5.考 察
 ツマグロヒョウモンは,タテハチョウ科・ヒョウモンチョウ亜科・ツマグロヒョウモン属の1種である。東南アジアからオセアニアの広域に分布する移動力の強い広域分布熱帯系の種とされている。日本が分布の北限とされ,今のところ静岡県より西南の地域で生息が確認されている(図10)。姫路測候所での年気温変化図1や幼虫の餌となるパンジー,スミレなどの情報から,このチョウは,地球温暖化と餌のスミレ類の広がりという2つの好条件から,生息分布域を広げてきていると思われる。今後もさらに分布域が北上しそうである。
 ツマグロヒョウモンの生活史についてみると,5月の初夏から10月の秋まで成虫が連続して観察される。図2より,卵から成虫までの日数が28日であったので,5〜10月までの6か月間,常に繁殖,産卵,孵化,脱皮,蛹化,羽化を繰り返していることが推察できる。したがって,多化性(年に何度も連続的に発生を繰り返す)である。この点も,他のヒョウモンチョウに見られない環境適応によって分布域を広げている一因かもしれない。また,図3のように,静止幼虫の体長を測定することにより,齢期を判別することが可能なようである。
 齢が増すごとに食べる餌の量が急増するため写真4,10),幼虫も急激に大きく成長している。生存状況を示したグラフ図4では,飼育下で67%の生存率だったが,おそらく野外では天敵による捕食なども含め,もっと厳しい生存率だと思われる。次に,表1より,脱皮前後では体のつくりの変化を伴うため,ほとんど餌を食べないことがわかる。また,何らかの要因で餌を食べる量が極端に少なくなっている幼虫は,生存できないことがわかる表1のNo.7の個体)。蛹化については,餌のあるすぐ近くで前蛹になることが多かった。このため,地面に近い低位の所に蛹が多い図5)。しかも,その蛹の色は,周囲の色に合わせるように濃淡に分かれている表2)。おそらく天敵から逃れるための保護色ではないかと思われる。図8からは,雌雄の成虫が同時期に出現しているため,繁殖のチャンスが高まると推察される。雌雄の成虫は異型で(写真11,12),雌は南方に生息するカバマダラに似せることで擬態している。生存するために進化したと思われる。


図10 ツマグロヒョウモンの生息分布域


写真10

写真11

写真12

6.今後の課題
 この研究は,実際にはまだ選択授業で行っていない。夏休みの自由研究として取り上げたものである。しかし,パンジーを含めてスミレ類が増えたことにより,また,地球温暖化により都心部でも多くの個体を見ることができる(兵庫県内)。モンシロチョウが小学校の教材として取り上げられているが,キャベツよりスミレのほうが栽培しやすい。また,モンシロチョウよりツマグロヒョウモンのほうが美しくて大きいし,カップ1つで生活史が調べられる。さらに,蛹の色と蛹化場所との関係が調べられる。ツマグロヒョウモンは雄雌で翅の色がはっきりと異なるため,飛んでいても一目で雌雄の判別ができる。
 ツマグロヒョウモンは現在,静岡県まで北上しているので,今後さらに北上して分布範囲を広げていくことが予想され,「地球の環境」というテーマでも継続して研究できる,以上の点で優れた教材になり得る。
 多くの学校のプランターや中庭花壇のパンジー・スミレ類には幼虫がいると思うので,教材として扱われ,選択授業にも生かされることを願っている。

 参考図書
気象年報 神戸海洋気象台
福田晴夫・高橋真弓・若林守男ほか 原色日本蝶類生態図鑑T,U,V 保育社 1983
手代木求 日本産蝶類幼虫・成虫図鑑T〜タテハチョウ科〜 東海大学出版会 1990
本田正次・林 弥栄・古里和夫監修 原色園芸植物大図鑑 北隆館 1991


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