変化と対応,図形と相似の活用
―「視力検査表を調べよう」―
埼玉県中学校数学教諭
1.題材について
 学校の保健室にある視力検査表は,私達にとって見慣れたものですが,その中に潜む数学的事実について,生徒達はあまり意識をしていません。切れ目のある環(ランドルト環)の一番上が認識できると視力0.1,一番下が視力2.0というように,検査表の下の方の環の切れ目が見えるほど視力がよいと判定されるということは知っていても,並んだ環がどのような物理的規則にもとづいているのかと考えることは少ないようです。
 そこで,遠くに離れれば小さく見え,近づけば大きく見えるなどという日常生活上の共通体験や,表や図を使って解決の糸口をみつけるなど,生徒達が自分なりの方法で視力検査表を調べ,その仕組みを解明していくような学習展開ができるのではないかと考えました。
 現在,学校で使用されている万国式日本試視力表の中のランドルト環は,1909年,第11回国際眼科学会において定められた視標です。その基準となるのは,環の外径が7.5o,環の切れ目が1.5o,幅1.5oのもので,この環の切れ目を5mの距離から認識できれば,視力が1.0とされました。本来視力とは,物体の存在や形態を認識する目の能力と考えられますが,視力検査表で測定をする視力は,2つの点が離れていることを見分ける能力を数字で表しているといえます。
 この視力検査表を題材にして,実物大の環を実測したり,いくつかの環を離して見比べたりする具体的操作や作業を進めて,検査表にない視力0.05の環を考えていきます。検査表の環の並び方に予測を立て,実験をして,小集団の議論の中で修正しながら表現していく一連の活動を通して,論理的証明が苦手な生徒も自分の考えがもてるように工夫をしました。

2.学習計画(2時間)
 ○視力0.05を測定するための環をつくってみよう。……
 ○既成の視力検査表で視力0.05を測定する方法を考えよう。……1(本時)

3.本時の目標
 ○視力検査表(ランドルト環)を自ら進んで観察し,その規則性や原理を調べようとする。
 ○視力検査表と視力,測定距離の関係を理想化することで,規則的に並べられた環の仕組みを明らかにすることができる。
 ○環の大きさと視力の値,測定距離の関係に着目して,図や式を使って自分の考えを表現できる。

4.本時の展開
学 習 活 動教 師 の 支 援
前時の復習をする。
視力0.05のランドルト環をつくるには,0.1の環を2倍,1.0の環を10倍の大きさに拡大すればいいということを思い出す。
環の直径と視力が反比例の関係になっていることを思い出す。
前時の表や図を掲示する。
次の問題を考える。
 既成の視力検査表を使って視力0.05を計測するためには,どうしたらいいだろうか。
 ・既成の検査表の環を近づけて,前時に作成した0.05の環と見比べ,同じくらいの大きさに見えるところで距離を計測する。
検査表の実物大のコピーを配付して,実験への支援をする。
実験用具を準備する。
0.05と0.1だけでなく,いくつかの環で確かめられるようにする(下図)。
 ・なぜ,同じくらいの大きさに見えるのかを考える。
図を利用して,説明できるように促す。
ヒントカードを用意する。
前時の取り組みとの比較をする。
ランドルト環を2倍の大きさに拡大をすることと,1/2倍に近づいて見ることは結局,同じことを意味する。

前時:2倍の大きさに拡大をする。
図の描き方をアドバイスするなど,発表の支援をする。


本時:1/2倍に近づいて見る。
わかったことをまとめ,学習を振り返る。
大切な考え方は何だったろうか。
視力検査表を観察したことで,気がついたことがあったら書いてみよう。
学習を振り返る時間を設定して,知識の整理や活用ができるように配慮する。
自分でオリジナルの環を考えてみる。
0.01の環を提示するなど,多様な環が出るように意欲を高める。

5.活動している生徒の様子
 ・前時(視力0.05を測定するための環をつくってみよう)

 ・本時(既成の視力検査表で視力0.05を測定する方法を考えよう)

