国際調査の報告において,日本の子どもには算数・数学に対する学習意欲に課題があるとされた。そこで,生徒の身近な題材を使い,ICT 機器を活用して資料を整理させ,課題に対する自分なりの考えや判断をまとめ説明させる授業を実施し,数学のよさや有用性を理解させる工夫を行った。その結果,生徒の多くは学習内容や方法に興味をもち,自己効力感を抱いて,数学に対する学習意欲を高めていった。
神奈川県立総合教育センターで作成された『学習意欲を高める数学・理科学習指導事例集』において,第1表のように六つの学習意欲を取り上げた研究が報告されている。
本研究の検証授業は第1学年を対象に実施する。第1表のうち,[5]の「社会生活に有用性を感じる学習意欲」は,『中学校学習指導要領解説 数学編』の第2,3学年で取り組む「数学的活動」に示されている「日常生活や社会で,数学を利用する活動」(文部科学省 2008)によって高められる学習意欲であると考え,対象から外した。
また,今まで指導した生徒の多くは,進路実現の手段として数学を捉えており,「進学や就職のために頑張りたい」という思いを強くもっていた。そこで[6]の「自分自身に有益性を感じる学習意欲」は既に高い状況にあると判断し,対象から外した。
以上のことから,第1表の[1]~[4]に該当する学習意欲を本研究での対象とした。
充実目的の学習意欲 | [1]学習内容に対する学習意欲 |
---|---|
[2]学習中の状況に対する学習意欲 | |
[3]学習効果に対する学習意欲 | |
実用目的の学習意欲 | [4]日常生活に実用性を感じる学習意欲 |
[5]社会生活に有用性を感じる学習意欲 | |
[6]自分自身に有益性を感じる学習意欲 |
教材と学習方法を工夫することで,第1表に示した[1]~[4]の学習意欲を高めることができると考え,これを研究仮説とし第2表に示した。
本研究においては,教材の工夫が重要である。しかも,日常生活における事象を数学を利用して,考察したり,処理したりする活動を行える教材が必要である。そのために,第1学年110名を対象として実施した「生活時間」に関するアンケートの結果を教材とすることにした。
(1)「学習内容に対する学習意欲」を高めるために
第1学年の「資料の活用」領域の学習では,代表値を求めたりヒストグラムを作成したりするだけではなく,統計的な手法を用いて資料の傾向を読み取ることが大切である。
資料の傾向を読み取らせるために,表やグラフに整理し,簡潔かつ明瞭に表現させるような工夫を取り入れ,表やグラフに整理することのよさを実感させた。併せて,課題に対する自分の考えや判断をもたせ,新たな課題の発見につながるように工夫し,「学習内容に対する学習意欲」の高まりを見取ることとした。
(2)「学習中の状況に対する学習意欲」を高めるために
資料を基に様々な考え,判断をもたせるために,階級幅の違う度数分布表やヒストグラムを複数作成させるようにした。併せて,作業の効率化を図るために,宮崎大学の藤井先生が開発したフリーソフト「Simplehist」(http://www.miyazaki-u.ac.jp/~yfujii/histgram/)を利用する工夫も行った。これらにより,「学習中の状況に対する学習意欲」の高まりを見取ることとした。
高める学習意欲 | 教材の工夫と 学習方法の工夫 |
|
---|---|---|
[1] | 学習内容に対する学習意欲 | 資料を整理し,傾向を考え,判断させる。 |
[2] | 学習中の状況に対する学習意欲 | ICT を活用して資料を整理させ,様々な考えや判断をもたせる。 |
[3] | 学習効果に対する学習意欲 | 自分の考えや判断を深め,自己効力感を抱かせる。 |
[4] | 日常生活に実用性を感じる学習意欲 | 身近な題材を用いて,課題を解決させる。 |
(3)「学習効果に対する学習意欲」を高めるために
