第8回 啓林館「教育実践賞」について

教育実践賞 審査結果の一覧へ審査委員会の講評

方針にもとづく証明指導のあり方
−全国学力調査問題を数学の授業で扱った実践から−

長野県 信州大学教育学部附属長野中学校
勝野 学

1.平成20年度全国学力調査から

本年度も,全国学力調査が実施された。中学校数学では,主として「知識」に関する問題と「活用」に関する問題が出題された。学力調査の解説資料(参考資料1)にあるように,「活用」に関する問題の解決には,数学的プロセスが必要とされる。そこで,後者の数学的なプロセスを視点とした問題に焦点をあて,実践することとした。

私たちは,4月の学力調査を終え,9月には,その正答率や中央値,標準偏差の数値を結果として受け取った。本校数学科では,それらの数値から,全国平均と本校の平均とを比較したり,昨年度と今年度とを比較したりして,本年度の生徒の傾向を分析している。しかし,全国学力調査を実施するということは,このような分析だけを行うのではなく,出題意図や新学習指導要領を吟味し,どのような授業改善を行っていけばよいのかを考えていく機会ととらえたい。

また,本校数学科では,昨年度から,日常の事象を数学的に解釈して,習得してきた知識から,何を根拠として,どのように結論を導いたのかを説明して問題を解決していく生徒をめざしている。そして,数学的活動を通して思考を表現する力を高めていく指導のあり方を考えている。これまでに,「資料の活用」「文字式の利用」「課題解決学習」等の授業場面において,友に説得したり自分が納得したりするような,わかりやすい説明を行うことを意識して指導してきた。

以上のことから,2学年の論証指導が始まるこの時期に,証明の方針を立て,それにもとづいて説明していくことを大切に考え,全国学力調査の問題を扱って,単元・授業のあり方を考えることにした。扱う問題は,B 主として「活用」に関する問題の4とした。この問題の出題の趣旨は,証明の方針をよみ,1筋道を立てて考えること 2方針にもとづいて証明すること 3証明を振り返って考えること,である。問題文の中には,証明の結論を明示し,結論を証明するためには,何を示せばよいのかが「拓也さんのメモ」として記述してある。

そこで,2年単元名「図形の調べ方」において,

を考えた。これらの手だてにより,生徒は,筋道の通った証明の方針を立てることができるようになり,証明がつくりやすくなるだろうと考えた。そして,課題解決のための自分なりの構想を立てて実践していく力が高まり,思考を表現する力につながっていくだろう。

2.方針にもとづく証明

(1)証明をよむ

証明の学習には,「証明をよむ活動」と「証明をつくる活動」があると言われている。(参考資料2,図1)。これまでの指導では,証明をつくる活動を中心に授業を展開してきた。そこで,今回は,証明をよむ活動を小単元「証明とそのしくみ」の第1時に位置付ける。よい証明をよみ,ワークシート「証明の道」(図2)を用いて,その証明の方針を見いだすようにする。そして,第2時では,証明をつくる活動を行う。さらに,第3時では,再度,証明をよむ活動を行い,第2時でつくった証明を振り返り,自分の証明は,十分であったのかを検討するようにする。

図1「証明をよむ活動」と「証明をつくる活動」図2 証明シート


このようにして,証明をよむ活動と証明をつくる活動,両者の行き来を意識的に位置付けることにより,筋道の通った証明の方針を立てることができ,証明をつくることができるようになるだろうと考えた。

(2)解析的に推論していく授業

図3 総合的推論と解析的推論証明の方針を立てる方法として,総合的推論と解析的推論の二種類がある(図3)。総合的推論とは,前提をもとにして順序良く証明をしていく方法である。これまでは,総合的推論をもとにして指導することが多かった。問題文の中から,前提を見いだし,その中から必要な性質を組み合わせて,新たな性質を導く方法を主に扱ってきた。しかし,前提からどのように結論へ導いていけばよいのかわからずに,途中であきらめてしまう生徒もいた。

一方,解析的推論とは,結論から前提に向かって推論していくことである。結論を明確にして,教師が「結論を証明するためには,何を示せばよいか」「それはどうしてか」と問いかけ,生徒は,結論から考えていくことにより,自分なりの証明の方針が立てやすくなると考えた。

