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数学

算数・数学科における授業改善
「認知能力・非認知能力」と「主体的・対話的・深い学び」との関連を踏まえて

柴田学園大学 久慈 和寛

新しい学習指導要領では,資質・能力を「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」の3つの柱から整理している。認知能力である「知識・技能」や「思考力・判断力・表現力等」だけでなく「学びに向かう力・人間性等」の3つの柱を重視している。この「学びに向かう力・人間性等」が非認知能力にあたる。
非認知能力を高めるのに,最も重要な時期は幼児期だといわれている。非認知能力は大人になってからも高めることは可能だが,脳が柔軟で,急速に発達する幼児期に高める方がより効果的といわれる。そのため,文部科学省による「幼稚園教育要領」でも,非認知能力の重要性について触れられている。
また,「小学校学習指導要領」「中学校学習指導要領」では,「主体的・対話的で深い学び(アクティブラーニング)」が強く求められている。この生涯にわたって能動的に学び続けることを重視したアクティブラーニングの視点は,非認知能力の考え方に起因している。認知能力と非認知能力は,個人の成長や学習,仕事での成功に大きな影響を与える能力として注目されており,それぞれの概念を簡単に説明する。

1.認知能力(Cognitive Skills)

認知能力は,情報を処理し,理解し,記憶し,問題を解決する能力を指す。一般的には,以下のような能力を含む。

これらは主に学業成績や職業的な能力に関係しており,IQ(知能指数)などで測定されることが多い。認知能力は,主に「思考」や「知識の習得」に関連しており,学校や職場でのパフォーマンスを左右する。

2.非認知能力(Non-Cognitive Skills)

非認知能力は,個人の性格や社会的な行動,感情的な反応に対する能力と捉えられている。これらはしばしば「ソフトスキル」や「対人スキル」とも呼ばれ,学業成績や職場での成功だけでなく,人生全体の幸福感にも影響を与える。主な非認知能力には以下が含まれる。

非認知能力は,認知能力よりも測定が難しく,数値化しにくいのが特徴といえる。しかし,これらは長期的に見ると,教育やキャリアの成果に大きな影響を与えることが研究から明らかになっている。例えば,自己管理やレジリエンスが高い人は,学業や職場での成果をあげやすいとされている。

3.認知能力と非認知能力の相互作用

認知能力と非認知能力は,独立して存在するわけではなく,相互に影響を与えることが多い。例えば,認知能力が高い人は学業成績が良いかもしれないが,非認知能力が低い場合,モチベーションが続かなかったり,ストレスに弱かったりすることがある。逆に,非認知能力が高い人は,困難に直面しても粘り強く努力を続けるため,最終的に成功を収める可能性が高い。

4.「認知能力・非認知能力」と「主体的・対話的・深い学び」との関連

認知能力と非認知能力は,学習者の成長において重要な役割を果たすが,それぞれが学習における異なる側面を支えている。これらの能力は,学習指導要領で示される「主体的・対話的で深い学び」と密接に関連している。

(1)認知能力と学習指導要領

認知能力とは,情報を処理し,理解し,記憶し,問題を解決するために必要な知識や技能,思考の力を指す。これには,読解力,計算力,論理的思考力,記憶力などが含まれる。
学習指導要領で示される「主体的・対話的で深い学び」は,認知能力の向上を目的としている。具体的には,次のように関連している。

(2)非認知能力と学習指導要領

非認知能力は,認知的な能力とは異なり,学習者が自分自身をどのように管理し,他者と関わり,社会で生き抜くための能力である。これには,自己管理能力,感情のコントロール,協調性,コミュニケーション能力,創造性,意欲などが含まれる。
学習指導要領で示される「主体的・対話的で深い学び」は,非認知能力の育成にも強く関係している。

(3)認知能力と非認知能力の総合的な育成

「主体的・対話的・深い学び」の枠組みは,認知能力と非認知能力が相互に作用し,学習者の総合的な能力を高めることをめざしている。認知的な理解を深めるだけでなく,学習者が自分の学びに積極的に関わり,他者と協力し,実社会で役立つスキルを育むことが重要である。
具体的には,以下のような形で両者が統合される。

