文部科学省が示す「個別最適な学び」は,全ての子供に基礎的・基本的な知識・技能を修得させることと併せて,自ら学習を調整しながら学習を進めていくことができるよう指導することの重要性が指摘されている。(令和3年 文部科学省答申より)
全ての子供に共通したレベルの知識技能を修得させることと,一人一人の特性を生かした学びを提供することを並行して行うためには,見通しを立てて単元を構成し,教科担当にとって無理のない進行とする必要がある。
そこで,今回は1つの単元において「全体」「班」「グループ」「個」で学ぶ機会を設け,生徒自らが自分の学びを再構成して深めていくことを計画した。
なお,「班」は学級で無作為に配置された小集団,「グループ」は調査対象と実験内容を選択して意図的に組んだ小集団を示す。
単元:植物の呼吸と光合成の学習 (第2学年 生命2章 植物の体のつくりとはたらき)
【学習内容】
●全体への教師の投げかけ | ◎個別の取り組み | ◆作業・実験 |
★協働・練り合いの場 | □再構成の場 |
【形態】
①全体→②個→③班→④個→⑤グループ→⑥全体→⑦グループ→⑧全体→⑨個
この単元では,生物の細胞呼吸と植物の光合成について連続で学ぶ。
細胞呼吸では,有機物と酸素を細胞内で結びつけ,主に二酸化炭素と水を排出する。その際に発生する熱を,生命活動に必要なエネルギーとして活用する。
また,光合成では植物体内に取り込んだ二酸化炭素や水を利用して,葉緑体で有機物(デンプン)を合成し,余った酸素を排出する。その際,合成するためのエネルギーは太陽からの光エネルギーを使用する。
光合成のはたらきについては小学校でも学んでいるが,ここでは呼吸との比較を行い,気体と水の出入りについて共通することがあることに気づかせた。
上記の2つの現象をモデル図で表したとき,細胞から外に向かう矢印は「熱エネルギー」を示し,外から葉緑体に向かう矢印は「光エネルギー」を示す。細胞呼吸に必要な物質・排出される物質は,光合成で必要とする物質・生産する物質と,ほぼ対を為している。
そこで,個々にChromebookのスライドを使用し,1枚目のシートに細胞呼吸のモデル図を作成するよう指示を出した。原則としては,物質名やエネルギー名を記入した四角と矢印を作成して貼り付けるだけであるため,それほど多くの時間は必要としないがChromebookの扱いには個人差があり,教科書にあるような図を全員が作成するのには20分程度を要した。
次に,2枚目のシートに光合成のモデル図を作成するよう指示を出す。ただし,はじめに図のコピーを行う方法を伝えておく。すると,生徒は教科書の図と自分の作成した1枚目のシートを見比べ,「エネルギー名以外はほとんど変えず,コピーして貼り付けるだけで光合成の図が完成する」ということに気づき始めた。
本校では週に1回,タイピングの時間を設けているが,そのスピードも個人差がある。スライドも図形の取り込みや配色,文字の挿入等,基本的技術を短時間で修得できる生徒とできない生徒がいるため,難しい生徒には個別に指導に当たり,修得の早い生徒についてはアニメーションを活用するよう指示した。
作業が終わると今度はそれを班内で説明し合うようにした。呼吸と光合成のはたらきや共通点,相違点について各自のスライドを見せながら説明すると,聞いている生徒は「矢印が逆になっている」「動きがあると分かりやすい」などと,内容に加えて表現についての気づきも得られた。
次に,「実際に自分たちがスライドで作ったモデル図のように気体がやりとりされているのか,確かめる実験をやってみよう」という投げかけを行った。ただし条件として,「呼吸と光合成のどちらか一方を選択し,片方だけを確かめる」とした。
生徒は,自分の調べてみたい方を選択し,検証実験の方法をネット検索した。ネット上では,光合成による二酸化炭素の吸収についてBTB溶液を使用する実験もあったが,それも含めて選択肢とした。
理科室で「呼吸」の実験を選択した生徒と「光合成」の実験を選択した生徒に分かれ,その中で自由に話し合いを行い,実験内容が類似している4人以下のグループを構成するよう指示した。生徒は自分の書いたレポート用紙を片手に話しながらグループを組み,それぞれまとまって席に着いた。
着席後は,各グループにホワイトボードを渡し,実験内容を簡潔に記すよう指示した。その際,「人に伝えること」を意識し,図で説明するよう促した。
