結晶の分野は構造を中心とした内容のため,文章では説明しにくい。そのため教科書や資料集の記載では,単位格子や結晶格子を図で説明し,理解を促すことに多くのページを割いている。これらの説明は,よくまとめられており,生徒の理解を大いに助けるものとなっている。
また,新型コロナウイルス感染拡大の影響でICTの進歩が加速したことにより,結晶の分野でもパワーポイントのアニメーションなどの分かり易い教材の開発が急速に進んでいる。こちらは,視覚的に捉えた教材として新たな授業展開に大きな影響を与えている。
しかし,三次元の構造を二次元で示すには限界があり,授業では依然として結晶模型が多く使われている。手に取って,様々な角度から観察できる模型はとても効果的な教材であり,生徒の理解を助けるものとなっている。実際に,結晶模型はしっかりしたものが多数販売されている。しかし,既製の結晶模型では教員が考えている詳細な説明がしにくかったり,高価なために多数購入できなかったりする。そこで,100円ショップで購入したキューブケースと発泡スチロール球で,提示したい結晶模型を複数作成し,生徒に効果的に示す教材として授業に取り入れている。
キューブケースと発泡スチロール球で作成した模型は粒子(発泡スチロール球)が大きく単位格子を示すには適したサイズである。しかし,面心立方格子(立方最密構造)と六方最密構造の積み重ねの違いや,結晶中の単位格子を説明するには,粒子の数を増やして結晶の全体像を示さなければならず,逆にサイズが大きすぎて見にくくなる。そこで,このような比較や説明には,粒子が小さく作成しやすいアクアビーズ(株式会社エポック社)を用いて結晶を作成し,結晶全体を効果的に示すようにしている。
今回の授業実践では,授業ノート(教科書,資料集,参考書をまとめて整理し,問題も用意されたもの)とパワーポイントを中心とした授業に対応したキューブケースと発泡スチロール球による結晶模型とアクアビーズによる結晶模型の紹介と,その効果的な利用方法を紹介する。
生徒は手元に授業ノートを用意し,プロジェクターのパワーポイントを見ながら授業ノートに書き込む形で授業が進む。授業中に残しておきたい事柄は板書していく。パワーポイントの中にはアクアビーズの結晶模型を画像としてはめ込み,全員が見えるようにする。また,プロジェクターと並行して,大画面のテレビに,キューブケースと発砲スチロール球の結晶模型やアクアビーズの結晶模型を実際に映し出して詳しく説明する。さらに,結晶模型を生徒に回して,実際に生徒が触りながら構造等を考えられるように進めていく。
以下に,実際に使っている結晶模型を分類別にいくつか示し,その使用方法を説明する。
図1のキューブケースの単位格子からは,単位格子中の粒子の数が簡単にわかる。また,図2のボール&スティックの模型を使用すると配位数がよりはっきりとわかる。図3の対角線に切ったものを使うと,格子の辺の長さと原子半径の関係が視覚的にわかり,充填率も計算しやすくなる。
図1
図2
図3
図4,図5のキューブケースの単位格子からは,単位格子中の粒子の数や格子の辺の長さと原子半径の関係が視覚的にわかり,充填率も計算しやすくなる。また,単位格子をいくつか並べた模型は配位数がはっきりとわかり,図6,図7のように色を塗り分けると積み重なる層を視覚的に示すことができる。
図4
図5
図6
図7
上述したもののうち,図6,図7のような各結晶における層の積み重なりは,キューブケースだけではよく理解できない。そこでアクアビーズの結晶模型を使用する。
図8
図9
図10
図11
図8,図9は手前から面心立方格子,体心立方格子,六方最密構造の結晶模型である。面心立方格子は1,2,3,1,2,3というように3層の繰り返しである。体心立方格子と六方最密構造は1,2,1,2というように2層の繰り返しである。それぞれの結晶から単位格子(図10)が取り出せるように工夫してある。面心立方格子の単位格子は,図6の頂点にある白球を上下にして色の層が地面と平行になるように配置されている。体心立方格子の単位格子は,図3の対角線に切った面が地面と平行になるように配置されている。また,図11の左図が面心立方格子と六方最密構造の層で,角度が60°(120°)であり最密となっている。図11の右図が体心立方格子の層で,角度が70.5°(109.5°)となり,最密構造と比較して粒子の隙間が大きい。
