1.はじめに
普段何気なく見ているものや身のまわりの事象の中にも,実は人間の英知や工夫が隠れていたり,あるいは,意外な規則性や法則が潜んでいたりするものです。紀元前500年頃に生きたピタゴラスは,「万物は数である!(Everything is number !)」と,すべてのものは数的な法則により成り立っているとまで言いました。
ピタゴラスのように,すべての事象が数的に分析できるとは言い切ることはできませんが,事象を分析的な目で観ると,その中にはこれまで生徒が色々な教科で学習してきた内容が含まれていたり,身に付けた力で分析・理解が可能であったりすることに気付くことができると思います。さらにそこから自分なりの新たな関心が生まれ,それが自らの課題になってくるのではないかと思います。
普段何気なく聴いている音楽の“ドレミファソラシド”の音は,もちろんはじめから決まっていたものではなく,人間の知恵や工夫によっていろいろと形を変えながら発展する中で今に至っています。1オクターブの中には,半音も入れると12の音の高さが入っています。その組み合わせが音楽の基本になるわけですが,その12の半音階に決まりはないのか,を本題材では探っていきます。また,よく「きれいなハーモニー」とか「ハモっていない」などという表現をしますが,何を持ってそう言うのか?その根拠となるものは何なのか?も解き明かしていきたいと思っています。さらに,音階の源ともなったといわれている「ピタゴラス音階」についても学習ををすすめていきます。
2.指導のねらい
本題材を進めるにあたっては,数学の力はもとより,音楽や理科で学んだことを総合的にいかしていくことになります。また,本題材を学習することが,その後に学習する内容のきっかけとなるようなことも含まれています。このように,「音の探究」をすることにより,数学を学ぶ価値や意義を生徒自らが認識すると共に,他教科とのつながりを意識させることで,学ぶことの価値や楽しさを感得することができればと考えました。以下は,これまでの数学の授業との関わりや他教科との関連です。(かっこ内は,今後の学習に関わってくる内容)なお,本実践は第二学年で行いました。
<数学> |
○ |
数の規則性 |
|
○ |
比例,反比例,一次関数 |
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○ |
公倍数 |
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○ |
表・グラフの見方,考え方 |
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( ○ 指数関数 ○ 等比数列 ) |
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<理科> |
○ |
発音体の振動の振幅と振動数 |
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○ |
音の高低,音の大小 |
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<音楽> |
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( ○ 器楽 ○ 純正律音階 ) |
3.授業の実際
(1)1時間目 『様々な楽器の特徴について考えよう』
さまざまな楽器の音を出すための工夫について考えさせるために,まず生徒が知っている楽器をどんどん挙げてもらいました。吹奏楽部に所属する生徒は,ここぞとばかり聴いたこともないような楽器の名前も挙げてくれます。生徒からは,50を超える楽器の名前が出されました。
次に,楽器の仲間分けを行いました。「楽器は大きく分けるとどのように分けられますか?」と
聞くと,『弦楽器』『管楽器』『打楽器』という分け方は自然に出てきます。そして,生徒から挙げられた楽器すべてをどう分けられるか確認していきました。
最後に,それぞれの楽器が音を発する際にはどんな工夫がなされているかを考えました。すると,いずれも何らかの手立てをとりながら空気を振動させることで音を発し,音の高さを変えているということに話しがまとまってきました。弦楽器については,「弦の長さ」「弦の太さ」「張り具合(張力)」「材質」によって音の高さを変化させているといった予想が出されました。そこで,次の時間は音の性質について復習しながら音の高低がどんなふうに決まってくるのかを調べていくことを伝え,その時間は終わりました。