自分なりに考え,判断したことをワークシートにまとめさせ,グループ内で説明し伝え合わせる活動を取り入れた。このことで,一人では気付かなかった視点を共有させ,多様な考え方のよさに触れさせ,自分の考えをより深めさせるようにした。同時に,他者に自分の考えを説明することができたり,理解してもらえたりすることで,成功経験を基にして高められる自己効力感を抱かせ,「学習効果に対する学習意欲」を高めるように工夫した。
(4)「日常生活に実用性を感じる学習意欲」を高めるために
自分を含む学年全体のデータを用いることで,題材への興味や知的好奇心をもたせるようにした。また,実生活に関わりがある題材を用いた課題を解決させる授業を繰り返すことで,学習したことが自分の生活に役立つことを実感させるようにし,「日常生活に実用性を感じる学習意欲」の高まりを見取ることとした。
(1) 検証授業の概要
第1学年を対象に検証授業を実施した。「資料の活用」の基礎的内容の授業後に,「資料の傾向を捉え,考え,判断する学習」をテーマとした授業を4時間設定した。
「生活時間」に関するアンケートから「登校時刻」,「起床時刻」のデータを用い,授業2時間ごとに一つの課題を解決するように検証授業計画を立てた。
(2) 検証授業の展開と様子
各授業は「学習内容に対する学習意欲」,「学習中の状況に対する学習意欲」,「日常生活に実用性を感じる学習意欲」を高めることをねらいとし,更に第2時~第4時は「学習効果に対する学習意欲」を高めることもねらいとした。
【第1時】 第2図のような,8時00分を基準とした整数値で表された「登校時刻」の資料を使って,「1年生全体の登校時刻の様子を捉え,自分の登校時刻は生徒全体の中で早いほうなのか遅いほうなのかを考える」という課題を与えた。
まず,数が羅列された資料を見せ,「全体の傾向を読み取るためには,どのようにすればよいか」を生徒に考えさせ,資料を表やグラフに整理するという答えを出させた。
次に,「資料を整理するときに大変なこと」を考えさせ,手作業では「多くの時間を費やすこと」や「正確さに欠けること」を意見として出させた。その後,「Simplehist」を使って,度数分布表やヒストグラムを作成させた。
【第2時】 初めに「登校時刻」の資料(第2図)から,課題に対する予想を立てさせた。この時点では,「僕は8時30分に登校していますが,遅いほうだと思います。理由は,資料をパッと見ただけで30より小さい数が多かったからです。」というように,資料を精査せずに判断しているような記述が多く見られた。
次に,様々な階級幅で作成した複数の度数分布表やヒストグラムの中から,資料の傾向の読み取りに適した階級幅を選ばせ,それを基に資料の傾向を読み取らせた。そして,課題に対して自分なりに考え,判断したことをワークシートに書かせてから,グループ内で説明し伝え合う活動を行わせた(第3図)。すると,「グラフから8時25分ころに登校している人が多いので,自分の登校時刻は早いことが分かった。」というような記述をしている生徒が多く見られた。このように考えられたのは,資料を度数分布表やヒストグラムに整理することで,全体の傾向を捉え,自分の登校時刻と比較し,判断することができていたからだと言える。こうした活動を通して,生徒は数学のよさや有用性に気付き,自己効力感を抱くようになった。
【第3時】 第1,2時の学習を発展させ,「登校する日」と「休みの日」のそれぞれの「起床時刻」を題材とすることにした。第2図と同形式の資料を提示し,「登校する日」と「休みの日」のそれぞれについて,「1年生全体の起床時刻の様子や,自分の起床時刻はその中で早いほうなのか遅いほうなのかを考える」という課題に取り組ませた。ここでも初めに課題に対する予想を立てさせた。続いて,各資料の傾向の読み取りに適した階級幅を考えさせ,作成した度数分布表やヒストグラムを基にその傾向を読み取らせた。そして,自分の起床時刻と比較して考えたことをワークシート(第4図)に書かせ,グループ内で説明し伝え合う活動を行わせた。
【第4時】 これまでの学習を発展させ,「1年生全体の『登校する日』と『休みの日』の起床時刻を比較して各資料の傾向の違いを考え,自分自身の生活や学年全体の生活を見つめ直す」ことを課題とした。
