本校は「相模原地区の進学を担う全日制普通科高校を」との地元の要請に応え,昭和39(1964)年に開校しました。平成28年度に神奈川県教育委員会から「学力向上進学重点校エントリー校」に,文部科学省から令和元年度に「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」に指定され,科学的探究力と国際性を備えた次世代のリーダーの育成に向けて取り組んでいます。
【相模原高校SSH概念図】本校では,SSH指定校における教育課程上の特例により,教科「総合的な探究の時間」「情報」を学校設定教科「SS課題探究」に代替し,次表のとおり学校設定科目を設定して課題探究活動を実施しています。
このうち「SS課題探究Ⅰ」「SS課題探究Ⅱ」は1,2年次の必修科目で,「総合的な探究の時間」の課題探究活動において「情報Ⅰ」の学習内容が実践的に役立つように指導計画を立てています。課題探究活動には「理数探究」における科学的な探究の手法を積極的に取り入れています。
また「SS課題探究Ⅲ」は3年次の選択科目で,前期の間に研究活動を深化させ,後期はその成果を外部発表や大学受験(総合型選抜等)に活用しています。
【SS課題探究Ⅰ】
1年次必修,3単位,SSH特例による「総合的な探究の時間」1単位と「情報Ⅰ」2単位の代替科目
(1)プレ課題研究
1 | オリエンテーション,実験計画① |
---|---|
2 | 実験・データ収集① |
3 | データ分析①,実験計画② |
4 | 実験・データ収集② |
5 | データ分析②,協議 |
6 | 発表準備 |
7 | 発表 |
1年前期は,SSHオリエンテーションにおいて3年間の流れや課題探究の意義を確認した後,さっそくプレ課題研究に取り組みます。令和4年度までは「SDGs問題解決のためのアイデア提案」に取り組みましたが,令和5年度は“より身近な課題を題材に,より楽しく課題研究に取り組ませたい”という思いから,新聞紙やコピー用紙を使った実験に取り組みました。クラス内で4~5人のグループを作り,次の4種類の課題から1つを選択して,与えられた条件のもとで記録を伸ばすことに挑戦しました。
※啓林館『課題研究メソッド 2nd Edition 第4章 調査・実験の実施/結果のまとめ』参考
実験名 | 概要 |
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ペーパープレーン | A4のコピー用紙1枚だけで,より長い時間飛び続ける紙飛行機を作成する。 |
ペーパータワー | 新聞紙10枚だけで,より高いタワーを作成する。 |
ペーパーブリッジ | 新聞紙10枚とセロハンテープ30㎝だけで,より重い荷重を支えるブリッジを作成する。 |
ペーパードロップ | 新聞紙15枚とセロテープだけで,5mの落下の衝撃に耐えられる構造物を作成する。 |
実験計画では,情報収集や仮説の設定,再現性のある実験手順の書き方など,課題研究においてポイントとなる点を踏まえながら計画を立てました。実験では,記録を伸ばすことを意識するだけでなく,計画した手順に従い実験体を作成し,ワークシートに沿って計測・記録を行いました。1回目の実験が終わったところで分析を行い,その後に再実験を行うことで,生徒は具体的な課題解決策を考案することができました。その結果,再実験では1回目の課題を改善して記録を伸ばしたグループが多かったです。また,2回の実験後に他のグループと協議を行ったことで,実験結果を整理しながら考察を深化することができました。
その後,実験の一連の過程と成果についてスライドにまとめ,発表を行いました。発表者以外の生徒は評価シートに評価とコメントを記載して発表者に渡し,発表者はそれを見て振り返りを行いました。発表については,「仮説」「計画」「結果」「考察」「発表態度」を評価項目とし,それぞれ3段階で評価し,観点別評価につなげています。
さらに,プレ課題研究のまとめとして,夏季休業中に指定の様式でレポートにまとめました。実験の一連の過程と成果を一人ひとりが言語化することで,後期の課題研究に必要な基礎的な技法を身に付けることができました。
※啓林館『課題研究メソッド 2nd Edition 第5章 2 研究論文・研究要綱の作成,3 スライド発表』参考
(2)【高大接続事業】高大連携講座,サイエンスセミナー
プレ課題研究が終わり,本格的に課題研究を始める前に,高大連携講座とサイエンスセミナーを実施しました。自身の「課題研究」につながる課題発見力の育成,自ら問題解決を図る自主的な態度の涵養,課題研究を行う上での知識や意欲の向上などを目的としています。(4.高大接続に向けた取組 (3)高大連携講座,(4)サイエンスセミナー参照)
