本校では3年生を対象として,「総合的な学習の時間(総合的な探求の時間)」が開始されるよりも前から「特論」という授業を開講しています。それぞれの担当者が自己の研究内容や専門性を生かし,高校の教科という枠を飛び越えた学びを展開するものです。そのうちの1つが「数学特論」です。1年間という期間を利用して,ある教員の年度は整数論,また別の年度は数値解析と,年度によってガラッと異なる内容になります。「総合的な学習の時間」の1つとして開講されている現在は「数学研究」という名称になっておりますが,この精神は継承されております。
私は講座を担当して6年目になります。他の魅力的な「○○研究」も多数開講されていますが,数学の苦手な生徒の中からも和算をやるらしいという評判を聞きつけて受講してくれるのは,うれしい限りです。(この講座は数学Ⅰ・A・Ⅱまでの知識を前提としており,数学B・Ⅲを受講していない生徒でも選択できます)ここでは,私が「数学研究」で行っている授業を紹介いたします。
私の大学での専攻は数学,複素解析です。副専攻制度のある学部であり,そこでは国文学を選択していました。江戸時代初期の笑話集『醒睡笑』の影印を少しずつ読み進めていく演習です。変体仮名との格闘だけで時間を費やしていましたが,その調べ物をする最中,和算の本に出合うことがありました。和算の傍書(数式)は一見とっつきにくいですが非常に論理的に書かれており,演算についても,縦書き・逆ポーランド記法(日本語での読みを数式にしているので当然ですが)であることに注意すれば非常に読みやすいです。和算というと論証や説明の乏しさが話題になることもありますが,よく見てみると,そのための「ことば」を持たなかったがゆえのものであり,和算家は必死に説明を試みていた……ように私には思えたのです(個人的には,建部賢弘には特にこの傾向が強いと感じています)。個人の趣味として少しずつ楽しんでいたのですが,「数学研究」を担当することになり,これを1年間の授業という形でまとめ,生徒と共に楽しむことにしました。
江戸時代後期の和算書『算法助術』には105の助術(公式)が掲載されています。助術のみで証明はありません。傍書のみを理解すればよいので,変体仮名を読む練習をすることなく和算書の影印に触れることができます。また公式について,昔の証明方法と現代の証明方法の両方を検討することで,自分の数学理論の土台を見つめなおすことができます。参考文献も多く,授業で触れる和算書としては最適だと実感しております。
最初のほうは,傍書を読み解くだけでせいいっぱいですので助術自体は軽めです。徐々に重くなり,学期末のゴールは「デカルトの円定理(図1)」に設定しています。
図2は助術の3番です。1辺の長さが1である正五角形について,該当する線分の長さを求める助術です。和算では基本的に,現代でいう「角度」という概念が存在しません。この助術も結果の式を見る限り,三平方の定理を駆使しながら力いっぱい計算しているようです。授業では,三角比やトレミーの定理を用いた解法も紹介します。
図3は助術の25番です。現代でいう「正弦定理」に相当するものです。三角比が使えませんので,直角三角形の線分比を用いて記載されています。これも,教科書であれば直径を斜辺とする直角三角形を描いて「円周角の定理」で証明するところですが,現代においては少しなじみにくい補助線を引いて証明しています。
図4は助術の36番,37番です。あえて現代で該当する定理を探すと「ヘロンの公式」「ブレートシュナイダーの公式」になるでしょうか。算法助術には,面積に関する助術はほとんどありません。それを不自由と捉えることもできますが,その枠の中でできうる内容を探していると読み取ることもできます。(ちなみに,円に内接する多角形であるという条件を加えることで,角度に言及することが避けられています)
このような助術の紹介の合間を利用して,江戸時代の数値計算の基本を学んでもらうために,「さしがね」を用いた作図をすることや,特殊な貨幣計算である「九六銭」の計算方法に触れることを行っています。助術も後半になると,算変法(反転法)や側円(楕円)に関するものが出てきます。数学Ⅲを選択していない生徒も多いので今は授業では触れていませんが,将来何らかの形で紹介していきたいと考えています。
