中学校の教科書・教材|知が啓く。教科書の啓林館
英語

「相手意識」が生徒の学びを変える
― 本物のコミュニケーションを軸にした英語授業づくり ―

米原市立大東中学校 草野 奈々

1.はじめに

「先生,私たちが書いた英語のポスターって,誰が見るんですか?」 授業中,生徒からそんな質問を受けたことがあります。その一言は,私に英語教育の本質を改めて考えさせてくれました。英語は,文法や単語を覚えることだけが目的ではありません。本来,人と人とをつなぎ,自分の思いや考えを伝えるためのコミュニケーションツールです。しかし,教室の中だけで完結する学習では,生徒は「英語を勉強するために英語を使う」ことになりがちです。その結果,「テストでは書けるけれど,実際には使えない」「何のために英語を学ぶのか分からない」という思いを抱く生徒も少なくありません。そこで私は,単元を構想する際,「誰に,何を,どんな思いで届けるのか」という相手意識を最も大切にしています。本当に伝える相手が存在することで,生徒は「正しい英文を書こう」という意識から,「どうすれば相手に伝わるだろう」という意識へと変化していきます。その過程で,文法や語彙は「覚える知識」ではなく,「伝えるための道具」へと変わっていきます。

また,相手意識のある活動では,「もっと伝わる表現はないかな」「相手はこの言い方で理解できるかな」と,生徒同士で自然に相談する場面が増えます。教師から促されるのではなく,生徒自身がよりよい表現を求め始めることが,このような単元の大きな魅力だと感じています。本レポートでは,この考えを基に実践した三つの授業を紹介します。

2.実践紹介

実践① 未来の後輩へ届ける学校紹介動画(中学1年生)

1年生では,「来年度入学する新入生へ学校紹介動画を作ろう」という単元を構想しました。

動画の視聴者は,来年入学してくる小学生です。生徒たちはグループごとに,先生紹介,教室紹介,学校行事,部活動,給食などのテーマを分担し,英語で紹介動画を制作しました。(図1)単元の導入では,実際に入学予定の小学生へアンケートを実施し,「中学校生活で楽しみなこと」「不安なこと」「知りたいこと」を集めました。その結果を中学生へ提示し,「小学生が本当に知りたい情報」をもとに動画を企画しました。

図1 生徒が作った動画

このように実際の相手の声を取り入れたことで,生徒は「自分たちが伝えたいこと」ではなく「相手が知りたいこと」を意識して内容を考えるようになりました。活動が始まると,「小学生にも分かる英語にした方がいいね」「専門用語は使わない方が伝わるかな」「笑顔で話した方が安心して入学できそう」など,相手の立場を考えた発言が自然と増えていきました。グループの中で,何を紹介するのか分担を決めたあと,個人で文を考え,次に「行事紹介担当」「先生紹介担当」など,それぞれ分担しているテーマごとに集まってグループを作り,どんな英語表現を使ったのか共有する時間をとりました。仲間が使っていた表現で自分の動画にも参考にできそうな英語表現は取り入れ,それを自分のグループに持ち帰って報告することで,生徒は自分の英文を再構築していました。

さらに,撮影した動画を見返しながら,「もっとゆっくり話そう」「ジェスチャーを入れよう」と,自ら改善点を話し合う姿も見られました。英語表現だけでなく,「どうすれば相手に安心感を与えられるか」という視点まで考える姿は,まさにコミュニケーション能力そのものの育ちであったと感じています。

実践② ALTの妹へ贈る日本ルールガイドブック(中学2年生)

2年生では,「ニュージーランドからALTの妹が日本へ遊びに来る」というテーマで授業を行いました。単元の導入では,ALTの妹が英語で「私は日本に興味があります。でも,日本のルールや習慣をよく知りません。今年の9月に日本へ行くので,ぜひ教えてください。」と語りかける動画を上映しました。生徒は「本当に困っている人を助ける」という目的をもって,日本文化を紹介するガイドブックを制作しました。(図2)この単元では,ちょうど must や have to を学習したばかりだったため,"You have to take off your shoes." "You must wait in line."など,学習した表現を自然な形で活用することができました。紹介する内容も,お箸の使い方,温泉の入り方,神社でのお参り,電車内のマナーなど,生徒自身が「日本らしい」「伝えたい」と思うテーマを選択しました。

