学校英語におけるコミュニケーション力の育成を考えるとき,文法は対極的なものと思われがちである。これは,母語の獲得と外国語の学習および獲得の差異と境界が曖昧に認識されていることが大きな原因と思われる。私たちは日本人であり,第一言語はやはり日本語である。私たちの英語の学習および獲得に際しては,帰国子女やハーフ,英語圏における子供たちの第一言語としての英語の獲得とは明確に区別する必要がある。外国語である英語の学習を考える際には,日本語と英語の差異,具体的には英語の音韻規則(音声学・音韻論),語彙形成・語彙規則(形態論),統語構造(統語論),語彙的・統語的意味(意味論),文化的・社会的背景(語用論・社会言語学)などの文法を体系的に捉えて,コミュニケーション力の向上をサポートする方が,言語活動のみに焦点を当てるよりも効率が良いと思われる。
今回は,音声指導の基本的事項の確認と簡単な考察をしようというものである。
また,以下で述べることは英語教育に携わる方々から見れば既知の事柄であり,再確認する程度のものであることを初めにことわっておくとともに,ご了承いただきたい。
日本語と英語はともに肺臓押し出し気流により,その言語音の主な原動力を得ている。主たる差異は,肺をスタートとして唇を最終の出口とすると,声帯・声門以降の調音によるものであると言える。しかし,調音指導のみでは英語らしい言語音の生成には不十分であるので,以下に英語らしい言語音生成のために留意すべき日本語と英語における音声事象の差異について簡単に挙げておこうと思う。
英語は音節と呼ばれるものが言語音の主たる構成単位として使われているが,日本語はモーラがその主たる言語音構成単位に使われている。音節は母音を核とした音声単位でありほぼ閉音節である。またそれぞれの音節の中には子音の連続も見られる。一方,モーラは基本的に子音と母音が一対ずつで構成されていいて,母音で終わる。分かりやすく言うと英語にはstreetのstr-の部分のように子音の連続が多くあり,子音で終わる単語が多い。これに対して日本語は「キャ」などの音もあるが,基本的に母音単独または子音+母音であり,ほとんどの単語は母音で終わる。
日本語と英語の調音点や調音様式の違いに注目して発音したとしても,いわゆるアングロサクソンのような西洋の人々の発音と同様の音は生成されないであろう。これは日本人と西洋人の骨格,口腔および鼻腔の形状や大きさの違いにより生じる音の響きの差であり,仕方がないといえる。日本人と西洋人の鼻の穴の形を思い出してもらいたい。目に見える範囲でも,かなり異なっていることが分かると思う。当然,その奥の鼻腔や口腔の立体的な形や容積等も異なっており,そこを通って生成される音も,響きなどの点において異なることは容易に想像できる。ただし,調音点・調音様式に注意して訓練し,発音すれば,ネイティブの人々が聞いても同じ音と認識される異音のレベルにはなるので,理論的後ろ盾を持った音声指導・発音練習は大切であろう。
※異音とは,ある言語において同音とみなされる範囲内に存在し,人によって実際に生成される音である。例えば,日本語では[fu]と[hu]は意味の違いを生み出さないので異音とみなされる。
日本語は語彙的にアクセントが決定していて,それは文レベルになっても変わらない。一方で,英語は語彙的に既定のアクセントは持っているが,句や節,文レベルになるとコンテクスト等によって変化するものの,より大局的なイントネーションが優先される。つまり,元々各単語が持っているアクセントは文全体の大きな抑揚(イントネーション)によって打ち消されてしまう。これが,英語は「イントネーション言語」と呼ばれる所以である。
日本語はsyllable timed rhythm であり,英語はstress timed rhythmである。日本語は音の1つ1つが基本的に同じ長さで発音されるが,英語はある文強勢から次の文強勢の長さが同じになるように発音される。つまり,強勢のリズムをほぼ一定にするために間にある音が状況に応じて長く発音されたり短く早く発音されたりする。
