言語をコミュニケーションと学習のためのツールとして捉えるとき,ある教科・科目と英語を結びつけて学習することは,質の高いインプットとアウトプットの授業が可能となろう。とりわけ,学習した内容を別の場面で再度目にしたときの気づきや動機付けは,我々英語教師にも経験があるのではないだろうか。既知情報を英語で思考しながら他者と協働し,深い学びを得られる利点を活かした授業を実践するため,筆者は,生物教員との教科横断型の協働授業を行うに至った。
かつては4つの味覚しか知られていなかったが,1908年に池田菊苗が「うま味」の成分であるグルタミン酸を発見した。池田は,グルタミン酸ナトリウム(MSG)を作り,それは多くの食品に用いられている。後にグルタミン酸以外のうま味物質として,1913年に小玉新太郎がイノシン酸を,1957年には国中明がグアニル酸を発見した。両方とも食品添加物として多く用いられている。その頃から,多くの研究者は,うま味が本当の味覚であるかどうかを突き止めようとした。
高校1年生理数科23名(男子16名 女子7名)
資料1の略式指導案にある通り,まずWarm-upとしてWord Definition Gameを行った。Word Definition Gameとは,筆者が毎回,授業の冒頭で行っているペア活動である。生徒はペア(Person A とPerson B)になり,Person Aは黒板が見える状態,Person Bは,黒板が見えない状態になる。そして,教師が示した単語(ここでは「味の素」)をPerson AがPerson Bに英語で分かるように説明する。これは,英語を英語で理解し,聞く力と話す力のつく活動であるととともに,本文に出てくる単語を用いることで,内容への背景知識の活性化も同時に行うことができる。ペア活動が終わると,教師は,"How did you explain?"と質問をし,生徒独自の英語での説明を引き出す。その後,教師がモデルとなる定義 (something that makes things taste better without destroying their original flavor) を提示した。さらに,深い理解を促すため,英語教員が生物教員と次のような対話を行った。
英語教師:By the way, Mr. ○○, do you often use Ajinomoto?
生物教師:Yes. Sometimes.
英語教師:When do you use Ajinomoto?
生物教師:I use Ajinomoto when I eat cucumbers.
英語教師:I see. How about you, student A?
生徒A: I sometimes use Ajinomoto when I eat Natto.
英語教師:Really? Not bad. (Laughter)
このように英語教師と生物教師が「英語で」話すモデルを示すことで教室が英語を使用言語とする雰囲気となり,生徒もスムーズにトピックに関する対話に入ることが出来た。これも英語の他教科との協働授業の効用の1つであろう。その後,Person Bと Person Aを入れ替えて同じ要領で今度は「potato chips」を説明する活動を行った。
Word Definition Gameを終えると,本時のKey Question ("How was umami discovered?") を英語教師がKP法で提示し,Keywordsを用いたModel Retellingを行った。その後,本文のWords & PhrasesをRepeat練習し,最終的に日本語から英語へQuick Responseできるよう「全体練習 → ペアで確認」の流れで活動を実施した。その中で,1回目は英語教師によるリピート練習,2回目は生物教師によるリピート練習にした。
その後は,音声を流して部分的なDictationを行ったが,先程学習したWords & Phrasesを今度は音声や文脈の中でより高次な段階で確認した。
資料1
活動内容 | 配当時間 | 指導内容 | 担当者 | |
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1 |
Warm up & 導入
Word Definition Game
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8分 | 「味の素」と「potato chips」を取り上げ,それぞれをペアの相手に分かるように英語で伝える。英語を「聞く」「話す」力をつけると同時に本文に関する背景知識の活性化を促す。 | 土屋・加藤 |
2 | Key Question & Model Retelling (本日の問い) "How was Umami discovered?" |
2分 | 本日学ぶテーマに関する問いかけを行い,生徒の授業に対するレディネスを促進する。また,英語教師のModel Retellingを聞き,本時のGoalを理解する。 | 土屋 |
3 | 展開① インプット 語彙学習 |
5分 | 全体練習やペアワークを通じて,新出単語を完全にインプットする。 | 土屋・加藤 |
4 | 展開② インプット→インテイク Dictation |
3分 | 聞き取った英語を部分的に書き取り,ターゲットとなる文法・構文・単熟語を学習する。 | 土屋 |
4 | 展開② インプット→インテイク 本文理解 |
5分 | 本文を簡単な英語や表現でパラフレーズをしながら英語で理解する。 | 土屋 |
5 | 展開③ 気づき→理解 生物教師による英語での説明 |
7分 | 専門的な内容を生物の授業で学んだ既知情報をもとに生物教師が本文の内容の一部を英語で解説をする。 | 加藤 |
6 | 展開④ インテイク(内在化) 音読練習 ※プリント(授業中配布) ①Phrase Reading ②Overlapping ③Shadowing |
