鳥取県立青谷高等学校 足利裕人
あらまし 本校は平成11年度より「学校の情報化」を特色とした総合学科に移行した。本校の情報教育の目標は「情報メディアを活用した,生徒のコミュニケーション能力・プレゼンテーション能力の拡大」であり,全国にさきがけて教科・科目「情報」を設置し,実践している。ここでは「情報」の実践と,それにともない明らかになってきた課題を中心に,学校の情報化について問題点を検討した。
キーワード 高等学校「情報」,情報教育,インターネット,コミュニケーション,プレゼンテーション
1.序
鳥取県立青谷高等学校は,平成11年度より,「心身が健全で個性豊かに生きられる生徒を育てたい」という願いで,普通学科から総合学科へ改編した。総合学科は普通学科,専門学科に続く「第三の学科」として位置づけられ,幅広く開設された普通科目と専門科目の中から,生徒が自分の興味や関心に基づいて主体的に科目を選択できる。個性尊重教育の申し子とも言うべき教育手法としてきわめて有効であるとともに,時代の教育要求に合致した教育としての評価が期待できる。総合学科を導入するに当たり,「学校の情報化」を本校の第一の特色として設定し,「情報・メディア系列」を立て,「情報教育を教育活動のあらゆる場面に導入して,学校を挙げて取り組む」ことを確認した。
2.情報関連新科目
各教科より出された要求を元に,情報関係施設・設備計画を立案するとともに,カリキュラムの検討を行った。その際,情報教育を商業科目の枠から解放して,コミュニケーションに結びつく情報リテラシーと,自己表現を中心とする方向で実施することとした。全国に先駆けて教科「情報」の新科目「情報」を立ち上げ,情報活用能力の中でも,特に,インターネットを用いたコミュニケーション能力の育成を目的とした。全国でも青谷高校にしかない新科目を16設置したが,その中には「プレゼンテーション」があり,情報発信能力や,情報表現能力を養う。平成12年度末の完成を目指す総合学科棟には,シチュエーション,プレゼンテーション・コーナーを設置し,大画面に映った外国の映像を背景に,会話練習(シチュエーション・ダイアログ)を行ったり,作成した画像情報の前で,プレゼンテーションを行う施設を立案した。また,「インターネット演習」ではWebの発展的実践を行い,テレビ会議操作のリオーダー育成の実習なども行う。自然科学史では,積極的に自主開発した科学史シミュレーション・ソフトを活用する。たとえば,力学についてはガリレオ,ニュートンを中心とした体系がすでに稼働し,波動や電磁気をテーマにした教材も計画している。
3.学校の情報化と総合学科
学校の情報化は「個性尊重」教育の有効な実践手段となり,総合学科の有効な支援システムであるとの認識のもと,以下の目標を設定した。
(1) 教育活動における個別指導の促進
情報通信機器の活用は,性質として個別対応を促進する。
総合学科実習棟の建設,並びにネットワーク,マルチメディア施設の充実および職員研修の徹底を行う。
(2) 主体性や社会性を養う教育の促進
「人間の日常的な活動の多くは,結局,情報の交換や処理にほかならない」(情報教育推進調査研究協力者会議 第一次報告)
ア 主体的な問題意識に基づく情報収集による,判断・処理・創造を経た,発信による自己表現
WWW,電子メール,テレビ会議,プレゼンテーション等の教育的位置づけと,全生徒,全職員のメールアカウント及び,ホームページ用ディレクトリーの確保を行う。
情報通信社会でのコミュニケーションには,発信したその瞬間から社会的責任がつきまとう。この責任の重要性を学ぶには,各個人のメール・アドレスの取得が必要である。また,各個人の継続的発信の場としてのホームページの開設が必要である。
イ このプロセスによるコミュニケーション能力,情報モラルの育成
(3) 情報関連教科・科目の学習による自己実現の支援
