1.主題設定の理由
(1)社会の要請から
今日の教育における課題は何かと考えるとき,それは,各教科,全領域において全人的な資質や能力である「生きる力」をどのような方法でどのように育成していくのかだと言える。すなわち,社会の中で自立し,役割と責任を果たしながら,自分らしい生き方を追究する個人の育成に「教育」がどう関わっていけるのかということである。とすれば,「生きる力」の内容と育成のための方法(手立て)を明確にする必要がある。「生きる力」とは,『確かな学力』『健康・体力』『豊かな人間性』という3つの力から構成されるものであると述べられている。そこで,「生きる力」の1つの側面である『確かな学力』という視点から数学科教育をとらえた場合,“本質の追究”をテーマに数学の授業が展開される必要があると考える。つまり,数学的な活動の楽しさを味わいながら,自ら考え,自ら学ぶ力を育成することが,今後さらに重要になってくるということである。子どもの主体的な学習への働きかけが起きるように,子どもの知的な好奇心を奮い立たせるような学習過程を意図的に仕組む必要があると言える。
(2)数学科教育の動向から
数学科の目標についても,「数量,図形などに関する基礎的な概念や原理・法則の理解を深め,数学的な表現や処理の仕方を習得し,事象を数理的に考察する能力を高めるとともに,数学的活動の楽しさ,数学的な見方や考え方のよさを知り,それらを進んで活用する態度を育てる。」とあるように,数学の学習活動を通して知識や技能を習得させるだけでなく,生涯にわたり数学を学習し,数学を進んで活用する態度を育成しようというねらいが含まれている。また,「確かな学力」という視点からとらえた場合,これからの数学科教育は,数学的な活動の楽しさを味わいながら,自ら考え,自ら学ぶ力の育成が必要であり,自ら発展させる力の育成を一層図ることが重要であると考えられている。これらのことから,子どもが主体的に問題に取り組んで解決し,解決した過程の振り返りを通して,数学の学習に対する充実感を十分に味わえるようにすることが,今後の数学科教育に求められている。そこで,子どもの知的な好奇心が原動力となり,問題を自分なりに考えて解決することに楽しさや喜びを感じることができるような学習過程を仕組む必要があると考える。そして,そのような学習過程により新たな数理を見いだそうとし,根拠を明らかにしながら数理を構成し,構成した数理を積極的に活用する子どもを育成する本研究は大変意義あるものと考える。
(3)生徒の実態から
本校第2学年の生徒38名に対し,1次方程式の定着テストを行った。その結果,小数,分数を含む1次方程式の正答率が26.8%であり,解き方を見ると,等式の性質の意味が理解できておらず,正しく利用できていない生徒が多数見られた。
小数,分数を含む1次方程式を解く際には,等式の性質を解決の見通しとしてもつ,問題解決的な思考過程が必要であると筆者は捉える。よって,小数,分数を含む1次方程式を解けない生徒の実態を細かく分析し授業を改善していくことが重要であると考える。
2.研究主題について
(1)研究主題及び副主題の意味
研究主題の意味
ア 小数,分数を含む1次方程式を解くことができる生徒
小数,分数を含む1次方程式を解くことができる生徒とは,小数,分数を含む1次方程式を,1次方程式の解き方の根拠となる等式の性質を状況に応じて数回使い分け,筋道を立てながら解くことができる生徒である。
副主題の意味
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図1 コンフリクトが起こる仕組み |
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図2 コンフリクト活動 |
ア コンフリクト活動
コンフリクト活動とは,既習の知識や技能を基に,新たな数理に対して必要さをもったり,新たな数理を自ら見いだしたり,新たな数理のよさを認識する活動である。
コンフリクトとは,「衝突する」という意味がある。このことを学習者という立場から見ると,図1が示すように,これまでの知識や技能を活用して容易にクリアできる壁(問題)のすぐ後に,クリアするためには新しい知識や技能が必要になるような壁(問題)にぶつかったときに,知的な好奇心が駆り立てられ,今までの考えの不十分さを明確にしたり,その不十分さを補うためには何をどうすればよいのかを考えたりする。つまり,自発的な学習の動機付けが起こる。そして,図2のように,なぜ,クリアできないのかと根拠を問いながら,根拠を明らかにし,新たな考えのよさに気づく活動を本研究では,コンフリクト活動と定義する。
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図3 1単位時間における位置づけ |
