高等学校学習指導要領では,育成を目指す資質・能力の三つの柱のうちの一つを「学びに向かう力,人間性等」としている。また,中央教育審議会(2016)は主体的な学びの内容の一つを「見通しを持って粘り強く取り組み,自己の学習活動を振り返って次につなげる」としている。このように,どのように学ぶかが現在の学校教育の焦点の一つとなっている。私自身の授業を振り返ったときに,現状のままの授業でよいのか,という思いがあった。いくつかの方法・実践を模索している際に,OPPAというものを知り,約一年間実践を行った。本稿では,その実践の報告を行いたい。
OPPAとはOne Page Portfolio Assessmentの略であり,教師のねらいとする授業の成果を学習者が一枚の用紙(以下,OPPシート)の中に学習前・中・後の履歴として記録し,その全体を学習者自身が自己評価する方法である。生徒が自身の考えや学んだことを言語化することで,自らの学びをメタ認知できると考えた。さらに,その一覧性の高さが生徒の学習に好影響を与えると思い実践に至った。
令和4年4月から第一学年の5クラス200名を対象として,数学Ⅰ(4月から11月),数学Ⅱ(12月以降),数学Aで実践を行った。授業は50分で,最後の5分はOPPシートに記述をする時間に充てる。授業後,OPPシートを回収し,コメントを付して返却する。単元やある程度のまとまりの学習(以下,単元等の学習)を終えた後はOPPシートをノートに貼り,いつでも参照できるように指導している。
OPPシートには四つの項目を設けている。一つ目は「学習前の問い」である。単元等の学習の前に教師が生徒に「これだけは理解してほしい」ことや「この問題について考えを深めてほしい」ことを問う。その回答・解答を授業づくりの参考とする。二つ目は毎回の授業中に記入する「授業の中で最も大切だと思うこと」である。授業のまとめ,というよりも生徒が大切にしたいことを書いてもらう。授業者としての目標は,生徒がこの項目に授業のねらいを記入することである。三つ目は「学習後の問い」である。ここで問う内容を「学習前の問い」と同一にすることが肝である。単元等の学習の前後における同じ問いに対しての回答・解答を比較することで,生徒が自分の変容を可視化し,何を学んだかを認識しやすくなる。最後の項目は「学習前と学習後を比べたときの生徒の考えの変化の記述や感想および質問を含めた自由記入欄」である。OPPシートの記述の履歴から,何をどのように学んできたかを言語化することで数学や学びそのものを有意義に感じてもらいたい。
OPPシートの一例
OPPシートを教材として利用した授業を紹介する。単元は数学Ⅱの式と証明で,等式・不等式の証明を扱った。ここでは等式の性質,不等式の性質および実数の性質などを根拠として,式の証明の基本を学習する。証明の際には,他者に自分の考えを分かりやすく伝える力や式変形の技能が求められる。これまでの僅かな指導経験から,等式・不等式の証明において生徒は混乱することが多く,指導にあたって課題を感じていた。原因は証明をするにあたり,抽象的な議論が求められ,何から始めて,どのようにして結論に至るか,の見通しを持てないことにあるのではないかと考えた。個人的には,他の単元が「縦に積み上げるイメージ」であるのに対して,この単元には「選択肢が多くなり横に広がるイメージ」がある。その点も生徒の理解を妨げていると考えられる。そこで,一通りの証明の型を学んだ後に知識・技能を整理する必要性を感じたため,以下のような流れで授業を行った。
(1)個人で等式・不等式の証明で学んだことを思い出し,ノートにまとめる。
(2)(1)でまとめたことをグループで共有し,不足分は補う。
(3)等式・不等式の証明問題に個人またはグループで取り組む(個人かグループかの判断は任意)。
(4)(3)で取り組んだ問題について教師が板書し,答えを確認する。
(5)OPPシート(等式と不等式のOPPシート)を用いて等式・不等式の証明で学んだことの振り返りを行う。