今回の授業では,全国学力調査Bの4をもとに,次の学習問題を扱う。

【学習問題】
∠XOYの辺OXと辺OY上に,OA=OBとなるように点Aと点Bを,OC=ODとなるように点Cと点Dを,それぞれとります。点Aと点D,点Bと点Cをそれぞれ結ぶとき,AD=BCとなることを証明しなさい。

教師は,学習問題を提示し,仮定と結論を確認後,「AD=BCを証明するためには,何を示せばよいか」と問いかける。生徒は,「合同な図形ならば,対応する辺の長さは等しい」ということをもとに「△AOD≡△BOC」を示せばよいことに気がつくだろう。しかし,二つの三角形の合同を示せばよいことや,「合同な図形ならば,対応する辺の長さは等しい」ことをもとにすればよいことに気がつかない生徒もいるだろう。そこで,これまでに学習した性質や条件,問題文の中の仮定や結論を一つずつカードに書き残しておき,机上に見える状態に並べておくようにする。そして,その中から必要な根拠を選択し,ワークシートの「証明の道」の上へ並べることにより,証明の方針を立てることが可能になると考えた。

このようにして,教師が「結論を証明するためには,何を示せばよいか」と問いかけたり,使っている定理などを意識させるために「それはどうしてか」と考えさせたりすることにより,生徒は,証明の方針を見いだすことができるだろう。総合的な推論だけで,証明の方針を立てていく授業展開と比べて,解析的に推論していくことは,より証明の方針が立てやすくなるだろうと考えた。

(3)説明と振り返り

「証明の道」の上にカードを並べることができたら,それを見ながら,友に自分の証明の方針を説明する場を位置付ける。生徒には,1順序よくカードが並んでいるか。2なぜそこにそのカードを置いたのか問いかける。という二点を視点として友の説明を聞くように指示する。このような説明や問い返しを友と行うことにより,証明の記述の仕方にとらわれず,自由に証明の方針について考えることができると思われる。また,友に「なぜそこにそのカードを置くのか」と問いかけられることにより,使っている定理などを意識し,根拠が確かな証明の方針を立てることができるだろう。

そして,友に説明を行ったあと,自分の証明を振り返る場を位置付ける。これにより,結論から解析的に推論した生徒は,仮定から順序良く振り返ることにより,より筋道の通った方針を立てることができるだろうと考えた。

3.授業の実際 2年 単元名 「図形の調べ方」 全15時間扱い

単元展開

時間 ○学習活動
1 ○直線が交わってできる角について調べる場面で,対頂角の性質や同位角,錯角について理解する。
2 ○直線に平行な直線をひき,平行線と同位角の関係を使って,平行線と錯角の関係について自分なりに説明する。
3 ○平行線の性質や平行線になる条件を用いた練習問題を解く。
4 ○三角形の内角の和が180°になることを,平行線と角の性質を使って,自分なりに説明する。
5 ○三角形の内角・外角の性質を理解し,練習問題を解く。
6 ○四角形,五角形,六角形の内角の和を求め,多角形はいくつかの三角形の分けられることに着目して,多角形の内角の和を調べる。
7 ○n角形の内角の和をもとにしたり,六角形の周りを一周するときの角度を考えたりすることにより,多角形の外角の和は360°になることを説明する。
8 ○星型七角形の七つの先端の内角の和を,今まで学習した性質を用いて様々な方法で求める。
9 ○様々な多角形の角度を求める練習問題を解く。
10 ○二つの三角形は,どのような場合に合同になるか考え,合同な図形の性質や合同条件を知る。
11 ○よい証明をよみ,ワークシート「証明の道」に仮定や根拠,結論等が書かれたカードを置くことを通して,証明の筋道をまとめる。
12 ○重なりのある二つの三角形の証明を考える場面で,合同な図形の性質や三角形の合同条件に着目し,友とカードを順序良く並べ,証明の方針を説明する。
13 ○前時の自分の証明を振り返り,よい証明と比較しながら,正確に証明をつくる。
14・15 ○練習問題を解く。