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(2)2,3時間目 『音の性質を振り返ろう』
一年生の時の理科の第1分野で,生徒は「音の性質」についてはすでに学習しています。しかし,再度学習を振り返りながら,若干踏み込んだ形で音の性質について復習しました。
内容としては,『音は何を媒介として伝わるのか』,『音の伝わる速さについて』,『音の大きさと高さについて』,などを学習しました。の「音の速さ」では,空気中を伝わる場合の気温と速さの関係を式に表してみることで一次関数を振り返ることができます。また,空気中と水中やガラスを伝わる場合を比べると,その伝わり方の違いに生徒は驚いたようでした。については,まずモノコードをパソコンにつないで,オシロスコープでその振動数や波形を確認しながら振り返りました。一年生の理科の実験では,弦の長さを長くすると振動数が小さくなり低い音が出て,短くすると振動数が大きくなり高い音が出る,といったことを学習します。しかし,二年生では比例・反比例の学習を一年の後半ですでに終えているので,弦の長さと振動数の関係を表に表すと反比例の関係になることを確認することができます。反比例を身近な素材を使って復習することにもなりました。 |
(3)4,5時間目 『半音階と弦楽器の弦の長さの関係を考えよう』
ここでは班に1つの弦楽器を準備しました。エレキギター,ウクレレ,クラッシックギターなど同僚の先生方所有の弦楽器を8つほど集め生徒に触れさせました。身近な先生方の楽器ということもあり興味を持って授業に臨むことができたようです。ギターなどの弦楽器の多くはフレットがついています。そのフレットにはどんな決まりに基づいてついているのかを探っていくことにしました。 |
理論的には,次のような考えで弦の長さは決められています。まず,「ドレミファソラシド」の低い「ド」と高い「ド」の関係は,ギターの弦の長さでいうと,低い「ド」の長さは高い「ド」の長さの2倍になっています(振動数は1/2)。他の音の長さは,全音の他に半音を入れて,下のように考えることになります。前述したように,低い「ド」の長さは,高い「ド」の長さの2倍になるのですが,これは,高い「ド」の長さをどんどんx倍していって,ちょうど2倍になるように決められているのです。 |
つまり,高い「ド」を1としたとき,低い「ド」はx12=2となります。この数式自体は,高校数学で学習するものでありますが,xの値はおよそ1.06になります。したがって,どんな弦楽器でも,それぞれの音階の弦の長さ(弦の根本「ブリッジ」から,各音階のフレットまでの長さ)を測ると,隣り合う音同士で,低い音の長さを高い音の長さでわるとおよそ1.06になります。数式を導かないまでも,楽器にはこうした規則性が存在し,それがもととなり音が創られているということに気付けば,これを利用することでオリジナルの楽器を制作することも可能になります。このような音階の決め方を,『12平均律』といいます。
授業では,班毎にそれぞれの楽器の弦の長さを測り,表に表してそこから規則性を見つけることになります。生徒のそれまでの経験では,ほとんどの場合が「差が一定になる」数量関係なので,『割って一定』になるという関係を見つけるには多少時間がかかるようでした。しかし,ちょっとしたヒントを与えることで,割った値がほぼ1.06になることにはどのクラスも気付くことができました。 |
(4)6,7時間目 『ハーモニーの神秘を探ろう』
学級で合唱コンクールなどに向けた指導をしているときに,よく「きれいなハーモニーになっている」といった表現をします。『ハーモニー』とはどんな状態をいうのか,その根拠は何なのかを探ってみようという課題です。
前時までの学習で,「弦の長さは振動数に反比例する」,「(長い弦)÷(短い弦)≒1.06」ということがわかりました。このことを使って,各音階の比率を表にすると次のようになります(小数点以下第3位を四捨五入)。
弦 の 長 さ |
2 |
1.89 |
1.79 |
1.69 |
1.59 |
1.50 |
1.41 |
1.33 |
1.26 |
1.19 |
1.12 |
1.06 |
1 |
音 階 |
ド |
ド# |
レ |
レ# |
ミ |
ファ |
ファ# |
ソ |
ソ# |
ラ |
ラ# |
シ |
ド |
振 動 数 |
1 |
1.06 |
1.12 |
1.19 |
1.26 |