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図4 単元における位置づけ |
イ コンフリクト活動を位置づけた問題解決的な学習過程
コンフリクト活動を位置づけた問題解決的な学習過程とは,コンフリクト活動を単元の流れと1単位時間の流れに意図的に位置づけた学習過程である。1単位時間の学習過程に図3のようにコンフリクト活動を位置づけることで,子どもは,本時の学習目標を明確に設定することができ,目標を達成するために主体的に活動することができると考える。また,単元の学習過程に図4のようにコンフリクト活動を位置づけることで,単元を通して課題意識をもつことができ,根拠を明らかにしながら数理を構成することができる。さらに,根拠が明らかとなった数理を活用することで,その数理のよさに気づくことができると考える。
3.研究の目標
1次方程式の学習の場において,コンフリクト活動を位置づけた問題解決的な学習過程を通して,小数,分数を含む1次方程式を解くことができる生徒を育てる数学科学習指導法の究明を図る。
4.研究の実際
(1)授業の実際
調査を実施した第2学年の実態から明らかとなった課題と上述した内容をもとに1次方程式の指導法を単元の構成から見直し改善した。そして,第1学年の1次方程式の学習の場で実践した。特に,問題の提示の仕方を工夫し,コンフリクト活動へのきっかけを仕組んだ。
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第一次の授業の様子 |
【第一次】 生徒の逆算の考えに葛藤を起こすために,□に入る数は何だろうという問題 □+4=10と問題 3×□+2=□+8を連続的に提示した。その結果,問題を解くために,天びんがつり合うための4つの条件を見いだし,両辺に□がある等式について深く考えることができた。
【第二次】 1回の操作では,天びんが上手くつり合わないという葛藤を起こすために,ハンバーガー1個の重さはいくらだろうという問題で,2個のハンバーガーと80gがつり合っている状態から,1個半と255gがつり合っている状態を連続的に提示した。その結果,等式の性質を数回使いながら,新しい等式をつくることが方程式を解くことであるという認識が高まった。
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第二次の授業の様子 |
【第二次】 負の数をつり合いとして表すことに葛藤を起こすために,つり合いとして表すことができるだろうかという問題で,2χ+1=χ+3から,4χ−15=χ−6を連続的に提示した。その結果,等式の性質を使い「移項」という方程式を手際よく解く方法を生徒自ら発見することができた。
【第二次】 これまでに学習してきた方程式の解き方を上手く使って,小数や分数を含む方程式を解く活動を仕組んだ。その結果,等式の性質は新しいつり合いをつくるために使うという認識が高まっているために,両辺を10倍や100倍,分母の最小公倍数をかけるという着眼点もつことができた生徒が多数いた。
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図5 S−P表(1次方程式の)の比較 |
(2)分析および検証
図5は,平成16年度,平成17年度の2年生を対象にした,1次方程式の定着テストの結果をS−P表にまとめたものである。
表から分かるようにS曲線(達成率),P曲線(正答率)ともに平成17年度の2年生の方が高いことが分かる。また,表内の○は,正答かつ,その答えに自信があることを示している。16年度に比べ17年度の方が上位群,中位群ともに,自分の答えに自信をもっていることが分かる。
これらのことにより,1次方程式の学習指導法にコンフリクト活動を取り入れることで,小数や分数を含む方程式を解くことができる生徒が増えたと考える。
5.研究の成果と今後の課題
(1)研究の成果
○ |
「おや」,「なぜ」という生徒の思考の流れを重視した学習を仕組むことで,既習内容が使えない場面でも,積極的に考えてみようとする姿が見られるようになった。 |
○ |
天びん等の実物を使ったり,吹き出しを付けた学習プリントを工夫することで,方程式の解き方の根拠が等式の性質であることをしっかりと理解できた生徒が増えた。 |
○ |
自他の考えを相互に交換し合う振り返りの場を設定することで,等式の性質を利用すれば上手く解決できるというよさを認識した上で,小数,分数を含む1次方程式を解くことができる生徒が増えた。 |
(2)今後の課題
小数,分数を含む1次方程式を解く際に,等式の性質を使うよさに気づいても,実際に使えない生徒がいる。繰り返しの練習をバランスよく単元に位置づける必要がある。
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