徳島県立川島中学校
三橋 和博
私は,入学当初の4月に,中学1年生の生徒を対象に,数学に対してどのような意識を持っているか知るために,意識調査を行うことにしている。今年は,PISA調査で 行われている意識調査と同じ調査を行った。その結果,本校の1年生の結果の中で最も気になったのが,PISA調査(2003年)の日本の結果と同じように,「学んだ数学を日常生活に応用できる」の質問項目に対する肯定的な回答の割合が低いことであった。また,生徒からは「数学や勉強して何の役に立つん」という言葉も聞かれた。この結果や様子から,学習での学びと実生活がきりはなされていることがわかった。しかし,それでは確かな学びにはなっていかない。生徒自身が自分の学びを納得し実感するためには,学習と実生活・実社会との結びつきが求められる。そのためには,学んだことを実際の生活場面で活用したり,見直したりすることができる授業が求められていると考える。
今年,文部科学省から新学習指導要領が公表された。今回の改訂の特徴の1つに,「活用力」の育成がある。これは,思考力・判断力・表現力等を育むために取り上げられた。先頃,調査結果が話題を呼んだPISA調査(2006)では,科学的リテラシーが6位,数学リテラシーが10位,読解力は15位という結果であった。また,昨年の4月に行われた「全国学力・学習状況調査」の,知識を活用できるかを問うB問題の正答率が低さが課題として挙げられた。それらの結果から,今の生徒たちの課題の1つとして 「知識や技能等を実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるか」という 「活用力」に課題があることが浮き彫りになった。そこで,「実社会・実生活に生きる力」の育成に重点が置かれ,「活用型」の学習活動を,各教科のなかに用意された。
活用力については,数学科においては,数学的活動の時間が重視され,そこでは学んだ知識や技能と自分たちの身の回りのことを結びつけて考えさせるとしている。そこで,「数学的な知識や技能等を実生活の様々な場面で直面する課題に活用させる」という「活用型」の授業を行うことにより,生徒の数学科と実生活との関連に対する意識が高まってくるかどうか研究をすすめていくことにした。
この授業においては,数学科と実生活との関連を生徒自身に意識させるため,今現実に社会で起こっている問題を数学的な知識や技能を使って解決させることに重点を置いた。そこで,課題の提示にも工夫を行ってみることにした。
その課題の提示であるが,数学科の場合,教師から一方的に課題を提示する場合が多い。先程も述べたが,今回は「実社会・実生活に生きる力」の育成に重点を置いた「活用型」の授業を行うということで課題の提示の方法にも工夫してみることにした。本物のニュース番組を見せ,「携帯電話のプラン」が今,社会問題となっていることを生徒たちに知らせた。
その後,生徒たちに今起きて問題について自分なりに考えさせた。そうすると,携帯電話に関する記事を新聞やインターネットで調査する生徒がでてきた。次に挙げるのが,実際に生徒たちが見つけてき記事の1つである。
携帯電話機の購入代金が今より高くなる代わりに,電話代は安くなる新料金プランが今月,相次いで始まります。利用者の選択肢は広がりますが,料金体系は一段と複雑になり,どれが得になるか悩む人が増えるかもしれません。
(2007年11月6日 ○○新聞)
生徒たちと話し合う中で,どの料金が得なのか使う人にとってそのことがわかりやすくなれば,この問題は解決するのではないかという意見がでてきた。そこで,本当にそうなるのだろうか,実際に説明する側の立場になって可能かどうか検証してみてはどうだろうかと生徒たちに課題をなげかけた。このことにより,これから提示される課題と実生活のつながりについて生徒たちは理解でき,その課題を追究することに対しての意味づけがなされたのではないかと考える。
「活用型」の授業において,うまく「説明活動」を取り入れるのも1つの方法ではないかと考えている。これまで,授業を通して様々な知識や技能をどのように「入力」するかについて考えることが多かった。しかし,逆に「出力」を意識させることによって,今まで学習してきた内容の学ぶ意味も自ら確認できるのではないかと考える。特に,他者に説明するということは,自分自身の理解の自己確認だけでなく,相手の理解可能な表現への工夫が求められるし,相手の知識を呼びおこさせるためにはどのような情報かも意識することになり,それらの視点から改めて自分の理解や表現のあり方を見直すことができると考えた。そこで,下のような「説明活動」をとり入れた課題を提示することにした。