(1)授業I 【第4時】

1本時のねらい

三角形の内角の和が180°になることを,平行線と角の性質を使って,自分なりに説明することができる。

2学習問題:「三角形の内角の和は180°になることを説明しなさい」
3授業記録〈見通しの場面〉
T 1:
三角形の三つの内角の和が180°になることを説明するには,どのようにして考えていけばよいだろう。
K生:
学校のとき,三角形の紙をちぎって,一つの頂点に角度を集めて180°になったことを確かめた。その考え方を使って説明すればよさそうだ。
T 2:
どのような根拠を使えば説明できそうですか。

T生:
「直線のなす角は180°」を使えばいいと思う。

S生:
「2つの直線が平行ならば,同位角は等しい」も使えそうだ。

K生:
「2つの直線が平行ならば,錯角は等しい」

I 生:
「対頂角は等しい」

A生の研究生徒は,「直線のなす角は180°になる」「2つの直線が平行ならば,同位角(錯角)は等しい」「対頂角は等しい」等を使えば,説明できそうだということを確認し,右のような個人追究を行った。


4考察

授業後,「自分なりに説明ができたか」という問いに対して,36名中35名の生徒が,「説明することができた」と答えた。そのうち,三角形の一つの頂点に角を集めて,直線のなす角は180°だから,三角形の内角の和は180°であることを説明した生徒は,27名であった。

S生の研究これは,「結論を証明するためには,何を示せばよいか」→「180°になることを説明するには,どのように考えていけばよいだろう(どのような根拠を使えば説明できそうか)」という教師の問いかけがあったため,比較的多くの生徒が説明することができたように思われる。A生やS生は,始めに平行な線を引き,同位角や錯角により三角形の一つの頂点に他の二つの角を集めることを考えていた。授業終了時の生徒の感想で,S生は「平行線の性質などを利用すれば,どんな三角形でも3つの角度の和が180°になることを説明できるということがわかった」と記述していた。また,「三角形の内角の和は180°であるということを説明するときは,平行線の性質や一直線が180°であるということを使えば説明できるということがわかった」と記述した生徒もいた。

これらのことから,結論を明確にして,その結論を説明するために,何を示せばよいのかと考えていくことは,生徒にとって説明の方針が立てやすいことがわかった。そして,説明の方針を立てることができれば,自分なりに説明を記述することができることもわかった。

授業終了後に,次のようなアンケートをとった。「日頃から,相手に何かを説明するとき,結論から説明していくタイプですか」という質問をしたところ,14人は,「はい」と答え,16人は順序良く最初から説明すると答えた。日常生活の中にも,総合的推論のように考えていく生徒と,解析的推論のように考えていく生徒とが,半々ずついることもわかった。

(2)授業II 【第11時】

1本時のねらい

よい証明をよみ,ワークシート「証明の道」に仮定や根拠,結論等が書かれたカードを置くことを通して,証明の筋道をまとめることができる。

2学習問題

写真1 証明をよみ、カードを並べる「下の図の13の手順(∠XOYにおいて角の二等分線を作図する手順)で,直線OPを作図したとき,OPは,∠XOYの二等分線になり,∠XOP=∠YOPが成り立ちます。このことを証明しなさい。」

3考察

学習問題を提示した後,生徒は,実際に図を描き問題を把握した。そして,教師と共にわかっていること(仮定)と,導きだそうとしていること(結論)を確認し,自分なりの説明を考えた。しかし,どのような方針で説明をしたらよいかわからない生徒が多かったため,その証明を提示した。生徒は,教師と共にその証明をよみ,「証明の道」に仮定,結論,三角形の合同条件,合同な図形の性質等のカードを並べた(写真1)。

S生は授業後の感想で,「∠XOP=∠YOPを証明するためには,△OAPと△OBPの合同を言えばいい。その時,合同条件は,『3辺がそれぞれ等しい』を使えばいい。証明することは何かをはっきりさせて,それを言うためには,何を言えばよいのかを考えていけば,証明になることがわかった。証明は簡単そうだ。今度は証明を読まないで自分でやってみたい。」と記述した。S生は,授業前,「証明すること」に大きな抵抗を感じていたが,よい証明をよみ,その方針を理解したことにより,進んで証明をしようという意欲をもつことができた。

(3)授業III 【第12時】

1本時のねらい

重なりのある二つの三角形の証明を考える場面で,合同な図形の性質や三角形の合同条件に着目し,友とカードを順序良く並べていくことを通して,思考を振り返り,図形の証明の方針を説明することができる。

