生命・地球における領域について学習指導要領解説には,次のような記載がある。
【中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 理科編】
第2分野の特徴として,再現したり実験したりすることが困難な事物・現象を扱うことがある。例えば,…中略… 日常の経験を超えた時間と空間の中で生じる地質や天体の現象は,授業の限られた条件の中で再現することは難しい。このような自然の事物・現象は,数量化が困難であったり,仮説の検証が十分に行えないものがあったりする。自然の事物・現象を科学的に探究する活動では,観察したり資料を調べたりして情報を収集し,そこから考察することなどに重点が置かれることになる。
本校では啓林館の教科書『未来へひろがるサイエンス 3』を採用しているが,地球領域の単元である「宇宙を観る」は,上記にあるとおり他の単元と比較すると実験や観察がやや難しい単元である。その中でも惑星と恒星の題材は,天体の日周運動とは異なり特に観察・観測が難しい題材である。そこで,今回,「宇宙を観る」の単元における第1章「地球から宇宙へ」においてICT機器を活用して擬似的に観察を行ったり,惑星の資料を調べたりすることによって情報を収集し,そこから考察することをとおして思考力の育成を目指した。また,併せて,ICTを活用するにあたり, GIGAスクール構想により導入された1人1台端末を有効に活用することを目指した授業実践を行った。
図1:Solar Walkによる太陽系シミュレーション
図1:Solar Walkによる太陽系シミュレーション
第1章「地球から宇宙へ」の単元では,始めに最も身近な天体である太陽や月から展開されており,太陽の観測をとおして太陽という天体の特徴を見いだしながら,地球・月・太陽の関係を学習するようになっている。その後,さらに視野を広げて太陽・月・地球を含む太陽系を構成する天体の特徴やそれらの運動について学習して行く流れとなっている。一方,太陽系の天体のうち主要な惑星に関しては,惑星の名称レベルであれば,子どもたちの多くが生活の中で一定の知識を獲得していることが多く見受けられる。そこで,個別の天体についてはiPadのSolar Walk(注1)(Windows用ソフトであるMITAKAなども活用しやすいソフトであるが,機材の操作性から本実践では宇宙旅行の雰囲気を出しながら容易に操作できるSolar Walkを用いることにした。)を大型提示装置(70型程度の液晶モニターやプロジェクター型の電子黒板等)で提示することにより擬似的な観察を行い,その姿や運動の様子について導入を行うことにした(図1)。その際の生徒の観察メモと班での交流のまとめを図2に示す。
この活動では,個人内活動から班でのグループ交流を行うことで,天体の共通点や相違点の整理を行った。天体の特徴や分類について主体的で対話的な単元の導入を目指した。
Solar Walkのようなシミュレーションソフトは,時間の進む速さを調整することができる(早送りすることができる)ため,天体の軌道位置関係と公転の速さとの関係性や相対的な自転の速さの違いなどについて視覚的に捉えることができる。これにより,惑星の分類におけるデータの読み取りや理解の促進への効果があると考える。図2は観察後の生徒のワークシートの一例である。
図2:Solar Walkによる太陽系観察後のワークシートの例
惑星の分類として,岩石からなる地球型惑星とガスからなる木星型惑星があることについて理解を深めることを目指し,火星についての調べ学習を行った。
この学習では,3つのねらいを設定して課題設定を行った。1つめのねらいは,火星について調べ,地球との共通点や相違点の整理を行うことをとおして,岩石型の惑星が地球だけではいことに気づき,惑星の分類の概念を一般化することである。
学習指導要領では本単元において,「地球には生命を支える条件が備わっていることにも触れること」と記されている。そこで,2つめのねらいとして,火星の様子を調べることにより,生命活動のもととなる水の存在について,地球の特殊性と地球環境の重要性について気づくことを設定した。
3つめのねらいとしては,火星を調べることをとおして,理科の学習における知識・理解を総動員して火星の様子を分析することで,思考力を養う理科としての総括的な課題設定とすることを目指した。火星の表面は,岩石型の惑星に典型的に見られるクレーターだけではなく,豊かな表情を示す。 具体的には,流水による侵食や堆積により形成されたと考えられる地形や火山帯のような火山が密集して分布する地域,極冠の様子,地球の海と陸のような標高の偏りなどが挙げられる。
そこで,火星の表面の様子を読みとり,火星表面上の様子や火星の変遷に関して,理科を中心とした9年間の学びから得られた知識・理解を基に考察することを通じ,思考力を育成するための総括的な課題として,Google Mars(注2)(https://www.google.com/mars/)を利用した火星探査の課題設定を行った。
これらの学習の後に,小惑星や彗星,衛星といった太陽系を構成する天体についての学習を,資料を中心に行いながら,太陽系の進化についての概要理解を図った。
