1.はじめに
高等学校の英語教育において,リーディング力やリスニング力の向上を望む生徒は少なくない。大学入試や外部英語検定試験では,これら2つの技能が重視され,配点が高い傾向がある。特に本校では,ほとんどの生徒が大学進学を志望しているため,リーディングとリスニングは育成すべき重要な技能とされる。
リーディングとリスニングの授業において,私は「英語インプットをできるだけ多く提供する」「生徒の学習動機を向上させる」「単元テーマの理解を深める」ことを重視している。リーディングおよびリスニングで使用される教材は,言語インプットとして学習において重要な役割を果たす。多くの場合,検定教科書が使用されるが,これらの教科書は学習者向けにコントロールされた内容であり,自然な英語に触れる機会が限られている。また,興味深いトピックが含まれているものの,視覚的な情報が不足しており,動画や音声などを補完するために,教員が独自に教材を作成する必要が生じる。
こうした状況の中で注目したのが「オーセンティック教材」である。オーセンティック教材は,英語学習の向上に多くの利点をもたらすとされるため,昨年度,私は高等学校2年生の英語コミュニケーションIIの授業で,検定教科書に加えてオーセンティック教材を活用した言語活動を取り入れ,生徒の学習意欲と教科書の内容の理解度を向上させるための指導を試みた。本報告では,その実践の一部を紹介する。
2.オーセンティック教材(authentic materials)
Tomlinson(2013)は「オーセンティック教材」を以下のように定義している。
The term of authentic materials or authentic texts refers to any ‘written or spoken texts’ which are commonly not intended to language teaching.
オーセンティック教材やテキストとは,言語指導を目的としたものではない文字または音声のテキストを意味している。つまり,話し言葉であれ書き言葉であれ,ネイティブ英語話者が使用している英語のほとんどがオーセンティック教材になり得る。
次に,言語教育におけるオーセンティック教材のメリットについて示す(Tomlinson(2013)。
- They can increase students’ motivation and independent learning.(学習動機を向上させ,自律的な学習を促す)
- They can be more interesting and relevant to learners’ needs.(学習者のニーズに関連した興味深いものである)
- They can provide exposure to real language.(生きた言語に触れることができる)
- They can provide authentic cultural information about the target culture.(目標言語に関するオーセンティックな文化的情報を提供する)
- They can allow students to know what’s happening in the world.(世界で何が起こっているかを伝える)
- They can make teachers more creative in designing the lesson.(授業のデザインをより創造的にする)
以上の利点の中で,オーセンティック教材の学習動機を向上させるという利点については多くの研究者に賛同されている。これらの利点は,先ほど述べた私が授業で心掛けたい3つの目標を達成する上で有効であると考えた。
3.オーセンティック教材を用いた授業実践の紹介
次に,私が昨年度の1学期に実践した授業を紹介する。主たる教材として,検定教科書のElement English Communication II(啓林館)を使用した。1学期中間考査及び1学期期末考査の範囲で扱った単元は以下の通りである。
1学期中間考査 ※「Reading」とは授業のメインで扱う教科書の文章のタイトルを示している。
Lesson 1 Cultures around the World Reading:The Culture Map
Lesson 2 Power of Words Reading: Stay Hungry, Stay Foolish
1学期期末考査
Lesson 3 Preconception Reading: How did pink become a “Girls Color” in America? – A study by Dr. Poletti –
Lesson 5 How Our Minds Work Reading: Predictably Irrational
私は,英語コミュニケーションIIの授業の構成を考える上で,CLIL(内容言語統合型学習)(Coyle, 2012)を参考にした。CLILとは,言語教育と他教科などの内容教育とを統合した形で行う教育方法の総称である。内容理解と言語形式の習得だけでなく,教科内容を題材にして様々な活動と指導を行い,外国語の4技能を向上させていく。日本の英語教育において,和泉(2016)がラウンド制の授業を提案している。ラウンド制の授業は,内容重視→言語形式→内容重視のステージを大切にしている。これらのCLILで期待される主な利点は,コミュニケーション活動への積極的な参加,学習動機の向上,協同学習の促進,言語使用不安の軽減が挙げられる。
