。今回の報告では,写真1のような実験書の実験を行わせ,このことを1つのきっかけとした。実際に課題を設定する場面では,その実験において,「何かの条件を変えることで,変わる何かを見つけ出す,または予想できる」を課題設定のポイントとした。さらに,この視点は実験という体験を探究に変える接点であるととらえた。そこで,課題設定の課程をモデル化し表としてまとめる |
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表 課題設定課程のモデル
課 程 | 課題設定の内容 | 設定の意図 |
実験の試行 |
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実験書などを参考にして,興味を持った実験を行う。 |
実験の吟味 |
・ | おもしろい実験だったか。 |
・ | 実験条件が設定できそうか。 |
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何かの条件を変えることで,変化するものを見つけ出す。または,そのような条件の見出せる実験を捜す。 |
課題の設定 |
・ | 実験装置が準備できるか。 |
・ | 定量的な測定が可能か。 |
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変化した量を測定できる方法,及び実験装置を設定する。 |
課題の決定 |
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実験の見通しがついた段階で課題を決定する。 |
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2) 科学的表現能力
研究の意義として,研究内容を多くの人に知らせることが必要である。それも,ただ単に知らせるのではなく,研究の有効性や成果を他者にわかりやすく知らせなければならない。そこで問われるのが科学的な表現能力である。この能力を育成するために,研究を論文形式でまとめる場面と研究を1枚の模造紙にまとめ,ポスターセッションを行う場面を設定した。 |
3.実践例
実際に生徒が行った例を挙げ,課題設定場面と表現場面について報告する。
(1) | 課題設定
1) オランダの涙
軟質ガラスを加熱して溶かし,その重みで落下するガラスを水で急に冷やすと涙型のガラスができる。ところが,水で急激に冷やす段階で割れて涙型のガラスにならない場合もある。この生徒はガラスが割れずに成功する条件として,写真2のように,水の温度と落下する距離が関係すると予測し,実験を行った。 |
2) スライム
自由研究でのスライム作りは人気がある。しかし,ただ単にスライムを作って終わるという場合が多かった。この生徒はスライムの硬さ(粘り気)が,PVA洗濯のりに加える水の量に関係すると予測して実験を行った。また,粘り気を定量的に計る方法として,5分間でスライムの広がった面積で測定した。 |
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(2) | 表現
1) 研究論文
研究の経緯は論文形式でまとめさせた。まとめる際には,下の〔研究のまとめ方〕のような手引きを用意し形式を示した。また,まとまったレポートは写真3のように黒い表紙をつけ,達成感を高めようとした。
さらに,これらのレポートは,宮崎県中学校理科研究会の主催する夏休み自由研究作品展に出品し,その成果を確認させた。 |
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☆研究のまとめ方(まとめ方がうまいと研究そのものがよく見える)
レポート用紙にまとめる。読む人の立場に立ってわかりやすいようにまとめよう。
I | 研究テーマ
i | 具体的に1つにしぼったテーマを書く。 |
ii | 「アリの研究」というテーマではなく,「アリの好む植物」など,『何を』『どのように』研究したのか,読む人の立場で書く。「○○について」などの表現はさける。 |
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II | 研究の動機
・ | 「どうして,このような研究をはじめたのか」を書く。協力者,指導者(父母の場合など)を書き,どこからの情報なのかを示すことも必要。信頼度も表現できることになる。 |
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III | 研究の目的
・ | この研究での目的を書く。この研究で「何をはっきりさせたいのか」を書く。 |
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IV | 研究の方法
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i | 実験に使った装置・方法などをわかりやすく図示する。写真がとれればなおよい。 |
ii | ○年○月○日・天気( )・時刻なども書く。 |
iii | 実験のやり方を工夫したり,改善したりして,テ―マにそって解決する。 |
iv | 課題(テーマ)によっては,予備実験を行い,失敗の中から,実験の方法を工夫する。(レポートにまとめるときは,失敗したこともまとめるとよい) |
v | 実験は,1つの条件を除いた他の条件のすべてを等しくして,その1つによる条件の違いによる結果を調べる。 |
vi | 1つの実験のデータは,実験条件を等しくして最低12回はとり,最高値と最低値を除いた10のデータの平均値を出して比べる。 |
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V | 研究の予想(仮説)
・ | 観察・実験の結果を予想する。「どのようにしたら」,「どのような理由で」そのように予想できるのか,考えをまとめておく。このとき,教科書や授業を参考にしてよいが,何を参考にしたかをはっきりと書く。 | |
VI | 観察・実験の結果
i | この「研究のまとめ方」の順序をよく見通して,くわしく記録をとっておく。 |
ii | 研究のねらいにそって,実験の結果を書く。順序よく事実を書く。 |
iii | できるだけ多くのデータ(種類と回数)をとり,表(データ集)だけでなく,グラフ化をする。図よりも写真をとり,まとめる。 |
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VII | 考察(実験からわかったこと)・疑問・推論
i | 研究のねらいからはずれないように書く。 |
ii | 実験の結果(事実)と推測(結果から考えたこと)は区別して書く。 |
iii | 新たな疑問が見つかったら,「研究の動機」や「研究の方法」へ何度でも戻って,繰り返し研究を進めていく。 |
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VIII | 参考にした本
・ | 引用した本はもちろん,ヒントにした本も書く。
〔例〕 | こどもの科学(1998年7月号 p.24)
中学理科 啓林館(2分野下 p.77)など |
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生徒に配付した手引きの一部
| 2) ポスターセッション
1学期にまとめた研究をもとに,さらに定量的に 再実験を行い,より精度の高い研究にした。研究は最終的に模造紙1枚にまとめ,校内文化祭のときに写真4のようにポスターセッション形式で他の生徒や保護者に発表した。 |
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4.まとめ
( | 1) 課題設定
「何かの条件を変えることで,変わる何かを見つけ出す」ことで,単なるおもしろ実験が研究となった。
たった一言の指示であるが,この言葉で,生徒の科学的な能力を引き出すことができた。生徒も「何かの条件を変えることで,変わる何かを見つけ出す」視点によって,自然の中に多くの研究素材がころがっていることに気づくことができた。 |
( | 2) 表現
生徒にとって,論文形式でまとめることは経験が浅く,大変だった。しかし,ポスターセッションでは,「模造紙1枚にまとめる」という制限によって,自分の研究の要点をつかむことができた。このように自分の研究の精選が行われたのも,論文形式でまとめたものがあったからである。また,ポスターセッションでは,写真5のように実演を入れたりVTRを使ったりなど工夫した発表が見られ,より多くの人を引きつけ,自分の研究を聞いてもらいたいという意欲がひしひしと感じられた。 |
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5.おわりに
総合的な学習の中でも「自ら課題を設定する」ことが重要視されている。課題を設定するには,ある程度の背景となる知識が必要である。今回の報告では,知識よりも,実験という体験をもとに,「何かの条件を変えることで,変わる何かを見つけ出す」視点によって,生徒自身が課題を設定できることを明らかにした。もちろん,課題を設定するためには,何度もフィードバックを行い,試行錯誤を繰り返した。当然,すべての研究が,予想通りの結果を得たわけではない。中には,何かの条件を変えても何も変わらなかった実験もあった。しかし,「この条件では,変化がなかった」ことが明らかになったことが研究の大きな成果である。生徒も十分にこのことを感じ取り,科学研究に小さな一歩を踏み出すことができた。
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