情報,商業,芸術を中心に,積極的に資格を取得させ,また,高度情報通信社会で強く生きていくための,基本的力や判断力・創造力を養う。
(4) コミュニケーション世界の拡大による,多様な機会均等の提供
ア 校外諸機関等との連携の拡充
家庭,医療機関,図書館等社会教育施設,他高校等諸学校,民間施設,その他との連携による教育力の向上,地域差の解消や,不登校生への対応等を行う。
イ 地域連携・地域開放の促進
情報交流,災害時対応等
ウ 海外交流の促進
現在,青谷町の友好都市である中国太倉市の太倉師範学校と,韓国の居昌商業高等学校の高校生を招き,日・中・韓高校生国際シンポジウムを,毎年9月の学校祭に組み込んで,本校にて実施している。電子メールやWEBを用いた平素の緊密な交流や,テレビ会議の活用等による国際化の拡大が期待される。
(5) 学校システムの情報化による個別対応の充実
ア 科目選択・単位制のもとでの教務的事務処理(学事)の効率化
ホームルーム単位での受講の少ない単位制にともなう出欠管理や,多岐に渡る科目選択に対応した成績処理や成績管理,学籍簿等の学籍管理,調査書・諸証明書等の発行,図書貸し出し業務などの効率化のため,平成11年秋に学事処理用システムの導入を行った。
イ 校務分掌業務の充実
教育相談係や保健・養護係と家庭,学校医等との緊密な通信連絡体制を整備し,不登校・傷病生徒などとの連絡や指導にあたる。
4.情報化の課題とその検討
(1) 新科目「情報」の先取り
総合学科には,原則履修科目としての「情報に関する基礎科目」がある。本校では,教科「情報」の中の科目「情報」を新科目として設置し,2003年からの新学習指導要領を先取りし,平成11年度入学者より1年次に2単位で実施している。
新学習指導要領では,普通科「情報」にはA,B,Cを付与した3科目がある。本校の「情報」は,平成11年度は「情報A」に近い形で実施したが,参考で示しているように,A,B,Cを総合化し,情報の表現から社会への影響まで4項目に分けて構成し,生徒と教員の実態に即した内容に精選した。商業や工業など専門高校の情報系科目とは根本的に異なり,教科を横断して情報を活用し,コミュニケーションを行う力を育てることを目指した。また,この内容の精選について,静岡大学情報学部の永野和男教授の指導を受けた。平成12年度は問題解決能力の育成を目指し,「情報B」に近い形で実施している。
この科目の実施では,従来にない科目のため,指導教員の育成が課題となっている。本校ではT.T.(ティーム・ティーチング)を取り入れ,物理担当者1名と数学担当者2名でチームを組み,各授業は2名で行っている。数学教師は2進数や暗号等数学分野にすぐれ,また,CD-ROMの光学的原理等は物理の教師が得意としている。お互いの得意に踏み込みすぎないよう牽制しあい,かつ,相互に足らない部分を補いあいながら研鑽しあった協調運営授業となっている。
授業は講義中心のときは教室で,また実習中心のときは,コンピュータ42台がLANで接続され,インターネットが利用できる情報教室で行い,割合としては約半々になるようにしている。現行の1年生は,中学校でのコンピュータ体験が非常に乏しく,キーボード操作,漢字変換等の基本的なものから指導が必要である。情報教室には授業支援のための表示装置として液晶プロジェクターや教材提示装置を用いているが,生徒が機器操作に慣れない期間は,教師2名でも,40人の質問や支援に走り回ることが多い。指導方法や,分かりやすいテキストの作成が急務である。
機器操作では,個人の習熟度差が学習進度に大いに影響する。メモを取る習慣がなく,他の生徒に聞けない生徒は,進度も遅れがちになる。近くの席の進んでいる生徒に指導に当たらせてはいるが,協調性が必要とされる場面に多く直面する。
