啓林館「未来へ広がるサイエンス2」P278深めるラボにクリップモーターについて紹介されている。本実践では「第3章 電流と磁界」の学習を進める上で,クリップモーターのものづくり活動を中心に据えている。常に自作したモーターの仕組みに立ち返ることで,章を貫く課題を強く意識しながら,自分の考えを更新し続けていく学びを実現することを狙った実践である。そのために,以下の(1)~(3)のようなことに留意して実践した。
写真1 改良型クリップモーター
本実践では章の学習の中で一貫してクリップモーターが回転する事象に立ち返ることで,自分の学んだことが章を貫く課題の解決にどのように役立ったのかを振り返れるようにした。そのために,回転する現象を安定して観察できる中田勝夫氏(元兵庫県私立中学教員)考案のクリップモーターに独自の改良を加えた教材を使用した。
【参考資料1:学習指導案】単元の導入部でクリップモーターのものづくり活動を行った。
『章を貫く課題 モーターはなぜ回転するのだろうか?』を解決するために,1・2時間目では『学習課題 モーターを速く回転させるためにはどうすれよいのだろうか?』という課題を共有し,生徒が条件制御の考え方を働かせながらモーターの性能を解明していく探究的なものづくり活動を行った。実際の授業では,次のように仮説を立てて試行錯誤する姿が見られた。
仮説1)磁石が強いほどモーターは速く回転するのではないだろうか
写真2 棒磁石で確かめる生徒
<試行錯誤の様子>
変える条件を『磁石の強さ』にした生徒は,理科室にある様々な種類のU字磁石を使って実験を行った。磁力の強い磁石を使用することでモーターの回転が速くなることを見出した生徒は『別の種類の磁石でもっと早く回転しないのだろうか?』と疑問をもち,棒磁石を使ってモーターの回転の様子を観察したところ,棒磁石をコイルに近づけた方がモーターの回転が速くなることを発見した。
仮説2)電力が大きいほどモーターは速く回転するのではないだろうか
写真3 電源装置で確かめる生徒
<試行錯誤の様子>
変える条件を『電力』にしたある生徒は,電池の数を増やして実験を行えば確かめられるのではないかと考えた。しかし,電池を直列につなぐとコイルの軸部分が短くて届かないことに困り感をもった。そこで,写真3のようにある班は電源装置を使って電圧を自由に調整しながらモーターの回転速度の変化について確かめた。
写真4 電池を直列に繫ぎ確かめた生徒
また,写真4のようにある班はコイルの軸と同様の素材である銅線を活用して,軸の部分を伸ばしたモーターを作成した。これらの実験から,電力を大きくすることによって,モーターの回転速度は速くなるということを見出すことができた。
仮説3)コイルの巻き数が多いほどモーターは速く回転するのではないだろうか
写真5 スロー再生で回転数を測定
<試行錯誤の様子>
変える条件を『巻き数』にしたある生徒は,班のメンバーで巻き数の異なるコイルを作成し,回転の速度を見比べる実験を行った。「5回巻から20回巻までは速くなっているように見えるけど,30回巻からは遅くなっているように見えるよ。」「巻き数を増やせば速くなるとは必ずしも言えないんじゃないかなぁ。」など,巻き数が増えることでコイルの質量が増加し回転が遅くなって見える現象に疑問をもった。
写真6 モーターの回転数の比較
写真5の班では,一人一台端末で動画を撮影し,スロー再生しながら単位時間あたりの回転数を測定し,回転の速さを定量的に表す実験に挑戦した。
また,写真6の班では,100回巻などの極端な巻き数のコイルを作って比較する追実験を行った。これらの実験から,ある一定の範囲まで巻き数を増やすと回転が速くなるが,巻き数を増やしすぎると質量が増加し,回転速度が落ちることに気づくことができた。また,巻き数を増やすことでモーターが回転する力が強くなっていることに気づく生徒も見られた。
上記のように条件制御の考え方を身に着けてきた生徒は,その考え方を武器にしてモーターの回転に関わる条件を幅広く考え1つ1つ検証していくことができた。本実践記録で詳しくは触れないが,変える条件を『素材(抵抗)』『絶縁テープの範囲』など多くの条件に目を向け検証していく生徒もいた。そこから生まれた疑問やものづくりの途中で生まれるつまづきは,そのほとんどがその後の学習とつながる貴重な考えや経験であり,課題解決に役立つ貴重な情報となった。
章の導入部でのものづくり活動を終えた振り返りで「更に詳しく調べたいことや,今後解決したい疑問を教えてください。」という質問に対する,回答の一部を紹介する。
(2)ではその後の学習展開について紹介する。上記の①~③の疑問が生まれたきっかけとなった実験を全体に共有することで,学習課題を共有した。
①の疑問から…
学習課題『磁石の強さや距離とモーターの仕組みにはどのような関係があるだろうか?』
