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数学

数学の授業のハイブリッド化~プロジェクターの活用と板書~

山口県立徳山高等学校 西元 教善

1.はじめに

学校現場にもデジタル化が進み,生徒一人一人がタブレットを貸与されて授業等で活用している。数年前,当時勤務していた中高一貫校で開催された中高一貫教育授業発表会において電子黒板を使った授業を行ったら「数学教員が板書をしない授業」が新奇に映ったという感想があった。パワーポイントの画面をスクリーン上ではなく電子黒板に映し出したのであったが,パワーポイントの特性(たとえばアニメーション機能)を使い,板書にかかる時間を節約し,その結果,授業が円滑で内容豊富であったことが評価された。

その後の転勤先の高校(前任校)では,一人一台タブレットが実現し,その活用のために電子黒板が各クラスに設置され,授業のデジタル化が急展開するようになったのが昨年4月のことである。これまでの所謂「Talk & Chalk」の授業ではどうしても板書にかかる時間のために授業進度を思うように速めることができず,章末問題や教科書傍用問題集の問題演習に充てる時間が不足していた。

個人的に昨年度は授業革新の年と定め,これまでの板書を止めてすべての授業を,電子黒板を使った「オールデジタル化」授業とした。その結果,授業の進度はこれまでよりも格段にアップし,問題演習の時間,授業の練習問題を解かせる時間も十分確保できた。また,黒板を写すことが授業であると思っている生徒の意識改革,口頭だけでは耳を素通りしてしまうことも事前に精選準備した文言として映し出すことで記憶に留めることができた。

以前の板書であれば,黒板消しで消し始めると生徒から絶望的な「あ~」という声が聞こえたが,再現が容易にできるので授業中でもリクエストに応じてプレイバックもした。いいこと尽くめのように思えたが,ある女子生徒に「電子黒板による授業をどう思うか。」と尋ねたら「黒板に書く方がよい。目で追っていけるから。」という意見が出た。確かに「パッと出て,パッと次に行く」こともあり,黒板に書く,黒板を消すといった間がなく所謂「間抜け」になっているのかもしれないと反省したが,その生徒も1年経つ頃には「電子黒板による授業もいい。」と言った。

2年目はもっとブラッシュアップしようと思っていたら,転勤となった。転勤先は県内でもトップクラスの進学校であったが,教室には「電子黒板」ではなく黒板に映し出すタイプの「プロジェクター」が設置されていた。操作にも慣れず,万事休すであったが,新たな活路を見出した。それがプロジェクターと板書による「授業のハイブリッド化」,アナログとデジタルの両立である。

2.授業で使うPDFについて

前任校は授業が始まっても教科書を開かない生徒,どこを説明しているのかわからない生徒もいたので,教科書のどのページの何行目あたりの内容を説明しているのか,また教科書では説明が省略してあることもあり,生徒自身も躓きそうな箇所やどの内容が重要なのかがわからなかったりするのでそれを補足,注意喚起できるようにしたいと考えた。

私は「電子教科書」は使わず,自分のこれまでの数学教員としての研究・実践経験の蓄積を反映できる活用方法を採択した。まず,教科書を見開きで全てスキャンし,見開き2ページ分すべてをJPEGで保存し,それをWord上にコピーし,内容に応じてトリミングして,それぞれに1ページの補足解説,解答と解説等をつけた。教科書2ページ分がWordの6~8ページになり,作成には数時間を要した。それをPDFにして,Google ドライブのマイドライブにアップロードする。

教科書では「紙面の都合」で細かい計算を省略し,「整理すると」,「これを解くと」,「変形すると」と一言で片付ける傾向があるが,数学が苦手な生徒はそこがわからない,できないことが多い。電子黒板ではタッチペンで字を書くこと,図を描くこと,ラインマーカーを引くことも出来るので,説明をしながらさらに書き加えていく。全体を見せるとどうしても字が小さくなるので必要に応じて拡大をする。強調したいときも拡大する。教科書の説明よりも求めやすい方法や説明の省略部分を空きスペースにしっかりと書き込んだ。

3.電子黒板・プロジェクターの活用

これまで,生徒の授業アンケートの中で問題を解く時間が欲しいという要望が多くあった。しかし,いざ問題を解く時間を与えても効果的な問題演習の時間になっていないとか,節末,章末問題を当てて次の時間に板書するように指示しても解いて来ない(解けないから書けない)生徒が多く,そのため活かされない時間になることが多かったが,前者については電子黒板で改善された。