2指導上の留意点

これまでに学習した性質や条件はカードに記入しておき,机上に置いておく。また,証明の表現のしかたは自由とする。

3本時の展開
段階 学習活動 予想される生徒の反応 ◇教師の指導・援助
評価
時間 備考
活動の焦点化 1 学習問題を確認する。 【学習問題】
∠XOYの辺OXと辺OY上に、OA=OBとなるように点Aと点Bを、OC=ODとなるように点Cと点Dを、それぞれとります。点Aと点D、点Bと点Cをそれぞれ結ぶとき、AD=BCとなることを証明しなさい。
15分 ワークシート「合同な図形の性質」「合同条件」のカード(前時に作成)証明シート

ア わかっていることは,OA=OB,OC=ODだ。図に色をつけ,カードに書こう。

◇問題文をよみ,わかっていることや証明することを問題文と図に色をつけ,その記号をカードに書き出すように促す。
2 二つの三角形をもとに証明の見通しをもつ。

イ AD=BCを証明すればよい。カードに書こう。

ウ △AODと△BOCの合同の証明をすればよい。

エ 合同な図形の性質より,合同な図形では,対応する線分の長さは等しいから,二つの三角形の合同を証明すればよい。

オ 二つの三角形が見えにくい。三角形が同じ向きになるよう描き直そう。

◇AD=BCを証明するためには,何を示せばよいのか問いかける。
◇なぜ,△AODと△BOCの合同の証明をすればよいのか,証明シートやカードを活用しながら,友と理由を考えるように促す。
◇二つの三角形の合同に気づかない生徒には,同じ向きに描き直すよう指示する。
【学習課題】
カードを順序良く「証明の道」に並べ、二つの三角形をもとに、自分の証明をまわりの友に説明しよう。
追究 3 「証明の道」にカードを置いた理由を説明し合う。

カ 「証明の道」の最後には,結論がくるのだから,AD=BCのカードを置けばよい。

キ 結論AD=BCをいうためには,二つの三角形の合同がいえればよいから,△AOD≡△BOCのカードを置く。

◇各自,前時までに作ってある合同な図形の性質二つや三角形の合同条件三つのカード,本時に作ったカードから,必要なものを証明シート上に並べ,結論へつなげていくように指示する。 5分 証明シート
ワークシート

ク △AOD≡△BOCのカードを置く理由は,合同な図形の性質の「合同な図形では,対応する線分の長さは等しい」からだ。このカードも置く必要がある。

ケ △AODと△BOCの合同をいうには,合同条件「2辺とその間の角がそれぞれ等しい」が使える。だから,わかっていること,OA=OB,OC=ODを始めに置こう。

コ 「その間の角」は,∠AODと∠BOCになる。そのカードも作ったほうがよい。

◇カードとカードをつなぐ言葉を,自分なりの言葉で書き加えるように指示する。
◇個人でカードを並べて,証明の方針を立てることができたら,友に説明するようにする。
◇並べ方がわからない生徒をグループ化し,教師と共にカードを並べる。
◇聞き方の観点 ・必要なカードが順序よく並んでいるか。
・一つ一つのカードを置いた(選んだ)理由を説明しているか。
10分
評価・共有化 4 説明をまとめ直す。

サ 友の説明には,証明の始めに,どの三角形とどの三角形の合同を証明するのかカードを作って置いていた。自分の証明にも付け加えよう。

シ つなぐ言葉を入れて,自分の証明を始めからよみ直すと,「証明の道」が1本につながって,わかりやすくなった。

◇友の説明を聞いて,自分の証明に使えそうなことは,朱書きをするように促す。
◇アドバイスできないペアには,教師が助言する。
◇全体で,必要なカードの順序や,カードをつなぐ言葉を確認する。
10分
5 高まりを自覚する。

ス 「証明の道」を考えるときは,結論をいうために,何がわかればよいのかと下から考えていくと,証明が組み立てやすくなることがわかった。次の問題も結論から考えてみたい。