(注1)現在iPad用天体シミュレーションソフトとしては,Solar Walk 2がリリースされている。
(注2)2021年11月末日現在,Chromiumベースのブラウザにおいて,何らかの不具合が生じているためか,Google Marsが利用できない状況になっている。SafariやFirefox等その他のブラウザにおいては問題なく利用できており,ChromebookではGoogle Marsが利用できない状況になっている。
学校におけるICT機器の主な活用方法としては,以下のようなものが挙げられる。
今回の授業実践における単元は地球と宇宙の単元で,実際の天体の観察や観測はやや難易度が高く,他の単元とは異なり,実験や観察を行うことが容易ではない。そこで,本実践ではICT機器を活用して天体の観察を模擬的に行うことで,生徒の興味関心を高めるとともに,深い思考力の育成を目指した。また,本実践では情報機器の強みの一つである情報の提示と共有についても着目して授業実践を行った。
本校ではGIGAスクール端末としてChromebookが導入されているため,Google Workspaceが学習活動の基盤となっている。そこで,今回はGoogle Workspaceのプレゼンテーション機能である「スライド」,文書作成機能である「ドキュメント」,学習活動のポータルサイト的な役割を果たしている「Classroom」の機能を活用して授業実践を行った。
【第1時】
過程 | 学習活動および内容 | 指導上の留意点 | 評価 |
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導入 |
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展開 |
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思考 |
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まとめ |
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【第2時】
過程 | 学習活動および内容 | 指導上の留意点 | 評価 |
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導入 |
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展開 |
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思考 |
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まとめ |
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【第1時】
◎導入
火星探査機パーサヴィアランスからの最新映像を提示し(https://mars.nasa.gov/mars2020/),「この写真は先日撮影されたものであるが,どこの映像か,またどのように撮影されたものであるか」問いかけを行った。次に探査機が映り込んだ画像を示しながら,先日学習した惑星の一つである火星の最新映像であることを伝えた後に,本時は火星探査を行うことを生徒に伝えた。
◎展開
火星探査の方法として,Google社のサービスであるGoogle Marsを利用することを伝え,その機能には可視光・赤外光・標高モードがあることについて演示をしながら説明を行った。Google Marsを使用できる時間は燃料の都合(=授業時間の都合)15分であることを伝え,班で分担して効率的な調査を行うように促した。班での分担や気づいたことのメモをとるためにワークシートを配布し,本時の目標「火星の特徴を探る」や到達目標を明確化するために評価基準についてワークシートにまとめる活動を行った。その際,「火星表面の探査に際して,地球上の現象を参考にしたり,地球の様子との共通点や相違点から考察を行ったりしているか。」がポイントとなることについて確認を行った。
Google Marsのアクセス先については,Google WorkspaceのClassroomで送付していることを伝え,Classroomを立ち上げてアクセスを行うようにした。今回の活動では,火星の様子についての考察が必要となるため,4人班の中で2人1組となり,2人で知恵を搾って火星表面の様子について解釈を行うように声かけを行った。また,それに伴い,班内のそれぞれのペアが発見した特徴的な火星表面の様子を4人で共有するためにGoogle Workspaceのスライドファイルを用いた(以下スライドと呼ぶ)。
Google Marsで観察を行い,特徴的な地形を発見したら記録として画面のキャプチャーを行い,その画像をスライドに貼り付けることで各ペアの情報を集約した。スライドはそれぞれのペアでページを分けて情報を集約することが可能である。さらに,班内での共有や他の班との共有において,プレゼンテーションの形式となっているため,情報の共有が行いやすいという利点がある。
