数学切り抜き帳
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数学のことば 2 関数について
桜花学園大学教授
岩井 齊良
 数学は厳密な学問であるとされている.しかし,この厳密ということばを過信してはいけない.

 ものを記録するにはことばが必要であり,ことばがあればこそ人間はものを考えることができるのである.しかし,君たちも知っているように,ことばの意味は固定されたものではなく時と場合によって意味は変わる.
 じっさいに国語辞典を開いてみると,1つのことばに多くの意味が書いてあり,しかもそれらがすべてを尽くしているわけではない.君たちがあることばについて国語辞典を見るとき,どの意味がもっとも近いかを判断し,さらに君自身の考えも盛り込んでその意味を確定する.「辞書にはすべてのことが書いてない」というストレスをいつも感じているはずである.しかしこれを不満に思ったり,ひとのせいにしてはいけない.ことばとはそういうものなのである.辞書を見るときは見識をもって見なければならない.

 日常のことばに比べると数学のことばはかなり限定的に使われている.数学の教科書にははじめて出てくることばについてその定義が書いてある.しかし,定義によってことばの意味が本当に確定したかというと,必ずしもそうではない.
 この例として,関数を取り上げてみよう.

 「集合 A から集合 B への関数 f AB」というとき,このことばを次のような意味で使っている.

1.集合 A のどの要素にもかならず集合 B のある要素が対応する.

2.A の異なる要素に対して B の同じ要素が対応してもよい.

3.B の要素で A の要素に対応しないものがあってもよい.

4.A の1つの要素に B の複数の要素が対応することはない(許さない).

 ところで教科書では関数は次のように定義されている.

  定義 集合 A の各要素にそれぞれ集合 B のある要素が対応するとき,
   この対応を集合 A から集合 B への関数という.

 このようなとおりいっぺんのことばで上に述べた1〜4の意味が言い尽くされているとは信じられない.
 じつは僕も教科書にこのように書いているが,「あまりくどくどと言うのも良くないから,とりあえずこういう定義にしておいて,あとは教科書や問題解法の実例を通して本当の意味を知ってもらおう」と考えている.他の先生はどう考えているか知らないが,僕の場合は「うそも方便」というだまし屋の確信犯である.

 数学では「対応する」(動詞)ということばがよく用いられる.これは数学用語(数学的に定義されたことば)ではなく,数学を記述するための数学周辺のことばである.数学周辺のことばというのは,日常用語であるが数学を記述するためにその意味を限定して使うことばのことである.
 数学に必要なことばの環境は次のようになっている.