普段の授業の中で,物理量の変化を推定,予測させると,比例関係に拘った回答が多く見られる。確かに水溶液の溶質と濃度の関係など,これまでの学習内容には比例関係が成立するものが多い。しかし,身の回りには反比例やべき乗の関係も多く見られる。これらの変化は対数目盛をとることにより,グラフを直線化することができる。今回,対数グラフの作成を通して,現象を数学的に扱う試みを行った。
高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説数学編 理数編に,「問題発見・解決の過程を遂行するためには,事象を数学化したり,数学的に解釈したり,数学的に表現・処理したりすることが必要である。」とあるように,物理の学習では現実の世界を,数学を用いてモデル化して解析・予測することが極めて重要である。
また,近年ではグラフをExcelなどのソフトを用いて描くことが多いが,今回の学習では対数グラフ用紙に自分の手でプロットし,直線を描かせた。対数関数は数学Ⅱで学習しているために,数式を見て計算することはできる。しかし数学の授業では対数グラフ用紙を用いることまでは行わないので,生徒は対数軸の見方が分からず,どのようにプロットしていいのかが皆目見当が付かない。知識としてはが存在しないことを知っていても,対数グラフにはゼロ点を記入してしまうことも見られる。
しかしこの経験を通してこそ,対数というややなじみにくい関数が具体的にイメージできるようになるのであり,自らの手でグラフを描く価値があると考える。更に探究活動では,作成したグラフから内容を適切に読み取ることが重要である。
今回は実習の課題に,対数グラフで直線になる例として自然界に見られる4つの実例を取り上げた。これは自然界の現象が持つ規則性を解析する方法の一つを学ぶ,という意図によるものである。
変数をxとしたとき,
のような変化をする現象は自然界でよく見られる。例えば放射性物質の崩壊では,となる式に従う。この形の変化は,片対数グラフでy軸を対数軸にとると直線になる。
一方,惑星の運動に関するケプラーの第3法則のように,
に従う現象も数多い。この形の変化は“べき乗変化”と呼ばれ,両対数グラフ(x,y軸とも対数軸)では直線になる。
アンモナイトや巻貝の殻は,“対数螺旋”(等角螺旋とも)と呼ばれる螺旋構造を持つことが知られている(一方,蚊取り線香のようにピッチが一定の間隔を持つものは“アルキメデス螺旋”と呼ばれる)。宮永(2003)によれば,対数螺旋は次の式で表される。
(a,bは定数)
ここでrは定点Oから動点Pまでの線分(動径)の長さ,θはラジアン単位で測った基準線と動径とのなす角である(図1)。今回の授業の時点では,数学で自然対数の底e(ネイピア数)を学習していないこともあり,螺旋が基準線を横切る()点について,中心からの距離rが等比数列になることを見た。
今回の実習に用いたのは,白亜紀・マダガスカル産のアンモナイトのスライス標本である(図2)。片対数グラフ用紙の縦軸に壁の中心Oからの距離r〔mm〕,横軸に中心からの溝の番号をとり,描かれたグラフ(図3)を解析することにより,溝の番号が一つ大きくなるごとに中心からの距離が約2.2倍になっていることから,溝の番号をnとしたとき,
と表すことができた。
巻き貝などの殻が対数螺旋となっている理由は,佐藤(1999)や高木(1997)によれば,体の成長に伴い,殻の縁に新しい殻を継ぎ足していくことで,体の形が変わらずに大きくなることによる。
惑星の運動に関するケプラーの第3法則は,例えば啓林館の物理 改訂版(2018)には,「公転周期Tの2乗と,楕円軌道の半長軸 a の3乗の比の値はすべての惑星について同じ値である。 (kは一定)」とあり,この関係は,高校物理では惑星が円軌道を描く場合を対象に,万有引力と遠心力のつり合いの式から導出している。
図4 惑星の公転周期と公転軌道の半長軸
理科年表(2014)に掲載されている各惑星の公転周期T〔年〕と公転軌道の半長軸a〔AU:天文単位〕の関係を両対数グラフ用紙にとると,直線上に乗る(図4)。このグラフを解析することで,
の式が得られた。
地震・火山の事典(1993)によれば,「大地震は滅多に起こらないが,小さい地震はときどきある。このような経験的事実を数量的に表現したのが,グーテンベルグ・リヒター(Gutenberg・Richter,1941)の地震の規模別頻度に関する式である。ある地域で,ある期間に発生する地震のマグニチュード(M)別の回数n(M)はほぼつぎの式で表わせる。
logn(M)=a-bM n(M)はあるMの区間(M+dM)における回数,a,bは定数。」と述べている。
理科年表(2014)には,日本の周囲で1961年から1999年に発生した地震の規模(マグニチュードM)と発生回数を示した表が掲載されている。この関係を片対数グラフ用紙で縦軸に発生回数,横軸にマグニチュードMをとったグラフは,右下がりの直線になる(図5)。このグラフをグーテンベルグ・リヒターの式に当てはめると,次の通りになる。
M5からM7の範囲では,この式がよく当てはまっているが,西村(2015)によれば,M5より小さい地震はノイズに埋もれてしまい,一方M8以上の地震は絶対数が少なく,観測データが不足していることに注意する必要がある。
図5:日本の周囲で発生した地震の発生回数と
マグニチュード(1961年から1999年)
また,このグラフはどの部分も,他の部分と相似であり特徴的なピークを持たない。このことをブキャナン(2009)は,典型的な大きさの地震は存在しない,と述べている。
動物は小さいものほど,心臓の1回の拍動に要する時間が短いことが知られている。理科年表(2014)のデータを元に,両対数グラフ用紙の縦軸に心拍周期T〔s〕,横軸に体重W〔kg〕をとったグラフは右上がりの直線になる(図6)。
図6 哺乳類の心拍周期と体重
このグラフの解析からは,
の関係になった。本川(1992)はこの式を,
と記しており,『「動物の時間は体重の乗に比例する」』(本川,2018)と述べている。
今回の内容を,1グループ4人構成でそれぞれが異なる課題に取り組んだ。生徒は対数グラフ用紙の使用が初めてなので,目盛の見方について予め解説し,更にそれぞれの課題についてグラフの概形を示した紙も配付してから,データのプロットを行った。
そのためグラフを描くことは多少の混乱はありながらも進めることができた。しかし作成したグラフを数式化するため,作業の手順を示したワークシートに従って解析を行うことには苦労しており,特に両対数グラフの解析に手こずっていた。その原因としては,対数の理解及び指数関数に関して計算練習だけではない,関数そのものに対するイメージが持てていないことのように思われる。
それでも生徒はアンモナイトの殻について等比数列の式を導くことができたり,ケプラーの第3法則について,ほぼ乗に近い値を導いたりしていた。これまであまり扱ってこなかった,べき乗則などに対する理解の第一歩になったと考えている。
実習を行うに当たって苦労したことの一つは,対数グラフ用紙の準備である。大きな店の文具売り場に行ってもなかなか見当たらなかったが,東急ハンズでやっと見つけることができた。もちろんインターネットでの入手は可能だが,目に触れる機会が少ないものを生徒が購入することは期待できない。授業の場における紹介が重要であると感じた次第である。