生物授業実践記録
ヒトの呼吸に関する簡易実験
山口県立山口高等学校
児玉伊智郎
 
1.はじめに

 呼吸や光合成について学び,炭素などの物質循環に関連した知識を深めることは,生命現象の理解のみならず,地球温暖化などの環境問題についての意識を高める上で大変意義深いことです。現行の高等学校の生物の授業では,ミトコンドリアが呼吸によってエネルギーを取り出していること(生物 I )や,呼吸の詳細な過程(生物 II )について学びます。また,新課程の生物基礎においては,呼吸や光合成に加え,炭素の循環まで学習することになっています。
 ここでは,生徒にとって最も身近な生命現象であるヒトの呼吸に関する簡単な実験を紹介します。この実験により,生徒が学習内容を身近に感じることを期待します。
 
2.酸素摂取量の測定実験

(1)肺活量の測定

 肺活量計は保健室に保管されている可能性がありますので,養護教諭にお尋ねになるとよいでしょう。もし学校に肺活量計がない場合は,ビニール袋に呼気を集め,メスシリンダーを用いた水上置換によっておよその量を計量することも可能です。また,教員が演示実験として行う場合は,事前に肺活量を計量しておくことで,実験の時間を大幅に短縮することができます。なお,生徒に肺活量の計量を体験させる場合は,大きく息を吸い込むため,参加する生徒の健康状態には配慮が必要です。

測定手順(回転式肺活量計の場合,図1)

[1] 事前に肺活量計のタンクに指定された量の水を注水し,室温になるまでしばらく置いておきます。
[2] 水温を測定し,容積を示す針の位置をその温度に合わせます(図2)。
[3]

呼気を吹き込む時に口を当てる漏斗の部分をアルコールで消毒します(図3)。大きく息を吸い込んだ後,肺活量計に呼気を吹き込んで肺活量を量ります。

(2)呼気の酸素濃度の測定 

 本校では溶存酸素計 (堀場OM-14)を用いています。酸素計がない場合はガス検知管の酸素(6%〜24%)を用いると,およその濃度を計測することができます。

測定手順(溶存酸素計 堀場OM-14の場合)

[1] 呼気による校正を行います。
[2]

呼気の酸素濃度を測定します。大気で校正しているので,およそ20.9%の値を示すはずです。

[3]

呼気を吹き込むビニール袋の中に酸素計のセンサー部分を入れて,気体を押し出した状態でビニール袋の口を閉じます(図4)。大きく大気を吸い込み,30秒間息を止めます。30秒後に呼気をビニール袋に吹き込み,捕集した呼気の酸素濃度を計測します。30秒間という時間は,あまり息苦しくなく,なおかつ呼気中の酸素濃度の変化が明確に出るということで設定しました。

図1 回転式肺活量計   図2 温度補正
図3 吹き込み口の消毒  図4 センサー部を袋に入れた状態

(3)酸素摂取量の算出

[1] 30秒間の酸素摂取量の計算式
酸素摂取量(mL)=肺活量(mL)×(大気の酸素濃度(%)−呼気の酸素濃度(%))×0.01
[2]

1日の酸素摂取量

1日の酸素摂取量(mL)=30秒間の酸素摂取量(mL)×2×60(分)×24(時間)
[3]

測定結果

 表1は,生徒5名の計測結果です。酸素摂取量は生徒間に大きな差がありますが平均値は552Lでした。


表1 酸素摂取量の測定結果(5人の生徒の例)
生徒
肺活量
(mL)
呼気の酸素濃度
(%)
酸素濃度の減少
(%)
30秒間の酸素摂取量
(mL)
1日の酸素摂取量
(L)
A
3200
16.9
4.0
128
369
B

4180

15.2
5.7
238
685
C
3700
14.8
6.1
226
650
D

3950

14.7
6.2
245
706
E
3800
17.8
3.2
122
351
平均
3766
15.9
5.0
195
552

(4)酸素摂取量と二酸化炭素産生量(排出量),及びエネルギー消費量の関係

 グルコースを基質とした好気呼吸の反応は,次の化学反応式([1])で表されます。

C6H12O6+6H2O+6O2→6CO2+12H2O+38ATP(686kcal)……[1]