(3)課題研究前半[研究テーマの決定~仮説と研究方針の設定]
後期から本格的な課題研究が始まります。研究は2~3人のグループで,第2学年後期まで行います。
研究テーマについて,本校では,実社会・実生活の中で生徒自身が興味・関心のある事象から決めることを重視しています。また,グループも,興味・関心の近しい者同士で組ませるようにしています。そのため,まずは各生徒に自分が興味・関心のあるテーマや分野を考えさせ,それを一覧にして公示し,次の授業で一覧に基づきグループを組ませます。当然,グループのメンバーはクラスも部活も異なり,中には初めて話す者もいますが,興味・関心が共通する者同士であるため,その後の研究が自発的,積極的に進められるようになります。これは,高校卒業後の進路選択や大学等での活動の仕方とも共通すると考えます。
研究グループは毎年100程度できますが,これを14教室に分け,それぞれに担当の教員がついて指導していきます(1教員あたり8グループ程度,20名程度を担当)。グループ内で研究テーマを決定し,情報の収集,整理・分析を行いながら無数の問いを立て,その中からリサーチクエスチョンを決定し,仮説と研究の方針や計画を立てていきます。担当教員とのやりとり,ワークシートや教材の工夫に加え,この時期から大学生・院生をTAとして招き(課題探究TA支援制度,後述),生徒の活動を支援していきます。
※啓林館『課題研究メソッド 2nd Edition 第1章 研究テーマを決めよう,第2章 リサーチクエスチョンを導こう,3章 仮説を立て,適切な研究方法を選ぼう』参考
SS課題探究Ⅰの最後には,これまでの取組の過程をポスターにまとめて「中間成果発表会」を行います。項目ごとに評価する「ルーブリック評価表」を予め公表しておき,発表会では教員はもちろん生徒も評価を行い,コメントを添えて発表者に渡すという生徒間相互評価を行っています。
項目 | 内容 | |
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スライド | 研究テーマを決めた背景 | 明確に書かれている。 |
リサーチクエスチョン | 十分な情報に基づき設定している。 | |
仮説,今後の方針や課題 | 具体的に書かれている。 | |
ポスター作成技術 | ○伝えたい情報だけを分かりやすく載せている。 ○図表やグラフ,画像などを用いて,人の目を引き,見やすいものになっている。 |
|
発表 | 話し方 | 聴衆の方を向き,原稿を見ないで話している。 |
発表時間 | 決められた発表時間にまとめている。 | |
質疑応答 | 自分たちの考えを回答しようとしている。 | |
発表内容 | スライドの内容(研究テーマを決めた背景,リサーチクエスチョン,仮説,今後の方針や計画)が十分に伝えられている。 | |
※各内容は4,3,2,1の4段階(3が標準)の基準を設けて評価しています。 |
【SS課題探究Ⅱ】
2年次必修,2単位,SSH特例による「総合的な探究の時間」2単位の代替科目
SS課題探究Ⅱでは,およそ半年をかけて実験・調査と分析を繰り返し,リサーチクエスチョンの解決に向けて取り組みます。その中で,大学の研究室や外部機関の支援を受けて研究を深化させたり(4.高大接続に向けた取組 (1)大学研究室接続 参照),大学生・院生のTAに支援を受けたり(4.高大接続に向けた取組 (2)課題探究TA支援制度 参照)と,高大接続の取組を推進しています。
また,SSH指定校として科学技術人材の育成に向け「アドバンストコース」を設置しています。高い研究意識を持つ生徒に対して特に重点的な支援を行い,質の高い研究成果と理数系人材の育成を目指すコースです。
最後に,今までの課題研究の集大成として,「課題研究発表会」において発表を行い,研究の成果を抄録にまとめます。ここでも,SS課題探究Ⅰと同様に,項目ごとに評価する「ルーブリック評価表」を活用して評価を行っています。
アドバンストコース | スタンダードコース | |
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研究手法 | 実験や調査の実施,結果の分析,研究成果のまとめや発表などを行う。(共通) | |
研究分野 | 特に理数系分野が望ましい。文系分野の場合も,分析に統計的手法を用いるなど,科学的な研究手法を取り入れることとする。 | 理数系・文系の制限はない。 |
