「タンポポ戦争の解明と環境調査への応用」
−1学級13名による共同理科研究−
神戸市立大沢(おおぞう)中学校
平賀 英児 
1.生徒の実態
 本校は,百万都市「神戸」とは思えないのどかな田園風景の広がる中にたたずむ,幼稚園・小学校と併設の中学校である。3年生と言ってもわずか13名しかおらず,どこの学校にもあるような学級対抗行事などはできない。しかしながら,今の時代が失いつつある豊かな自然と暖かな人間関係に恵まれている。そのような環境を生かすために日頃から行っている「星の観測会」「ホタルの観察会」などでは,目を輝かせて参加している子どもたちの姿をよく見かける。

2.研究のねらい
 研究の目的としては,以下の4つが挙げられる。
 (1) タンポポと環境の関わりを調べることで,身近な自然環境に対する関心を深める。
 (2) 昔からよく言われているタンポポの外来種と在来種の生存競争(本研究では,これをタンポポ戦争と呼んでいる)の実態を調査し,その原因を生徒自身の力で解明することで「科学する心」を育てる。
 (3) 生態系の複雑さと人間がそこに与えている影響の深刻さを実感することで,今後の人と自然との関わり方について考えるきっかけとしたい。
 (4) 共同作業を通して共に支え会う喜びと大きな大きな達成感を持たせる。

3.研究内容の抜粋
 本研究のまとめは,神戸市教育委員会の援助で100ページの本になっている。ここでは,新学期の授業導入として,また理科部や選択理科での教材として適当と思われる項目を中心に述べることにしたい。

 [町内全域のタンポポ分布調査]
 (1) 調査方法
  1) 校区大沢町を450m四方のメッシュに区切り,ゴルフ場や山林以外の調査可能区域のほとんどを13人で3週間かけて調査した。(4月中)
  2) 1メッシュの中からその区域の平均的な場所を4カ所選び,その教室と同じ広さの各場所のタンポポの頭花数を種類別に計数した。
 (2) 結 果
 調査結果を地図上に表したのが図1である。場所によってはタンポポの数が1万を越え,計数は思いのほか大変な作業であった。今後の調査では,具体的な数を数えるのではなく,(多い・中・少ない・なし)の4段階の評価を先に決めておいて調査してもいいように思われる。
 さて,図1を見ればわかる通り,農村地帯である本校区は圧倒的に在来種が多いことがわかる。しかし,さらに詳しく見ると次の3つの特徴が挙げられる。
  1) 在来種は,田のあぜなど普段から草のよく生えている場所を中心に,多数が群生している。
  2) それに対して外来種は,幹線道路沿いや人家・店舗付近など人の出入りの多い場所を選ぶように少ないながらも生育している。
  3) 山や林の中には,在来種も外来種もほとんど見られない。

図1
 [神戸市街地のタンポポ調査]

図2
 比較のため,神戸市の市街地のタンポポも調査した。しかし,13人で行うことなので,データについては大沢町内ほどの量と精密さはない。結果は図2の通りである。
 (3) 考 察
 この結果を前にして生徒たちは長時間討論し,以下のような結論に達した。
  1) 図1と図2の比較から明らかなように,その場所が都市化するにつれて外来種の割合が高くなる。外来種には在来種にはない,都市化した厳しい条件下でも生育できる理由があるらしい。
  2) しかし,外来種の優位性が絶対的なものであるならば,図1のような在来種の分布は説明がつかない。外来種が在来種に比べて絶対的に優勢であるならば,一定の時間が経つとタンポポはすべて外来種ばかりになってしまうはずだが,実際にはそうなってはいない。条件によっては,在来種の方が優勢になることがあるのではないか。つまり,タンポポの在来種と外来種は,その環境条件に応じて「すみ分け」を行っているのではないだろうか。
  3) ただし,在来・外来のいかんを問わずタンポポは,木立の下草として生育することができない理由があるようだ。
 以上の3つの仮説を調べるために,以下の実験を行うことにした。