1.33 |
1.41 |
1.50 |
1.59 |
1.69 |
1.79 |
1.89 |
2 |
ここで,代表的な3和音「ドミソ」の振動数の比を見てみます。すると,ド:ミ:ソの比率は,1:1.26:1.50になります。このままでは,わかりにくいので4をかけます。すると,その比率は,4:5.04:6になります。このように,簡単な整数比に近いほど音は調和して聞こえます。すると,次の課題は,整数比になると音が調和して聞こえるのはどうしてかということになります。感覚的にはなんとなく理解できますが,その根拠についても追究しようとする姿勢を持たせたいものです。その根拠は,音の周期の合成にあります。つまり簡単な整数比,例えば2:3であれば,6の周期で同じパターンの音の波が来ることになります。ところが,例えば5:12になると,60という長い周期で音の波が来ることになり,音としては美しく響かなくなるわけです。3つの音だと複雑になってくるので,2つの音を奏で,その音をマイクで拾いオシロスコープで観察するとその波形のパターンがどのように表れてくるかがわかります。また,小学校で学習した最小公倍数の復習にもなりました。
さらに,この授業では音楽的にもう少し深いところまで追究してみました。前述したド:ミ:ソの比は,4:5.04:6になるわけですが,耳のよい人にはこの0.04が“うねり”として耳障りに聞こえるようです。また,(長い弦)÷(短い弦)の値もおよそ1.06ということなので,実際にはもっと端数が含まれています。そこで,この端数をなくし完全な整数比で音階を決めていく決め方が,『純正律』と呼ばれる決め方です。歴史的にはバッハ以前の古典音楽は純正律でつくられているそうです。平均律では,1オクターブの中で音階が決まるので移調しても曲想が変わりませんが,純正律では移調すると曲想がまったく変わってしまうそうです。純正律でつくられている古典音楽は,純正律で奏でられてはじめてその価値がわかるということも音楽の先生にお聞きしました。 |
(5)8時間目 『ピタグラス音階をつくろう』
最後にピタゴラス音階について学習しました。ピタゴラスは,音階をはじめて数学的に分析した人のようです。ピタゴラスは,弦の長さが2:3のとき,その弦で発せられる2つの音が調和して聞こえることにまず目を付けたようです。そこから,次のように弦の長さを決めていったようです。
まず,最初の弦の長さを2にします。すると,次の長さはその2/3なので2×2/3で4/3になります。次に,そのまた2/3にするので8/9になりますが,これは1よりも小さくなってしまいます。すると,1オクターブから外れてしまうので2倍します。つまり16/9の長さになります。次に,その2/3にして32/27が次の弦の長さになります。そして,また2/3に すると64/81で1より小さくなるので,2倍して128/81として,これが次の弦の長さになります。そして,またこれを2/3にすると,256/243になりますが,これはほぼ1に近い値になるので1オクターブが終了になります。
結果として,2,4/3,16/9,32/27,128/81の5音が決まります。これを,現代の平均律の弦の長さと比較すると,「ド」「ソ」「レ」「ラ」「ミ」に近いことがわかってきます。
このように音階の源流にたどり着いたところで,この学習を終えました。 |
4.おわりに
この授業は,本校で取り組んでいる「教科が提案する総合的な学習の時間」の中で実践したものです。数学的なねらいとしては,身のまわりの事象を数学的な目で観る目を養うとともに,そのことで数学を学ぶことの価値や意義を再認識することをできればと考えました。また,この授業では行いませんでしたが,前述の(長い弦)÷(短い弦)≒1.06という比率を使うことで,オリジナルの楽器をつくることもできます。このように,数学で学んだことを活用することで,学びの有用性や楽しさも感得できるのではないかと考えています。さらに,本題材は,高校で学習する等比数列や指数関数にもつながっていきます。
今回は,8時間という長い時間をかけて学習しましたが,課題に軽重を付けたり部分的に省略することで,課題学習や選択の授業でも行うことができると思います。いずれにしても,子供達の数学嫌い,数学離れが危惧される昨今,こうした身近な素材を教材として取り上げ,学ぶ楽しさを体感させることは今の子供達にとって心の潤いにもなるのではないでしょうか。
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