初めに「二つの資料の傾向を比較するためには,資料をどのように整理すれば良いか」を考えさせ,度数分布多角形の必要性と意味を復習する時間を確保した。
次に,第3時に作成した度数分布表を基に,手作業で度数分布多角形を作成させた。そして,課題に対して自分なりに考え,判断したことをワークシートに書かせてから,グループ内で説明し伝え合う活動を行わせた。
ワークシートには,「登校する日の度数分布多角形は縦に伸びていて,休みの日の度数分布多角形は平べったく横に広がっている。」というように,散らばりの様子を読み取っている記述が多く見られた。中には,「休みの日の起床時刻が遅くなる傾向は,前日の就寝時刻に起因しているのではないか。」と予想し,新たな課題へ発展させようとする生徒も現れた。これは,起床時刻だけではなく「就寝時刻」という新しいテーマにまで興味をもった姿であり,「学習内容に対する学習意欲」が高まったと言える。
また,休日の起床時刻が遅くなる傾向を捉え,「休みの日もなるべく早く起きたほうが良いと思う。」「私は休みの日でも7時ぐらいに起きてしまいます。学校通いで疲れたときはもう少しゆっくり休もうと思います。」など,傾向の分析という学習の中で分かったことを,自分の生活にいかそうとする姿が見られた。このことから,「日常生活に実用性を感じる学習意欲」が高まったと考えられる。
検証授業全体を通して,自分の考えや判断をもち,それを説明し伝え合う活動に取り組みながら,生徒は数学のよさや有用性を理解し,自己効力感を抱くことを経験した。
(1) 資料を整理し,傾向を考え,判断させること
数が羅列された資料であっても,表やグラフに整理して簡潔かつ明瞭に表現することで,その傾向を視覚的に捉えて読み取り,合理的に考えるための資料にすることができた。この活動を通して,生徒が数学的な表現・処理のよさ,見方・考え方のよさを実感したことや,新たな課題に取り組もうとする意欲の表れを,検証授業後に実施したアンケート(以下,「事後アンケート」と呼ぶ。)や授業の振り返りの記述から読み取ることができた。また,こうした活動を通して,生徒が「学習内容に対する学習意欲」を高めていく様子を第5図に示した。
〈生徒の記述〉
(2) ICT を活用して資料を整理させ,様々な考えや判断をもたせること
度数分布表やヒストグラムの作成に当たり,ICT を活用させたことは大変有効であった。例えば,作成作業を効率化したことで,階級幅の違う度数分布表やヒストグラムを複数作成し,それらを比較させる時間を確保することができ,資料の傾向を読み取らせ,様々な考えや判断をもたせる活動をより深めることができたと言える。事後アンケートや授業の振り返りの記述からも,「学習中の状況に対する学習意欲」が高まったことを読み取ることができた。
〈生徒の記述〉
(3) 自分の考えや判断を深め,自己効力感を抱かせること
自分で設定した階級幅で資料を整理し,その傾向を読み取るとともに,課題に対する自分なりの考えや判断をワークシートに記述し,内容を説明し伝え合うという活動に,初めは戸惑いを見せる生徒が多かった。
そこで,「今回の学習では,ただ一つの正しい答えが導かれるとは限らないので,自分なりに表やグラフからいろいろなことを考えてほしい。」と,生徒に記述を促すような指導を重視した。その結果,数学的な表現を用いて,考え,判断したことを記述し,説明し伝え合うことができるようになった。このことを通して,生徒が自己効力感を抱いた様子が,事後アンケートや授業の振り返りの記述から分かる。また,学んだ知識や技能を活用して課題を解決する学習活動を繰り返すことで,時間を追って自己効力感を抱く生徒が増え,「学習効果に対する学習意欲」が高まっていく様子を第6図に示した。
〈生徒の記述〉
(4) 身近な題材を用いて,課題を解決させること
事後アンケートの「実生活と関わりのある学習内容についてどう思うか」という問いに対する回答から,生徒が身近な題材に対して興味や知的好奇心をもてたことを読み取ることができた。
