グラフ電卓を用いた課題学習の試み
―関数概念の獲得とグラフ電卓の位置づけ―
岡山大学教育学部附属中学校数学科
1.グラフ電卓を用いた新しい関数学習

図1 TEXAS INSTRUMENTS TI-92
 私たちは1997年以来,グラフ電卓の機能に加えて,数式処理・作図ツール等の機能を持つ高性能電卓TI-92を中学校数学科の授業で使用するための研究を行ってきました。
 今回の教育課程改訂でグラフ電卓の使用がはじめて明示されました。中学校学習指導要領解説では,「電卓の手軽さとコンピュータの簡易機能を持ちあわせたグラフが表示できる電卓の活用も積極的に行いたい」としています。
 ここでは,関数の領域で行った2つの課題学習の実践例を示します。

2.実践事例
 (1) MATH−WALKING(1年)

図2 ウェイツ教授からの電子メール
 グラフ電卓に距離センサー・CBLという装置を接続すれば,時間と移動した距離の関係をグラフ化することができます。これを用いて,決められたグラフに合わせて実際に歩いてみる活動を行いました。センサーの前を歩くと,横軸に時間,縦軸に距離のグラフが表示されるのです。この学習課題はグラフ電卓の開発者の一人であるアメリカ・オハイオ州立大学ウェイツ教授から電子メールで送られてきた生徒への挑戦状です(図2)。
 まず,8班に別れ,どのようなグラフを歩くかを決めることからはじまります。生徒たちは,各班で自分たちの歩くグラフを次々に板書していきます(図3)。準備のできた班から,実際にグラフを歩いてみます。
 最初の班は,一度目は山が逆になって失敗。ほかにも,思うようなグラフをかけない班もありましたが,すべての班が2度目,3度目には見事にグラフを歩ききりました。圧巻は4班でした。


図3 生徒が決めたグラフ
 
図4 グラフを歩く

図5 メッセージ

 5人全員が自分の役割を果たし,何とも奇妙なグラフを歩きました。
 発表したグラフを見て,全員で考察していきます。「飛んだらどうなる?」,「横にどけるとどうなる?」などと具体的な動きとグラフの関係を考えていきます。中には,絶対にできないものや,頭の中ではできても,実際には難しいものも出てきました。ふだんの数学の時間ではあまり発表しない生徒も積極的に参加し,盛り上がりました。
 全班が歩いた後,「Sの字のグラフがかけるか」という新たな挑戦状を提示しました。「時間が重なるグラフはかけない」,「時間は戻らない」,「同時に2つのものに反応できない」等,関数概念に結びつくような意見が見られました。最後に宿題として,図5のようなメッセージを英文で作成しました。


 (2)

 一次関数のグラフ(2年)
 1次関数のグラフをの値を固定しの値を変化させる,あるいはの値を固定しの値を変化させることによってグラフの変化のようすを考察しました。数学的性質の発見・確認という場面での活用をめざしました。
1 学習の開始
 1) 学習のねらいの確認
 2) グラフ電卓の設定
・ウインドウを設定する
=3+2のグラフを表示する。(図6)

図6 =3+2
2 傾き・切片とグラフの関係について考察する。
 1) 傾きを一定にして切片を変化させる。
=3を変化させたとき,グラフはどうなるでしょう。
 2) 切片を一定にして傾きを変化させる
+5 のを変化させたとき,グラフはどうなるでしょう。
 3) 傾き・切片とグラフの関係についてまとめる。

図7 =3+2
3 点(2,3)を通る直線について探究する
点(2,3)を通る直線をかいてみましょう。どんなことに気がつきますか。
 1) 各自で探究する
 2) 学級全体で練り上げる。

