授業実践記録(数学)
数学的言語力を育むための指導のあり方に関する研究
~他者にわかりやすく説明することができる活動の充実を通して~
1.はじめに
昨年度は,研究主題を『数学的言語力を育むための指導のあり方 ~他者にわかりやすく説明する力の育成を通して~』と設定し研究を進めてきた。本校では,昨年度の研究主題にある数学的言語力を「図や表,式,グラフなどの数学的な表現を用いて,生徒が自分の考えを説明し,他者にわかりやすく伝えることができる力」と捉えている。課題解決の見通しを持たせるために,課題に含まれる様々な情報を整理させ,図や表,式,グラフなどの数学的な表現を活用して解決することができるような課題を設定することとした。また,他者にわかりやすく説明する力を育ませるために,ノートのフォーマットを各学年で統一するとともに,発表の際に自分にとっても他者にとってもわかりやすい説明をさせるための発表原稿の作成などにも取り組んできた。具体的には,『ワークシートの工夫』,『学習課題の工夫』,『板書の構造化』,『他者にわかりやすく説明すること』の4点について,研究を行ってきた。
それらを踏まえ本年度は,研究主題を「数学的言語力を育むための指導のあり方に関する研究」,副主題を「他者にわかりやすく説明することができる活動の充実を通して」と設定して実践を進めていくことにした。具体的には,以下の3点である。
- ①教科書で扱っている題材を見直し,数学的活動を通して思考力・判断力・表現力を育てるという視点から新たな教材を再構成すること。
- ②生徒が自分の考えや判断についての根拠を明確にし,説明し合えるような言語活動の充実を図ること。
- ③すべての生徒にとってわかりやすい,やりがいのある授業づくりに努めること。
2.授業実践
(1)単元 資料の活用
(2)単元設定の理由
『中学校学習指導要領解説数学編』には,「急速に発展しつつある情報化社会においては,確定的な答えを導くことが困難な事象についても,目的に応じて資料を収集して処理し,その傾向を読み取り判断する力が求められている」とある。生徒はこれまでに,小学校算数科では,棒グラフ,折れ線グラフ,円グラフ及び帯グラフについての知識・技能を習得してきている。そして,資料の平均や散らばりを調べる活動を通して,統計的に考察したり表現したりすることを学習している。それらの学習を受けて,中学校第1学年では,ヒストグラムや代表値の必要性と意味を理解し,ヒストグラムや代表値を用いて目的に応じて資料を整理し,資料の傾向をとらえ説明することを学習する。一見すると小学校算数科と同じ内容を繰り返し学習しているようにも感じられるが,取り扱う資料の範囲が身近なものから社会一般的なものへ広がったり,扱う資料も大量になったりする。そのような資料を整理し処理するためのヒストグラムや代表値などの統計的な手法について理解し,その適切な用い方や陥りやすい誤りについても学習する。ここでは,統計的な手法を用いて資料の傾向をとらえ説明することを重視し,ヒストグラムを作ったり,代表値を求めたりすることだけが学習の目標にならないように配慮する。また,この資料の活用領域は,中学校第2学年で取り扱う確率や中学校第3学年で取り扱う標本調査にも関連していることからも大変意義深い単元である。
本学級は,男子13名,女子20名,計33名のクラスである。授業には意欲的に取り組み,活発に発言する生徒も多くいる。また,疑問に思ったことを積極的に質問する生徒もおり,その発言から授業が深まることもある。さらに,困っている友人に積極的に声をかけ,助け合う姿も多々見受けられる。しかし,自分の考えを他者に説明することを苦手とする生徒が多い。そこで,授業の中に「自分のことばで説明し,伝え合う場」を設定し,協同学習で,また学級での発表を通して,表現する力を育むことができるのではないかと考える。
本単元の指導においては,まず度数分布表やヒストグラムの必要性と意味について理解させる。ここでは,身近な課題を実際の実験を通して資料を収集するとともに,その資料を整理・分析し,度数分布表やヒストグラムに繋げる。次に,代表値について理解を深める。ここでは,代表値を用いて資料の傾向をとらえ説明する活動を取り入れる。それぞれの代表値の意味を理解し,目的や状況に応じて代表値を選択することのよさを感じられるよう工夫していきたい。それらの学習を踏まえ,身のまわりの課題を取り上げ、その課題を解決するために必要な資料を収集・整理・分析し,資料の傾向をとらえ説明することができるよう課題に取り組ませる。本学の授業スタイルである協同学習を用いて,生徒同士の相互作用を通して,考えを深め,自分の考えを表現することの楽しさや難しさを感じる授業を展開していきたいと考える。
(3)単元の目標
(3)-1 | 身のまわりから課題を見つけ,それを解決するために必要な資料を収集・整理し,資料の傾向をとらえようとしている。 |
【資料の活用への関心・意欲・態度】 | |
(3)-2 | 資料を整理して傾向を読み取り,その傾向をヒストグラムや代表値などを用いて,根拠を明確にして説明することができる。 |
【資料の活用に関する数学的な見方や考え方】 | |
