鳥取大学附属中学校 神波 徹 |
1. はじめに 本校では,平成16年度より「学ぶ意欲」と「実践的行動力」をキーワードに授業改善に取り組んでいる。生徒が生き生きと学び,驚きや感動を持って学習に取り組む姿を日々の授業の中で実現させたいものである。 生徒の「学ぶ意欲」は,日々の授業の中で高められることもあれば失われることもある。絶えず変容しているものであり,その変容は日々の授業の質に依存する。言い換えれば,教師の指導の評価であるといえる。従って,生徒の「学ぶ意欲」を培うことは,教師側の授業の質をいかに高めていくか,という教師側の問題としてとらえるべきである。 日々の授業の中で「基礎・基本」を学んでいく際に,その学びをより豊かにし,意味を深め,拡げ,生徒にとって充実感と満足感を感じることのできるものにすることができるならば,それが生徒の「学ぶ意欲」を引き出していくことに大きくつながっていくのではないだろうか。さらに,「学ぶ意欲」を身につけた生徒は,自発的により高次のレベル,広い範囲の学習に向かっていくのではないだろうか。学んだことを活用し,意欲的に新たな課題を見出してその解決に向かう力「実践的行動力」を身につけるのではないだろうか,と考える。 そこで,日々の授業を「学ぶ意欲」を高め「実践的行動力」を培うものへと改善していくにあたって,次の3点を目指す授業のイメージとして設定した。
2. 指導のねらい 「真理に対する責任を担う主体となる」とは,教師から知識を一方的に与えられる受け身の姿勢でなく,主体的な学びの姿勢である。主体的な学習活動の中で,新しい見方や考え方を導き出し,新たな表現・処理を引き出していくことである。そして議論する中で価値を高め,しっかりと知識・理解として確立していくことである。言い換えれば,学びを「つくる」ことである。「学ぶ意欲」を身につけた生徒たちは,学習の結果としての知識を「先生からそのように習ったから」正しいのだ,と教師に依存するのでなく,自らが「真理に対する責任」を担う主体となる。このような授業の創造を目指していくことが大切である。教師から与えられるのではなく,教師の支援を受けながら個人で,あるいは集団で新しい見方・考え方を,新しい表現・処理を導き出し,自分自身の確信を持って,「これで正しいのだ」と納得できるような授業の創造を目指したいと考えた。 日々の授業の場面で,私は「なぜこうなるのか?」「なぜこれでよいのか?」と生徒に問いかけ,課題意識を持たせるよう意識してきた。例えば,「2x+3x=5x」の計算についての場面である。生徒は個数に注目した説明から,線分図,面積図を用いての説明等,様々な表現を導く。「この説明が1.2x+3.3xになっても成り立つだろうか・・・?」と生徒に投げかけ,小学校で学んだ内容と関連づける支援を行うことで,より普遍的な表現を導き出していく。文字式の加法の場面を通して,生徒は小学校6年間と中学校1年生の正負の数までの数概念の拡張の歴史を振り返ることができる。 下図の説明をした生徒は,「2x+3x=5x」の計算について,1辺の長さが等しい2つの長方形を等しい辺を貼り合わせることによって1つの長方形にすることであるととらえている。さらにその考え方から,「2x+3y+3x+y=5x+4y」という「同類項をまとめる」ことの意味を見出している。「長さが違うから合わせられない」ということなのである。 本時の学習は,1年生の文字式の計算,文字式の積についての内容に関わる実践である。以上に述べたような学習の流れから,式と数の積の計算へとつなげていく場面である。一次式と数との積についての内容で,2a×3=6a,と計算できること,また分配法則を用いて,3(2x+3)=6x+9のように計算できる意味を見出していく。さらに見出した計算についての意味づけや表現を他の場面に活用していくことを意図している。授業作りの視点の「(2) 学んだことを活用する」場面である。生徒は2x×3y ,2a(3x+2y+z),といった単項式×単項式,単項式×多項式,さらには(a+b)(x+y)のような多項式×多項式の計算に活用し,新たな式表現を導き出していくことを意図した授業である。 3. 授業の実際 授業の始めに2a×3と板書し,これがどのように簡素化できるのかを予想させる。生徒は6aになると即座に答える。「なぜこれでよいのかを明らかにしていこう。どんな説明が考えられるだろうか。また,自分の見つけた考え方をいろいろな問題に活用して,式を変形させてみよう。」と投げかけ,様々な式の積を板書する。「単項式×単項式」,「単項式×多項式」,さらには「多項式×多項式」の計算式も盛り込んで提示した。 生徒による自力解決が始まる。式を分解して交換法則を用いてまとめていく表現,積を長方形の面積ととらえて計算の意味づけをする表現,立体での表現,様々な表現を工夫する。 