また,事前アンケートでは数学にあまり興味を示していない生徒が半数を超えていたが,「登校時刻」や「起床時刻」を題材とした第1時と第3時の授業の振り返り(第7図)では,70%前後の生徒が課題に興味や知的好奇心をもてたことが分かった。
〈生徒の記述〉
「資料の活用」領域の学習では,目的をもたずに単なるデータの特徴を捉えさせようとしても,生徒に興味や知的好奇心をもたせることは難しい。今回,題材には生徒本人のデータが含まれる資料を用意して自分を意識させ,自分自身の生活との関わりを実感させることで,主体的な学習へと促せることが分かった。
しかし,第3時も「生活時間」を題材にしたため,「毎回,授業が似ている気がする。」という感想をもつ生徒もおり,課題に対する興味が第1時に比べてやや薄れてしまった傾向も第7図から読み取れる。この結果は,生徒の興味を持続させるためには,題材についての更なる工夫が必要であることを示している。
検証授業全体を通して,生徒は数学の授業を自分の生活を見つめ直す機会として捉えることができた。身の回りの様々な事象の資料を集め,その傾向を読み取り,自分の生活にいかそうとする様子を,以下の事後アンケートの記述から読み取ることができた。
〈生徒の記述〉
身近な題材を扱うことで,数学は答えや結論が明確に定まる事象だけを考察の対象としているのではなく,日常生活で直面する,全体を把握することが難しい事象も対象としているということを理解させることができた。その結果,学習したことが自分の生活に役立つことを実感し,「日常生活に実用性を感じる学習意欲」を高めていく様子を第8図に示した。
(1) 成果
事後アンケートの結果,検証授業で学ぶ前と比べて,「数学の勉強をすることは,ふだんの生活に役立つか」,「数学の勉強をすることは大切か」という問いに対して,「そう思う」,「どちらかと言えばそう思う」という回答が,90%を超えた(第9図)。検証授業を通して,数学のよさや有用性の理解が深まったと考える生徒が多いことが分かった。
第10図から,「数学で学習したことをふだんの生活の中で活用しようと思うか」,「進んで数学の学習をしたいと思うか」という問いに,肯定的に回答する生徒が事後アンケートで多くなっていることが分かる。このことから,今回の検証授業を通して,対象とした四つの学習意欲の高まりを見取ることができたと言える。
(2) 課題
今回の検証授業では,生徒が自分なりに考え,判断したことをグループ内で説明し伝え合う活動を行わせた。説明する場があることで,生徒は考えをしっかりもとうとする意識を高めた。その結果,自分の考えや判断を説明でき,他者に理解してもらい,自己効力感を抱くことにつながった。
ただし,個々の説明内容をグループ内でまとめ上げ,全体で発表するような場の設定までには至らなかった。そういう活動まで取り入れることができれば,生徒の表現力が向上し,相互に関わり合いながら学習を深めることができ,学習意欲を一層高められたであろう。
全ての生徒の学習意欲を十分に高めることは,検証授業の4時間だけでは容易でなかった。しかし,今回のように教材と学習方法の工夫を行い,数学の有用性を理解させるだけではなく,そのよさをも実感させる場面を多く設定することで,学習意欲を更に高めていくことが可能であると考えている。
本研究を通して,「数学的活動の楽しさや数学のよさ」を実感させ,数学で学んだことを「活用して考えたり判断したりしようとする態度」を育て,学習意欲を高めることに一定の成果を得ることができた。
また,ほかの領域の指導においても,本研究で取り組んだ教材の工夫や学習方法の工夫を行うことで,様々な学習意欲を高めることができると考える。多くの先生方にこの研究の成果を基にして,授業の内容を深めていただけると幸いである。
参考文献
神奈川県立総合教育センター 2009 『〈高等学校〉学習意欲を高める数学・理科 学習指導事例集~生徒の学ぶ意欲をはぐくむヒント~』 pp.46-47
速水敏彦 2010 「自己効力感(セルフ・エフィカシー)とは何か」(『児童心理11月号』)金子書房