授業実践記録

影の長さはどう変わっていくの?
埼玉県幸手市立西中学校
小林 智樹

1.はじめに

 数学科において,読解力の向上に焦点を当てた研究を行い,授業を実践した。今回は,その授業実践について報告する。


2.研究の背景

 平成16年に公表されたOECD(経済協力開発機構)の「学習到達度調査」(以下 PISAピザ調査)*1において,読解力の低下が明らかになった。ここでいう,「PISA型の読解力」とは,日常使っている「読解」や「読解力」の意味ではなく,「自らの目標を達成し,自らの知識と可能性を発展させ,効果的に社会に参加するために,書かれたテキスト(物語・解説・記録・図・グラフ・地図・絵など)を理解し,利用し,熟考する能力」というように,論理的思考力やコミュニケーション能力を含むものである。

 これを受けて,文部科学省は平成17年に「読解力向上プログラム」*2を公表し,「考える力」を中核として,「読む力・聞く力」「書く力・話す力」を総合的に高めていくことが重要であるとした。これは,国語科だけでなく各教科・領域など学校の教育活動全体で身につけていくべきものであり,本県も読解力の向上を推進している*3

 「読解力向上プログラム」では,読解力を育成する具体的な方向として,次のように「3つの重点目標と7つの能力」の育成をあげている。

 テキストを理解・評価しながら読む力を高めること
(ア) 目的に応じて理解し,解釈する能力の育成
(イ) 評価しながら読む能力の育成
(ウ) 課題に即応した読む能力の育成
 テキストに基づいて自分の考えを表現する能力の育成
(ア) テキストを利用して自分の考えを表現する能力の育成
(イ) 日常的・実用的な言語活動に生かす能力の育成
 様々な文章や資料を読む機会や,自分の意見を述べたり書いたりする機会を充実すること
(ア) 多様なテキストに対応した読む力の育成
(イ) 自分の感じたことや考えたことを簡潔に表現する能力の育成

 ここでは,上記の視点のいくつかに焦点を当てた授業を報告する。


3.授業の実践

(1) 題材名 第3学年「相似な図形」(課題学習)

(2) 題材について

 本時は,「相似な図形」の内容をすべて学習した後の課題学習である。その学習内容を使うだけでなく,影の長さの変化をとらえる場面で,関数的に考察させ,総合的に物事を考えられる力を養っていく。

 課題は,身の回りの事象から,どんな問題が設定できるか考えさせる。変化の様子を表やグラフ・式に表したり,図形の相似を使って一般的に考えたりする。そして,いろいろな考え方を発表する場面から他者との相互交流の楽しさを味わうことをねらいとする。

(3) 本時の目標
1 身の回りの変化の様子に興味をもち,その関係を調べようとする。
  (関心・意欲・態度)
2 図形の相似を使って,一般化して考えることができる。
  (数学的な見方や考え方)
3 変化や対応を図,表,グラフ,式に表すことができる。
  (表現・処理)

(4) 「3つの重点目標と7つの能力」との関わり
ア(ア)  問題場面から,影の長さが変わるのは,どのような要因があるのかを考えさせる。電灯の高さと人の身長を決め,電灯からの距離と影の長さの関係がどのようになるかを見いださせる。
イ(ア)  電灯からの距離と影の長さの関係が比例していることを,ワークシートへ言葉や表,グラフ,式などを使って,自分なりに表現させる。
ウ(イ)  比例になっている理由を自分の考えた方法で発表させる。比例していることを,表やグラフや式に表すことによって,その根拠をはっきりさせる。式にするために三角形の相似を使って表現し,さらに,相似の考え方から一般化させる。授業で学んだことをワークシートにまとめるさせる。

(5) 展開
発問・指示・ワークシート 生徒の反応予想 ○評価 ◆具体的な手立て
★指導上の留意点
(ワークシート配布)
問題場面の把握
黙読する
場面を把握する
自ら場面を読み取らせるようにする。

 夜,暗い道を歩くのはいやなものです。そんな時,街灯があると安心して歩くことができます。 暗い道で街灯の下を歩いたときに,自分の影の長さに驚いたことはありませんか。よく見てみると,自分の影の長さが長くなったり短くなったりします。

 どうして影の長さは変わるのでしょうか。

発問    
 「影の長さの変化に影響があるものは何ですか。」
ワークシート記入
発表
歩いている位置によって変わる。
街灯からの距離によって変わる。
街灯の真下からの距離によって変わる。
身近な事象を用いて,解決への意欲や関心をもたせる。
演示    
ライトを用いて影の長さの変化の様子を見せる。
影が長くなったり,短くなっていくことを具体的に見る。
場面がわかりやすいように,演示する。
課題の設定
   