セ 【四角形ABCDで,AB=AD,BC=DCならば,∠ABC=∠ADCであることを証明しなさい】

ソ 合同条件や合同な性質のどれを使えばよいのかを考えると,証明できる。

◇自分の証明を振り返り,より分かりやすい証明になるよう修正するように促す。
自分の証明を振り返り、合同条件や図形の性質をもとにして、証明を説明している。

◇正しい順序でカードを置くことができない生徒には,結論を導くために必要な事柄を共に考え,説明できた生徒には,一人で類題を証明するように助言する。
◇結論をいうために何がわかればよいのかが書かれているか確認する。
10分 ワークシート
4授業記録と考察

学習問題の図
S生の証明シート

教師は,学習問題を提示し,生徒は,わかっていることと,証明することを問題文から見いだし,そのカードを作成した。そして,教師は,「結論(AD=BC)を証明するためには,何を示せばよいだろうか」と全体に問いかけた。すると,「△AODと△BOCの合同を証明すればよい」,「△ACEと△BDEの合同を証明すればよい」と,二つの考えが全体の前でだされた。さらに,教師は,「どうして合同を証明すればよいのか」と問いかけ,合同な図形の性質を用いて考えることを確認し,個人追究が始まった。

【S生の追究】「結論を証明するために三角形の合同を示せばよい」

S生は,始めに右のように証明シートの上に1のカードを置いた。しばらく考え込んだ後,2の△OAD≡△OBCのカードを置いた。そして,34の仮定のカードを置いたところで,再び手が止まった。その後,56の順序でカードを置いた。友と証明を説明し合い,自分の証明をまとめ直す場面で,S生は,右のように記述した。



S生のまとめ直した自分なりの証明 S生のように,結論(AD=BD)を証明するためには,△OAD≡△OBCを示せばよいことに着目し,三角形の合同条件や,それが成り立つために必要な事がら(OA=OB,OC=OD)を考え,自分なりにまとめていくことができた生徒が38名中33名いた。



O生のまとめ直した自分なりの証明右のO生も,S生と同じ順序で考えた生徒のワークシートである。


S生やO生を始め,多くの生徒が記述できたように,教師が「結論(AD=BC)を証明するためには,何を示せばよいだろうか」と問いかけ,生徒は,結論から前提に向かって,解析的に推論していくことは,証明の方針が立てやすいことがわかった。特に,O生の証明の書き出しには,「〜を証明するには,〜すればよい」と記述されている。これは,証明の方針を立てることができた姿である。方針を立てることを大切に考えるとき,これからも証明の冒頭に書かせたい文である。

今までの指導の中で,証明の表現形式にこだわり過ぎて,1番大切な証明の方針を立てることが疎かになってしまうことがあった。そのため,証明問題を最後まで記述することができない生徒がいた。S生やO生の証明は,教科書のような書式ではないが,証明のしくみが十分理解でき,方針を立てることができた姿と判断するため,自分なりの自由な表現で記述していくことも認めていきたい。

M生のワークシート【M生の追究】「三角形の合同を示せばよいが…」

M生は,三角形の合同を示せばよいだろうということは理解した。しかし,三つの合同条件のどれを使えばよいのかがわからなかった。また,結論のAD=BCを,合同条件を示すための根拠の一つとして使ってしまっている。そこで教師は,わかっていること,証明すること,結論を証明するために示すこと等について,M生に個人指導をした。

このように,M生は,証明の方針を立てようとしていたが,三角形の合同を証明する段階になって,わかっている前提から,総合的に推論し始めた。M生が,合同を示すことができなかった原因として,結論(AD=BC)を示すことについて十分理解していなかったことや,2辺の間の角が等しいことを見いだすことができなかったことが考えられる。このような生徒には,「証明の道」を利用して結論を確認することや,三つの合同条件のどれが使えそうかより丁寧に個人指導する必要がある。

しかし,M生は,前時の証明をよむ活動をもとにして,証明の書き方は,よい証明の真似をすることができた。ただ,証明の方針を立てることができていなかったために,最後まで記述することができなかった。証明の書き方を指導することも大切であるが,始めに証明の方針を立てることの重要性と,個に応じた指導の必要性が示唆された。