この時間は,3つの段階に分けて活動を行った。
<第一段階>
グループで「説明者」1名を決め,その生徒以外のメンバーは隣の机に向かい,隣のグループの説明を受ける。説明を受けた人は,説明者に質問をしても良い。時間を7分に区切り,7分経過したらさらに隣のグループへと移動。これを3回行う。説明者は同じ説明を3回行うことになる。(表現の場)
<第二段階>
グループメンバーは,自分のグループに戻り,説明者に「他のグループが行う内容」を説明する。(情報共有の場)
<第三段階>
他のグループの説明を聞いて,自分たちの実験に足りなかった要素,活かせそうな工夫について話し合い,実験を改良する。(再構成の場)
ホワイトボードに記した8グループ分の準備物は,予め確認して,用意しておいた。(オオカナダモは予め水槽に入れておき,雑草の葉を必要とするグループには,その場で取りに行かせた)
光合成グループは,実験の準備が整い次第,ベランダにそのセットを置くこととした。光合成については,天気が良ければ15分程度で結果が出せるが,呼吸のグループについては,実験セットを教室に置いて待つ必要があった。
セットが完了したところで,各自のレポート用紙に予想を書きながら待機した。
光合成グループはその後に結果を確認して記録。呼吸グループも光合成の結果を見たり,各グループの予想を比較するなどを行った。
前時の実験結果をグループで共有し,「その結果からどんな事が言えるか」を話し合った。考察についてはホワイトボードに記述し,グループ内で「発表者」を選定。発表の練習を行った。(この発表者は,実験前の説明者と同一人物でも構わない)
グループの実験内容を描いたホワイトボードを黒板に並べ,順番に発表を行った。自分が行っていない方の実験についても,実験前の各自の調査や事前の説明等で予備知識があったため,内容を概ね理解することができた。
全体のまとめと自分の実験の振り返りを行った。
実験結果と考察について教員から補足をすると同時に,呼吸と光合成のはたらきについて再度自作のスライドを見直し,何が取り込まれて何が排出されるのかを確認した。
最後に,それぞれの取り組みを通して呼吸と光合成についての理解が深まったかアンケートを採った。スライドでの図の作成と,話し合う場面の設定が効果的だったと回答する生徒が多数を占めた。
<学びの効果>
A.個別最適な学びとして
B.協同的な学びとして
<振り返りより>
単元後にアンケートを実施し,呼吸と光合成のはたらきを説明できるか尋ねた。
<事前> | <事後> | |
①分かりやすく説明できる。 |
3% | 27% |
②おおむね説明できる。 |
61% | 55% |
③なんとなく知っているが,説明はできない。 |
36% | 6% |
④よく知らない。(全く分からない) |
0% | 3% |
結果,約9割の生徒が,呼吸と光合成のはたらきを説明できるようになった。
自分が行った実験はもちろん,行ってない方の実験についても説明できるとする結果が出た。
中でも,実験内容⑥で「説明者」になり,かつ実験⑧で「発表者」を行った生徒は,全員が「分かりやすく説明できるようになった」または事前事後ともに「説明できる」と回答している。
以上の点から,単元内に複数回の説明の機会を持つことで,学習内容をより深く理解し,表現力の向上が見込めることが分かった。
昨今,デジタル世代と呼ばれる現在の中学生は,これまで以上に効率的に正解を求める傾向が強く見られる。しかし,理科の本質は,自然事象にふれ,観察・実験を通して試行錯誤の中から規則性を見いだすことである。中学理科で,特に生物の単元のように自然界の中からサンプルを持参して行うような実験では,不確定要素が多く,予想とは異なる実験結果が導かれることも珍しくない。そうした際,どこに不備があったのか,次の実験では何を工夫すれば良いのか,等々をなかまと話し合い,自らの考えを再構成して,さらにその考えをなかまと共有し次の実験に挑む。こうした事の繰り返しを通して,思考力・判断力・表現力を養い,探究心に目覚め,深い学びにつなげることができると考える。また近年,一人一台の情報端末が配付された学校では,その活用も含めた単元構成が求められる。これを良い機会とし,プレゼンテーションソフトの活用を通して,個々の表現力の向上にも努めていきたい。