◎まとめ
探査機の使用時間(=Google Marsの利用時間)が終了すると,特徴的な火星の地形についての考察に移った。班内で共有した情報の確認を行いながら,それぞれの火星の様子について考察を行った。
【第2時】
◎導入
前時の振り返りを行った上で,本時は他の班との交流をとおして,前回収集した火星の様子やそれらについての考察を共有することを伝えた。交流の目的は,他の班の発見や考察について聞き取りを行うことで,自分たちが見つけていないことを知ったり,自分たちの班の考察が妥当なものかどうかを検討したりすることであることを伝えた。
◎展開
本校は36人学級で4人班が9個となっているため,2人ペアで2組に分かれて,席に残って交流を行うペアと,席を移動して交流を行うペアとした。4回の席替えを行った後,班に戻ってそれぞれ得た情報の交流を行うジグソー法的な手法を用いて対話的な学びとなるようにした。他の班との交流は各ペアでChromebookを1台持って,作成したスライドで特徴的な様子の紹介を行って交流した(図3)。交流の際に得た情報については前時のワークシートに記載することを伝えた。本校ではカリキュラムマネジメントの視点から自由研究を学校の柱として据えているため,その際,研究ファイル(ノート)を作成しているため,相手から聞いたことや自分たちの考えについてワークシートに書きつけて,いわゆる「研究ノート」として活用するように指導を行った(図4)。ICT機器は非常に便利で様々なことができるツールである。練り上げた思考をまとめる際に,第一線の研究者も例外なく利用しているのは誰もが承知していることである。しかし,中学生の発達段階においては,思考を練り上げていくには紙面でのメモや推敲のプロセスが認知の過程においては重要であると考え,紙面でのメモも取り入れながらの活動とした。
図3:スライドを用いた探査状況の交流
図4:他の班の探査状況をワークシートへ記入
◎まとめ
これらの活動の後に,文章の形で考察を含めたまとめを行うように伝えた。スライドのフォーマットでは,文章としてまとめるには不向きであり,思考の集大成としての成果物にするためには,Google Workspaceの文書作成機能である「ドキュメント」が適切であると考えた(以下ドキュメントと呼ぶ)。ドキュメントにまとめるにあたり,スライドに貼り付けた画像や文章をコピーして貼り付けることが可能であることを伝え,考察を含めたまとめを行いGoogle Classroomで提出するように伝えた。生徒の観察をふまえて,地球における水の存在と地球環境の貴重さについてまとめを行った。
◎生徒の記述
これらの活動の中で,生徒の中には非常に興味深い思考が見られたので,その一部を紹介する。
図5:生徒が交流用に用いてたスライドの一例(一部抜粋)
図5:生徒が交流用に用いてたスライドの一例(一部抜粋)
以上のような記述から,岩石型惑星の認識を深めながら天体の時間軸的な変化について検討を行う様子を伺うことができた。また,最も地球環境に近い火星の現状を捉える事で,地球環境が太陽系において唯一無二のものであり,生命にとって重要な環境であることを認識できたのではないかと思う。また,クレーターの状況から大気の濃度について着眼点を持ち自主的に調べたりする姿などが見られ,自ら発見した疑問について主体的に学ぶ様子なども垣間見ることができた。また,ブラウザ版のGoogle Marsでは,火星の地名等は表示されないが,スライドやまとめのドキュメントには火山などの特徴的な地形の名称が含まれており,生徒が自ら調べて学習を行った様子も伺うことができた。さらに,火山についての考察では,各クラスにおいて1年次におけるプレートの運動と火山との関係をふまえた思考を一定数見ることができたため,既習の知識を基に火星の検討をある程度が行う事ができたのではないかと考える。
最後に,主観的で蛇足ではありますが,授業中の生徒の様子は楽しそうで,かつ理科の知識を活用した議論やプレゼンテーションを行なっており,主体的に学びに向かう事ができたのではないかと感じました。
本校では,中学校3年間の中で自由研究を学びの中心の1つに据え,探求的な学習が設定されています。また,これらの学びは高等学校における理数探求やSSHの活動へとつながるものと捉えています。探求的な学習の一連の過程には,一般に①課題の設定,②情報の収集,③整理・分析,④まとめ・表現といったプロセスで示されています。今回の授業では,これまで学習した知識を基に,火星の特徴的な姿の発見→その詳細についての観察→その成り立ちについての考察・発表をとおして②③④のプロセスを行う力の育成を念頭において授業を行いました。しかし,探求型の学習という視点で重要な要素である①の部分については,授業において効果的に養う方法について,さらなる検討が必要であると考えています。このため,各単元の特性と①との親和性を検討しつつ,自由研究との連携を視野に入れて,今後の教材研究における課題としていきたいと考えています。