本校の実施状況から見て,「情報」の指導には,普通科では理科(物理),数学担当者が中心になるのが現実的であろう。2003年より家庭科の単位数がほぼ半減することより,家庭科の教師は,担当を余儀なくされることも考えられる。また,商業科目の担当者は,従来職業教育としての検定のためのトレーニングが中心であったため,学問としての情報教育を担当するには,長期にわたる研修や,普通科目の教師と組むT.T.が有効であろう。
実践を進めてみて,横断的基礎科目として位置づけるには,他科目の全教師も「情報」の内容を熟知し,生徒がどのような教育を受け,自分の担当する科目にどう生かせるかの研究が必要であると感じる。
(2) ネットワーク
本校が建つ青谷町は,鳥取県の中部に近い田園地帯に位置し,大きな事業所が存在しない。そのため,安価で高速大容量のネットワーク用回線が,青谷町へ敷設される予定が現在のところ全くない。総合学科実習棟完成時には鳥取市南部より専用線を引く予定であるが,それまでの間,鳥取西工業高校に本校のインターネット用のサーバー(Linuxで運用)を設置し,ダイヤルアップ128kで接続している。しかし,数十台一斉にWEBを利用するには低速であり,閲覧や検索する項目を限定するなどの,授業の工夫を必要としている。
普通科高校を母体とし,かつ学校規模が小さい本校では,ネットワーク管理者の育成が困難である。工業高校との連携や研修を考えているが,企業によるリモート・メンテナンスの導入も考慮する必要がある。専門のSEの学校への常駐は困難であるため,自治体として,ネットワーク管理者を実習助手として採用したり,教育委員会で適当な人材を常時派遣できる体制を整えて欲しい。大規模な総合学科では工業科目を増やすことによる,電子,情報系工業教員の導入も考えられる。
(3) 学校管理システムのOA化
総合学科は百を越える多様な選択科目を有し,生徒の数だけ時間割が存在する。原則として,個々の生徒が個別の時間割を作成する。この時間割作成や,単位制にともなう出欠席管理,多様な科目選択に対応した成績管理,学籍管理,調査書・諸証明書等の発行等のため,学事処理用システムの導入が必要である。しかし,学校業務は個々の学校で細かく異なっており,どの学校にも対応した統合的なシステムの構築は困難である。このため,導入業者によるカスタマイズが必要となる。しかも総合学科は学年が一回りし,さらに4年生(例えば1年原級留置となった生徒)が卒業するまで,毎年多様に学校システムが変化している。カスタマイズは毎年必要となるが,この費用の計上が認められることは難しい。自治体では現場の実態を確実に把握し,予算措置の改善を行う必要がある。特に現在契約しても,次の教育課程が始まる2003年には,確実に大きなカスタマイズが必要となる。現在稼働している学校の多くは,長期に渡ってSEが常駐しており,多くの学校への対応は困難である。自治体による学校業務の精選と統一化,業者との学事ソフトウェア共同開発や,業者によるリモート・メンテナンス等が必要である。
5.おわりに
学校の情報化には多くの課題がある。しかし,その多くはどの学校にも共通したものである。周辺諸国を見渡しても,日本の情報教育は進んでいるとは言えない。できるところから始めようでは,国際的に追いつけない状況が生まれつつある。情報教育の実践者は,あらゆる機会を通じて連携を取り,子供たちの情報学習環境を整えるために,声を大にして呼びかけようではないか。
参考
(1) 青谷高校情報関連商業,芸術科目
・情報処理(2単位,表計算,コンピュータ利用技術検定2,3級)
・プログラミング(4,6単位,BASIC,情報処理検定1,2,3級)
・文書処理(3単位,ワープロ,ワープロ検定1,2級)
・商業デザイン(2単位,CG,CG検定3,4級)
・インターネット演習(2単位,ネットワーク,ホームページ,TV会議等)
・プレゼンテーション(2単位,情報機器を活用したプレゼンテーション,TV会議等)
・コンピュータ音楽(2単位,MIDIを用いた作曲,演奏等)
(2) 科目「情報」
