数学切り抜き帳
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ハリー・ポッターの論理パズル
桜花学園大学教授
岩井 齊良
 ハリー・ポッターのシリーズが著されてのち,続編を待ちわびる子供たちが書店に殺到するという社会現象が起きている.日本では,2000年に第1巻の翻訳書(ローリング著,松岡佑子訳,ハリー・ポッターと賢者の石,静山社)が出版され,2001年にこの映画が封切りされてからハリー・ポッター現象が起きた.このため,読書に目覚めた子供たちが増えたという.いまどき珍しいことでうれしい話である.
 この現象の原因が知りたくて僕もこの本を読んでみた.著者訳者ともすばらしい人たちである.

 さて,第1巻の終わりころ論理パズルが現れる.
 この本を読む人は10人に1人か2人ぐらいであろう.さらにこのようなパズルを考えてみようという人は,本を読んだ人のうち100人に1人もいるだろうかと思う.
 このページではそのパズルを取り上げてみたい.

 ハリー・ポッターを読んでない人のために,まず状況の説明をする.
 ハリー・ポッター少年と仲良しのハーマイオニー少女は悪者を追って地下の迷宮を進行中である.ここにはいろいろな危険が潜んでおり,ついさっき通った部屋では生きたチェスの駒と血みどろのチェスを争い,勝ってここまで進んできた.
 ところがこの部屋に入ったとたん,後の扉が紫の炎に包まれ,前の扉は黒の炎に包まれいまや進むことも退くこともできなくなった.

 よく見ると,この部屋には1つの机があり机の上には形や大きさのちがう7本の瓶が並んである.しかもその側になにやら意味ありげなことばを書いた巻き紙が置かれいる.

 巻き紙にはこう書いてある.

  前には危険 後ろは安全
  君が見つけさえすれば 二つが君を救うだろう
  七つのうちの一つだけ君を前進させるだろう
  別の一つで退却の 道が開ける その人に
  二つのは イラクサ酒
  残る三つは殺人者 列にまぎれて隠れてる
  長々居たくないならば どれかを選んでみるがよい
  君が選ぶのに役に立つ 四つのヒントを差し上げよう
  まず第一のヒントだが どんなにずるく隠れても
  毒入り瓶のある場所は いつもイラクサ酒の左
  第二のヒントは両端の 二つの瓶は種類が違う
  君が前進したいなら 二つのどちらも友ではない
  第三のヒントは見たとおり 七つの瓶は大きさが違う
  小人も巨人もどちらにも 死の毒薬は入ってない
  第四のヒントは双子の薬 ちょっと見た目は違っても
  左端から二番目と 右の端から二番目の 瓶の中身は同じ味

J. K. ローリング 作  松岡佑子 訳 ハリー・ポッターと賢者の石 静山社 (1999)

 これを読むと,7本の瓶の中身は薬や飲み物であることが分かる.
 第1行目は,前に行くのは危険であり,後ろに行くのは安全であると言っている.しかし,前進しないと悪者は捕らえられないし,後ろへ行くのはただ逃げるのではなく,仲間を呼んでくることができる.
 前半部分から,1本は前進のための薬,1本は退却のための薬,2本は酒,3本は毒薬である.これらを次のように表そう.

 後半は瓶の配置に関するヒントである.
 しかし,第1のヒントがピントこない.毒が3本で酒が2本なのに毒がいつも酒の左というのはおかしい.
 これは誤訳であろうと想像できる.ここは原典を調べる必要がある.その結果,第10行目を,
 お酒の左は いつも毒
と訂正することにする.
 つまり,毒は3本ともうまく隠れているつもりだろうが,ある奴(2本)はワインの左にあるという意味である.
 以上の条件でこのパズルを考えてみて下さい.
 ただし,完全な答は得られないので,得られる限りの答を求めて下さい.

 4つのヒントのうち一番分かりやすいのは第4のヒントである.
 双子というのは2人で1セットのものだから,これは酒のことである.左から2番目と右から2番目はイラクサ酒である.これと第1のヒントから,瓶の配置についてまず次のことが分かる.

 さらに第2のヒントから,右端は毒ではない,前進でもない.酒の位置はすでに決まっているから酒でもない.したがって,右端は後退の薬である.

 したがって,考えられるのは次の2つの場合のうちの1つである.

 ここまでが答である.第3のヒントはまだ使ってない.どの瓶が巨人(最大)でどの瓶が小人(最小)か,登場人物には見えているはずである.しかたがないのでこの先は小説を読み進むことにしよう.
 小説では,このあと少女は右端の丸い瓶に入っている後退の薬を飲み,少年に「小さい瓶に前進の薬が入っている」と告げる.
 我々の推理では,左から3番目と4番目の瓶のうち一方が毒で他方が前進であった.登場人物にはこのうちのどちらかの瓶が小さい瓶であることが見えている.第3のヒントから小さい瓶(小人)に毒は入っていないのでそれが前進の薬の瓶であることが判断できたのである.我々にはまだどの瓶が巨人か分からないが,この情報はパズルの解には関係のない情報である.酒の瓶のうちの1つまたは右端の瓶が巨人でなければならない.また,右端の瓶が丸い瓶であったこともパズルの解には関係のない情報である.右端が丸くて大きい瓶であることもあり得る.

 結局,ハリー・ポッターの論理パズルは,部分的な答(後退の瓶の位置)しか得られず,僕の見るところ,残された部分(前進の瓶の位置)については,どれだけ多くの情報が得られるだろうかと読者に考えさせる手の込んだ設定になっている.
 とにかく,いろいろと問題点の多いパズルではある.