和泉(2016)が提案するCLILのフレームワークを参考に,以下の6つのステージを基本的な授業の構成とした。
- 1. Introduction
-
- 単元のトピックに関連した背景知識(スキーマ)を活性化させる。
- 単元のトピックに興味を持たせる。
- 2. Pre-reading
-
- 語彙,発音指導
- 本文の内容に関連した背景知識(スキーマ)を与える。
- 3. While-reading
-
- 本文の内容(概要及び詳細)を把握させる言語活動
- 4. Intensive reading
-
- 精読
- 口頭和訳→文構造の解説
- 5. Additional Task (授業内又は課題にて実施)
-
- 単元のトピックや内容に関連したリスニング
- リーディング活動
- 6. Post-reading
-
- 音読 / リテリング / サマリーライティング / エッセイライティング
扱う単元によるが1,2,3,5のステージでオーセンティック教材を取り入れた。Introduction及びPre-readingのステージは,単元や本文のトピックに関連した背景知識を深めたり興味を持たせたりすることを目的としているため,オーセンティック教材を活用しやすい。While – readingは,readingの本文を読み終えた後,その内容をより深く理解するためにオーセンティック教材を活用できる。Additional Taskは,単元のトピックや内容に関連したリスニング・リーディング活動を授業内容だけでなく課題として与えることで,授業外でも英語に触れる機会を増やすことが可能になる。1学期の授業では,各単元で少なくとも3つはオーセンティック教材を活用するようにした。
次に,各単元で実践したオーセンティック教材を用いた言語活動を紹介する。授業構成を考える際に,各単元で少なくとも3つのオーセンティック教材を作成し,ワークシートに組み込んだ。それぞれの言語活動をどのステージで実践したか,どのようなツールでそれらの教材を見つけたか,どの英語技能を指導するための活動か,どのような狙いがあるかを以下の表一覧で示しているので参考にしていただきたい。
(1) lesson 1
Activity 1 | Activity 2 | Activity 3 | |
---|---|---|---|
ステージ | Introduction | Additional task | Pre-reading (Review) |
教材 | You Tube(一部編集) | You Tube | You Tube |
技能 | リスニング/スピーキング | リスニング | リスニング |
ねらい |
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(2) lesson 2
Activity 1 | Activity 2 | Activity 3 | |
---|---|---|---|
ステージ | Introduction | Introduction | While – reading |
教材 | You Tube (Mini Bio) | Website (Biography) | You Tube (Speech) |
技能 | リスニング | リスニング/リーディング | リスニング |
ねらい |
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(3) Lesson 3
Activity 1 | Activity 2 | Activity 3 | |
---|---|---|---|
ステージ | Introduction | Additional task(課題) | Additional task |
教材 | You Tube (News) | You tube (News) | You Tube (TV) |
技能 | リスニング | リスニング/ライティング | リスニング/ライティング |
ねらい |
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(4) Lesson 5
Activity 1 | Activity 2 | Activity 3 | |
---|---|---|---|
ステージ | Introduction | Additional task | Additional task |
教材 | Website (Wiki Simple) | You tube (Lecture) | TED Talk |
技能 | リーディング | リスニング | リスニング |
ねらい |
|
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4.授業の振り返り
次に,本授業実践の成果をアンケート結果より検証したい。1学期中間考査と1学期期末考査を終えて,授業に関するアンケートに回答してもらった。
「授業の理解度についてどのように感じていますか。」という質問に対して,1学期中間考査後のアンケート結果は(n=189),「よく理解できている」が72名,「まあまあ理解できている」が107名,「あまり理解できていない」が9名,「全く理解できていない」が1名であった。1学期期末考査後の結果は(n=184)は,「よく理解できている」が70名,「まあまあ理解できている」が102名,「あまり理解できていない」が11名,「全く理解できていない」が1名であった。
