現在の日本では,科学技術の発達に伴い,生活を取り巻く環境が急変している。物質的に豊かで便利な生活が送れるようになった一方で,環境破壊や異常気象,エネルギー資源の枯渇など,自然環境に関わる問題も日々深刻さを増している。特に東日本大震災以降は,地震や津波への対策,原子力発電所の事故から派生する諸問題への対応等,今後も長期にわたって取り組まねばならない。そして,このような将来の予測が困難な複雑で変化の激しい社会で生きていく生徒たちは,「豊かな人間性」をもって「自ら判断」し,「自然に配慮した生活」や「責任ある行動」が今後一層求められることになるであろう。
このような時代の要請を受け,文部科学省では,次期学習指導要領で「資質・能力」を,「知識及び技能」,「思考力・判断力・表現力等」,「学びに向かう力・人間性等」という三つの柱で整理している。また,「思考力を中核とし,それを支える基礎力と,使い方を方向付ける実践力の三層構造」としても捉えている。そして,「資質・能力」を育む1つの有効な手段として,「主体的・対話的で深い学び」が提言された。
以上を踏まえ,下都賀地区では,理科の授業の中で環境についての総合的な見方や考え方を育み,それらを活用できるよう研究に取り組むこととした。そして,学習の手段として,「主体的・対話的で深い学び」は,有効な手立てであると捉え,研究の視点を以下のように設定した。
①日常生活において,自然に対する総合的な見方や考え方を養う環境教育
②地域の環境や学校の実態を活かし,生命を尊重し,自然環境の保全に寄与する態度を育む理科教育
③「自然環境の保全」と「科学技術の利用」の関連に着目し,科学的な見方や考え方を活用する能力を育む理科教育
上記のように,下都賀地区全体で研究を推進し,大会主題「主体的・対話的で深い学びを通して,より高い資質・能力を育成する理科教育」に迫った。
持続可能な社会の構築を目指す環境教育は,教科横断的な特性をもち,学校教育全体を通して取り組むべきものである。その中で,自然現象を対象とする理科教育が果たす役割は大きく,その中核を担っているとも言える。
そこで,3年間を見据えて,日々の授業の中で系統的に「環境」に結びつけて指導していくことが最も有効的ではないかと考え,本研究のねらいとした。このねらいを受け,下記のように仮説を設定した。
研究の仮説
(1)「自然環境の保全と科学技術の利用」に向け,理科の系統性に基づき,3年間を見通しながら,各単元から「環境」にアプローチすることによって,より総合的な見方や考え方で日常的に自然環境を捉えられるようになるだろう。
(2)各単元から「環境」へのアプローチに際し,「主体的・対話的で深い学び」を展開することで,生徒の科学的な見方や考え方を活用する能力を育むことができるだろう。
小・中・高等学校の学習指導要領解説理科編に掲載されている「エネルギー」,「粒子」,「生命」,「地球」などの内容の構成や生活科との関連を分析し,学習素材ごとに系統を色分けして図に示した。
「環境教育」を進めるための授業,1年間の授業を通した「環境教育」への意識の変容とその理由の確認,エネルギーリテラシー調査による生徒の意識と実際の行動の確認の3つの分野で実施し,「環境教育」の取組を実証した。
①「電流とその利用」での取組(野木町立野木中学校)
この授業(時間)を通して,東日本大震災によって停電を余儀なくされた生活を生徒たち自らが振り返るようになった。また電気の重要性を実感できるようになった。
つまり,導入や関連づけなどの工夫によって,環境を考えるきっかけとなったと考えられる。
②放射線に関する授業(小山市立絹中学校・現絹義務教育学校)
「自然環境の保全と科学技術の利用」では,調査のために生徒に選択させるテーマが4つ例示されている。それらを総合的に扱えるよう,「科学技術と人間」の中で,放射線に関する授業を4時間扱いで計画した。
放射線に関する基礎的な学習に始まり,最終的に『これからのエネルギー問題を考える』というテーマのもとに,「主体的・対話的で深い学び」を目指した授業を実践した。
③「電流とその利用」での取組(栃木市立栃木南中学校)
光エネルギーから電気エネルギーを作り,その電気で力を発生させる所の説明。光エネルギーから電気を作ることが環境に繋がる。
【生徒の意見】
・こんなところで,(電磁誘導が)使われていることは,知らなかった。100円ショップの商品も,技術が使われているという意見があり,身近なところに学習内容が使用されていることに気付きました
・光があれば,電気が作れている。この仕組みを使うと,電池(乾電池)を使わなくても,いろいろなものが動かせるかも知れない
生徒の意見を見て,興味・関心を高める手立てから,技術を社会で活用していこうとする気持ちが芽生えていることが考えられる。
④「動物の生活と生物の変遷」(小山市立間々田中学校)
動物の分野において,草食動物と肉食動物の違いを確認した。その際,頭骨のみを生徒に配布し,頭骨の違いから食べ物の違いに気付く授業をした。