【A生の追究】「前時の証明をよみながら証明をつくる」

A生がまとめ直した証明A生は,S生と同じ順序でカードを置いた。しかし,2辺が等しいことはすぐにわかったが,その間の角が等しいことに気がつかなかった。証明の方針を友と説明し合う中で,∠Oを,二つの三角形の共通な角として見ることができ,合同条件を決めだすことができた。その後,教師は,「前時によんだ証明を参考にして,自分の証明をワークシートにつくろう」と指示をした。A生は,教室に掲示してあった前時の証明と,自分の「証明の道」とをよみ比べながら,右のように自分の証明をつくった。


写真2 全体で証明の方針を確認した場面A生の追究の様子から,友と説明し合うことにより,気がつかなかった根拠の一つがわかり,証明の方針を立て,筋道の通った証明をつくることができた。

また,前時の証明をよむ活動が,本時で生かされていることもわかった。本時では,証明の方針を立てることがねらいであるため,S生やO生のような証明を自分の言葉で記述していく程度でよいと考える。次の段階として,A生のように,よい証明の書き方の真似をして,教科書のような書式に従った証明をつくることができるようにしたい。この活動は次時に行うが,前時に証明をよむ活動を扱ったことにより,本時にも自ら行う生徒の姿が見られた。

4.成果と課題

(1)全国学力調査問題は,三角形が逆向きに重なっていることから,二つの合同な三角形を見いだすことに抵抗を感じる生徒がいた。また,証明のしくみを考えていく上で,合同条件「2辺とその間の角がそれぞれ等しい」を用いることは,「3辺がそれぞれ等しい」を用いることと比べると,抵抗を感じる生徒がいた。そこで,今回のような証明のしくみを考えていく時は,よい証明をよんだ後,二つの合同な三角形が重ならなくて,「3辺がそれぞれ等しい」という条件を用いる証明問題(第12時の終末問題)を先に扱ったほうが,より証明の方針を立てやすいことが示唆された。

(2)今回は,証明のしくみを学習する導入場面(第11時)で,教科書の証明を用いて証明をよむ活動を行った。これは,証明の方針を立てることや,自分なりの表現の仕方で記述していく中で,証明の形式を自然に意識してつくっていくことに有効であることが示唆された。

(3)教師が,「結論を証明するためには,何を示せばよいか」という問いかけを行い,生徒は,解析的に推論していくことは,証明の方針が立てやすいことがわかった。授業後の感想に「証明するには,まず何を示せば証明できるかということを考えなくてはいけないということがわかった」「三角形の合同を示すとき,必要になるものをあてはめていくとわかる。上からではなく,下からやったほうがわかりやすい」等の内容を記述した生徒が多かった。逆に,「証明は,わかっていることからだんだんと説明していけばできるとわかった」と記述した生徒もいた。生徒の,日頃の推論の方法も影響していると思われる。これからの論証指導では,解析的推論と総合的推論の両方を大切にしつつ,生徒の意識を追跡調査していきたい。
また,一つの証明を考えていく上で,必ずしも解析的に推論していくのではなく,生徒によっては,その証明の中に,総合的に推論する部分がでてくることも示唆された。

(4)自分なりの証明の方針を立てられたところで,友に説明をする場面を位置付けたことは,根拠が明らかになり,自分の方針に自信をもつことができた。このことは,その後の振り返りで,筋道の通った方針を立てる上で有効であることがわかった。

(5)本単元以降の論証指導の場面でも,方針にもとづく証明指導のあり方を探っていきたい。

5.参考資料

  1. 国立教育政策研究所教育課程研究センター「平成20年度 全国学力・学習状況調査 解説資料 中学校 数学」(2008)
  2. 信州大学教育学部附属長野中学校「平成17年度研究紀要」(2005 )
  3. 宮崎樹夫「中学校数学における証明の学習の諸相を整理する枠組みの構築」第41回数学教育論文発表会(2008)


審査委員会から
審査委員会の講評

方針にもとづく証明指導のあり方
−全国学力調査問題を数学の授業で扱った実践から−

証明の学習は,これまでも課題に挙げられてきたものの一つである。最近の調査問題を吟味して教材研究を行い,一方で理論的に考察を進めており,証明指導に関する有効な提言を含んでいる点で高く評価できる。また,研究の枠組みや道筋も明確に立てられており,これまでの授業実践の成果も伺える。授業記録からは,教師の様々な配慮により,生徒が着実に力を伸ばしている様子が見られ,今後の実践研究の進展も期待できる。