(3)-3 | 度数分布表やヒストグラム,相対度数,代表値などを適切に用いて,資料を整理することができる。 |
【資料の活用に関する数学的な技能】 | |
(3)-4 | ヒストグラム,相対度数,代表値,近似値の必要性と意味を理解することができる。 |
【資料の活用に関する数学的な知識・理解】 |
(4)単元指導計画(12時間配当,本時12/12)
学習内容 | 学習のねらい | 学習活動 |
---|---|---|
度数分布 【3時間】 |
○度数分布表やヒストグラム,相対度数などの必要性と意味を理解し,それらを用いて資料の傾向をとらえ,説明することができる。 | ○度数分布表やヒストグラム,度数分布多角形,相対度数の必要性と意味を理解し,資料の傾向をとらえ説明する。 |
代表値と散らばり 【3時間】 |
○代表値などの必要性と意味を理解し,代表値などを用いて資料の傾向をとらえ,説明することができる。 | ○代表値の必要性と意味を理解し,資料の傾向を,どの代表値を用いてとらえたか,根拠を明らかにして説明する。 |
近似値 【1時間】 |
○有効数字や近似値,誤差の意味を理解するとともに,ある数値を有効数字を使って表すことができる。 | ○有効数字や近似値,誤差の意味を理解し,有効数字の表し方について学ぶ。 |
調べたことをまとめ, 発表しよう 【3時間】 |
○身のまわりの課題などを取り上げ,それを解決するために必要な資料を収集・整理し,資料の傾向をとらえ,説明することができる。 | ○調査の目的にあわせて必要な資料を収集し,ヒストグラムや代表値を求めて,説明に必要な根拠を明らかにして説明する。 |
章末問題 【2時間】 本時2/2 |
○7章のまとめとして,さまざまな資料を目的に応じて整理し,説明することができる。 | ○身近な資料について,目的・状況に応じて整理・分析し,根拠を明らかにして説明する。 |
(5)本校の研究との関わり
数学科の研究主題と構想
研究主題 | 他者にわかりやすく説明することができる言語活動の充実 |
研究構想 | 「資料の活用」の単元に焦点をあて,既習事項を活用し課題解決をさせることをねらいとするとともに,その根拠を明確にして他者にわかりやすく伝えることができるような場の設定を工夫する。 |
本校の研究主題を受け,わかりやすく,やりがいのある授業を展開するために,次の2つの工夫を行った。まず,わかりやすい授業づくりのために,『自分のことばで説明し,伝え合う場』を設定した。昨年度から数学科で取り組んでいる言語活動の充実を図るために,他者にわかりやすく伝える場を設定することとした。他者にわかりやすく伝えるためには,根拠が明確であること,筋道を立てて話すことができていること,他者にとって見やすい発表資料となっていることなどがあげられる。そのために,協同学習の時間を十分に確保し,説明するために必要な情報を班ごとに整理させ,状況に応じて根拠が明確であるかを吟味させる。また,見やすい発表資料を作成するため,ホワイトボードやヒストグラムを活用し,考えをまとめさせる。そのホワイトボードやヒストグラムをもとにして他者に説明させることで,明確に伝え,さらに考えを共有することができるのではないかと考える。そして,発表の際に2人で行わせることで,発表内容の打ち合わせや意見の合意形成を図らせ,よりわかりやすい発表について考えさせる。
次に,やりがいのある授業づくりのために,『課題設定』を工夫した。既習事項を活用し,学習課題を解決する。また課題に状況を3つ設定することで,状況に応じて多様な答えがあることに気づかせることで,学習課題に対しても主体的に取り組むことができるようになるのではないかと考える。さらに,それぞれの状況に応じて根拠の吟味を協同学習の中で行うことで新たな発見や視野を広げることに繋がるのではないかと考える。
(6)本時の指導
(6)-1 | 題材名 「バスケットボールの試合での選手起用」 |
(6)-2 | 本時の目標 |
○選手を選ぶ理由を状況に応じて代表値やヒストグラムなどを活用しながら,他者にわかりやすく説明することができる。 |
【資料の活用に関する数学的な見方や考え方】 |
○状況に応じて,資料を整理・分析し,まとめることができる。 |
【資料の活用に関する数学的な見方や考え方】 |
(7)本時の授業仮説
既習内容を活用し,資料を整理・分析させ,根拠を明確にして他者に説明させる活動を取り入れることで,数学的言語力を育成することができるであろう。
(8)本時の展開
(8)-1 前時の展開(1/2)
学習内容 | 指導上の留意点 | 評価の観点 | 配時 | |
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前時の展開 | 1 学習課題を提示する。 | 3 | ||
学習課題下の表は,バスケットボール選手であるA選手・B選手・C選手の最近20試合の第4ピリオドでの得点数をまとめたものである。あなたはチームの監督をしています。今,強豪チームであるKATO選抜チームと戦っている最中で,第3ピリオドが終わったところである。あなたは監督として,残りの第4ピリオドにあと1人どの選手を起用しますか。 |