 [仮説証明の実験]
 (1) 外来種の繁殖に関わる優位性を調べる実験
 外来種は単為生殖であること,春だけでなく通年花を咲かせることなどは有名であるが,そのほかにも,詳しく調べてみると次のようなことがわかった。
  1) 果実(綿毛)1個の平均の重さについて精密天秤で調べたところ,在来種は重くて外来種は軽いというはっきりした差が見られた。

表1 果実の重さ一覧
種 類果実の個数質 量1個の平均質量
セイヨウ400個180mg0.450mg
ア カ ミ400個250mg0.625mg
カンサイ400個325mg0.813mg
ヤマザト250個265mg1.060mg
カントウ79個110mg1.392mg
シロバナ170個251mg1.476mg
  2) 外来種の方が,果実の絶対数がずっと多い。もともと1つの頭花に含まれる花の数が多いうえに,受粉の成功率(結実率)が在来種を大きく離して高い率で安定している。昆虫に頼って他の株から花粉をもらわなければならない在来種に対して,自分自身の花粉で種子ができる外来種の優位性は大きい(図3)。
  3) 1)から,同じ風速の風でも果実の飛ぶ距離が違うのではないかと考え,体育館で扇風機による人工風で実験したところ,図4のような結果を得た。予測通り外来種と在来種の果実の飛翔距離には約2倍近い差があった。飛距離の差は,果実がいろいろな環境の土地に到達できる可能性の差になっていると考えられる。
 *1),2),3)のすべてを考慮してタンポポの種類別の種子の分布状況を表したのが,図5である。

図3

図4

図5

 実験を行うにあたっての留意点
 ア. 果実(綿毛)の重さは,各種タンポポの果実 400 個で 180mg〜400mg 程度(シロバナ タンポポは約 600mg)なので,その程度の測定精度が必要である。
 イ. 特に,在来種の結実率は生育場所の環境の違いによって大きく異なっている。今回の調査では,結実率は 3.8〜100% という大変な差があった。環境によって在来種の結実率にどれほどの差が生じるのかを研究してみるのもおもしろいが,平均の結実率を算出するにあたっては,多様な環境から多くの標本を選ぶ必要がある。
 ウ. 風力を無段階に変化させられるような扇風機がある場合はよいが,ない場合は,綿毛の花をゆっくり扇風機に近づけていき,何mまで接近したときに綿毛が飛んだかを記録しておき,後で風速計などを用いて扇風機の風速を測定するとよい。
 (2) タンポポの在来種と外来種のすみ分けを調べる実験
 大沢町内のタンポポ調査地すべての土壌を採取し,そのpH・肥料度・植被度(他の植物の生え具合)について調査し,在来種と外来種のそれぞれが好む環境を調べた。その結果をグラフにまとめると図6ようになった。


図6−1

図6−2

図6−3

 この調査からわかったことをまとめると次のようになる。
  1) 在来種はpH5程度の酸性で,比較的高肥料度の,多くの草が生えているような場所に多く分布している。
  2) 外来種はpH7付近の中性で,比較的低肥料度の,あまり他の植物が生えていないような場所に多く分布している。
 市街地や開発地域の環境は,上の2)の条件そのものと言える。そのため,都会では外来種ばかりになってきていると考えられる。それに比べて農村地帯などでは,1)の条件の土地が多く,在来種が多く分布していると思われる。ちまたで言われる「タンポポ戦争」は,実は当人どうしの争いというよりも,いわば,人間の行う環境変化が生み出す「代理戦争」のようなものであるらしいというのが,子どもたちの出した結論である。

4.研究を終えて
 本研究は子どもたちを大きく変えた。いつもは何気なく踏みつけていたタンポポが,これ程の世界を持っていようとは思いもよらなかったようである。ある生徒は,「もうタンポポが今までとまったく違って見える」と言っていたが,この変化こそ,我々が理科教育を通して常に目指している目標の1つであるように感じた。最後に,1年間つき合ってくれたタンポポと,童心に返ったような驚きを私自身にも与えてくれた「26の瞳たち」に心から感謝を捧げたい。

(編集部注)
 最近の研究で,従来セイヨウタンポポとみられてきたタンポポの中には,セイヨウタンポポと日本在来のタンポポの雑種が多く含まれることが発表されている。(参考「人里の自然」保育社)


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