生徒の様子の概況について述べる。(1)と(2)では,何を見てもよい,という指示をしたところ教科書やノート,そしてOPPシートを参考にする生徒も見られた。(3)では,プリント(プリント・解答)の証明問題に取り組んだ。生徒には3問とも正解できるようにしよう,と呼びかけたものの時間が足りず多くの生徒が2問に留まった。しかしながら,(1)~(3)で生徒は意欲的に活動しており,ノートや過去のOPPシートの記述を見ながら,どうにかして正解に辿り着こうとする姿があった。授業後にOPPシートの最後に紹介した項目「学習前と学習後を~(中略)~を含めた自由記入欄」」に生徒が書いたの記述の一部を紹介する(一部,筆者により修正)。
〇 等式を証明する方法がたくさんあって,証明の手段が増えました。(左辺)-(右辺)>0を使うことで不等式の証明をできることが分かりました。1つの証明問題でも多様な方法があると感じました。
〇 AとBの大小や比例式を使ったり,相加平均と相乗平均を使ったりなど様々な方法があって面白いと感じました。どの方法がこの問題に適した考え方なのかを見つけるのが難しいと思いました。
〇 学校でこの単元に取り組む前にほんの少しだけ勉強していたのですが,今回の学習で深く勉強したことにより,頭がぐちゃぐちゃになってしまいました。個人でも勉強したいと思います。
〇 学習前は証明する方法が1つも分からなかったが,学習後は証明する方法が多数分かり,問題に合った証明方法が区別できるようになった。
〇 不等式や等式は証明の仕方が色々あって,証明するときに頭がごちゃごちゃになってしまうなと思いました。
1学期末に実施したアンケート(n=183)では「OPPシートが学習の役に立っているか」という問いに対して6割程度の生徒が「役に立っている」と回答した。この結果から,OPPAが当初の目的「生徒が自らの学びを言語化することで学習に好影響を及ぼし,生徒のメタ認知を図る」ことを達成しうる評価方法として十分に機能することを示唆していると考えられる。実践の中で感じた想定していた以外のメリットとして,OPPシートから生徒が誤った理解をしていることが分かれば,次の授業時に再度説明を行ったり,曖昧な記述をしている生徒に追加の質問をすることで言語化を促したりできることが挙げられる。OPPAは,観点別評価における「主体的に学習に取り組む態度」との親和性も高く,そのポテンシャルは高いと感じている。留意事項としてはOPPAのような生徒の自己評価を評定に取り入れるかどうかは慎重に判断すべき,ということである。評定の材料にすると,点数が高くなるような,つまり本心ではない記述が増えることが懸念されるためである。梶浦,小林(2021)は,振り返りを評定に結びつける評価に使わないようにすることで,生徒は理解したことや分からなかったことを赤裸々に書くようになる,という指摘をしている。
課題は①生徒がより深く内省するための方策の探求,②持続可能な取り組み方の開発,の二つ。
①について述べる。生徒によっては記述の程度にばらつきが生じる。特に,内容が抽象的になると顕著になる。それも把握できることがOPPAの良さではあるものの,多くの生徒が(可能ならばすべての生徒が)学びを言語化できるようになって欲しい。どのように働きかけたり,発問をしたりすれば,生徒の内省を促せるかを模索していく必要がある。
②はいわゆる働き方改革にも関わってくるが,毎回の授業で40名程度のOPPシートに目を通し,気になるものについてコメントを付して返却するというのは,多くの時間を要する。実際には1日に授業は3~4コマあるため,1日に120~160枚の量になる。一時期,コメントを簡素化したこともあるが,これはその時期の生徒の記述にマイナスに働いた,と感じている。
課題①と②の間で,あちら立てればこちらが立たぬ,というジレンマがある。この状況を打破あるいは改善できるシステムの構築やICTの利用などは今後の検討事項である。
【引用文献・参考文献】