新島村では,保育園・小学校・中学校・高等学校の2園5校による「新島村連携型一貫教育研究協議会」を通して,保育園から高等学校につながる教育活動を推進している。その中で,小・中・高の理科担当教員による理科部会では,毎年「現地素材を活用した理科教育」をテーマとして,継続的な教育活動を行い,成果を蓄積している。
式根島は伊豆諸島の島であり,東京から南西160kmに位置し,東西3km,最高点の標高が100mほどの小さな島である。地質は流紋岩の台地状溶岩円頂丘であり,全島が流紋岩溶岩と火山灰土から成っている。そのため,島内の海岸はいずれも白い砂浜であり,至る所で少量の黒雲母などの斑晶鉱物を含む黒雲母流紋岩の石を見ることができる1)。
平成29年告示の中学校学習指導要領では,中学3年生で学ぶ「化学変化とイオン」の中の「化学変化と電池について」において,「電解質水溶液と2種類の金属などを用いた実験」を行い,「「電池の基本的な仕組み」については,ダニエル電池を取り上げること」と記載されている2)。電解質水溶液(塩酸や硫酸)と2種類の金属板(亜鉛板と銅板)を用いるボルタ電池は簡単に作れるが,起電力が小さいことや亜鉛板から水素が発生することなどの指導上の問題点が指摘されてきた3)。ダニエル電池は,硫酸亜鉛水溶液に浸した亜鉛板と,硫酸銅水溶液に浸した銅板をセロファンなどの半透膜で仕切って2種類の電解質の水溶液が混ざらないようにした電池である。ダニエル電池はボルタ電池を改良した電池であることから,電池開発の歴史を実感するため,ボルタ電池とダニエル電池を比較する実験方法を検討した。電池の実験において,電解質の水溶液が多いと廃液が多くなるため,1人で行えるくらいの簡単で低コストであるスモールスケールの実験を行いたいと考えた4)。また,半透膜として素焼き板を使ったスモールスケールの簡便なダニエル電池作製の実験方法があるが,素焼き板と電極を重ねて寝かせた状態では,電極の変化を観察できない。そこで,半透膜として新島や式根島で採集できる黒雲母流紋岩を活用し,電極の変化を観察できるスモールスケールのダニエル電池作製の実験を試みた。
1人で行えるボルタ電池とダニエル電池を比較できる実験教材を作る。ボルタ電池は塩酸(1mol/L)を容量90mlの透明なプラスチック容器(COPカップ90 MB:シーピー化成)に約50ml入れる。ダニエル電池は同じプラスチック容器の中に黒雲母流紋岩で作った半透膜の役割をする容器を入れ,そこに硫酸銅水溶液(1mol/L)を約5ml入れ,黒雲母流紋岩の容器の周りに硫酸亜鉛水溶液(0.5mol/L)を約30ml入れる5)。黒雲母流紋岩の容器は,密度が約2g/cm3の黒雲母流紋岩を,切削工具(ハンディマルチルーターNo.28473:PROXXON)を使い,約15㎝3に切って,約5㎝3の穴を空ける(図1)。ボルタ電池とダニエル電池の電極は,両方とも+極に銅板(12×50×0.5mm),-極に亜鉛板(12×50×0.5mm)を使い,プラスチック容器の蓋に空けた穴(50×1mm)に入れて,電極に輪ゴムを巻き付けて穴の中で安定するようにする。ボルタ電池の両極の金属板は,接触しないように「ハの字」にして置く。ボルタ電池とダニエル電池のそれぞれの電極を導線で電圧計とつなぎ,回路を作る(図2)。
図1:半透膜として使用する
黒雲母流紋岩(それぞれ約15cm3)
図2:ボルタ電池(左)とダニエル電池(右)
図3:ダニエル電池の塩橋実験
硫酸銅水溶液(1mol/L)10ml,硫酸亜鉛水溶液(0.5mol/L)10mlをそれぞれ容量15mlのプラスチック容器(プチカップ15ml:DAISO)に入れ,硫酸銅水溶液に電極として銅板を入れ,硫酸亜鉛水溶液に電極として亜鉛板を入れ,2つの電極を導線で電圧計とつなぐ。約12cmのシリコンエアーチューブ(内径 5mm 外径 7mm)に式根島の海岸の白い砂を楊枝で押し込んでからチューブの両端を丸めた脱脂綿を入れて塞ぎ,中に硝酸カリウム水溶液(0.5mol/L)を満たすように入れて塩橋を作る。これを針金でU字形に固定し,一方を硫酸銅の入ったプラスチック容器,もう一方を硫酸亜鉛の入ったプラスチック容器に入れて回路を作る(図3)。