外部連携 | 近隣の研究施設や大学と連携して精度の高い実験データを蓄積したり,その解析を重点的に継続したりすることで,質の高い研究成果を目指す。 | 基本的には校内で活動し,研究の過程で必要に応じて外部と連携する。 |
指導教員 | 9グループ程度に教員2名,理科教員を重点配置。 | 10~12グループ程度に教員1名。 |
大学生TA | TAが教室内にいる。その場で相談。 | 別の教室のTAを訪問する。 |
研究費用 | 実験に高額の装置等が必要な場合は,実験計画書の内容やプレゼンテーションにより研究内容を審査して購入を検討。 | 一定額の中で行う。 |
研究期間 | 3学年自由選択科目「SS課題探究Ⅲ」を履修して研究を継続・深化が望ましい。 | 2学年「SS課題探究Ⅱ」の中で完成が望ましい。 |
(1)大学研究室接続
令和4年11月から青山学院大学,麻布大学と高大接続に向けた打合せを重ね,令和5年度からSS課題探究Ⅱのアドバンストコースの研究グループが各大学の研究室と一緒に研究活動を進め始めました。生徒たちは自らの研究テーマを軸にしながらも,各研究室の専門的で高度な技術に触れ,大学の先生や学生に指導を受けながら,研究の質を高めていきました。大学の先生方にも,直接指導を受けたり大学の設備で実験したりするときは訪問,研究計画やデータ分析の相談などはオンライン,と研究の進捗状況に応じて柔軟に対応していただき,また授業時間外の放課後や長期休業中にも時間を割いていただきました。生徒たちは研究により熱心に取り組むようになり,また高校卒業後の進路選択にも影響を受けたようです。
<青山学院大学 理工学部 電気電子工学科 接続例>
5月 | 顔合わせ,研究室の紹介,研究のアイデア出し |
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6月① | ワイヤレス送電を用いた研究内容の候補を教授にスライドで発表 |
6月② | 前回教授に指摘されたことを踏まえて再度発表 |
6月③ | 学校にて実験の模型を3Dプリンタで作成する計画 |
7月 | 3Dプリンタのアプリを用いてコイル作成のための模型作り |
9月 | 研究室でペルチェ素子の動作確認 3Dプリンタで作成した模型を用いてコイル作成 コイルのインダクタンスの測定 ワイヤレス送電をする上で回路の電流を最大にするためのコンデンサの値の計算 |
<麻布大学 獣医学部 動物応用科学科 接続例>
5月① | 顔合わせ,研究室の紹介,研究のアイデア出し |
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5月② | 現在の研究テーマに行き詰まり相談(オンライン) |
6月① | 生徒自身の興味・関心を軸にした研究内容決め(オンライン) |
6月② | 研究テーマ決定。食肉の廃棄脂のハンドクリームなどへの再活用(オンライン) |
6月③ | 実験計画書の作成(オンライン) |
8月① | 研究室の設備を使用して牛・豚・鶏・馬から精油を抽出してハンドクリームを作成 |
8月② | 研究室の設備を使用して前回抽出した精油の成分分析,脂肪酸組成の測定 |
9月 | 作成したハンドクリームの性能評価のため,使用感を本校生徒にアンケート調査 |
10月 | 性能評価の結果と成分分析の結果を比較 成分分析の読み取り方や比較の仕方を相談(オンライン) |
(2)課題研究TA支援制度
SS課題探究において大学院生・大学生をTAとして招き,指導教員と共に生徒の研究活動を支援する制度です。生徒が課題研究において指導,支援を受ける機会が増えるだけでなく,年齢が比較的近いため研究の相談がしやすい利点があります。また,TAとなる大学院生・大学生にとっても,本校の指導方法や教材を知り,生徒へ指導,支援することが,大学での自身の研究活動の深まりにつながります。
TAの募集に関しては,東京都立大学の高大連携室に協力していただいています。連携室が東京都立大学の学生に募集して作成したTA登録者リストをもとに本校から依頼をする仕組みです。また,本校卒業生もTAに参加しており,TA登録者は年々充実しています。
月 | 回 | 参加人数 |
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5月 | 3 | 25 |
6月 | 4 | 41 |
9月 | 3 | 16 |
10月 | 3 | 26 |
SS課題探究Ⅱ TA登録者 16名(うち本校卒業生7人) | ||
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東京都立大学 | 大学院生 | 5人 |