図12のキューブケースの単位格子を確認すると,体心立方格子の単位格子の中心が陽イオン,頂点が陰イオンになったような構造である。この模型から配位数もはっきりとわかる。アクアビーズの結晶では,体心立方格子と同様に単位格子が90°傾いた状態で結晶中に配置されており,結晶から単位格子を取り出して確認できるように工夫してある(図13,図14)。図15の上図2つは限界イオン半径比(8配位)で作成したもの,下図2つは限界イオン半径比ではないもので,比較ができるようにした。
図12
図13
図14
図15
キューブケースの単位格子を確認すると,面心立方格子の位置に陰イオン,その6配位の間隙に陽イオンが入った構造である(図16)。図16の単位格子は限界イオン半径比における塩化ナトリウム型のイオン結晶であり,図17の単位格子は限界イオン半径比ではないものである。図18,図19はアクアビーズで作った塩化ナトリウム型の結晶格子である。劈開面や結晶中の単位格子の配置がわかるように,単位格子を取り出せるように工夫してある。図20,図21は限界イオン半径比における塩化ナトリウム型の単位格子をアクアビーズで作ったものである。6配位でも間隙に入る粒子はかなり小さくなることがよくわかる。
図16
図17
図18
図19
図20
図21
キューブケースの単位格子を確認すると,限界イオン半径比にすると面心立方格子の位置に陰イオン,その4配位の隣り合わない間隙に陽イオンが入った構造である(図22,図23)。閃亜鉛鉱型でもキューブケースの単位格子からは,単位格子中の粒子の数が簡単にわかる。また,ボール&スティックの模型(図23)を使用すると配位数がよりはっきりとわかる。
図22
図23
キューブケースの単位格子を確認すると,限界イオン半径比にすると面心立方格子の位置に陽イオン,その4配位の間隙に陰イオンが入った構造である(図24,図25)。フッ化カルシウム型でもキューブケースの単位格子からは,単位格子中の粒子の数が簡単にわかる。また,ボール&スティックの模型(図25)を使用すると配位数がよりはっきりとわかる。
図24
図25
図26~図28は面心立方格子の6配位の間隙に赤のスチロール球を,4配位の間隙に青のスチロール球を入れたものである。図27のように中が見られたり,図28のように対角線でカットしたりすることによって,それぞれのイオン結晶の違いや配位数,限界イオン半径比を視覚的にも捉えられ,生徒が自発的に考えられる手助けとなっている。
図26
図27
図28
ダイヤモンドは正四面体構造で,図29,図30のようなものがよく取り扱われる。また,図34,図35のような単位格子も取り扱われる。しかし,図30の結晶と単位格子が結びつかない生徒が多いため,この2つの構造を結びつけるために図31は結晶から単位格子を取り出せるように作成した。図32,図33は単位格子の1/8の部分で,体心立方格子で隣り合う頂点を取り除いた構造になっており,それが正四面体構造であることに気づかせることも可能となっている。図36の単位格子を対角線に切ったものを使うと,構造がはっきりと理解でき,金属に比べて疎になっていることもよくわかる。
図29
図30
図31
図32
図33
図34
図35
図36
図37はグラフェンで,図38,図39はグラフェンの間にキラキラビーズを挟んで層をずらし,黒鉛を表現した。層間を長くしたいところであるが,今回はそこまで作成できていない。
図37
図38
図39
アクアビーズは小学生の女子がよく使用してなじみ深いものであるため,理系に進む女子には親近感がある。また,立体がイメージしにくい生徒には大きな助けとなるばかりでなく,作成した教員の理解が深まることもメリットとしてあげられる。
結晶は化学の範囲であり,3年生で学習する学校が多い。3年で文系へ進む生徒は模型に触れることができない。また,理系へ進む生徒も受験勉強のために模型を自作する時間が取りにくい。結晶を身近にさせるために,化学基礎の範囲で楽しみながら結晶を作成でるように構成することが今後の課題である。