はじめに
高度情報通信社会の中で,情報を主体的に選択・活用できる基礎的な資質や能力を養うことは,21世紀を担う高校生にとって必要である。また,情報発信・受信の基本的手法やルールを身につけ,コミュニケーションやプレゼンテーションの能力を高めることも,社会から要求されている。あわせて,情報化社会の特質や,情報化の影響などについての理解を深める必要がある。
A 目標
コンピュータを中心とする各種情報・通信メディアの活用を図りながら,情報を科学的に判断・分析して選択・収集したり,加工・創造したりするための基礎的知識・技能を修得させる。あわせて,情報化社会を正しく理解し,積極的にコミュニケーションに参画する態度を養う。
B 内容(平成11年度)
B 内容(平成12年度)
(3) 科目「インターネット演習」
はじめに
世界中のコンピュータと接続されたネットワーク「インターネット」は,文章だけでなく,画像や音声さえもやりとりができるマルチメディア通信環境である。インターネット上での通信は,「1対1」の形態だけではなく,多人数に対して語りかけること(情報発信)ができるひとつのメディアといえる。現在の高度情報通信社会において,高校生のコミュニケーション能力の伸長に,インターネットの活用が有効な手段の一つと考えられる。
インターネット演習では,情報通信ネットワークに必要な電子メールの送受信,ホームぺージの制作,テレビ会議等の実習を通して,インターネットに関する基礎・基本を習得するとともに,これらを効果的に活用することを学習のねらいとする。
・ 目標
(4) 科目「プレゼンテーション」
はじめに
時代と社会のなかで人間はあらゆることを感じ,考える。また,我々はあらゆる手段を通じて表現し伝えようとする。音楽,演劇,文学,弁論,写真,映像など人間の試みであり,時代とともに人間の表現方法(メディア)は進歩,多様化し,「表現し,伝える」ことの可能性は広がってきた。表現の目的は,情報の送り手と受け手におけるコミュニケーションにある。
しかし,表現する際にはいくつかの制限がある。同じことを述べても,いかにうまく伝えるか,いかに理解を得ることができるかによってその価値はまったく違ってくる。また映像や音楽だけで明快に伝えることは難しく,どの表現方法もそれぞれの長短がある。このような問題を解決するため,それぞれの長所を生かし,ビジュアルな表現を進めることにより,自分の意志・アイディアを他人に効率よく伝えるプレゼンテーションは,今や必要不可欠な技術である。
科目「プレゼンテーション」は,言葉とメディアを用いた表現手法を探求するとともに,次代を担う高校生が新しいコミュニケーションのあり方を学習する科目である。
・目標
さまざまなメディアのなかで,情報を的確に表現し,伝える手段として必要な基礎知識,表現技術・方法を習得させ,新しいコミュニケーションの在り方に対する理解と関心を深めさせる。
(5) 参考文献
足利裕人,加藤譲,武村重和(1997) ガリレオ・タウン 平成9年度文部省学習ソフトウェア研究開発事業,ADWIN
足利裕人,加藤譲,武村重和(1998) アップル・ユニバース 平成9年度文部省学習ソフトウェア研究開発事業,ADWIN
斉藤晴男,兵藤申一 編(1998) 高等学校 物理TA改訂版 啓林館
高等学校「情報」科実施に向けた教員養成・教員研修の内容と方法 日本教育工学会シンポジウム資料 1998年6月
情報処理学会 初等中等情報教育委員会 編(1997) 情報A,情報B,情報Cテキスト
社団法人 日本教育工学振興会(1998) インターネットで広がるこどもたちの世界
金子 昭著 『プレゼンテーション』 一橋出版
ホームページ(会社):http://www.torikyo.ed.jp/aoya-h/
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