同 | 学部生 | 9人(うち本校卒業生5人) |
他大学 | 学部生 | 2人(うち本校卒業生2人) |
(3)高大連携講座
プレ課題研究が終わり,本格的に課題研究を始める前に実施しています。本校と連携する大学をはじめ,近隣の大学の協力のもと,大学教員に本校の生徒に向けた講座を開講していただいています。本校生徒は自身の興味・関心のある講座を受講し,大学における専門的な学問・研究を実際に体験します。これにより,現代社会の諸課題や学問的見地での諸課題と解決のプロセスについて見聞を広げると同時に,それらの課題を生徒自身の興味・関心や問題意識と結びつけて生徒の知的好奇心を喚起し,自身の「課題研究」につながる課題発見力の育成,自ら問題解決を図る自主的な態度の涵養を図っています。
<令和5年度 高大連携講座 一覧>
回 | 大学 | 学科 | 講座名 |
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第1回 | 青山学院大学 | 地球社会共生学部 | 環境と自動車ビジネス |
麻布大学 | 動物応用科学科 | 卵をとおして世界の対立を理解しよう-ケージフリーの動きを考える- | |
臨床検査技術学科 | 細胞から分泌される小胞の紹介-核酸薬や再生医療への応用- | ||
食品生命科学科 | “食品成分”で痛みを和らげる?-人の触覚の感受性を調べてみよう!- | ||
東京都立大学 | 作業療法学科 | 「自分らしい生活」は何でできている? 〜作業療法の視点で考える,行為→生活→人生〜 |
|
人文学科 | つながるユーラシアの歴史~環黒海・ウクライナからモンゴル帝国まで | ||
東京理科大学 | 物理学科 | うつろいやすい物理学 | |
東北大学 | 地球惑星物質科学科 | 岩石の成り立ち:鉱物との関係 | |
第2回 | 麻布大学 | 獣医学科 | 地球温暖化を目の前にして-肉食の未来はどうなるか?- |
環境科学科 | 暑さ指数をとことん調べてみよう | ||
神奈川工科大学 | 電気電子情報工学科 | IoT機器制御講座 | |
情報工学科 | データサイエンスとAI | ||
北里大学 | 薬学部 | 薬はどのようにして創られる? | |
中央大学 | 文学部 | 「大学生は本を読まない」は本当か:情報社会における情報の読み解きかた | |
東海大学 | 情報通信学科 | フィッシング詐欺とそのおそるべき現状 | |
東京外国語大学 | 大学院総合国際学研究院 | ロシア・ウクライナ戦争と国際政治学/紛争解決論 | |
東京都立大学 | 機械システム工学科 | 医療を支える機械システム工学 | |
作業療法学科 | コミュニケーション・ロボットの体験と人の気持ちに対する効果 | ||
人文学科 | 日本列島の後期旧石器時代遺跡の年代を探る | ||
法政大学 | 社会政策科学科 | 地域の課題と解決手段としての自治体政策を知る | |
横浜国立大学 | 大学院工学研究院 | 化学反応の速度:基礎と応用 |
(4)サイエンスセミナー
高大連携講座と同様に,1年次に本格的に課題研究を始める前に実施しています。大学の先生や本校の卒業生から課題研究の取り組み方について講義を受けることで,プレ課題研究の取り組みを振り返るとともに,課題研究を行う上での知識や意欲の向上を図っています。大学の先生からは,高校での課題研究と大学での学びのつながり,これからの社会で必要な力と課題研究の意義について,ワークショップを交えて教わりました。また,本校の卒業生からは,自身の高校での研究活動を通して学んだことや研究をするうえでのポイントを,自身が行った研究の内容とともに教わりました。
ここまで述べてきた課題探究活動や高大接続の取組は,SSHの指定を受けた令和元年度から一層推し進めてきましたが,指導体制を確立するほどに,新たな課題が出てくるように感じます。特に課題研究活動においては,研究に対しての経験や知識が足りない生徒に対し,教員は生徒の興味・関心や主体性を重視しながらどこまで,どのように指導するのか…,毎回の授業で悩んでいます。「生徒の研究を教員も一緒になって楽しむ」「教員は,研究を行う生徒の伴走者」とよく聞きますが,こうした気持ちを大切に生徒と接しながら,指導の充実を目指したいと思っています。
また,本校では今後,大学で行われている研究活動やその指導法にも着目し,高校での探究活動が大学進学後の研究活動につながるような教育課程や指導法について開発していく予定です。生徒にとっても,高校での探究活動が,高校卒業後の進路志望と関連付き,将来社会で活きる課題解決能力を身に付けてほしいと思っています。