つまずいている生徒には,前時までの学習内容のノートを示し,関連づけてみるよう支援を行う。 「これまで知っている計算のしくみを使って,式変形だけで説明できないだろうか」,「図の表現として積を表せないだろうか」等,生徒の活動の様相に合わせて,個々に支援を行ってまわる。「この考えで次の問題の計算が考えられないだろうか。」と支援すると,生徒は導き出した表現を他の問題場面に適用しようとする。 積を 縦×横 の長方形の面積としてとらえる表現を導いた生徒は,2x×3y=6xy,a(x+y)=ax+ayといった計算や,2a(3x+2y+z),(a+b)(x+y)のような計算に適用していく。 これによって,数と文字の積の意味が長方形の表現によって明らかになってくる。数と( )のついた式との積で用いる分配法則の意味が明らかになってくる。2年生の「単項式×単項式」の計算,3年生の「単項式×多項式」の計算のしくみも全く同じものとしてとらえていくことができる。 2x×3y=6xyの計算では,面積がxy の長方形が6つできることが導かれる。「あー,そうなんだ!」素朴な発見であるが,生徒たちは新鮮な驚きの表情を見せる。 活用していく場面として,2a(3x+2y+z),(a+b)(x+y)を括弧のない式で表現するという課題を提示している。面積の表現が新しい数式の計算に意味を与えていく場面である。2a(3x+2y+z)の計算が面積axの長方形が6つ,面積がayの長方形が4つ,面積がazの長方形が2つできることが導かれる。 また,(a+b)(x+y)がax+ay+bx+by となることが面積の図を用いて導かれる。「式変形だけでできるかな?分配法則がうまく使えないだろうか?」と支援を行う。 (a+b)(x+y)=(a+b)x+(a+b)y=ax+bx+ay+by という式表現を導いた生徒が歓声をあげる。早速みんなに紹介してくれるよう促す。 (a+b)(x+y)の表現を導き出した生徒には,「( )がもう1つ増えたらどうなるだろう?( )が3つだと,図形で表すとどうなるだろう?」と支援を行う。3つの多項式の積が8つの直方体の体積の和として表現する生徒が出てくる。 授業の後半部分ではそれぞれの生徒の考察を出し合い,練り上げを行う。練り上げの重点は,式の形によって異なっていた(そのように見えていた)「式の積」について,その相互の関係を関連づけてとらえる見方を生み出すことである。この見方こそ積の確かな理解につながり,「学ぶ意欲」を引き出すものであろう。 確かな理解は「おもしろさ」「自信」「楽しさ」を伴う。2a×3=6aを意味づけする活動から,生徒たちは2x×3y=6xy,a(x+y)=ax+ayへ,さらに2a(3x+2y+z),(a+b)(x+y)の展開まで1時間の中で学びを高めていく。次々と新しい計算に意味づけをしていく生徒たちの表情は期待感にあふれ,その活動は生き生きとしている。そして数式の計算のしくみが全てつながっていることを見出すのである。和,積,分配法則,展開,・・・それぞれがバラバラで,「このときには係数のたし算,このときは係数の積に文字の積,このときには分配法則・・・」というとらえ方でなく,全てをつなぐ,数式全体の計算の仕組みを俯瞰した見方が生まれるのである。長方形の図として表現したとき,縦や横の辺の長さが(1+1+1)や(a+a)のときには単項式として表現でき,(x+y)等のときには多項式として表現されるのである。面積の表現が分配法則や展開公式を生み,積の仕組みが明らかになるのである。このような見方・考え方こそ私たちが生徒たちに生み出したいものである。「すごい・・・」とつぶやく生徒,「おもしろかった」と生活ノートに書く生徒が出てくる。 また,このような見方・考え方はどの学年においても用いることができ,それまでの学習の内容によって一層高いレベルの学習活動が展開されるようになる。確率の単元を学習した後の中学校3年生の多項式の学習においては,多項式の積の項の個数を組み合わせと関連づけてとらえる見方も生まれてくる。 4. おわりに なぜそうなるのか,なぜそれでよいのか?私が数学の授業において生徒にいつも問いかけていることである。マイナス×マイナスがなぜプラスになるのか,分数でわる計算が逆数のかけ算になるのはなぜなのか,3x+2x=5xになるのはなぜなのか,2x×3=6xになるのはなぜなのか,分配法則が成り立つのはなぜなのか・・・。計算の結果のみを覚えてそれに当てはめれば,とりあえず計算はできる。しかし,その背景にある考え方を自ら生み出していくような学び,異なるものを関連づけたり共通点を見出したりして一般化していく見方・考え方を生み出すような学びこそ,はるかに価値のあることではないかと,生徒たちの表情を見て強く感じるのである。 〈参考文献〉 ・溝口達也「算数・数学の授業における教授学的契約」 (『新しい算数研究』286) |