「授業の分かりやすさについてどのように感じていますか。」という質問に対して,1学期中間考査後のアンケート結果は(n=186),「分かりやすい」が137名,「まあまあ分かりやすい」が45名,「少し分かりにくい」が4名,「分かりにくい」が0名であった。1学期期末考査後の結果は(n=184)は,「分かりやすい」が130名,「まあまあ分かりやすい」が52名,「少し分かりにくい」が2名,「分かりにくい」が0名であった。
「授業の内容(全般)についてどのように感じていますか。」という質問に対して,1学期中間考査後のアンケート結果は(n=183),「面白い」が89名,「まあまあ面白い」が84名,「あまり面白くない」が6名,「面白くない」が4名であった。
本研究は,生徒の学習動機を高めることが目的の一つであるため,「授業が面白い」「まあまあ面白い」と回答した理由(自由記述)に注目すると,ほとんどの生徒が以下に紹介する内容と似たようなコメントを書いてくれた。コメントの一部を紹介する。
- たくさん動画をみて生の英語を聞けるから。
- 形式的に教材を学んでいるという感じではなく,そのテーマに対して考えたり深く知ったりすることができる授業だと感じているため。
- 最初から難しい話をするのではなく,簡単で興味を持ちやすい話題から授業に入るから関連した動画を見ることなどにより,知識を深め,興味を広げることができると思うから。
- 文章に沿ったテーマの動画などを見れて,英語の授業としてだけでなく単純に知識を得る意味でも面白いから。
- 本文の背景知識を我々生徒が理解しやすいようなものを使って教えてくださっている。
- 本文だけでなく,新聞を使ったり,YouTubeを使ったりと色々の教材で勉強することができているから。
- 文章を読んでただ内容を解説するだけでなく,関連する内容を扱ったり,リスニングを取り入れたりして多方面のアプローチから英語力を伸ばす授業だなと感じるから。
- ただ教科書の内容をやるのではなく,関連した動画や音声を見聞きしたりしたので,その内容に興味を持てたため。
- テキストだけでなく,テキストの内容に絡めた動画を見たり英語で軽い新聞を読んだりしているためプリント上だけでなく幅広く学習できているように思えてとても面白い。イントロダクションとか,生徒がつまんなくならないように工夫されていると思う。関連動画などのコンテンツがあって面白い。
- 本文そのものの読解だけでなく,それに関連した事項も取り扱っていて面白い。動画を用いているから。
- ただ本文の読み取りをやるだけではなく,テーマに関連した動画を見て背景知識も学べるのが嬉しいです。特に,Lesson2ではスティーブ・ジョブズの動画を見て,自分自身でも調べてみたりと興味が増えました。
また,オーセンティック教材の有用性について検証するため以下の質問について生徒に回答させた。(1学期期末考査後 n=184)。以下に,アンケート結果を示している。
<アンケートの質問内容>
授業で教科書のトピックに関連する動画を見たり,記事を読んだりします。(例,行動経済学者のTED Speech,行動経済学やハイコンテクストの理論の説明動画や説明文,スティーブ・ジョブズのスピーチ,人間観察実験やドッキリ企画,先入観を扱ったなぞなぞの街角インタビューなどなど)これらのオーセンティック教材を活用する活動についてあなたが思うことを全て選んでください。
教科書の本文だけを読むより学習動機(学習意欲)が向上する。 | 108 |
教科書本文の内容を理解することに役立つ。 | 114 |
英語のリスニング能力の向上に役立つ。 | 126 |
英語のリーディング能力の向上に役立つ。 | 49 |
英語のライティング能力の向上に役立つ。 | 11 |
英語のスピーキング能力の向上に役立つ。 | 13 |
英語の語彙力の向上に役立つ。 | 82 |
教科書のトピックに関する背景知識を得るのに役立つ。 | 135 |
授業以外でオーセンティックな教材を見たり読んだりしている。 | 17 |
「教科書の本文だけを読むより学習動機(学習意欲)が向上する」が108名,「教科書本文の内容を理解することに役立つ」が,114名,「英語のリスニング能力の向上に役立つ」が126名,「英語のリーディング能力の向上に役立つが49名,「英語のライティング能力の向上に役立つ」が11名,「英語のスピーキング能力の向上に役立つ」が13名,「英語の語彙力の向上に役立つ」が82名,「教科書のトピックに関する背景知識を得るのに役立つ」が135名であった。
5.成果と課題
本実践研究でオーセンティック教材を採用した主な理由は,「生徒にできるだけ多くの英語インプットを提供すること」「学習動機を高めること」「単元テーマへの理解を深めること」にある。アンケート結果によれば,「英語のインプットを増やす」という目的は,検定教科書のみを使用する場合に比べ,実際に多くのインプットを提供できたことが明らかとなった。さらに,オーセンティック教材を使用したことで,リスニング能力の向上に寄与したと感じた生徒は126名(67.7%)に上った。また,リーディング能力の向上に役立ったと回答した生徒は49名(26.0%)であった。リスニングとリーディングは,英語のインプットにおいて中心的な役割を果たすが,教材の割合としてリスニング教材が多かったため,リーディング能力の向上を実感した生徒は少なかったと考えられる。しかし,リスニングの能力向上を認識した生徒が多かったことから,オーセンティック教材の活用が学習効果の向上を促したと結論づけることができる。