8分 | ①フレーズ毎に英語を頭から読んで理解する事が出来るようにする。 ②Overlappingで英語の正しい発音,アクセント,イントネーションなどを身につける。 ③Shadowingでリスニング力,スピーキング力,語彙力を強化する。(家庭学習でさらに練習を促す) |
土屋・加藤 |
7 | まとめ 内在化→統合→アウトプット |
12分 | 本日学んだ本文の内容を英語で要約し(Writing),ペアでアウトプット(Speaking & Listening)することで,内容理解から内在化,統合化を促す。生徒のRetellingの前に生物教師のModel Retellingを聞く。 | 土屋・加藤 |
次に,資料2のように教科書本文をスライドで示しながらWords & Phrasesで練習した単語を今度は別の平易な英語で英語教師がパラフレーズしながら生徒への理解を促した。内容的に難しい箇所に差し掛かると,英語教師が生物教師に次のようにインタラクションを持ちかけて教科横断的に生徒の理解を図った。
英語教師: Mr. ○○. The textbook says, "Ikeda Kikunae found glutamate, a type of amino acid." Of course we know the word amino acid, but what is an amino acid, basically?
生物教師: Well, amino acids are small substances that are usually used in making proteins. But they also work as "a letter". They bring some message from food to your body.
英語教師: You mean amino acids play an important role in proper function of your body?
生物教師: Yes. That' right.
さらに,生物の専門的な知識が必要となる次のような箇所は,1学期に生物の授業で既習の知識に基づいて英語で説明をしてもらった。
英語教師: The textbook also says, "Ikeda created MSG." But I don't understand the difference between glutamate and MSG in terms of chemical substances. Could you explain?
生物教師: Sure. Glutamate or glutamic acid is an amino acid. Here is the chemical structure. (Figure1) Every amino acid has two functional groups. One is amino group consisting nitrogen atom. The other is carboxyl group. As we learned in the last semester, amino acids are usually used in making proteins. Let's compare those two substances. (Figure 2) Glutamate has hydrogen atom here. Glutamate solution is weak acid. As you know, mixing acid and base (alkali) produces salt and water. (Figure 3)
英語教師: You mean because of some chemical reaction, sodium appears.
生物教師: Yes. Exactly!
このような流れで,生物教師が英語で説明をしている間,生徒の表情を傍らで見ていた筆者は,生徒の「気づき」を得た表情を目の当たりにし,この授業の目的が達成されたと感じた。それは,つまり,1学期に生物の授業において日本語で得た知識を今度は2学期に英語の授業中に英語で深めるという教科横断の授業が成立した瞬間でもあったからである。
最後にフレーズ毎の訳付きプリントで音読練習をし,Output活動としてグループでのSummary WritingからRetellingをしてこの授業を終えた。
Retellingの際には,今回の授業で生物学の視点を盛り込んだModel Retellingを生物教師に行ってもらった。生物教師が,英語で,かつ専門的な内容を含めて範を示したことは,生徒にとっても新鮮であり,同じ英語学習者として良いロールモデルとなったことは言うまでもなかろう。
また,この協働授業のwashback(波及効果)としては,この課の終了後に実施した「うま味成分を含んだ料理」についての課題プレゼンテーションにおいて,協働授業で学んだ生物の知識を盛り込んだ生徒が多く見受けられたことである。
今回,生物✕英語の協働授業を行ってみて感じたことは,1学期に生物の授業で学んだ内容を2学期に英語の授業で応用したことで,生徒の理解がさらに深まったことである。教科の枠を超え,時間軸にしたがって適切な時期に関連した内容を学ぶことは,生徒にとって個々の知識が「つながった」と思える瞬間であり,ひいてはそれが,その後の「主体的・対話的で深い学びの実現」につながるのではないだろうか。このような授業を成功させるためには,無論,教科の枠を超えたカリキュラム編成や各教科の教員同士の綿密な打合せなど様々な課題もあろう。しかし,まずできるところから始め,生徒の心に火をつけることが何より大切ではないだろうか。同時に,教師同士が教科の枠を超えて議論し,学ぶ姿を生徒の前で範として示せば,生徒もその前向きな姿勢を察知してプラスの学習効果が得られるのではなかろうか。