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2 めあてを確認する。 | 5 | |||
めあて 資料を整理・分析し,選手を選ぼう。 |
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3 3人の選手の得点数から,代表値と度数分布表とヒストグラムを作成する。 | ○課題に取り組む際,選手の身長や調子など状況の確認を生徒から質問が出るように促す。 | ○代表値の必要性と意味を理解することができる。 【資料の活用に関する数学的な知識・理解】 |
22 | |
代表値 最大値 11 11 19 最小値 0 0 0 平均値 5.5 5.6 5.4 中央値 6.0 5.5 2.5 最頻値 9 7 2 |
○既習事項を確認し,それぞれの選手の代表値を考えさせる。理解していない生徒へは,実際に教科書を開きながら,用語を確認しながら求めさせる。 | ○資料を度数分布表とヒストグラムを用いて整理することができる。 【資料の活用に関する数学的な技能】 |
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4 3つの状況を提示する。 | 5 | |||
状況① 20対35で負け。 状況② 20対28で負け。 状況③ 20対24で負け。 |
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5 代表選手を決める。 | ○代表選手を決める際,その決めた根拠も同時に考えさせる。 | 15 |
(8)-2 本時の展開(2/2)
学習内容 | 指導上の留意点 | 評価の観点 | 配時 | |
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本時の展開 | 1 めあてを確認する。 | 3 | ||
めあて 選手を選んだ理由を他者に分かりやすく説明しよう。 |
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2 個人で考えた意見を班で発表し,意見を交流する。 【班】 |
○自分の考えと他者の考えを比較させ,自分の考えにはなかった発想に気付かせる。 | ○状況に応じて,資料を整理・分析し,まとめることができる。 【資料の活用に関する数学的な見方や考え方】 |
8 | |
3 班で意見をまとめる。
状況①→1・2・3班 状況②→4・5・6班 状況③→7・8班 |
○文字の大きさ,要点,色等に工夫し,見やすいようなホワイトボードを作成させる。 | ○状況に応じて代表値やヒストグラムなど活用しながら,他者にわかりやすく説明することができる。 【資料の活用に関する数学的な見方や考え方】 |
15 | |
○全員が参加できるように役割分担を行う。 | ||||
4 班の代表が発表を行う。
発表の順番 状況①から一つの班を指名 状況②から一つの班を指名 状況③から一つの班を指名 【個人】
発表は2人で行う。 |
○分かりやすい視点に注意しながら代表者の発表を聞くように促す。 | 20 | ||
○状況毎に一つの班を発表させる。答えによって,別の班を発表させるか,個人の考えを発表させる。 | ||||
【予想される発表】 | ||||
[状況①] C選手 15点差もあるので,A選手・B選手では最高12点しかとれないので,18点~20点とることが出来る可能性がある。 [状況②] A選手 8点差あるので,B選手だと8点以上が4回,C選手も4回しかない。A選手だと他の選手より10回で可能性が高い。 [状況③] B選手(A選手) 4点差あるので, C選手に比べると4点以下の数が少ないのでB選手かA選手。(4点以下の度数と4点以上の度数が同じだから) |
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5 まとめをする。 | ○本時の振り返りを行う。 | 4 | ||
まとめ 同じ資料でも状況によって,起用方法は異なる。 |
3.授業実践を通して
(1)板書
(2)班活動での意見
状況①20対35で負け | 状況②20対28で負け | 状況③20対24で負け |
(3)生徒の振り返り
4.授業実践を通して
(1)成果
今回の実践を通して,平成20年度より新設された資料の活用は,情報化が進む現代社会において,資料を収集・整理・分析し,傾向を読み取ったり,判断したりする力が求められるため,非常に重要な単元であると考える。そういった意味で,自作教材を作成し,1つの提案授業として実践できたことは良かったのではないかと考える。また,学習課題を工夫したことで,苦手な生徒にとっても意欲的に学習に臨むことができた。
(2)課題
実践を通しての課題は,①身近な資料を活用する際の前提となる条件の設定をどうするのか,②資料をまとめ,発表へと繋げるときにどのような授業を展開していくのか,③説明する際の根拠が妥当であるのかなどが考えられる。