30歳を越えたばかりの青年教師時代のある日,当時本格導入されつつあったALTと英作文の副教材を用いた授業を行っていた。指名された生徒が黒板に書いた「この町には全く娯楽施設がない」に相当する英語はThere are no amusement facilities in this town.だった。教材の模範解答通りのこの答えに対して,アメリカ人ALTは不満げな表情を浮かべながら"We don't say like that."と言ってThis town is dead.と訂正したのであった。私も生徒もあっけにとられてしまった。「娯楽施設」を表すamusement facilitiesはいったいどこに行ってしまったのだろうと。日本での滞在が長く,日本語にも堪能であったそのアメリカ人は,状況設定や文脈もなく日本語から英語に機械的に逐語訳する作業に違和感を覚えたのだろう。確かにdeadにはvery quiet, without activity or interestの意味があり,伝えるべき内容を的確に伝えていた。私が生徒に豊富な語彙力を持つ大切さを説くことが多いのはこのエピソードの影響が一番大きかったのではないだろうか。
限られた数の教材に出現する語を学習するだけでは効率的に数多くの語に触れさせることは望めない。しかし,学習したばかりの語を展開することで生徒に学習の機会を提供することができる。そのためには我々指導者は事前に多くの「引き出し」を準備し,授業の中で短時間でも単語帳や辞書の役割を演じる必要があるだろう。口頭による「質問→応答→説明」という繰り返しで次のような活動ができる。
教材の一通りの内容把握や問題演習を済ませた後が教材に出てきた語彙を基にした発展学習の時間となる。「ノートを取っておかなければ」と生徒に思わせる展開を心がける。焦点を当てて多くの語に発展させる語は事前に決めておき,特に生徒が漠然と理解しているものであれば「そうだったのか!」と思わせることができる。
重要語が数多く出てきた授業の最後には欲張ることなくその授業で触れた語だけを確認する活動をしたい。その際には私は品詞と始まりの文字を示した後で「日本語」→「英語」の言いかえを求めている。そして特定の生徒に指名して答えさせるのではなく,全体に向けて答えを求めて早さを競わせることで授業の活性化を目指す。生徒の言い間違いをうまく訂正してあげることで正しい発音やスペリングが印象に残る。時間に余裕がある時には英・英辞典の定義を用いて該当する単語を答えさせる。
特に英作文の授業では意外な基本語の使い方を生徒が認識していないことが明らかになることがある。多品詞,多義の語の基本語で生徒がつまずいた場合にはできればその都度,紙の辞書を開かせて次のような説明をしたい。情報を一覧できるという点で紙の辞書はいかなる電子辞書よりもまだ優れていると思うからである。
例④ 多義語likeに焦点を当てて
中学で習った他動詞likeはお馴染みだよね。でもここに出てきたlikeは動詞ではないね。次の例文で用いられているlikeのどれと品詞と意味が一致するかな?(板書した後)辞書で確認してみよう。
授業の形態がどうあれ,対象がどのような生徒であれ,我々英語教師の使命は英語を学ぶ意義と楽しさを教え,英語を正しく理解し発信する能力を高める手助けをすることであることには変わりはないと考える。そのためには英語の技能の全てに大きな影響力を持つ語彙力は特に我々がその重要性に対して共通の認識を持つべきものだろう。今回お示しした活動例はごく一部のものであるが,口頭による「質問→応答→説明」の活動は語彙力の多くの側面,例えばコロケーションやスピーチレベルなどの理解向上にも応用できるものであり,少しでも参考にしていただければ幸いである。