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誤りに気付き,表現力を高めていくための指導方法の工夫 〜誤答の多い架空の児童「かずや君」の活用〜 |
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1.はじめに 平成20年度全国学力・学習状況調査の調査結果によると,小学校算数(A,B合わせて)において正答率が17.6%と最も低かった設問はB2(3)で,「他者の考え方が正しいかどうかを判断して,その理由を言葉や式を用いて記述することに課題がある。」と指摘されている。さらに,学習指導に当たっては,「判断や誤りを指摘する場合,どの部分がどのように誤っているのかを明確にして,根拠を示しながら説明したり,どのように修正すればよいのかを検討したりする活動」を積極的に取り入れることが大切であるとされている。 そこで,単元の中で随時,誤りやすいと予想される解法や解答を,ある児童の解答例(誤答例)として意図的に提示することにした。このとき「ある児童」とは,担任の名前をとって「かずや君」として登場させる。例えば,「かずや君の式と答えは正しくありません。どの部分がなぜ正しくないのか説明してください。」と,あらかじめ「正しくない」ことを児童に知らせた上で,誤りの根拠を示しながら説明させる。または,「かずや君はこのように答えました。この答えについてどう思いますか?」と,正誤不明の状態で提示し,判断の結果を児童に表現させる。このような算数的活動を取り入れたのが,本実践である。 2.誤りに気付かせるための手だて 今年3月に新しい学習指導要領が公示された。今回の改訂では,算数科の目標において,「考え,表現する能力を育てる」というように,「表現する(能力)」の文言が加えられた。学習指導要領解説算数編によると,「考えを表現する過程で,自分のよい点に気付いたり,誤りに気付いたりすることがあるし,自分の考えを表現することで,筋道を立てて考えを進めたり,よりよい考えを作ったりできるようになる。」とされている。ここで,「(自分の)誤りに気付く」とあるが,自分の誤りに自分で気付くというのはなかなか難しい。これに対して,他者が示したものであれば,その誤りに気付きやすいというのは想像に難くない。 そこで,児童が自分の誤りに自分で気付けるようになるためにその前の段階として,他者の解答の中の誤りを児童に指摘させ,根拠を的確に述べさせる活動を取り入れることにした。ところが,誤った考え方や誤答が教科書に掲載されていることは皆無に等しいので,誤答例を児童の目に触れさせるためには,指導者側が誤答を意図的に用意し,児童に提示するという手だてが必要となる。 今年度は,当初から算数の授業中に「かずや君」を登場させている。ささやかな取り組みではあるが,他者の誤りを指摘し,根拠を的確に述べ,誤りを正していく活動を継続していくことが,自分の考えをよりよく表現することにつながっていけるものと考える。 3.「小数のかけ算」における実践
「小数×整数」の導入にあたる授業で「かずや君の答えはまちがっています。なぜまちがいなのか理由を説明してください。」と投げかけた。すると,「4本分を求めるのに,答えが1本分の0.3ℓより少ないというのはおかしいから。」や,「0.3ℓ=3だから,3×4=12で12になる。つまり1.2ℓだから,かずや君はまちがっている。」と数名の児童が誤りの根拠を的確に述べられた。一方,塾などで既に学習している児童の中には,「0.3×4=1.2だから」という,未習の児童を納得させるには根拠の不十分な説明が見られた。
「小数×小数」の授業で,「かずや君の書いた式と答えについて,どう思いますか?」と問うと,児童は,「0.8ℓは1ℓよりも少ないので,1ℓ分の0.9sより重くなるのはおかしいと思う。」や,「線分図から見当をつけたとき7.2sという答えはやはりおかしい」と答えた。そこで,「どうしてかずや君はこういうまちがいをしてしまったのでしょうか?」と問うと,「『九八72』で何も気にせずに小数点を打っただけ」や「見当をつけずに解いてしまったから」という答えが返ってきた。こうすることで,何に気をつけたらよいのか,児童たち自身で自ずと分かってくる。 続く練習問題でも,かずや君の解答として,誤答の可能性の高いものを板書し,「かずや君の答えは正しいかもしれないし,まちがっているかもしれません。指名された人は,黒板に書かれたかずや君の答えが正しければ○を,まちがいならば正しい答えを書きに来てください。」と指示した。児童は,自分の答えが「かずや君の答えと一致していたらまずい」とばかりに,自分のノートの答えと,黒板に書かれたかずや君の答えとを熱心に見比べていた。
「小数×小数」の筆算の授業で,かずや君を登場させた。「小数×整数」の単元では,筆算のとき,被乗数の小数点をそのまま真下に下ろせばよいと考えて形式的な処理をしないように指導してきた。「小数×整数」では通用しても,「小数×小数」では誤答になってしまうからである。そこで,あえてその誤った筆算のしかたで計算したかずや君の誤答例を児童に提示した。「かずや君はこのように考えて筆算をやっているけれど,どう思いますか?」の問いに児童たちは,「以前,先生に,真下に下ろすと考えてはいけないと教わったから,かずや君の考え方はまちがっている。」や,「小数を整数に直すために何倍するかを考えて小数点の位置を決めないといけない。」という答えを返してきた。中には,「そもそも1よりも小さい0.4をかけているのに,答えがかけられる数の4.2より大きくなるというのがおかしい。」という児童もおり,小数のかけ算の筆算で,小数点を真下に下ろすという形式的な処理の仕方の限界を共有することができた。 4.この取り組みの成果と課題 児童が誤答から学ぶことは多い。教師は授業中に児童のノートやプリントなどを見て回りながら,児童の誤答を把握し,採り上げて指導することで,児童は,「こういう考え方をするとまちがってしまうのか」や「こういう誤りをしやすいのか」ということに気付くことができる。しかし,教師の期待するような誤答を児童がいつも出すとは限らない。そこで本実践は,あらかじめ誤答例を教師が準備しておくことで,誤答の児童が実際にいなくとも架空の児童「かずや君」の誤答例として提示することができるという利点がある。 児童に,「どんなことを考えながら,黒板に書かれたかずや君の解き方を見ますか?」という調査をしたところ,ほとんど全員が,「きっとまちがいがあるに違いないから,どこがまちがっているのかを考える。」と答えている。さらに「自分が問題を解くときにどんなことに気をつけますか?」という問いには,「かずや君と同じまちがいをしないように注意する。」という回答が多い。 このように,他者の解答に誤りがないか注意深く見られるようになり,その誤りを活かそうとすることができるようになったという成果が認められた。一方で,課題として挙げられるのは,「他者の誤りを指摘して,適切な根拠で説明できる」ようになったとしても,一足飛びに「自分の誤りに気付く」ことができるようにはならないということである。誤りに気付き,それを次へ活かし,表現力を少しずつでも高めていけるようにささやかな取り組みではあるが継続していくとともに,指導方法のさらなる工夫に努めていきたいと考えている。 |