加久藤層群における植物化石の分類と堆積当時の環境について
−問題解決能力を育むための課題研究の工夫と実践−
宮崎県えびの市立加久藤中学校
渡部 一博

1.はじめに
 えびの市は,宮崎県の南西部に位置し,西と南は鹿児島県に,北は熊本県に接した霧島火山帯の山間部の盆地内にある。基幹産業は農業で,五穀豊穣を願って市内に点在する田の神さあは県内外で知られている。そして,本校の校区内にある加久藤層群は宮崎県内で唯一,植物の化石が採集できる場所である。
 このような環境を生かして,生徒1人ひとりに郷土の豊かな自然に対する興味や関心をもたせ,自ら課題を見出し,その課題を解決していく方法を身につけさせるための課題研究の工夫に取り組んできた。その1例を紹介する。

2.研究の概要
 加久藤層群の最下部層である池牟礼層からは,保存良好な大型の植物化石(葉・実・種子等)が簡単に多く採集できる。この植物化石をもとに現在の自然環境と比較しながら,堆積当時の自然環境について考察し,情報発信することを目的とした。
 (1) 加久藤盆地と加久藤層群について
 霧島火山帯に位置する加久藤盆地がどのようにしてできたかを知ることで,自分たちが見つけてきた化石がいつ,どのようにしてできたのか,何年前の植物なのか等を考察する手がかりとした。歴史民俗資料館や市の図書館での文献を参考にした。
 (2) 化石産地周辺の現在の自然環境について
 植物化石を採集した池牟礼地区を含む地域の現在の地形,過去数年間の気象に関する情報を収集した。また,化石を採集した周辺付近の植物の採集を行い,植生についてまとめた。
 (3) 化石の採集と分類について
 池牟礼地区付近の植物化石を採集・分類し,先の植物標本をもとに種類を比較することで堆積当時の環境のようすを考察した。
 (4) 研究内容のHTML化について
 学校のホームページで発信できるようにHTML化した。
 現在,(http://www.m-surf.ne.jp/~watakazu/)で公開している。

3.研究の実際
 (1) 加久藤盆地と加久藤層群について
1) 加久藤盆地の成り立ち(参考文献#1)
 現在の加久藤盆地(右写真)は東西およそ15km,南北およそ5kmの盆地であり,北を九州山地,南を霧島火山群に囲まれている。また,川内川が盆地東部で北から流入し,中央部を西に流れている。霧島山は1万年前から活動している火山群であり,九州山地の方は10万年前のカルデラ壁から成り立っている。盆地内の高位段丘面の標高は東部で300m,西部で280mであるので,現在この盆地は30mから80m以上の深さをもっていることになる。
2) 加久藤層群について(参考文献#2)
 加久藤盆地に見られる湖成堆積物は加久藤層群と呼ばれ,厚さはおよそ400mと考えられている。この加久藤層群(図1)は下層から,池牟礼層,昌明寺層,溝園層,下浦層の4層に区別されている。
 池牟礼層
 主として加久藤盆地の最南端,池牟礼地区付近にその露出を見ることができる。地表では同層の最上部20m程度が見られるにすぎないが,およそ100mと推定されている。地表部では主として灰白−暗灰色粘土およびシルトからなり,植物の化石が採集できる。

 加久藤盆地

 図1 加久藤盆地の層序表

 (2)

 化石産地周辺の現在の自然環境について
1) 位置(図2/参考文献#3)
2) 気候(略)
3) 植生 
   南九州地方の植生は,大観して亜熱帯から温帯にわたる植物が自生している。加久藤盆地周辺地域に限ると,標高200m〜600m付近の植生は九州山系南部地方温帯性下位植生であるシイ,カシ類,タブノキ,イスノキ,クロマツ群集で代表されている。
 植物標本の結果からもクスノキ科,マツ科,マメ科,カバノキ科が見られ,ヒイラギを中心に温暖針葉樹が多く見られた。

 図2 京町〜池牟礼案内図

 (3)

 化石の採集と分類について
1) 採集作業
 採集できる場所の露頭は灰色・褐色の粘土質からなっている。川の中に転がっている岩や主に火山灰からなるこの地層をハンマー等を使って割ってみると,比較的簡単に植物化石を見つけることができる。2時間程度で30〜50個程度は採集できた。
2) クリーニング
 植物化石の研究をする次の作業としてクリーニング(化石の余分なところを取り除く作業)を行った。標本として見やすくなるように化石のまわりを1cm程度に,幅を2cm程度になるように削っていった。
3) 採集した化石
 植物化石では,クスノキ科,カエデ科のものが多く採集できた。その他,低木樹のものと考えられるものや,名前のわからないものが数種あった。

アブラチャン
(クスノキ科)
Lindera praecox Bl

イタヤカエデ
(カエデ科)
Acer mono Maxin

イロハカエデの種子の化石
(カエデ科)
Acer palmatum

クロモジ
(クスノキ科)
Lindra umbellata

ウラジロガシ
(ブナ科)
Querus salicina Bl

アオダモ
(モクセイ科)
Frexinus lanugiosa
 (4) 考 察
1) 植物化石の種類としては温暖種が多く,クスノキ科,カエデ科,マツ科,カバノキ科,マメ科を中心に採集できた。また,植物標本の結果からも同種のものが多く見られた。これらの植物の生育地は低地から山地まで及んではいるが,山地斜面にその多くが見られる。これらのことから,堆積当時は山地であり,気候的には温暖な環境で,現在と似た環境にあったと考えられる。
2) 植物化石以外に動物化石等は確認することができなかった。堆積当時は魚類等の動物はまだ存在していなかったのではないだろうか。または火山性のカルデラ湖であるために酸性度が強く,生物が存在しにくかったのではないかと考えられる。
 (5) 今後の課題
1) 採集した植物化石で,名前のわからないものについての同定をすすめる。
2) 小型化石(花粉および胞子)の採集・観察の方法等について研究をすすめる。
3) 採集場所の拡大を図り,化石の分布図の作成をする。
4) 動物化石についても調査していく。

4.おわりに
 本校におけるこれまでの取り組みを通して,理科好きを増やすとともに,生徒の個性や長所を伸ばし,問題解決能力の育成に成果が見られてきた。特に,課題研究に携わった生徒たちからは,「学習することの楽しさがわかった」,「高校でも(課題研究を)やってみたい」等の感想を聞くことができた。また,実演を含めた学習発表会での影響は大きく,例年,選択教科の希望調査では,3年の半数近くが理科を第1希望にしている。
 理科は自然の事象の探究を課題に,比較的課題研究として取り組みやすい教科である。他の教科や領域においても問題解決的な学習が積極的に行われれば,より効果的に生徒の問題解決能力を育てることができるであろう。その意味からも,理科教育における課題研究の工夫と実践は,本当に意義あることであり,努力に値するといえる。

参考/引用した資料
#1 加久藤盆地の成り立ち えびの市歴史民俗資料館
#2 地質調査報告書第241号 地質調査所
#3 地学のガイド 宮崎県高等学校教育研究会
検索入門;樹木1),2) 尼川大録・長田武正
原色日本植物図鑑 本木編(T)(U) 北村四郎・村田 源

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