2学期以降は生徒自身が問題を作成する側に回ります。「算額をつくろうコンクール(特定非営利活動法人「和算を普及する会」主催)」に応募する作品を作成します。締切は1月中旬ですので,それまでの4か月あまりをその準備に充てることになります。ここでは原則として,こちらから教員としてのアドバイスを行うことはありません。計算や表現方法の間違いといった,最低限度の指摘は行いますが,どちらかというと作品の1ファンとしてとにかく長所を伸ばすことを心がけます。「算額のプロは誰もいない。だからこそ自由に表現し,みんなのいいところを見つけよう」という方針です。最初は「とにかく褒める」授業に戸惑う生徒もいますが,この空気感を共有できると,自分の考えをためらうことなく表現することができます。また,あまり乗り気でなかった別の生徒にもやる気が見られるようになります。普段の数学の授業ではなかなか同様にはいきませんが,私自身,考えさせられることが多いです。ここでは,過去の受賞作品の中から,生徒の典型的な作問傾向を挙げていきます。
生徒自身の中に題材がはっきり見えている作品です。さらに完成時期によって2つに分かれます。
1つ目は,初稿(夏休みの宿題)時点ですでに完成しているものです。図5は完成版ですが,2学期に行ったことは,色やレイアウトの微調整のみです。校章をモチーフに空間図形の問題を作る,という明確な意思を持って取り組んでいました。打ち合わせでも,算額の問題検討より数学の雑談の時間のほうが長かった印象があります。ただし,図の色合いや問題,答え,図のレイアウトの方法についてはオーソドックスな算額の表現に忠実です。むしろ,その部分で奇をてらわない方が作品としての質が高まる,と判断しました。
2つ目は,推敲後の2回目の提出(10月中ごろ)で変化がみられるタイプです。図6は初稿時点では,同じ折り紙の問題でも,風車型を作ってその面積を求めるというものでした。折り紙は毎年人気のモチーフであり,あまり目立った内容ではありませんでした。ところが,推敲後に変化を遂げます。他の生徒の作品がよほど刺激になったのか,この生徒は折り紙の本を読み込みます。実際に紙を折ることで,この作品にたどり着いています。(実際,私の手元にはこの生徒が作成した折り鶴の図面が今でも残っています。裏面は英語のプリントです。英語科の先生,申し訳ありません。)
図5
図6
このパターンの生徒は,数学を得意としていることが多いです。生徒自身の作成欲やプライドを上手に刺激してあげることで,その力を伸ばすことができると考えています。
時節のことがらを入れたり,1枚のポスターとしての完成度を高めることでも,算額としての完成度を上げることができます。この観点は数学の問題を作成するときにはあまり見えない発想かもしれませんが,相手に問題作成者の思いを正確に伝えるためには何を行うべきか,というところで示唆に富む内容になっています。
時節のことがらは,あまりにも典型的だと他の生徒と「カブって」しまうので,その匙加減が難しいです。図7はコロナ禍の直前での作品であり,東京オリンピックを題材にしています。使っている公式自体は1学期に学んだ『算法助術』にも掲載されている公式です。ここでは公式の詳細には触れずに,オリンピック前に台風が来る,それを防ぐためにパソコンの画面に指令が入るという物語を採用しています。画面のフォントへのこだわりや,キーボード部分の描写の取捨選択など,徹底的に私や他の生徒たちに聞き取りを行って見やすくし,物語に入っていくように工夫しています。
折り紙を使う例でも,生徒によってアプローチが違うのも面白いところです。図8は,周囲の生徒の意見を取り入れながら完成度を高めた一例です。当初は,もっと複雑な折り紙を考えていましたが,質疑応答の中で,これではうまく周囲に伝わらないということを悟ったようです。本当に伝えたいものは何か,ということを考えながら,内容を「引き算」で絞った結果といえます。単純に減量しただけではなく,「折り紙の厚さは考えない」など,細かい文言まで手を抜かない様子が光っています。
図7
図8
このパターンの生徒は,意見を素直に聞き入れることが多いですが,反面,自分の意見を固めることが難しい場合があります。変えるもの,変えないものを明確にすることで作品に一本,筋の入ったものになります。
問題作成に悩んだ場合に教科書を見る生徒も多いです。もちろん,そのまま問題を写すようでは感心しませんが,多数の執筆者が関わっているということで,教科書はよきお手本です。示唆に富む図も多いです。図9は最近の作品です。図10にある教科書の作図問題からヒントを得ています。数学Aの作図解の授業,数学研究での「さしがねによる作図」の授業といったところに感銘を受けており,それを形にしています。過去の経験がふとした形で活かされることがあるのも,算額の面白いところです。
図9
図10
「数学研究」と称していますが,この授業を計画・実施するためのやる気の源が,私の趣味から発していることは紛れもない事実です。それを分かったうえで「総合的な探求の時間」という形で受け止めていただいている同志社中学校・高等学校および熱心に学び,多様な気づきを与えていただいている「数学研究」の生徒のみなさん,またこのような紹介の場をご提供くださった新興出版社啓林館のみなさまに心より感謝申し上げます。
【引用文献・参考文献】