生物授業実践記録
電気泳動による
アルコール脱水素酵素の分離と検出実験
東京都立北多摩高等学校
久永英二
 
1.はじめに

 電気泳動の手法は、DNAの塩基配列の決定やDNA鑑定に用いられる分子生物学を支える基礎的手法であり、発展的な内容ながら高校生に現在の生物学を示すのに必要不可欠な教材であると考えます。ここでは各種のショウジョウバエから取り出した酵素タンパク質を電気泳動させ、電荷の違いが移動度の違いになってバンドに現れるのを体験できる方法、しかも高価な器具を使わない方法を紹介する。
 なお、本実験は首都大学東京の青塚正志助教授のご指導ご支援のもとに行われた。
 
2.実験の手順

実験用生徒プリント
実験用生徒プリント  解答例入り
試薬の調整と実験手順のポイント

○ショウジョウバエは首都大学東京で維持している4系統をいただいた。

Drosophila melanogaster 上海系統、ナイロビ系統
Drosophila simulans 大分系統
Drosophila mauritiana モーリシャス系統

[1] ゲル板の作成
 ガラス板の一方の面にマジックで目印の線を引き、反対面に電子レンジで加熱溶解させた寒天ゲルを流し固めておく。

[2] 酵素の抽出とゲルへの浸潤
 磨りガラスの上で一滴の蒸留水とともに麻酔したショウジョウバエを1匹ずつガラス棒ですりつぶす。抽出液をろ紙細片で吸い取り、ゲルの中央部に並べ置き、酵素をゲルに浸潤させる(10分間)。
 ゲル板のライン1列に6匹分、1枚に二人分12匹を置ける。

[3] タンパク質の電気泳動 
 ろ紙細片をていねいに取り除き、電気泳動槽の緩衝液で通電用ろ紙をぬらし、ゲルの+側−側にそれぞれ垂らし、泳動槽をまたぐようにゲル板を置く。
 化学室から借りた直流電源で400V35分通電する。感電に注意する。

手製の電気泳動漕。タッパ−に陽極として炭素棒(画材店のグラファイト鉛筆)、陰極には銅線をひき、泳動漕とした。
市販の泳動漕(ミューピッド等)を使わずに泳動した。

[4] 泳動結果(アルコール脱水素酵素)の検出
 発色試薬(37℃)の中にゲル板を入れ、15分間静かに保温する。アルコール脱水素酵素がある場所だけが青く発色し、アロザイムの存在によって異なるバンドパターンが現れる。
 発色終了後、ガラス板からゲルを剥がし、角型ろ紙にのせ観察する。


 
3.まとめ

 この実験を通して、生徒は実に様々なことを学んでくれた。

[1] 電気泳動の仕組みについて
 今回の実験で、タンパク質の電荷の違いによりゲル内をタンパク質が移動・分離していくことが実感できるだろう。泳動中にDNAを分子量の大きさで分離させる原理についても解説することができる。

[2] バンドパターンの読みとりについて
 得られたバンドパターンは、種や系統によって異なることが一目瞭然である。 DNA の突然変異→ DNA の塩基配列の変化→アミノ酸配列の変化→タンパク質の電荷が異なる→電気泳動での移動度の差として現れる、という理解につなげられる。また発展的に、酵素タンパク質が単量体のときと二量体のときで出てくるパターンが違うことや、種や系統の分子進化的起源についての考え方を示す教材にもなりうる。

[3] 生徒の感想から
 こちらの想定外の感想としては、「寒天をはじめて見た、有用性がわかった」「ショウジョウバエはとっても小さかった」「手作りの実験装置で高度な実験ができるのが面白かった」などがあった。

 試薬の調整など実験の詳細はお問い合わせください。なお、首都大学東京生命科学専攻では院生派遣事業(アウトリーチ)を行っており、本実験もショウジョウバエの提供から実験の補佐、解説までを大学院生にサポートしていただきました。ここに感謝申し上げます。