あなたは,携帯ショップの店員です。店には,いろいろなお客さんが携帯電話を買いに来ます。
この携帯ショップでは,下の3つの料金プランがあります。
基本使用料 | 通話料 | |
---|---|---|
プランA | 3500円 | 25円/分 |
プランB | 2000円 | 40円/分 |
プランC | 7500円 | 0円/分 |
いろいろな要望をもつお客さんに,わかりやすく説明してみよう。
[協同しての資料づくり]
ワークショップ学習とは,単なる話し合いでなく,共通の課題に対して互いに協力し合って課題解決に取り組むところに本質がある。個人個人の考えがグループとしての研究を推進させグループの研究の成果を通じて個人の思考が高まっていくという協同関係が基礎となる。
だから,最初は個人の思考から始まる。様々な設定のお客さんに対して,どのような資料をつくればよいか,よりわかりやすい説明ができるか,付箋紙にかかせた。次は,協同段階である。4人で班をつくり,個人で考えた内容が書かれている付箋紙をKJ法で分類させた。そこから,どんな資料をつくればよいか話し合っていくのである。時間単位でどのプランが得か調べている班,方程式をつくって解く班,一次関数を使ってグラフに表す班など様々な方法で課題に取り組んだ。
右図のように,表に〜まで書かれた裏にはいろいろなお客の設定が書かれた画用紙を用意した。お客さんの設定は10種類あり,右図の例以外に,「毎日携帯電話を使わないが1週間に1日は友だちと長電話をするDさん」や「県外の大学にいる孫にたまに『元気ですか?』と携帯電話で連絡するGさん」などを用意した。
生徒たちは,携帯ショップの店員になり,〜の画用紙の一枚を選ぶ。その選んだ 設定のお客さんに教師がなり,その携帯ショップに行き定員の役をしている生徒たちと 会話をするのである。それでは,そのロールプレイングの様子を紹介する。
[ロールプレイングの様子]
[生徒たちが作成した資料]
生徒たちは,自分たちのロールプレイングが終わったら自己評価を行い,他の班のロールプレイングを見て,良かった点などを評価させる。そして,全ての班が終わったら 評価表を見ながら生徒たちと意見交換した。
その後,実際に使われている通話時間と通信量の関数のグラフを提示し,関数が課題解決に役立っていることを知らせた。
「携帯電話の料金プランって複雑?」の授業後,生徒に自由記述で感想を書かせた。 その感想について,よく企業でアンケートの分析に用いられているテキストマイニングによって分析を行った。
その結果,でてきたキーワードについて,上位のものをあげると「私たちの生活に使われている」「日常生活で役立つ」「グラフを利用するとわかりやすい」「班で協力して楽しかった」等であった。
また,因果関係の可視化を行ってみることにした。それが次に示す図である。
授業後,生徒に「数学とは ( )である」という文の( )中にどのような言葉が入るか考えさせた。その結果が右の表のとおりである。
放課後にのこって,資料づくりをしている班があった。 その班の一人の生徒が泣いていた。その班の資料は実は間違った部分があった。その生徒は間違っている部分を他の生徒に伝えたくて伝えたくて仕方なかったのだが,うまく表現できない自分がくやしくて泣いていたのであった。その生徒の考えを他の生徒が理解した時のその笑顔を私は忘れることはないと思う。そして,その生徒にその後話しを聞くと「先生,泣いてしまうほど必死になって考えたことはなかった。でも,みんながわたしの言っていることがわかってくれた時,すごくうれしかった。他の人の伝えるためには,数学の知識が必要なんだとわかった。もっと勉強しなくちゃって思った。でも,すごく楽しかったし,この勉強をして良かったと思うよ。」と言ってきた。
また,数学の苦手な生徒が,目を輝かせながら課題に取り組んでいた。その生徒の母親は携帯電話に関する仕事をしており,家で話を聞いてきたらしい。「どんな人が来ても対応できるように,いろんなパターンの資料をつくった方がいいよって教えてくれたんです。母に教えてもっらた資料づくりをするのっていいもんですね。」と語ってくれた。その言葉には,数学の授業を通して,母親のすばらしさにふれ,誇りに思っているその生徒の姿があった。
その他にも担任の先生から,休日に,家にあつまって作業をする生徒たちや,家に帰ってからも電話やFAXで相談しながら課題の解決に向かって取り組む生徒たちがいることも聞いた。その生徒たちの感想を読んでみると,いずれの生徒も達成感を感じることができ,これからも新しい課題に積極的に取り組んでいきたいという意欲も見られた。