英文を書くだけではなく,写真やイラストを入れたり,「Thank you」や「Enjoy Japan!」など温かいメッセージを添えたりするなど,相手に喜んでもらうための工夫も多く見られました。完成したガイドブックは,実際にALTの家族が学校へ来校した際,生徒から直接プレゼントしました。(図3)ALTの妹から笑顔で「Thank you.」と言われた瞬間,生徒たちは大きな達成感を味わっていました。「英語が通じた」「自分の英語で誰かを助けることができた」そんな成功体験は,生徒の英語学習への自信にもつながったように感じます。

図2 生徒が作成したガイドブック

図3 ALTの家族が学校に来た時の写真

実践③ 世界中の憧れの人へ届けるファンレター(中学3年生)

3年生では,現在完了形を学習する単元で,「憧れの人や,企業団体へ向けて英語で手紙を書こう」という単元を設定しました。手紙の相手は,生徒一人一人が自由に決めます。海外の歌手や俳優,スポーツ選手,海外企業など,自分が心から応援している相手へ向けて,現在完了形を活用しながら感謝や応援の気持ちを伝えました。"I have been a big fan of you." "I have listened to your songs for many years." "You have inspired me."など,教科書で学んだ現在完了形が,自分の経験や思いを伝えるための表現として自然に使われていました。

「本当に送る」と伝えた瞬間,生徒の表情は一変しました。辞書を何度も引き直したり,「この表現で失礼じゃないかな」と友達同士で相談したり,「もっと気持ちが伝わる英語にしたい」と何度も書き直したりする姿が教室中で見られました。完成した手紙は実際に海外へ発送しました。

海外へ手紙を送る際,宛名の書き方を指導しました。手紙の宛名や住所の書き方には,それぞれの国や地域の文化や価値観が反映されているので,生徒にとっては異文化理解に繋がる授業となりました。例えば,日本では住所を都道府県から番地,氏名へと「大きな単位から小さな単位へ」書くのに対し,英語圏では氏名から番地,市,国へと「小さな単位から大きな単位へ」書くことが一般的です。名前の順番も,日本は「姓・名」,英語圏は「名・姓」が基本です。日本では家や集団への所属を重視する文化,英語圏では個人を尊重する文化が背景にあると考えられます。

このように,手紙の書き方の違いは単なる形式の違いではなく,それぞれの文化が大切にしている価値観を映し出しています。英語学習では,言語だけでなく,その背景にある文化への理解を深めることも重要であり,手紙の書き方を比較することは,異文化理解を育むよい教材となりました。

実際に後日,数名の生徒のもとへ英語で海外から返信の手紙が届きました。ある生徒は手紙を受け取ると涙を流しながら,「一生の宝物にします」と話していました。英語が「テストのための教科」ではなく,「世界中の人と心をつなぐ言葉」であることを,生徒自身が実感した瞬間でした。

3.おわりに

3つの実践には共通点があります。それは,すべての学習活動に「本当に伝える相手」が存在することです。学年が上がるにつれて伝える相手は学校の中から世界へと広がっていきます。相手が明確になることで,生徒は「英文を書くこと」ではなく,「相手に思いを届けること」を目的に英語を使うようになります。その結果,自ら表現を調べ,友達と相談し,相手に合わせて表現を選び直す姿が多く見られるようになりました。教師が教えるから学ぶのではなく,「伝えたい」という思いが,生徒の主体的な学びを引き出していたのです。学習指導要領では,「実際のコミュニケーションの場面」を重視した言語活動の充実が求められています。「この英語は誰に届けるのか」その問いを授業の出発点にすることで,生徒は英語を知識としてではなく,人と人をつなぐ言葉として捉えるようになります。そして,「伝わった」「喜んでもらえた」「返事が来た」という成功体験は,「もっと英語を使ってみたい」という新たな意欲へとつながっていきます。これからも,生徒が英語を通して誰かとつながる喜びを味わい,「英語ができてよかった」と実感できるような,本物のコミュニケーションにつながる授業づくりを追究していきたいです。