中学校学習指導要領が平成29年3月に告示された。めまぐるしい変化に積極的に向き合い,他者と協働して課題を解決していくことや,様々な情報を見極め再構成すること,複雑な状況変化の中で目的を再構築すること等が求められているためである。そこで中学校数学科の授業を通して,新しい時代に求められる資質・能力を養うため,「算数・数学の学習過程のイメージ」を取り入れることに注目する。生徒が数学の有用性を実感でき,複雑で困難な問題の解決を実現しようとする力を育てるためである。その一提案として,マンホールの蓋の形を分析する授業を行う。生徒に生活の中の目に見えない数学を意識させることで,有用性を実感させることや数学の可能性を感じさせることがねらいである。
国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2015)によると,「数学を勉強すると,日常生活の役に立つ」という項目に肯定的回答をした生徒の割合は74%で,国際平均の84%を10ポイント下回っている。また,「算数・数学は楽しい」という項目に肯定的回答をした生徒の割合は52%で,国際平均の85%を大きく下回っている。つまり,国際的に見て,日本の中学生は,「数学はつまらなくて日常生活の役に立たなないもの」という認識を持っていると言える。
中学校学習指導要領解説数学編の中でも「中学生は数学を学ぶ楽しさや,実社会との関連に対して肯定的な回答をする割合も改善が見られる一方で,いまだ諸外国と比べると低い状況にある。」と述べている。今回の学習指導要領改訂には,この課題に適切に対応できるよう改善が図られている。
数学の有用性を実感できるための有効な方法として「数学的モデリング」を取り入れた授業がある。数学的モデリングとは,例えば三輪(1983)によれば,実際(現実)の問題を定式化して数学的に解決し,解釈・検討して不都合が生じればモデルの修正を適宜繰り返し,より適した実際の問題の解決を見出していく全活動のことである。
本稿の目的は,数学の有用性を実感できる現実的な問題を取り入れた数学科における指導例を具体的に提案することである。
三輪(1983)では,数学的モデリングの過程を次のように示している(図1)。
それまでの経験・観察をもとにしてある事象が探究を要するという認識があるという前提の下で,
①その事象に光を当てるように,数学的問題に定式化する(定式化)。
②定式化した問題を解く(数学的作業)。
③得られた数学的結果をもとの事象と関連づけて,その有効さを検討し,評価する(解釈,評価)。
④問題のより進んだ定式化をはかる(より良いモデル化)。
また,PISA(2003)では,数学的リテラシーを習得するための数学化のサイクルとして次のように示している(図2)。
(ⅰ)現実に位置づけられた問題から開始すること。
(ⅱ)数学的概念に即して問題を構成し,関連する数学を特定すること。
(ⅲ)仮説の設定,一般化,定式化などのプロセスを通じて,次第に現実を整理すること。それにより,状況の数学的特徴を高め現実世界の問題をその状況を忠実に表現する数学の問題へと変化することができる。
(ⅳ)数学の問題を解く。
(ⅴ)数学的な解答を現実の状況に照らして解釈すること。これには解答に含まれる限界を明らかにすることも含む。
中学校学習指導要領(平成29年告示)解説数学編(文部科学省,2018)では,数学的に考える資質・能力を育成する上で,数学的な見方・考え方を働かせた数学的活動を通して学習を展開することを重視している。その際の算数・数学の学習過程のイメージ図を挙げている(図3)。
いずれも数学の世界と現実の世界を行き来するという共通点がある。このことを踏まえて実践を行い,その省察を行う。
本稿の実践は,山形市立第一中学校で実践したものである。
【定幅図形の違いを探ろう】
①日時:平成30年11月13日(火)5校時(13:40~14:30),7時間目/全11時間
②対象生徒:山形市立第一中学校,3年3組(男子17名,女子15名,計32名)
③授業者:岩田栄彦
④対象生徒について
本学級の生徒は,学ぼうとする意欲が高く,課題解決の道筋が明確な問題に対しては,集中して取り組むことができる。しかし,多様な発想が必要な問題や課題解決が困難な問題に対しては,消極的になることが多く見られる。他者とかかわることで問題解決への意欲が上がることも多いため,かかわりを通して思考力・判断力・表現力等の向上が実感できている生徒も多い。
⑤本時までの指導の流れ
本単元は三平方の定理について学ぶものである。前時までに三平方の定理を理解し,それを利用して問題解決する学習をしている。三平方の定理の基礎・基本と,特別な三角形の辺の比を利用した問題解決等も学んでいる。
⑥本時の内容
本時は身近な事象にある数学の活用を見出させることが目標である。三平方の定理を利用することで,身近な事象を分析し,その合理性を検証する。