問題を解かせる時間では,省略されることの多い細かい計算もきちんと書き,作成する上でのポイントも示した解答・解説を電子黒板に映し出し,見なければできない生徒は見て,わかったらその後は自分で続け,見なくてもできる生徒は答え合わせに使った。これまではこのような解説は十分にできなかった。生徒が板書した解答の添削の結果,赤チョークが元の板書をわかりにくくさせたり,元々生徒の解法に問題があったりすることも多く,効果的でないことがあったが,指導者が模範解答と生徒の躓きそうな箇所を予めサポートすることが可能になり,教育的効果が期待できるようになった。

授業が終わってもある個所について,あるいは解答をもう一回見せて欲しいと言われたことは何度もある。知りたい(わかりたい)ときに知らせる(わからせる)ことができることは大切である。簡単に素早く再現できることは電子黒板のよさである。

(1)教科書解答編の活用

節末や章末の問題では教科書の解答編を活用している。数学が苦手な生徒の多い前任校では,教科書の解答ではわかりづらい。PDF化された解答編から問題1問分を画面いっぱいにして見せ,生徒がわかりづらいであろう箇所(計算の省略,何の公式や定理,性質を使っているか)をタッチペンでマーカーを使って補足,強調しながら解説をする。板書すればかなりの時間がかかる作業が一瞬でできる。解説を聞く,そして理解することに専念して欲しいが,やはりノートに写す生徒もいる。後で復習する,他の問題の参考にするには必要なことでもあるから否定はしない。さまざまな活用の仕方があってよいだろう。

(2)問題集解答編の活用

前任校では,教科書傍用問題集の解答編は配布したが,問題演習の授業で使用する問題集の解説編は配布していなかった。この場合は解答編を電子黒板に映し出し,何問かは解説し,残りは生徒に解かせた。自力で解ける生徒は電子黒板を見ないで解き,電子黒板に映し出された解答を見て答え合わせをする。きっかけ(解けるヒント)が欲しい生徒はその解答の出だしを一瞥してから解き,わからない生徒は見ながら解くというように生徒のレベルに応じた使い方をさせる。ある程度の時間が経過したときに,電子黒板を使ってポイントを解説した。

(3)考査前等の生徒の質問対応への活用

考査前に生徒が質問に来ることがある。これまでは職員室前の長机で対応していたが,現在では教室に行き,電子黒板の前に着席させ,問題集や教科書の問題の解答を映し出し,解説するという対応ができるようになった。授業時では大勢の中で質問することへの躊躇がある生徒も,わからない箇所を正直に質問した。
授業で扱った問題や扱わなかった問題の解答もすべてGoogle ドライブにアップロードしてあるので,即座に提示することができる。紙に書いて説明するとき,無から徐々に解説を進めていくことは良い点でもあるが,どのような展開になるかがその時点ではわかりづらい。その点,電子黒板ではその問題の解答を画面に大きく映し出し,解説をすることで,今どこをやっているのか,それが問題解決のための何になるのかがわかりやすいというよさがある。大概,数学が苦手な生徒は自分の不勉強を棚に上げ,問題集の解答に「説明不足で不親切」という印象をもつ。生徒自身の学習不足,理解不足に原因があるが,数学が苦手な生徒用の詳細な解説があるとよい。実際,「これを整理して」とか「これを解いて」という文言でかなり端折ってあることがあるからである。これを補完できるのが電子黒板を使っての解説である。

(4)電子黒板・プロジェクターのよさ

前任校では,残念な現状として時には教科書がどこにあるかわからない生徒(ロッカーに放置),教科書が机上にあっても開こうとしない生徒もいた。いちいち「教科書を出して,何ページを開くように!」と指示するのも面倒になることもあった。そのような生徒よりは意欲はあるものの,今何ページを説明しているのかが言語や板書ではわからない,わかりづらい生徒もいた。
しかし,教科書をJPEGに保存し,教科書1ページ分の内容を3~4のパーツにトリミングしたものをベースにしているので,電子黒板に映し出された画像を見れば教科書のどのページであるかは一目瞭然である。
板書では赤や黄色のチョークで上書きすることがあり,そのため見づらく,わかりづらくなることがあったり,また書くスペースがなくなり,板書の遅い生徒が写しているにもかかわらず消したりすることがある。電子黒板では書き込んだことだけを消すことができるし,拡大したり,再現したりすることもできるというよさがある。
確かに黒板より狭いため(プロジェクターで黒板に映し出した画面よりは大きく何より鮮明である),大きな見やすい字で大量に書いて提示することはできないが,スクロールして見せること,拡大して見せることでその欠点を補うことができる。
教科書の空きスペースに教科書の説明不足(「これを整理して」や「これを解いて」等の表現のある個所)の補足や強調しておきたいことを提示しているので,教科書の同じ個所や近くの空きスペースに同じように書き込んでいる生徒もいる。その結果,生徒本人にとって「よりわかりやすい詳解教科書」に進化している。