6.授業後の感想
 <今日の勉強で大切だなと思った考え方を自分の言葉でまとめてみよう>
 ・大きな物を遠くから見ると小さく見える,そして,小さい物を近くから見れば大きく見える。こういう当たり前の関係をはっきりさせていくまでの考えが大切だと思った。
 ・みんなで考えて予想を立て,答えを出してみることは,楽しいし,大切である。
 ・比や図や表で考え方を表すと,みんなにわかりやすい。
 ・0.05を視力に表すのに,いろいろな考えを出すことが大切だと思った。
 ・頭ではわかっていても,それをどう表していいのかわからなかったけれど,みんなで相談しているうちにまとまったので,相談するということは大切だと思う。
 ・はじめは思いつきで,本当に0.1の2倍が0.05のランドルト環になるかわからなかったけれど,確かめられたことがすごいと思った。自分でも驚いた。
 ・こんなところで,比例や反比例の関係や中点連結定理が使えるとは思わなかった。
 ・見る物を大きくするのと,見る物までの距離を縮めるのでは,同じ効果があることを数学で確かめられるということ
 ・身近なものにも,考え方を変えるだけで,いろいろな相似が見えてくると思った。

 <視力検査表を観察したことで,気がついたことがあったら書いてみよう>
 ・遠近感を計算で求めて,絵を描けると思った。
 ・もっと視力のいい人用の環をつくって,世界視力選手権をする。
 ・別に環はたくさんなくても,近づいたり離れたりすれば1つの環で視力検査ができる。
 ・物が見えるときの大きさは,実際の大きさと距離で計算で求められる。
 ・0.05の環を調べることで,他の環の大きさがわかるようになったこと
 ・上が0.1で下が2.0であるけど,下の方が見やすいという人がいたらどうするのだろう。
 ・うんと小さなものが見える顕微鏡などは視力で表したらどうだろうか。
 ・理科で勉強した太陽と月の日食の関係から,0.05の環と0.1の環の関係を思いついた。
(地球から太陽までの距離は,地球から月までの距離の400倍,太陽の直径は月の400倍)

7.考察
 ・何も解決の見通しがつかないときに,とにかく計測して整理するという,問題解決への意識づけができる教材といえる。
 ・中点連結定理等,図形の性質を利用したモデル図を描くことは生徒にとって,かなりの飛躍があると思われたため,もとになる図を提示した。

0.05の環

0.1の環

遠くの物が見える 0.05と0.1の環の位置

 ・結果をまず予測するという授業の経験が少なかったのか,結果を予想できたことそのものに,満足感や楽しさを感じた生徒が多く見られた。
 ・反比例に気づけても,誤差を含んだ実測値に執着しすぎるところがあった。事象の全体像をみるためには,グラフ電卓等の計算機で数値計算を援助する方が本来の仕組みに迫れる。
 ・本教材は必要なデータを実測によって手に入れるため,与えられたデータから予測をする教材よりも,誤差に対して生徒が主体的に対応するため,物理現象を数学的モデルで考える準備教材に適しているように感じられた。
 ・頭ではわかっていても,それをどう表していいのかわからない場合は,小集団での議論をすることが効率的であると指摘した生徒が多かった。
 ・比,表,式,図など,問題解決の見通しのための手だてに目が向けられた生徒が多かったが,逆に物の見える仕組みをとらえることの重要性を記述した生徒が予想よりも少なかった。
 ・1時間授業の限られた時間であったため,グループ探究の時間,振り返りの時間確保のため,一斉授業としての練り上げの時間はあまりとれなかったが,活動の振り返りの時間を確実にとったことは,本時の授業については有効であった(生徒の記録には中身の濃いものがみられた)。
 ・授業の終末に配ったワークシートの回収率は低いものになったが,提出した生徒は強制的に書いた印象をもっていなかったため,自由な発想でのコメントが多くみられた。継続的に行うことで,よりよい発想を生み出すことが期待できる。

 <ワークシートの例>
 ワークシート(1)
 ・授業前半部に配付
 ・小集団での活動用
 ・原寸大の0.1,1.0のランドルト環を印刷

 ワークシート(2)
 ・授業終末に配付
 ・授業で考えたこと,考えた行為の振り返り学習に利用
 ・授業で身につけた数学をもとに,自分なりの探究をする学習に利用
 ・視力検査表のモデル図などを印刷した。

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