図8 =+2
 本時の学習をまとめ,課題意識をもって学習内容を発展させる。


 図6をもとに,切片だけを変えてみます。図7のように,切片を1ずつ変えていった生徒は等間隔のグラフになります。グラフ電卓ではビュースクリーンという装置に接続することによりOHPで映すことができます。一人の生徒のグラフ電卓を接続し,作業の様子を全員に見えるようにしました。作業している間,授業者は机間観察と個別指導を行うだけでグラフ電卓を範示することはありません。特徴ある反応をした生徒のグラフ電卓を接続し,全員で考察します。等間隔であるが,原点を通るグラフだけを表示していない生徒のグラフに対して,「=0の式をつくっていないから」という助言も出ました。
 続いて傾きを変更します。このときもまず予想をさせ,それを確認する形でグラフ電卓を使用しました。予想させることにより,グラフ電卓が探究のための道具となるのです。いろいろな値を代入しグラフを表示するが,等間隔のグラフはかけません(図8)。
 =0のとき,軸に平行なグラフになります。を大きくしていけば,直線は軸に近づきます。しかし,軸と重なることはありません。この後,関数の意味の再確認を行いました。

図9 点(2,3)を通る直線
 最後に,発展課題である点(2,3)を通るグラフをかきました。生徒たちは自分で考え,(2,3)を通ることを確認した上で,グラフ電卓に入力し,グラフを観察していました。グラフ電卓を自分の考えを確認したり,表現したりする道具として活用しているのです。(2,3)を通る直線の式に気がついた生徒から自由に板書させました。
「どんどんかいていく方法はないかな」と発問し,考察させます。生徒たちは,の関係に気づきますが,等式変形により関係を明らかにできません。「を1増やしたら,は2減る」という結論になってから,「その関係は一次関数だよね。式で表せるよね」と問い直しました。3=2を変形させることにより,の関係が簡単に示せることに気づきました。

3.他の活用事例
 このほかにも,次のような場面で課題学習としてグラフ電卓を用いました。
 (1) 人間発電機(2年)
 1次関数の導入として,1年生で学習した比例を発展させた素材を取り上げました。
全員で手をつないで握手で信号を送っていきます。人で秒かかるとき,の間には,どんな関係があるでしょう。
 1列6人ずつ握手で信号を送り,Data/Matrix Editorと呼ばれる機能でデータを記録します。次に2列目も加わり,12人,……,と,学級全員が信号を送るまで行います。
 この表をグラフとして表示します。実験前,生徒は比例の関係だと予想します。実際に実験してみると,切片が現れます。最後の人が合図してから,記録者がストップウォッチを押すまでの時間が一定の量で,それが切片として現れることに気づくのです。15分程度で簡単にできる実験で,生徒たちは大変楽しそうに取り組んでいました。
 (2) 床に鏡(1年)
 反比例の関係を実験によって確かめる例は多くありません。次のような実験をしました。
床の上に置いた鏡に写る壁を見る。少しずつ,後ろへ下がっていくとき,あなたが見える壁の最高点は,どのように変化していきますか。
 実際に実験をした後,グラフ電卓でプロット・回帰します。さらに,内蔵されている作図ツールを用いてシミュレーションすることもできます。この結果は,もう一度相似で扱いました。
 (3) ボールの跳ね返り(3年)
 距離センサー・CBLを使って,ボールの跳ね返りのようすが放物線になることを確認することができます。また,そのグラフの一部を切り取り,式として表すことも可能です。
 (4) 数式処理(1年〜3年)
 グラフをかくだけでなく,数式処理機能も内蔵されています。一次方程式を電卓で解いて,その意味を考察したり,式の展開・因数分解等も電卓でやってみたりしました。
 特に,素因数分解に利用すると,様々なおもしろい整数の性質を発見することができます。

4.まとめ

図10 グラフ電卓を活用
 関数の式の係数を変化させたときにグラフがどのように変化するかなど,電卓の機能を使うことによって,表・式・グラフの関連を有機的に示したり,センサーを取りつけて動的な事象に対するデータの収集に利用したりすることができるようになりました。実生活に関する問題解決において関数の見方を取り上げ,活用することができました。また,実現象と関数の変化のようすとをグラフを媒介として考察しました。このことは「関数関係を見いだし,表現し,考察する能力を養う」のに有効であると考えます。

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