4.プロジェクターのよさ ~災い転じて福となる~

転勤が決まった時には,前任校在職時に作成したPDF(必要に応じてWord原稿を改良してPDF化)を活用しようと思っていたが,転勤先は「電子黒板」ではなく「プロジェクター」(Epson iProjection Ver2.41)(赤線囲み)を設置していた。
映し出される画面の範囲は,下の写真のように黒板の1/3にも満たず,画面サイズのマグネット付き白色のスクリーンを黒板に貼って使うということであったが面倒である。直に黒板に映して使えなくもないのでそのような使い方をしている。黒板に映し出しているのでチョークでアンダーラインを引くことや丸囲み等をすることができるし,左右の画面外の黒板(青線囲み)には補足説明が板書できる。ただし,新型コロナウイルス感染症によるリモート授業時には,画面に収まるように板書の範囲が限定されることもあった。
これまでの電子黒板ではタッチペンによる書き込みを映し出すだけで,ほとんどチョークを持つことはなかった。ただ,電子黒板を教室の教卓付近の中央に置くことはできず,教室の出入り口の反対側に置いてあったために生徒の視線は斜めになる。前任校では少人数授業を行っていたので,見づらい生徒は席を移動することも認めていたが,そうではない現任校では黒板中央に映し出す必要があり,そのために「プロジェクター」を採用したのかもしれない。

これまでは電子黒板のみの授業であったが,現在では「プロジェクターと板書のハイブリッド授業」を行うようになった。

5.まとめと今後の課題 ~Presentation & Communication~

山口県の推進する学校教育のICT化に従って,電子黒板を活用した授業,プロジェクターを活用した授業を展開しているが,依然として一対多の伝達的な授業である。黒板から電子黒板やプロジェクターに替わっただけで,生徒の積極的な授業参加,生徒主体の授業とはなっていない。授業者と学習者の双方向的な授業,学習者同士の切磋琢磨的な授業を,タブレットを活用して実践するプログラムを構築する必要がある。
ただし「教え込む」という授業スタイルを過去のものとして切り捨てるのも早急である。数学の教授-学習活動においてICT化全面移行が果たして正解であるかという疑問もある。数学では,紙上に筆記用具を使って書く,Wordの画面上に数式エディタや作図エディタを駆使して表すという違いはあっても思考したことを適切な数学的記号・用語を用い,適切な数学的表現を行い,論理-数学的に記述する必要がある。それがなければ「わかったつもり,できるつもり」になっただけで,本当に「わかる,できる」ではないこともある。
通常,試験では紙面に記述し,その結果を採点者によって,いわゆる「記述的理解」の有無やその程度等の評価をされるが,この育成がICT化された授業でどの程度できるのであろうか。数学の解答形式に「マーク式」が導入されて久しいが,数学学習における弊害等の調査はされていない。数学は答え(結果)のみ正解であればよいのではなく,それ以上にその過程が大切である。その過程を論理-数学的に適切な表現ができるようになるICT授業を研究・開発するする必要があると考えている。
個人的には,これまでの数学の授業形態が長らく「Talk & Chalk」であったが,今や「Presentation & Communication」に移行しつつあると感じている。
Presentationは,ビジネス分野では,売り込みたい企画やテーマを聴き手に説明するための技法という意味であるが,その語源はPresent(プレゼント)であり,聴き手(生徒)に教員の企画・テーマ(数学の授業内容)をプレゼントすることである。
また,Communicationは意思の疎通や数学的思考を数学的言語,記号等で伝達し合うことで,教員対生徒だけでなく生徒間でも必要である。この「Presentation & Communication」は現在,県内全高校生にタブレットが貸与されている現状から十分可能である。これが私にとっての今後の課題となる。ただし,現在,既に再任用の5年間も終り臨時任用教員という立場である。70歳までは現場で頑張りたいが,その場が確保できるかも課題である。