これらを総合的に学ばせることによって,学習者は「知識を持っている」だけでなく,「それを活用できる力」を持つ人材として成長することができる。このような学びを通じて,社会で求められる柔軟で創造的な問題解決能力を備えた人間を育成することができる。

5.算数・数学科における「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善

「主体的・対話的で深い学び」の視点から,算数・数学科における授業改善について述べる。

【実際の授業例】

例えば,「比例と反比例」の授業で,次のような活動を取り入れることができる。

このように,学びが一方向ではなく,児童・生徒が主体的に問題を解き,他の児童・生徒と対話しながら学ぶことによって,深い理解を促進することができる。

6.文部科学省による「算数科における主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善」

文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官の笠井健一氏は,初等教育資料(令和2年8月号)の中で,算数科における主体的・対話的で深い学びの視点からの授業改善について,具体的に子供の姿を示しながら次のように述べている(抜粋)。

(1)算数科における「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業改善とはより詳しく,「主体的」「対話的」「深い」に分けて述べると次のようになる。

算数科では,子供自らが,問題解決に向けて見通しを持ち,粘り強く取り組み,問題解決の過程を振り返り,よりよく解決したり,新たな問を見いだしていくかどうかなどの「主体的な学び」の視点から授業改善することが求められる。

また,数学的な表現を柔軟に用いて表現し,それを用いて筋道を立てて説明し合うことで新しい考えを理解したり,それぞれの考えのよさや事柄の本質について話し合うことでよりよい考えに高めたり,事柄の本質を明らかにするなど,自らの考えや集団の考えを広げ深めているかどうかという「対話的な学び」の視点から授業改善することが求められる。

さらに,日常の事象や数学の事象について,「数学的な見方・考え方」を働かせ,数学的活動を通して,問題を解決するよりよい方法を見いだしたり,意味の理解を深めたり,概念を形成したりするなど,新たな知識・技能を見いだしたり,それらと既習の知識と統合したりして思考や態度が変容する「深い学び」の視点から授業改善することも求められる。

問題解決の際,例えば次のような姿が深い学びの姿として考えられる。

このようなことができるようになった子供たちに対してのさらなる深い学びとして,次のような姿が考えられる。

このように,算数科の授業における子供たちの具体的な深い学びの姿は,様々である。授業のねらいを達成した子供の姿を明確にして,問題解決の際の子供の実態に合わせて,適切に深い学びを考えていく必要がある。

(2)「主体的・対話的で深い学び」の視点からの授業作りのポイント

まずは子供が主体的に学習を進めることができるようにすることが大切である。

以上のような姿が具体的な問題解決活動に現われる,主体的に学んでいる子供の姿として考えられる。

このような子供になるためには,それぞれの場面での成功体験が必要である。子供は実際にやってみてよかったことを実感することで次もやってみようと思うからである。つまり一人一人の子供に対する,教師からの働きかけとその評価が大切である。

また,対話的な学びは,ペア学習やグループ学習を取り入れさえすればよいということではない。ペアやグループにして話し合った結果,分からなかった子供が分るようになったり,一通りで答えを求めていた子供が別の方法でも答えを求められるようになったりするなど,丁寧に,ペアやグループ学習の成果を確認することが大切である。

7.おわりに

笠井氏が述べていることは,算数だけでなく,大部分が数学の授業改善にもいえるということである。認知能力と非認知能力は,「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けて不可欠な要素であることを示している。学習指導要領がめざすのは,知識を深めるだけでなく,それを実際の問題解決に生かせる力を育てることである。このために,認知能力と非認知能力をバランスよく育てることが,現代の教育において重要な課題となっている。

算数・数学の授業改善を行う際には,「主体的・対話的で深い学び」の視点に十分留意して取り組んでいただきたい。

【参考文献】