写真7 U字磁石の磁界の様子を調べる
磁石の磁界に関する授業では,導入としてクリップモーターが磁石を強くすることで速く回転する事象や棒磁石を近づけるほど速く回転する事象を提示した。棒磁石の磁界の様子を鉄粉等を用いて観察し,鉄粉の集まり方から極付近に近いほど磁界の強さが強いことに気づくことができた。
また,方位磁針を使って磁界の向きを調べ,磁力線との関係について確認した。 生徒は,モーターの仕組みとの関係に迫るためにU字磁石の内側の磁界を観察したり,方位磁針で磁界の向きを確かめている様子が見られた。
②の疑問から…
学習課題『コイルを流れる電流はどのような磁界をつくるのだろうか?』
写真8 モーターの状況を再現
電流が作る磁界の授業では,電源装置で電圧を上げるほどモーターの回転が速くなる現象とコイルに電流を流すと方位磁針が反応する現象を提示した。その後,鉄粉やシリコン製の磁界観察器を用いて観察し,同心円状の磁界ができることや,導線に近いほど磁界が強いこと等を確認した。
写真9 モーターの磁界の様子
また,モーターの仕組みとどのように関わっているのか探究する時間では,コイルの磁界の様子を確認するだけではなく,自作モーターと同じ状況を作って磁界の様子を確認しようとする姿がみられた。モーターと同じ状況を再現して磁界を観察すると,磁界の様子が変化していることに気づく。
③の疑問から…
学習課題『磁石の磁界と電流の磁界を合わせるとどうなるだろうか?』
写真10 フレミング規則性表示
磁界中の電流が受ける力の授業では,前時の実験でモーターと同じ状況で磁界の観察をすると磁界に変化が現れたことを紹介するとともに,生徒が作成した100回巻のモーターの回転を観察し,コイルの巻き数を増やすとはたらく力が大きくなる現象を提示した。その後,電気ブランコの実験を行いコイルにはたらく力の規則性について調べる実験を行った。 磁石の向きや電流の向きによってコイルの動く向きが変わることや,磁力を強くしたりや電流を大きくしたりすることにより,コイルの動きが大きくなることに気づくことができた。 コイルにはたらく力の向きの規則性について磁力線を表して考える生徒,配布したフレミング規則性表示教材を用いて考える生徒がみられた。この授業で得た情報をもとに,次時の授業でモーターの仕組みに迫るよう示唆した。
写真11 力がはたらく時の磁界
それぞれの学習を終えた後には「モーターが回る仕組みとどのように関わっているのだろう?」と問いかけ,その日学んだこととモーターの仕組みとの関係を振り返る場を設定しながら,単元の学習を進めることを大切にした。章を貫く課題を強く意識し,その後の学習の中でも試行錯誤し続ける姿が見られたことが大きな成果であったと考える。
単元の終末に,導入部で行ったものづくり活動に立ち返る時間を設定した。ここでは,既習を活かしてモーターの回転原理に迫る時間となった。
学習課題『モーターはどのような仕組みで回るのだろうか?』
自作したモーターがなぜ回ったのかを探究する時間をとった。 電気ブランコの実験を用いて調べる生徒,モーターを再び自作し磁力線を作図しながら考える生徒,モーターを横にして回転させることで既習と比較しながら考える生徒,フレミング規則性表示教材を用いて考える生徒など,その子らしい考え方で試行錯誤しながらモーターの回転の仕組みについて解決することができた。 最後に章の導入部のワークシートを再配布し,導入部で疑問に思ったことを解決したり,より速く回るモーターを作成したりする時間をとった。
写真12 電気ブランコと対比1
写真13 電気ブランコと対比2
写真14 表示教材の活用
ものづくりの可能性 生徒のつまづきから深まる学び
どの追究の中にも生徒がつまづく場面があった。『コイルの巻き数を増やすと重くなって回りにくくなってしまった…きっと最適な巻き数があるはずだ。もっと色々な巻き数で作ってみたい。』『電池を直列につないでモーターが速く回ったけれど,熱が発生してこれじゃあ実用的じゃないね。どうしたらいいだろう。』本時の中では解決に至らなかったが,回転速度に関わる条件が見えていくにつれて,モーターをより安全に,より効率的に回転させるための最適解を見つけようとする生徒が見られた。知識を活用してものづくりをしてみると,学習したことが必ずしも正解とは限らないことに気づかされる。本実践の中で,それぞれが思い描いたモーターを実現する時にうまれるつまづきは,自他の学習を深め,広げる重要な情報となった。最適解はどこにあるのかを志向する姿は,さながらモーターを実用化しようとする技術者のような探究の様子に見えた。ものづくりを通した探究には,生徒の主体性やその子らしい発想を引き出す可能性があり,生徒のつまづきは学習を深める大切なきっかけであると実感できる実践でもあった。