【生徒の意見】
・頭骨の違いが,ちゃんと分かった
・食べ物による違いで,歯の並びだけでなく,骨の形も大きく違うことがわかった
この授業を通して,環境に適応させるように長い年月を掛けて生物が進化・淘汰していることがいえ,「生活している環境に,生物が生かされている」ことを,生徒に伝えられた。
地区中学校教育研究会理科部会で研究協議で出た「環境教育について授業中にどのようなことを話題にしているか」について,各学年でまとめた。
これにより,下都賀地区内で「環境」に関する授業に繋げる意識が向上し,多くの授業で「環境」について触れることができた。
生徒たちの環境教育に対する意識を調査するために,地区中学校教育研究会理科部会を通じて,地区内各校各学年1クラスずつを対象にアンケート調査を実施した。
アンケートは同じ項目を2回実施した。1回目は2017年6月,2回目は2018年2月に下都賀地区32校の全ての学校で実施した。
・各学年で環境に関しての意識が高まった
・いろいろな単元で環境を扱うことで,環境学習の必然性が高まった
といえ,授業中に「環境教育」について折に触れて話題にすることで,その重要性を意識する生徒の割合が増え,環境学習を行う必然性が向上すると言える。
生徒が普段の日常生活の中でどのくらい環境やエネルギーを意識しているかを調べるために調査した。実施は2017年11月上旬で,下都賀地区の研究推進委員が所属する学校でアンケート形式で行った。
調査の結果から
・生徒の約90%は,「省エネ」は重要と考える
・知識で「省エネ」が大切とわかっても,実際の行動に移すには割合が減少する
・化石燃料の消費で環境を考え,地球環境や今後の地球に関しての意識が高い
授業中に「環境教育」について学習して知識が増えても,実際の行動に移せるが若干の意識の低下がある。今後の授業では「環境教育」で得られた知識を行動に移せるように促していくことが,授業者に求められてくると考えられる。
①教員の視点の変化
・中学校3年間の理科教育の中で,どのように「環境」に迫っていくか,1つのモデルを示すことができた。
・3年間を見据えて系統的に指導を重ねる実践が広がり,単元全体のデザインや単元間のつながり,さらには小中高の系統性や他教科等との連携など,さまざまな角度から見直しを図り,主体的・対話的で深い学びを目指す取組が進められた。
・主体的・対話的で深い学びを通して,「最適解・納得解」を考えられる機会を作ることができた。
②生徒の視点の変化
・中学校3年間の理科教育の中で,折に触れて「環境」の分野に話題を振ったところ,環境に関しての意識が向上し,特にその割合が高まったことが3年生で顕著になった。
・リテラシー調査から,環境に関しての意識が高い生徒が多いと言えた。
・放射線の授業などの,話合い活動を通すことで,「リスク・コミュニケーション」の大切さを知ることができた。
下都賀地区の理科教員にアンケートをし,この取り組みの実践から出てきた成果を自由記述で回答できるようにした。
授業の際に,ほんの5分でも環境に関して話題にすると,生徒はそれを学習内容に関連させて聞き取り,即効性はないものの,後々の環境教育に繋がった。そのことがアンケート調査の結果の数値上昇に寄与していると考えられた。
アンケートで変容から,教師側のアプローチの仕方で生徒に大きな変化を来すことになり,意識的に環境教育で扱う内容を散りばめて授業で扱うことが,意識向上には重要であることが分かった。
リテラシー調査では,環境に関する意識と実際の行動との乖離が見らたが,行動の変容が見られるように授業で扱うことがより一層必要になってくることを改めて感じた。
つまり,教員側で環境教育に関する意識を高め,実践していくことが,今後の理科教育においても必要であると考えられる。
・「環境」に迫る手法について共通理解を深め,地区全体で実践を蓄積・整理し,その共有化を図ろうと考えている。
・実践を進める中で他教科等との連携のヒントが見つかった。現在,防災教育との関連,道徳教育との関連,地域活動との関連等,いくつかの取り組みが始まったが,成果を得るに至っていない。今後も研究を継続したいと考えている。特に防災教育との関連では,栃木市立吹上中学校で,防災教育に関する研究を実施し発表するまでに至り,その成果が徐々に発揮されようとしている。
・最終的には,実効性のある環境教育全体計画や年間指導計画へと発展させ,本当の意味で学校教育全体で取り組む環境教育を目指したい。
・「受験に関係ないから,学ぶ必要がない」という意見が生徒から出され,「受験」という人生の大きな関門には出題されない「環境教育」の現状を痛感した。現在の指導の状況を変化させることで,生徒の気持ちを変容させることができるかも知れない。また微々たる変化だが,今の指導を継続させることで多くの生徒の気持ちが徐々に変容していくことが望めると考えた。