音の高低は音の強弱とは別の概念であることも再確認しておきたい。各語彙や文において,強く読むところは強勢のあるところであり,アクセント核(文などで音声的に最も卓立つしたところ)があるところは音の高低差が最も大きい個所である。強勢(stress)があるところとアクセント核があるところは一致していることが多く,このあたりの認識は曖昧になりやすい。
強勢やアクセントがあるところは強く長く発音されて,そうでないところは弱く短く発音される。スピーチコンテスト等の指導では音の強弱や高低のみに注目しがちであるが,音の長さについても留意すべきであるといえる。また,これはstress timed rhythmとsyllable timed rhythmの概念とも密接な関係がある。
まずは,母音と子音の特徴を概観しておきたい。次に,子音の中でも日本人にとって紛らわしいと思われる「l」と「r」の音について,調音とその時の留意点を簡単に扱いたいと思う。
肺から声門を通ってきた空気の流れが,唇や歯,舌,軟口蓋等によって阻害されずに生成される音である。音としての力も大きく,子音より遥かに遠くまで届く。実際の音としては,舌の最も高い位置になっている箇所の前後(前舌,中舌,後舌)と高低(高位,中位,低位)の位置により数種類の母音が生成される。また,母音はすべて声帯が振動する音,つまり有声音である。母音の分布概念としては,「ダニエル・ジョーンズの8つの主要母音」がよく知られている。日本語の「あ,い,う,え,お」の音は,このダイアグラムに記される「a,i,u,e,o」とは完全に一致はしないが,異音と呼べる範囲には位置しているので,初期段階ではあまり神経質になる必要はないと思われる。
母音とは異なり,肺から声門を通ってきた空気の流れが,軟口蓋や舌,歯や唇等によって阻害されて生成される音である。有声音と無声音が存在し,軟音や硬音という概念もある。硬音とは,発音する際により強い力が必要となる音であり,軟音はその逆である。具体的な例としては,「pとb」の対立の「p」,「kとg」の対立の「k」などである。当然,「b」と「g」は軟音となる。なお,調音点と調音様式の具体的な列挙は,ここでは割愛させていただきたい。
まず,「l」の音であるが,これは日本語の「ら行」とほぼ同じ歯茎音であるから問題なく生成できると思われる。正確には英語の「l」の方がより奥の硬口蓋辺りに舌が当たっているのではないか,という意見もあると思われる。しかし,異音とみなせる範囲に入っていれば,この段階での更なる追及はせずにおく。さて,「r」の音であるが,これは歯茎接近音と呼ばれるもので,舌が歯と歯茎の境目辺りに近づくが触れない(=接近)状態で生成される音である。乱暴ではあるが,私は以下のような方法をとっている。
舌を着けずに「ラ・リ・ル・レ・ロ」と言おうとすると,日本語の「ら行」の発音としては変だが,何とか異音の範囲に入ると思われる「r」の音の生成が可能ではないだろうか。
では,「l」と「r」の音の聞き分けはどうすれば良いのか。ネイティブの発音を聞くのもよいが,より効果が高いと思われるのが,自分でlightとrightなどの「l」と「r」が対になっている単語を発音して,その音を聞くことで自分の内と外から「l」と「r」の違いを感じる訓練をすることである。特に重要なのは音を内から感じることで,これは自分で発音しないと得られない状況である。
まとめると,「l」と「r」の音については,舌が歯茎に着いているのか,いないのかに意識を集中して発音すること。そして,自分が生成した音を内と外から感じるように意識的に聞くことである。特に,この内在的に音を感じる訓練は「l」と「r」の聞き分けに大きな恩恵をもたらすと思われる。
今回は,英語の音声指導に必要と思われる音声学的事象や理論を極簡単に概観し再確認した形である。文レベルでの発音練習,特にstress timed rhythmに焦点を当てたものについても簡単に扱うつもりであったが,字数制限の都合上,またの機会に譲りたい。
また,別テーマではあるが,フローチャートによる文法の鳥瞰図的なまとめ等も機会があれば扱えるように,再整理をしておきたい。