学習活動〔学習形態〕 課題 主な発問(○)と指示(・) |
教師の手立て(●)評価(◎) |
---|---|
1 定幅図形を知る ※マンホールの蓋はなぜ円なのか 2 課題を提示する。[個・グループ] 定幅図形の違いを探ろう 3 円とルーローの三角形の違いを考察する。 ◯円とルーローの三角形ではどんな違いがあるのでしょう。 ◯図形で調べられることは何がありますか。 ※周の長さ・面積 4 調べたことを共有する。 ※周の長さは等しい ※面積は円が大きい 5 他の定幅図形を紹介する。 6 本時の振り返りをする ・振り返りをしましょう。 |
●ロボット掃除機の画像を用意し,問題点や形がイメージしやすいようにする。 ●ルーローの三角形を書いて見せ,形の仕組みを伝える。 ●SanFranciscoWaterDeptの例を紹介する(画像)。 ●円が定幅図形であることに注目させ,他の形だと穴に落ちてしまうことを実験させる(啓林館わくわく算数3上)。 ●ルーローの三角形を紹介する(非円柱コロ)。 ●マンホールの機能を考え,周の長さや面積に注目するように進める。 ・定幅図形は周の長さが等しい(バルビエの定理) ◎三平方の定理を利用し,面積を求めているか。 ・三平方の定理をどう使えば良いかわからない ●イギリス50ペンスコインの紹介(実物)。 ◎数学の有用性を実感しているか。 ●学んだことを振り返りやすいよう,言葉をかける。 |
(ⅰ)課題をとらえる場面
本時の課題を明確にするために,定幅図形を理解する必要があった。そのため,小学校算数科の教科書(啓林館わくわく算数3上)を利用し,実験を行った。マンホールの蓋が円と正三角形と正方形になっているモデルを使用し,実際にマンホールの穴に落ちるかどうかを全員が操作した。
(ⅱ)課題を解決する場面
定幅図形である円とルーローの三角形の2つに注目し,その違いを調べた。周の長さと面積を調べることで,周の長さが等しい定幅図形でも面積に違いがあることに気付き,現実世界での利点から広い方が良いという結論に至る場面である。ルーローの三角形の面積を求めるためには,三平方の定理が必要となり,前時まで学んだ特別な三角形の辺の比を必然的に利用することになる。
(ⅰ)課題をとらえる場面
正三角形が穴に落ちにくいが,幅の長さが違う形は,幅が短い部分と長い部分を合わせると蓋が穴の中に落ちるため,円のような定幅図形がマンホールの蓋に向いていることを実感できていた。また,算数科の教科書を使用したことで,数学の課題解決に対する苦手意識を緩和することができ,操作活動も合わせて課題解決意欲を喚起するものとなった。これにより算数科の教材等を数学の授業の中で取り入れる利点が明らかになった。
(ⅱ)課題を解決する場面
同じ幅の円とルーローの三角形の面積を求める際に,正三角形の一辺から正三角形の高さを求める必要性がある。そこに三平方の定理の必要性を見出し,面積を求めることができている生徒が多く見られた。学んだばかりの知識を自分たちで活用することができたことが充実感を生み出していた。ルーローの三角形の分析において,躓きが見られる生徒に関しては,おうぎ形を3つ重ねたモデルを用意し,それを提示することで解決に導くことができた。
身近な事象の中に数学が生かされていることを実感することにより,数学の有用性を実感している振り返りが多く見られた。未解決の問題に取り組ませ,有用感を実感させる事例はある程度見られるが,すでに存在している数学を解明することも,効果が高いことが明らかになった。
現実的な問題を取り入れることは,数学の有用性を実感させる上でとても効果が高いものである。既習事項や単元内容が含まれた教材を考案し続けることが大切である。また,小学校算数科の教材も様々な研究が続けられており,中学校数学において,生かせるものがたくさんあると考えられる。
現実的な問題を扱うには,膨大な準備が必要になる。また,授業時間の配分や,単元計画等,指導者側の緻密な計画が必要不可欠であり,日常的に行っていくためには,まだまだたくさんの事例が必要であろう。
引用・参考文献
岩田栄彦「現実的な問題を取り入れた中学校数学の指導」,『山形大学大学院教育実践研究科年報』,第4号,pp.220-223,2013
岩田栄彦「現実的な問題を取り入れた算数科の指導に関する研究-給食の一人当たり量を調べる問題の事例分析を通して-」,『山形大学大学院教育実践研究科年報』,第5号,pp.74-81,2014
文部科学省『中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 数学編』,2018
三輪辰郎『数学教育におけるモデル化についての一考察』,筑波大学数学教室,『筑波数学教育学会誌』,78(5),pp.110-117,1996