ある朝,私が学校へ行くと,私の姿を見つけた生徒がものすごい勢いで話しかけてきた。「先生,昨日の日曜日,私たちのグループで携帯ショップに行ってきたんでよ。それで,いっぱい話聞いてきたんよ。楽しみにしてな。」と言ってきた。実際の携帯ショップに出向き,調査活動を行ってきたのだ。課題を解決したいという気持ちはここまでの意欲をうむのだと驚かされた。
T2の先生が,学級で数学が一番苦手な生徒がグラフをかいているのを見つけた。 その生徒の理解度からきっと苦労をしているのではないかと思い,指導しようとした。「まず,切片をとってね」と指導をはじめようとすると,その生徒はT2の先生の言葉をさえぎって「先生,この関数はね,傾きと切片でかくより,2点をとってかく方がうまくかけるんだよ。それはね…」と言ってきた。その言葉を聞いてその先生は驚いた。先日まで,グラフをかくのに苦労していた生徒が,傾きと切片でかく方法と2点をみつけてかく方法の違いを考えてグラフをかこうとしているのである。その生徒は,この課題を自分の力で解決したいために,教科書を復習していたのである。
その生徒の姿を見たT2の先生は,私の所へ来てこう語った。「今まで,グラフのかきかたについて教えても教えてもなかなか理解してくれなかったのに,生徒自身が必要性を感じて,自ら求めると,こんなに成長できるんですね。こんな授業は,基礎基本を定着させるのにもいいのですね。勉強になりました。」
研究のねらいであった「活用型」の授業を行うことによって,中学校入学時に低かった「学んだ数学を日常生活に応用できる」という意識は明らかに肯定的に変化してきた。そのことは,授業後に書かせた自由記述の内容や文章完成法による結果からわかる。このことから研究の目的は十分に成果をあげたと考える。
それだけでなく,「活用型」の授業を行うことにより「基礎・基本」の定着につなっがった様子もうかがえた。これは,次期指導要領の目玉である二項対立的思考方法からの脱却,つまり「ゆとり」か「詰め込み」かといった二項対立を乗り越え,基礎的・基本的な知識・技能の習得とこれらを活用する思考力・判断力・表現力等をいわば車の両 輪として相互に関連させながら伸ばしていくことが「活用型」の授業が有効であることがわかった。
また,次期指導要領では関数領域が新設される予定である。その中で,グラフ・表・式を一体的に捉える工夫の必要性が述べられているが,生徒たちの資料や授業後の感想からもわかるように,この課題に関しても十分な成果をあげることができた。
このような「活用型」の授業は1年間を通して,全ての単元で行っている。中学1年生の最後にアンケートをとったところ,「好き」「まあ好き」と肯定的な意見を述べた のは,実に98%であった。好きな理由の1位は「自分と違った考えを聞くことができ 視点が広がる」,2位は「友だちと協力して問題を解決できた時に達成感がえられる」3位が「課題の説明の仕方を工夫したりするので表現の勉強になる」であった。
また,「『活用型』の授業でどんな力がつくと思いますか」という質問項目に対しては,1位が「相手にわかりやすく伝える力」2位が「考える力」3位が「自分の言いた いことを表現する力」であった。1位と3位は同じ表現力であるが,その表現力も,伝える相手を意識した表現力まで高まっていることがわかる。それだけでなく,多くの生徒が「国語力」と答えている。つまり,「活用型」授業は,今回の改訂において注目されている「言語力」の育成するにおいても効果的な手法であるのではないかと考える。
そして,「『活用型』授業の良いと思うところを書いてください」という質問項目については,ある生徒が次のように書いてきた。「ある1つの疑問についていろいろな意見が聞けるので学力の向上につながる。説明する相手にどのようにすれば理解してもらえるか考えるので表現力も向上する。一人ひとりが違う意見がでたりして,数学の世界の広さが一目でわかったり,これだけは聞いてもらいたいとアピールする精神もつく。現在の社会では,学力低下が指摘されているが,このような学習をしていけば,学力も向上していくし,達成感が意欲へもつながっていく,だから僕はよいと思う。」
生徒のアンケート結果や,生徒の姿から,当初の研究目的であった「数学の有用観を生徒に持たせる」は十分達成できたと考える。それだけなく,表現力や思考力や言語力の充実も見られた。何より課題に粘り強く取り組む姿に私自身感動した。この「活用型」の授業は,私が考えていた以上に大きな成果をあげることができたのである。
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