デオキシリボ核酸(DNA)は生命現象を支える最も重要な物質の1つであるが,自然な状態では肉眼で観察することはできず,その化学的性質について実感を伴って理解することは難しい。制限酵素を用いたプラスミドDNAの切断と電気泳動による可視化の実験が取り上げられているが,DNAを扱う実験は結果が予想しにくく,得られた結果について考察させることが難しいと感じていた。また,電気泳動とゲルの染色を50分の授業時間内に行い,実験結果を確認することができなかった。染色や撮影などを授業の時間外に教員が行うことで,生徒自身の実験に対する責任感や主体的に関わろうとする意欲を低下させるのではないかと思われた。
そこで,8分程度で電気泳動ができる高速泳動装置と,染色が不要なプレキャストゲル(既製ゲル)を用いて実験を行った。
DNA断片が分子量ごとに分離していく様子を観察することで,生命現象を支える物質に対する興味を深めるとともに,分子量や電離など物質の化学的性質とあわせた考察を促すことを目指した。
実験を行う前に,制限酵素のはたらきについて,いくつかの例をあげて認識配列について学習した。また,本実験で用いたプラスミドpUC19の全塩基配列から認識配列を探し,どのような塩基対の断片ができるか考えた。
マイクロピペットの使用法を確認したのち,プラスミド溶液と制限酵素溶液等を混ぜ,15分間反応させた。反応液は4℃で次週の実験まで保存した。偶数班は制限酵素を加えない条件とした。少量の液体を扱う難しさはあったが,慎重に操作する練習になった。反応を行う間に電気泳動の原理について学び(図1),マーカーと比較してどの位置にバンドが現れるか予想した。
図1 電気泳動のしくみに関するスライド
実験1の反応液について,LONZA Flash Gel システムを用いて電気泳動を行い,断片を確認した(図2)。ゲルにDNA蛍光染色液が含まれているため,泳動しながらバンドを確認することができる。実験室のスクリーンに動画を映しながら徐々に断片が分離されていく様子を観察した。泳動は8分行い,泳動を行いながら,どの位置にどのようなバンドが検出されるか再度予想した。
図2 実験手順のスライド
電気泳動像(図3)はその場で共有ドライブに取り込み,印刷して配布した。バンドの泳動距離を測り,マーカーと比較して断片の分子量の大きさを推定した(図4)。また,分子量とバンドの濃さとの関連や分子量が近い断片のバンドがどのように観察されるかなど,予想とは異なる点についても考察し,レポートを作成させた。
図3 電気泳動により分離したDNA断片
図4 結果の考察に関するスライド
本校では高校2年生の「生物基礎」において,学年全員が本授業に取り組んだ。DNA染色色素を含む既製ゲルを用いることで教員の準備を軽減し,1学年全員を対象として実施することができた。
週1回50分の授業を4回に渡って,事前学習・実験・結果の考察を行った。1クラスおよそ40名で実験を行う。プロジェクタで泳動像をスクリーンに映し,リアルタイムで全員が泳動を観察できることは,実験への興味を深めた。
1回目の予想ではひも状の泳動像を記入していたが,バンドが分離される様子を見ながら再度予想することでDNA分子のサイズをあらためて認識した生徒もいた。
提出されたレポートの考察について,予想との違いに関する記述の評価を行った。その理由を考えることで,DNA分子の性質への理解が深まると考えたためである。6割程度の生徒は予想との違いを指摘していた。また,3割程度の生徒はその理由を考えている。一方で正しく説明していたのはその半数程度であった(グラフ1)。
目に見えないウイルスへの対応に苦慮しながら学校生活を送る生徒たちにとって,今回の授業が目に見えない物質であってもその性質を理解し,科学的な視点から扱い方を考える一助になれば嬉しいと思う。