また,授業アンケートでは,89名の生徒が「授業が面白い」と回答し,84名が「まあまあ面白い」と感じていることから,全体の94.5%が授業内容に興味を持っていたことが示された。特に「本文に関連する情報が得られる」「関連する動画が見られる」といった,オーセンティック教材に基づく活動に対して好意的な意見が多く寄せられた。さらに,オーセンティック教材を使用することで,教科書の内容を読むよりも学習意欲が高まったと答えた生徒は114名(61.2%)に達した。授業の観察からも,オーセンティック教材を使用した活動に対して,積極的かつ主体的に取り組む姿勢が見られた。これらの結果は,理論的に示されているように,オーセンティック教材が学習動機を向上させる効果があることを裏付けるものである。
オーセンティック教材に関するアンケートによると,135名(72.5%)の生徒が,教科書のトピックに関する背景知識を得るのに役立つと回答している。また,授業が面白いと感じた理由として,「背景知識を得ることで授業の理解が深まる」とするコメントが多く見られた。本校の生徒は,学習意欲が高く,知的好奇心も旺盛であるため,さまざまな活動を通じて単元に関連する背景知識を得ることで,授業内容の理解が深まるだけでなく,学習に対する興味もさらに高まったと推察される。
一方,授業内でオーセンティック教材の効果を感じたとしても,授業外での学習にそれを取り入れる生徒が少ない点が課題である。この背景には,受験勉強を最優先する学習習慣が影響していると考えられる。多くの生徒が受験に直結しない内容を優先しにくく,自学自習においてオーセンティック教材を活用する時間を確保できていない現状がある。しかし,大学受験の長文問題では,特に難関大学でオーセンティックな英語が取り上げられることが多い。このことから,オーセンティック教材を日常的に活用して英語に多く触れることが,大学受験にもつながるという意識を生徒に持たせるための工夫が必要である。
6.おわりに
最後に,本研究は,英語コミュニケーションIIの授業において,検定教科書を使用しつつオーセンティック教材を活用した言語活動を行うことで,生徒の学習意欲と教科書内容の理解度を高める指導を試みたものである。本稿で紹介した実践が,他の先生方の日々の授業作りに少しでも参考となれば幸いである。今回の実践を通じて,オーセンティック教材の可能性を改めて実感することができた。今後も引き続き,オーセンティック教材を日々の指導にどのように役立てていけるか模索していきたい。
【参考・引用文献】
- Coyle, D. (2010 ). CLIL: Content and Language Integrated Learning. London: Cambridge
- Tomlinson, B. (2013). Developing Materials for language Teaching. London: Bloomsbury Academic
- 和泉伸一 (2016) .『フォーカス・オン・フォームとCLILの英語授業(アルク選書)』.アルク
●本実践で紹介したオーセンティック教材の出典一覧
- Lesson 1 Activity 1 https://www.youtube.com/watch?v=qTXIi9v3N3w
- Lesson 1 Activity 2 https://www.youtube.com/watch?v=9oYfhTC9lIQ
- Lesson 1 Activity 3 https://www.youtube.com/watch?v=qKViQSnW-UA
- Lesson 2 Activity 1 https://www.youtube.com/watch?v=tvXUHY4z0As
- Lesson 2 Activity 2 https://www.ducksters.com/biography/entrepreneurs/steve_jobs.php
- Lesson 2 Activity 3 https://www.youtube.com/watch?v=UF8uR6Z6KLc
- Lesson 3 Activity 1 https://www.youtube.com/watch?v=UTGQJUJihtU
- Lesson 3 Activity 2 https://www.youtube.com/watch?v=nWu44AqF0iI
- Lesson 3 Activity 3 https://www.youtube.com/watch?v=ypyaA7xtblQ
- Lesson 5 Activity 1 https://simple.wikipedia.org/wiki/Behavioral_economics
- Lesson 5 Activity 2 https://www.youtube.com/watch?v=wpMLYh-UIsA
- Lesson 5 Activity 3
https://www.youtube.com/watch?v=9X68dm92HVI&list=RDLVxOhb4LwAaJk&index=3ist=RDLVxOhb4LwAaJk&index=3
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