 私たちの体内では,グルコースなどの炭水化物の他,タンパク質や脂質を基質として利用しており,基質の種類によって呼吸商(排出するCO2量/消費するO2量)や発生する熱量が異なります。そのため,エネルギー消費量を求めるには,酸素摂取量の他,二酸化炭素産生量を測定し,これらの測定値を基に算出します1)
 ただし,酸素摂取量の値だけを用いて,二酸化炭素産生量やエネルギー消費量のおよその量を求める簡便な方法もあります。安静呼吸をしている時には,摂取される酸素の量1Lあたり体内では4.83kcalの熱量が生じることから,基礎代謝量を次式から求めることができます。

基礎代謝量(kcal)=4.83×1日のO2摂取量……[2]2)

 また,呼吸商については0.82〜0.85の値3)が使用されることが多いようです。今回の測定結果である酸素摂取量552Lについて簡便法を用いて計算すると,呼吸商を0.85とした場合,二酸化炭素産生量(排出量)は0.85×552L=470L(室温27℃,1.01×105pa条件下での測定とすると840g),基礎代謝量=552L×4.83=2670kcalとなります。このように,測定した酸素摂取量を基に,二酸化炭素産生量や基礎代謝量(エネルギー消費量)について推量する方法もあります。
 「日本人の食事摂取基準」(2010年版)(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/dl/s0529-4e.pdf)によると,15歳〜17歳の日本人が普通の身体活動レベルで生活をした場合,エネルギー所要量は男性2750kcal,女性2250kcalとされています4)。この男女の値を単純に平均すると,高校生は1日に2500kcal(1.046×104J)のエネルギーが必要だと考えることができます。簡便法によるエネルギー消費量の推定値は2670kcalで,「日本人の食事摂取基準」に近い値でした。また,地球環境研究センターの遠嶋康徳先生によると,ヒトが呼吸によって1日に排出する二酸化炭素の量は約1kgと考えることができる5)そうです。測定した酸素摂取量から推定された二酸化炭素排出量は840gで,1kgからは少し離れてはいますが,生徒が呼吸によって排出している二酸化炭素のおよその量を実感できる値だと思います。 

 
3.私たちの生活と二酸化炭素の排出量

 日本の2005年度のCO2総排出量は,12億9,300万トンで1人当たりのCO2排量は10.12トン/人だそうです6)。これを,1日当たりに換算すると27.7kg/人となります。ヒトが呼吸によって1日に排出量する量(約1kg/人)に対して約28倍であり,私たちは生活の中で,輸送や製造,あるいは家庭での照明や冷暖房になどに多くのエネルギーを使用していることが分かります。もちろん,呼吸により排出される二酸化炭素量は削減できません。二酸化炭素の排出量を削減するために何ができるのか,温室効果ガスの削減方法について授業中に話し合うのも良い学習の機会となることでしょう。
 
4.おわりに

 今回の実験では,30秒間息を止め,その間の酸素摂取量を求めました。もし,30秒間(あるいは1分間)通常の呼吸をして,その間に排出される呼気をポリエチレン袋に集め続け,捕集した呼気の体積を水上置換で計測する方法にすれば,肺活量計は不要です。さらに,体に対する負荷も減少し,基礎代謝量に近い酸素摂取量を求めることができるはずです。このように,本実験は,まだまだ改良の余地があります。より良い実験にするために,今後も改良に努めたいと思っています。
 この原稿は「温室効果ガスの削減について考えよう」7)の一部を改訂したものです。
 
5.引用文献

(1) 田中茂穂.エネルギー消費量とその測定方法.静脈経腸栄養 Vol.24 No.5:1013-1019,2009
(2) 山本敏行,鈴木泰三,田崎京二.新しい解剖生理学改訂11版.南江堂:283-289,2005
(3) 佐々木雅也,丈達知子,栗原美香,岩川裕美,藤山佳秀.間接熱量計によるエネルギー消費量と基礎代謝の測定.静脈経腸栄養 Vol.24 No.5:1021-1025,2009
(4) 厚生労働省.日本人の食事摂取基準(2010年版)(日本人の食事摂取基準策定検討委員会報告書),2009
(5)

遠嶋康徳.呼吸で大気中の二酸化炭素が増加する?.地球環境研究センターニュース Vol.19 No.9:9-11,2008

(6)

温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)編,環境省地球環境局地球温暖化対策課監修.日本国温室効果ガスインベントリ報告書.独立行政法人国立環境研究所,2007

(7)

児玉伊智郎.温室効果ガスの削減について考えよう(エネルギー・環境教育実践事例集).中国地域エネルギー環境教育研究会:182-192,2010