学生のころ,通っていた英会話スクールの校長先生に「海外留学をして,海外で働きたい」と相談したことがあった。校長先生から「海外留学って何をしに行くの?」と尋ねられたので「英語を学びに」と意気揚々と答えた。賛成して,応援してくれるだろうと期待していたのに先生から返ってきた言葉は「今のあなたは行かないほうが良い」だった。理由は,英語はツールであり,英語そのものを学びに行くのではなく「英語という道具を使って何をしたいのか」が大事なのだと教えられた。結局私はその答えを見つけられず,海外留学ではなく,教師になる道を選んだ。それから20年余りが過ぎようとしている。私は,英語という道具を使って,子どもたちが生き生きと自分の知らない世界を学び拡げる手伝いをしている。これが私がやりたかったことだと日々の授業をしながら感じている。
小学校で培われた,コミュニケーションや英語学習の楽しさといった素地を大切にしながら中学校での英語学習に主体的に取り組む生徒を育成するために,私が日ごろ取り組んでいる「仕掛け」(手立て)をいくつかご紹介したいと思う。
学習指導要領英語の目標(5)「書くこと」のイに依拠すれば,「日常的な話題について,事実や自分の考え,気持ちなどを整理し,簡単な語句や文を用いてまとまりのある文章を書くことができるようにする」とある。「書くこと」における自己表現力を高めるには「書いて表現する」機会を増やして書き慣れることしかないと考えた。
そこで,単元ごとに「書くこと」を中心とした単元のゴール(Large Task)を掲げた。単元のテーマに即しながら生徒の興味関心を高めるゴール課題を設定し,1時間ごとにラージタスク達成に向けての準備を進めていくように単元の指導計画を設定した。生徒は,ゴールイメージを常に持ちながら,単元で何を学べば良いのか見通しを持つことができた。
以下の資料は,「姶良のせっかくグルメを紹介しよう」という課題の生徒作品である。テレビ番組「バナナマンのせっかくグルメ」のレポーターがもしも姶良市に来たらどんなお勧めグルメを紹介するかという設定で,単元の題材である「食文化」というテーマに触れながら言語材料としてIf やWhenなどの接続詞,I think~を用いて自分の考えを表現する方法などを活用してプレゼンテーションを作成させた。単元の終わりには,「話すこと(発表)」と連動させるために,実際のテレビ番組の一場面を想定したスキットで何組かに発表してもらった。テレビ番組のパロディ的活動は,生徒たちも活動のイメージがしやすいため意欲的に取り組む様子が見られる。
資料1 生徒作品「姶良市のおすすめグルメ」
ア 帯活動
資料2 31days topic talk
帯活動として31日分のtopicを用意し,日付と同じ番号のテーマについてペアで対話をする活動に取り組む。(資料2)相手の質問にスムーズに答えたり,質問を返したりするトレーニングを継続し,即興的に会話を続けることができるようにする。
対話のTopicは学期ごとにその前に学期に 学習した表現を加えながら変化させる。また,同じトピックを3ヶ月ほど繰り返して使用することから,基本の表現が使えるようになったら,「1分間対話を続けてみよう」「理由を加えて説明しよう」「前月と違う表現で伝え合おう」など課題を変化させることで即興性を高め,やりとりをする力を向上させる。
イ トピックカードとゲーム的要素の工夫
「話すこと(やりとり)」を目的とした対話的活動をするときには,何について話すのか(トピック)を大切にしている。クラスメイトとして相手の知らなかったことを共有できるような話題になるようにトピックカードを用意して,生徒が話しがちな部活動や好きな食べ物に話題が偏らない工夫をすることで使用語彙を広げさせ,さまざまな語に出会うように仕向けている。
また,トピックカードやワードカード(接続詞や疑問詞が書いてある)をペアそれぞれに渡して,制限時間内の対話の中でできるだけ多くのトピック,ワードカードを使い切った方が勝ちといったゲーム的要素を入れて対話をさせると英語を積極的に使おうとする意識はもちろん,教師側が定着させたい表現や語句を繰り返し使用させることができる効果が期待できる。
資料3 生成AIアプリによる推敲
「書く活動」において,生成AIアプリ「DeepL 翻訳」および「DeepL Write」を積極的に活用している。自分らしい表現を達成するために既習の語彙にこだわらず,場面に応じた適切な語彙を学習者が自ら選択できるように「DeepL翻訳」を辞書として活用する。また,英文を組み立てることに難しさを感じている生徒も多いことから,生徒自身が書いた英文を推敲したり,よりよい表現を選択したりしながら英文を完成させるために「DeepL Write」を使用する。「DeepL Write」はテキストを入力すると推敲のヒントが得られるアプリケーションである。生徒に多い文法や句読点の間違いを修正してくれるだけでなく,生徒の誤りを瞬時に判断しいくつかの推敲候補を提案してくれる。生徒たちは推敲された英文を見ながら,文法上の誤りについて「また,三人称単数のsをつけ忘れてしまった」「過去形に直し忘れていた」などの気づきを得たり,提示された推敲候補を比較しながら「なぜinではなくてonなのだろうか」「どちらの表現がより自分の気持ちに近いだろうか」などの個別の疑問を持ち解決したりすることで学びを深めていくことができる。
英語教育における生成AIの利用については,様々な考え方があり,研究されている段階だと承知ではあるが,一人一台端末を活用した効果的な活動であると実感している。
生成AIを活用する上で,安易に翻訳アプリを頼らないために声掛けを大切にしている。生徒には,自由に翻訳アプリを使わせながら翻訳の失敗も経験させた。翻訳アプリを使って作成した英文をALTに提示して伝わらなかったり,間違いを指摘されたりする経験をさせ授業内で共有した。翻訳アプリへの入力の仕方しだいでは,自分の意図した日本語表現が適切な英語に変換されていない場合があるということを生徒たち自身に気づかせた。その結果,生徒たちは翻訳アプリと上手に付き合うようになり,推敲アプリの方を積極的に使うようになった。まずは自らの力で英文を組み立て,推敲されたものから間違いに気づき学んでいくプロセスを大事にする生徒が増えてきている。生徒がじっくりと自分の力で課題に取り組もうとする姿勢も見られるようになり,正しい英文が書けるようになる過程をリフレクションすることができることによって自己調整力が高まっているように感じている。
外国語(英語)教育の在り方は時代とともに目まぐるしく変わっている。急激に変化する時代を生きる子どもたちが学びを通して自分の良さや可能性を認識できるように,個々の興味・関心・意欲等を踏まえたきめ細かい「学習者主体の授業づくり」が今後より一層求められることと思う。
合わせて,あらゆる他者を価値のある存在として尊重し,多様な人々と協働しながら生きていくために必要な自分の考えや気持ちを表現する力を外国語の学習を通じて身につけさせていくことが私たち英語教師に課せられたミッションと捉え,より良い授業づくりを模索していきたい。