①導入(5分)
図4:ボルタ電池(左)と
ダニエル電池(右)の比較実験
②展開(35分)
着目点:
①ボルタ電池の仕組み,②金属のイオンへのなりやすさ,③電解質の水溶液と電極表面の変化,④電圧の測定値
③まとめ(10分)
結果として,ダニエル電池とボルタ電池を比較するために,主に①+極と-極の様子と,②0分と20分後の電圧の変化を記録した。また,ダニエル電池とボルタ電池の1日後の結果と,演示実験として行った塩橋実験の結果を記録した。
考察するために,まず,ボルタ電池の問題点を改良したものがダニエル電池であること,ダニエル電池で半透膜によって2つの水溶液は混ざらないが,イオンは通過するこができることを説明した。これらを元にして,生徒は①ボルタ電池の仕組み,②金属のイオンへのなりやすさ,③電解質の水溶液と電極表面の変化,④電圧の測定値に着目し,ボルタ電池とダニエル電池の共通点と相違点について見出した。そして,ダニエル電池の仕組みとダニエル電池がボルタ電池より優れているところについて考えた。
〇ダニエル電池とボルタ電池の結果を比較すると,0分と20分後の電圧の変化は,ダニエル電池は約1Vで変化がなかったが,ボルタ電池は約0.6Vから約0.4Vに低下した。
〇ボルタ電池の電極表面の変化は,+極(銅板)では気泡が付着して電極をろ紙でこすっても何も付着しなかったが,-極(亜鉛板)からは気体が発生し,電極をろ紙でこすると黒い物質が付着した(図6a,c)。
このことから,+極では水素が発生して気泡となり,-極では亜鉛が塩酸に溶けて水素が発生し,くずれた亜鉛が黒い物質として現れたと考えられた。
〇ダニエル電池は両極とも気体が発生せず,+極(銅板)では電極をろ紙でこすると茶色い物質が付着したが,-極(亜鉛板)では電極をろ紙でこすると黒い物質が付着した(図6b,d)。このことから,+極では銅が付着し,-極では硫酸亜鉛に溶けてくずれた亜鉛が黒い物質として現れたと考えられた。
〇1日後の結果は,ダニエル電池は約1Vで変化がなかったが,ボルタ電池は+極の電解質水溶液中の亜鉛板がなくなったため,0Vになった(図6)。ダニエル電池はボルタ電池より起電力が大きく,電圧が安定して長い時間維持できることを理解できた。
〇塩橋実験では,硫酸銅水溶液と硫酸亜鉛水溶液を塩橋でつなぐことにより電圧が生じた(図3)。このことから,ダニエル電池における2種類の電解質の水溶液は半透膜を通してつながっていることが必要であることを理解できた。
図5:ダニエル電池(右)とボルタ電池(左)の比較実験(1日後)
a.ダニエル電池(右)とボルタ電池(左)の様子
b.ボルタ電池の電極(右が+極の銅板,左が-極の亜鉛板)
c.ダニエル電池の電極(右が+極の銅板,左が-極の亜鉛板)
図6:ダニエル電池(右)とボルタ電池(左)の電極の比較
a.ボルタ電池の電極(右が+極の銅板,左が-極の亜鉛板)
b.ダニエル電池の電極(右が+極の銅板,左が-極の亜鉛板)
c.ボルタ電池の電極の付着物(右が+極の銅板,左が-極の亜鉛板)
d.ダニエル電池の電極の付着物(右が+極の銅板,左が-極の亜鉛板)
図7:半透膜として使用した珪藻土(約27 cm3)
珪藻土(珪藻土歯ブラシスタンド2穴:Seria)を切削工具で削って作成
スモールスケールの実験により,1人でボルタ電池とダニエル電池の実験を同時に行い,比較することで相違点が理解でき,ボルタ電池を改良したものがダニエル電池であることを体感できた。電極を立てて実験を行うことで,電極の変化が分かりやすかった。また,塩橋実験はダニエル電池における半透膜の意義を理解するために必要なことを実感できた。
半透膜としての黒雲母流紋岩の容器は,慣れれば1個約20分で削って作ることができる。半透膜としての黒雲母流紋岩の代わりに水に浮く軽石を使用したが,硫酸銅水溶液がしみ出てしまい,実験で使用できなかった。密度が重要であり,約2g/cm3の密度であれば,石の中に電解質の水溶液と反応する物質がないことを確認する必要があるが,他の石でも可能であると考える。黒雲母流紋岩を切削工具で削ることが必要であるが,石ではなく珪藻土を半透膜として使用することができ,石と比べて容易に削ることができる(図7)。