クリックで拡大

 図のように4.5mの高さの街灯の真下から身長1.5mの智さんが,街灯を背にして,まっすぐ歩いています。

 街灯の真下から智さんまでの距離と影の長さには,どのような関係があるのでしょうか。

自力解決
   
指示 <図>
身の回りの事象から,どんな問題が設定できるか考えさせる。
 「街灯からの距離と長さの変化を調べよう。また,そこからどんなことがいえますか。」
街灯の真下から智さんまでの距離OA=x,影の長さAB=yとする。
方眼紙を使って,xとyの変化を調べる。
<表>
身の回りの変化の様子に興味をもち,その関係を調べようとする。
表でxとyの変化や対応を調べる。
X 0 1 2 3 4 5 6 ・・・
y 0 0.5 1 1.5 2 2.5

3

・・・
発問
xが2倍,3倍…になるとyも2倍,3倍…になる。
xの値を0.5倍すると,yの値になる。
yはxに比例している。
 「変化や対応を調べる方法には,どのような方法がありましたか。」
  <グラフ>  
原点を通る直線になる。
yはxに比例している。
ワークシートを活用して,一人一人の考えを書けるようにする。
<式>  
表より y=0.5x
三角形の相似比より
変化や対応を図,表,グラフ,式に表すことができる。
1つの方法で調べることができたら,他の方法でも調べるように促す。
比較・検討
x:y =(OB−AB):AB
  =(PO−QA):QA
  =(4.5−1.5):1.5
  =2:1
x:y =2:1 より
  y=0.5x
いろいろな考え方を発表する場面を設けて,友達との相互交流の楽しさを味わわせる。
指示
 「どのように考えたか発表しましょう。」
  <比>
表やグラフ,式などから,yはxに比例することを発表させる。
表や三角形の相似比より
  x:y=2:1
生徒個人の発展的な課題として一般化を行う。
<一般化>
三角形の相似比を使って一般的に考えさせる。
街灯の高さをh,人の身長をaとすると
  x:y=(h−a):a
  より
まとめ
   
指示
変化や対応を図,表,グラフ,式等で考えることができた。
三角形の相似を使って,関係を式にすることができた。
身の回りの中で比例になるものを見つけることができた。
授業で学んだことや友達の考え等を自分なりにワークシートにまとめさせる。
 「今日の授業で学んだことをワークシートにまとめよう。」


4.授業の分析

(1) 課題設定の場面

 影の長さの変化に影響があるものは,街灯の真下の地面から人の立つ位置までの距離を予想していた。

 同じ距離でも光源から人までの距離(図のPQの長さ)と考えていた生徒もいた。

 場面のイメージが個々の生徒によってずれてしまうので,授業では,隣の空き教室で実際に右の写真のようなライトを用いて影のできる様子を実演した。


(2) 解決の見通しを立てる場面

 電灯から出た光が人の足下を照らすというイメージがあったためか,光源と智さんの足下を線分で結んでいる生徒が若干見られた。それでは影ができないので,どの部分が影になるのかを図を指しながら説明させた。


(3) それぞれの方法を発表する場面

 xとyの関係を表で表す生徒は多かった。そこから立式していた。しかし,「xが2倍,3倍…になると,yも2倍,3倍…となるから比例の関係になる。」と説明した生徒は少なかった。比例の根拠を具体的に説明させるようにした。グラフや変化の割合に着目していた。また,比例の式よりも比で表した方がわかりやすい生徒もいた。さらに,比で考えると三角形の相似へとつながりやすかった。


(4) 1時間の学習を振り返る場面

 日常事象を数学の問題として解くことの楽しさや規則性などの面白さを感じ取っていた。また,多様な表現方法への興味を感じたり,数学を活用していこうという姿勢が見られた。さらに,お互いの意見交換をすることによって今まで気づかなかったことに気づき,視野が広がった様子もうかがえた。

(5) 良かった点
1 空き教室で,影のでき方を実演したので,問題場面が把握しやすかった。
2 日常事象の問題場面から不思議さを感じ,教師の演示や友達の発言から解決すべき問題を理解して,やる気をもって臨めた。
3 ワークシートに自分の考えを表現することができた。
4 生徒が互いに言葉や式や図,表,グラフなどを多様な表現の仕方を用いて,解決したことを発表し合うことができた。
5 説明し伝え合うことを通して,自分の気づかなかった解決方法を知り,興味・関心を高めることができた。
6 授業の終末に授業を振り返って,学んだことや感じたことを発表しあって,学習した価値をお互いに確認し合えた。

(6) 課題・改善点
1 x:y=2:1の数値はわかりやすい反面,影は街灯からの距離の半分であると誤解してしまった生徒もいた。街灯の高さと,身長の比に最終的にもっと注目させるべきであった。
2 生徒が説明する際に,できるだけ数学用語を使うようにさせる。
3 自分の用いた考え方や解決方法を説明する際に,その根拠を言わせるようにする。


参考文献
*1  文部科学省「PISA(OECD生徒の学習到達度調査)2003年調査」
  http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/04120101.htm
*2  文部科学省「読解力向上プログラム」
  http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku/siryo/05122201/014/005.pdf
*3  埼玉県立総合教育センター「調査研究報告書/読解力を育成する教科指導に係る調査研究」
  http://comweb.center.spec.ed.jp/
   本稿の内容の詳細も,この中の実践事例の中にある。
前へ 次へ

閉じる